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2019年1月29日

2019年1月29日 (火)

諫早市の先生に話を聞いて、諫早市の勉強

今日は1月29日。

  

先日、勤務している学校に、長崎市諫早市の学校に

勤務している先生が来校されました。研修のためです。

この機会に、短い時間ですが、諫早市のことを

いろいろ質問してみました。

Qは質問内容。Aは諫早市の先生の答えを聞いたメモ。

   

Q:「諫早市」の「諫」は間違えやすい漢字ですが、諫早市の子どもたちは、

  間違えずに書けるのですか?

A:「諫」は「カン」と読みます。小学生は小さい時から

  書き方を教えてもらっているので、正しく書ける子どもは多いそうです。

  大人のほうが間違えるそうです。

  

「諫」について調べました。

「諫言(かんげん)する」「諫(いさ)める」のように使います。

意味は「主に目上の人に対して、その過ちや悪い点を指摘し、

改めるように忠告する」でした。引用:コトバンク

「諫言する」は、ふだん使わない言葉です。

「諫」を「カン」と読むことを知っているのは、

さすが諫早市在住の方です。

  

  

Q:有明海の満潮時と干潮時の差は大きいですか?

A:かなり大きい。海水が川を逆流することもあるそうです。

  

雨が少し多めに降ると、河川によって排水できない状況になりやすく、

特に満潮と重なると、家屋の浸水被害があるそうです。

海が運んでくるガタ土と呼ばれる堆積物によって、

川の排水機能は失われ、浸水被害はさらに深刻になります。

諫早市の人たちは、雨の様子を見て、浸水被害が起こりそうだと思うと、

「この雨、やばいけん」と言って、早々帰路につくことがあるそうです。

高潮の時の被害も大きいそうです。

  

 

平成11年に潮受堤防が完成したことで、

干潟と潮受堤防の間には調整池ができ、

高潮や堆積物の影響が緩和され、排水がスムーズになり、

浸水被害は少なくなっているようです。

干潟の塩抜きをして、農地づくりをしているそうです。

グーグルアースで調整池に迫ります。

グーグルアース 調整池

Photo  

グーグルアース 調整池2

Photo_2  

上の写真の星印付近から調整池を

ストリートビューで見てみます。

ストリートビュー 調整池3

Photo_3  

ストリートビュー 調整池4

Photo_4  

思ったより、調整池は広く、

水をたたえているんだと思いました。

Q:潮受堤防の上にある道路を自動車で走ると快適ですか?

A:とても快適だそうです。走ってみたいなあ。でも遠い。

 

この道路も、ストリートビューで迫ります。

ストリートビュー 潮受堤防道路1

Photo_5  

ストリートビュー 潮受堤防道路2

Photo_6  

上の写真で、左側が調整池。右側が有明海。

  

平重盛「3つの”平”」/源義平「4つ目の”平”」

今日は1月29日。

  

昨日(1月28日)は「宇宙からの警告の日

1年前は特にこの日にこだわりました。

ここでも道草 通算5600本目の投稿/1月28日に思い出した番組(2018年2月1日投稿)

今日(1月29日)は「昭和基地開設記念日

1957(昭和32)年のこの日、

日本の南極観測隊が南極・オングル島への上陸に成功し、

昭和基地を開設しました。引用:今日は何の日~毎日が記念日~

  

さあ、今日はどんな日になるかな?

朝飯前にやっておきたいのは、テレビ番組の読み物化。

    

  

前投稿に引き続き、大河ドラマ「平清盛 27 宿命の対決

(2012年7月8日放映)より。

  

平治の乱。

本格的な平氏と源氏の戦いは、

大内裏(平安宮)の待賢門(たいけんもん)付近での、

平清盛の嫡男重盛と源義朝の長男義平との戦い。

 

重盛が待賢門を破る時にこんなことを言います。

 

Rimg1483  

重盛:年号は「平治」なり。

  今の都は「平安」ぞう。

  我らは「平氏」なり。

  「平」の字が3つそろって、こたびの戦に勝たんことを

  何の疑いあるべく。

  いざ、まいれ!

 

門を破って突入。そこにいた義平に向かって、

重盛が名のります。

Rimg1484

重盛:我こそは、平清盛の子、左衛門ノ輔重盛なり。

 

これに対して、義平が応えます。

Rimg1496

  

義平:「平」の字が3つと言うたが、我こそは源義朝が子、

  鎌倉悪源太義平。

  4つ目の「平」の字は、我が名にあり。いざ、戦わん!

重盛:かかれ! 

  

Wikipedia平重盛によると、3つの「平」についてこう書いています。

 

この戦いで重盛は「年号は平治、都は平安、我らは平氏、三つ同じ(平)だ、

ならば敵を平らげよう」と味方の士気を鼓舞し、源義平と御所の

右近の橘・左近の桜の間で激戦を繰り広げ・・・・・

  

それに対して、義平が4つ目の「平」のことを言ったかどうかは、

説明がありませんでした。

でも、ドラマだけのことかもしれませんが、面白い言い合いだと

思いました。

  

もう一つ。

平重盛は「嫡男」、源義平は「長男」とありました。

「嫡男」とは?

goo辞書には、

嫡出の長男。あととり。嫡子。

とありました。

「嫡出」は、同じくgoo辞書には、

正式に婚姻している夫婦間に生まれること。⇔庶出。

とありました。

言葉の確認終了。

  

 

 

1つ思い出しました。

かつて、源義朝の最期の場所に行ったことがありました。

知多半島にあります。

その記事です↓

ここでも道草 知多半島に行く/義朝最期の場所(2011年8月4日投稿)

すっかり忘れていました。

ブログのおかげで「たぐる」ことができました。

  

  

今晩、まだまだ大河ドラマ「平清盛」のことを書きたい。

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