三方ヶ原の戦い「負けても道はある 負けたからこそ開ける道もある」
今日は3月30日。
3月28日に浜松市に行ってきました。
浜松市に行きたいと思ったのは、三方ヶ原合戦立体絵巻のニュースです。
※ここでも道草 「三方ケ原合戦立体絵巻」はどこに行けば見られる?(2015年3月8日投稿)
浜松市に行く前に「英雄の選択 大敗北が家康を天下人にした
知られざる三方ヶ原の戦い」(3月12日放映)を見ました。
その時の写真を並べます。
浜松市博物館での除幕式。
幕の下から出てきたのは・・・・
有名な「しかみ像」の等身大立体像です。
今回は行けませんでしたが、次の機会には博物館に行って、
この立体像を見ておきたいです。
今度は浜松市美術館での写真です。
磯田道史さんが美術館に行き、立体絵巻を見ています。
磯田さんは、家康の陣の背後から見ます↓
位置的に武田信玄の方が高い位置にいます。
高い位置から波状攻撃を仕掛けてくる信玄軍。
家康側から見ると恐怖を感じたであろうと想像していました。
磯田さんと同じ位置から自分も見てみたいと思いました。
魅力的な動きに思えました。
三方ヶ原合戦のいきさつも番組でやってくれました。
浜松城で武田信玄軍がやってくるのを待ち構えていた家康。
ところが信玄は、浜松城の目の前を素通りしていく。
家康は信玄軍の背後をつく奇襲をかけようと城から出た。
ところが目の前に信玄軍が待ち構えていた。
信玄の策略に引っ掛てしまった家康だったのです。
家康は命からがら逃亡しました。
しかし、家康はこの敗北を後の人生に生かします。
関ヶ原の戦いの前に、石田三成を城から関ヶ原に誘い出したのは、
信玄のやり方と同じでした。信玄から戦法を学んだのです。
番組の最後に、磯田さんが言った言葉が心に残りました。
「負けても道はある
負けたからこそ開ける道もある」
「窮すれば通ず」という言葉にも触れています。
一般的には、この言葉の意味は、
「困った時は道は開ける」
「最悪の事態に陥ってどうにもならなくなると、
かえって活路が開けるものだということ。」である。
しかし、磯田さんはこう言っています。
「たぶん家康が子どもの頃からよく読んでいたのが、
四書五経ですよ。その中に「易経」がありますよね。
『易経』になかに『窮すれば通ず』があり、
『困ったら道が開ける』という意味になっているけど、
日本人は、実は全部を知らなくて、
窮したら変わることができる、
変わることができたら道が開けるになるわけです。
変わるためには、自分が謙虚でなければいけない。
謙虚になった時、武田軍から学ぶとかして変われると思うんですよ。
それをやった者が、失敗しても失敗に終わらず、最後は成功する。
家康はそれを一番やったんじゃないかと感じました。
どうでしょう?
自分を振り返ります。
3回も病気で休んだ体験。それは窮した状態。
変われたのか?変わらなければ、同じ失敗を繰り返す。
謙虚にそれまでの自分の至らないところを変えていかなければいけない。
変わってきているとは思う。
せっかく窮したのです。もう怖いものなし。
変わりたいなあ。そして通じたい。
「英雄の選択」を見ました。
これで準備OK。浜松市に向かいました。




































