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2日前の投稿で書いた映画。
主人公の名前が皆川勤。
定年間近で交通事故。
休んだことのない会社も休む。
皆川勤の「川」を抜けば、皆勤!
まじめさを表現した名前でした。
主人公を昨年亡くなった緒方拳さんが、ほとんどしゃべらない演技で通しました。
ぼそっとしゃべってくれるとホッとするくらいしゃべらない。
主人公に声で主張させないことで、
なぜミラーを磨くのかを見る人に判断させるための監督の作戦のようです。
交通事故を起こしてうつ状態になった主人公が、
カーブミラーを磨くことに没頭します。
どこか逃避的な動機とも感じられますが、
でも主人公はミラーを磨くことで安定するのでしょう。
周りの人に構わず、あれもこれもやるのでなく、
ミラーにこだわった生き方は素敵だと思います。
周りの人の反応を気にして本当にやりたいことをやらず、
あれもこれも手を出して自分らしさを消してしまう。
自分の生き方はそういうところがあったと思います。
そろそろこういう生き方をしてみたら、
いい年になってきたのだからと諭されているような気持ちになりました。
主人公の周りには応援団ができます。
間違った生き方ではない証拠でしょう。
冬休み前に、以前担任した4年生の男の子A君から質問。
「先生、何で北海道だけ、“道”なの?」
「たとえば愛知県なら、“県”を取っても、愛知で成り立つけど、
北海道は“道”を取ったらおかしくなっちゃう。どうして?」
すぐに答えられなくて、また調べておくよ。あなたも調べなさいよ。
そんな会話をしたと思います。
しかしこれは説明が難しい質問です。挑戦。
県が生まれたのは明治4年の廃藩置県(はいはんちけん)。
藩が廃止されて県が生まれました。藩→県という流れがまず大事です。
しかし、北海道には、北海道全体をおさめる藩がありませんでした。
明治のはじめまで、北海道は「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていました。
これは「異民族が住む地域」という意味です。
そぐわないということで、名称を変更しようと明治政府は考えました。
明治2年、「北海道」という名前が採用されました。
古代からの地域区分で、五機七道というのがありました。
七道とは東海道、南海道、西海道、山陰道、山陽道、東山道、北陸道。
(道がついていますが、地域を表しています)
その流れで、「北海道」という名前が提案され、採用されたようです。
その後、他地域は、藩が廃止されて県になっていきましたが、
もともと藩のなかった北海道は、藩→県の流れではないため、
北海道の名が残りました。
(北海道に県ができたこともあるのですが、複雑になるのでカット)
七道から「道」を取った地名「東海」「山陽」「山陰」「北陸」などが存在しますが、
お・そ・ら・く、「北海道」は「道」を取った言い方は使われず、
「北海道」とひとまとまりで使われてきたので、「北海」とは呼ばないのだと思います。
ふ~、この説明で4年生はわかるかな。
A君、もしこのブログを読んだのなら、意見を送ってください。
(前投稿からのつづき)
最も行きたかった一里塚。
写真で見てそのエノキの大きさが魅力だった笠寺一里塚へ。
江戸日本橋から88里。
家々に囲まれた場所に、一里塚は別空間を作り出していました。
説明板によると、一里塚は旅人に距離を示しただけでなく、
荷物その他の運賃計算の基準になったとのこと。
なるほどなるほど。
エノキの落ち葉めくりをせっせとやりましたが、またもや見つからず。
教頭先生が越冬中のイラガのマユを試しに割ったら、ちゃんと幼虫がいました。
いくつかマユを持ってかえって教室で観察したらと提案されました。
嫌われ者のイラガですが、羽化には魅力あり。
持って帰りました。
愛知県内に現存する5つの一里塚のうち、
5日の午後で4つを見て回りました。
ゴマダラチョウの幼虫→エノキ→一里塚の流れで一里塚の研究ができました。
冬休みの自由研究「エノキと一里塚」、間に合いました!
明日始業式。
(前投稿からのつづき)
3番目に豊明市の阿野一里塚に行きました。
江戸日本橋から86里。
これは南の塚。
エノキの落ち葉があったので、さっそくめくってみました。
残念ながらゴマダラチョウの幼虫はいませんでした。
カメムシを発見。
あまり見慣れないカメムシですが、くさいにおいは同じでした。
臭かった~。
落ち葉の下でじっとしていたのを、お騒がせしました。
コマダラナガカメムシのように思えますが・・・自信なし。
※カメムシについてはこのサイトを参考にしました。
http://chigaku.ed.gifuu.ac.jp/chigakuhp/html/kyo/SEIBUTSU/doubutsu/05kamemushi/kame/index.html
カメムシは種類が多い!
上は北の塚と説明の札。ここも2つの塚が残っている一里塚。
説明の札によると、阿野一里塚は昭和12年指定の国指定史跡。
昨年の暮れに「エノキと一里塚」のことを書きました。
http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/12/post-e292.html
昨日5日は、愛知県内に現存している一里塚5つのうち4つを見てきました。
教頭先生と一緒に。好奇心旺盛で博識な教頭先生は、素晴らしいアドバイザーです。
4つの一里塚は次の通り。
① 大平一里塚(岡崎市大平町)エノキ
② 来迎寺一里塚(知立市来迎寺町)マツ
③ 阿野一里塚(豊明市阿野町)エノキ
④ 笠寺一里塚(名古屋市南区笠寺町)エノキ
一里塚にも興味はありますが、エノキの落ち葉をめくって、ゴマダラチョウの幼虫を見つけることも大きな目的。
まずは、大平一里塚。国指定史跡。
江戸日本橋から80里。
これは南側の塚。
一里塚は街道の両側に塚が作られ、木が植えられていました。
大平一里塚はエノキでした。
説明板によると、昭和28年の台風によって倒れ、若エノキが植えられたのこと。
(昭和28年は、大きな台風13号が愛知県に上陸。甚大な被害を出している。この台風かな?)
現在そのエノキは大きく育っていますが、電線があるため、
変な形に剪定されていて少々可哀想でした。
北側には塚がなく、りっぱな常夜灯がありました。
電球があり、暗くなれば電気が点くと思って、帰路にもう一度寄ってみました。
残念、点いていませんでした。
そうそう、幼虫探し。
エノキの落ち葉はきれいに掃除されていて、探せませんでした。