3月29日 たくさんの村を通過して大町市へ
今日は4月3日。
何と、村上公也先生からブログにコメントがありました。
うれしかったです。
次の講座も参加して、しっかり話を聴いてきたいです。
3月29日のこと。もう少し書いてみます。
独鈷山下山後。
最初「独鈷の湯 竜の湯」に行きました。
しかし・・・
あれまあ。調べたところ、2008年から閉鎖中。
この看板、いつから立っているんだろう。
今は営業していないけど、いつか営業するよという期待感のある書き方です。
足を延ばして、別所温泉の日帰りの湯「あいそめの湯」で、汗を流しました。
3年前は別所温泉で泊まったんだよなあ。
※ここでも道草 雪の長野3/別所温泉花屋(2011年1月19日投稿)
別所温泉(上田市)から、晩の宴会場である大町市をめざしました。
こんな街を通りました。
上田市→青木村→筑北村→麻績村→再び筑北村→生坂村→そして大町市。
これだけ連続して村を通過する体験も珍しい。
差切峡というところで立ち寄りました。
つり橋から峡谷を眺めました。
人気(ひとけ)がなかったので、ここで橋から転落していたら、
誰にも助けてもらえず、しばらくは気がつかれないであろうなと思いつつ、
橋からの景色を見ていました。
予想外だったので、儲けた気分でした。
差切峡を過ぎたところで「重」という地名を見かけました。
「いわれ」を知りたいところです。
手元の地名辞典を調べましたが、いまいち納得する答が得られませんでした。
地名に関する興味関心が久々高まりました。
バス停のある場所から下を見た景色です。
地図は最後に載せておこうと思います。
こんな風景にも出会いました。山清路という場所でした。
ちょっと怖い柵でした。下の隙間から子どもは落ちそう↓
今は大町市に合併していますが、八坂村というのがあります。
平成20年に亡くなった母親の実家があった村。
ついでに実家に寄りました。
今はだれも住んでいないのでしょう。
家に向かう道に積もった雪には足跡がありませんでした。
ノスタルジアという言葉が浮かびました。浸っていました。
ここで遊んだ子どもの頃を懐かしみつつ、思いはさらに昔。
母親が子どもの頃を想像したりしました。
今から80年ほど前のこと。
そんな母親がいたから今の自分が存在する。
そんな当たり前のことがすごいことのように思えました。
北アルプスを見ながら大町市市街に向かいました。
まっ白な北アルプス。登って、あそこに立ちたいですね。いつか。
その時には山の師匠のNさんに同行をお願いしたい。
職員旅行でありながら、贅沢して単独行動をしました。
大町市で皆さんと合流しました。
以上で3月29日の単独行動の報告を終了。
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