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2019年12月13日 (金)

2019年冬長野(14)12月4日のボランティア体験

  

今日は令和元年12月12日。

  

前記事の続きで、ボランティア体験2日目の12月

4日のことを書きます。

   

朝の駐車場で、3日に一緒に働いた足山田の男性と再会しまし

た。その方の考え方で、今日は別グループで働きましょう、新

しい出会いを楽しみましょうということで、別れ別れになりま

した。今日はどんなメンバーになるだろうか。どんな仕事をす

るのだろうか。昨日の経験で、現場にはスコップがたくさんあ

ったので、自分のスコップは自動車に残しました。

  

今回も5人グループができました。リーダーはじゃんけんで決

めました。一番勝った人がリーダー。

今回のメンバーは、高田純次風のお坊さん(リーダー)。

アメフト体験者で何度も長野のボランティアに来ている男性。

富士見町から来た明るい女性。

作業で絨毯取り外しを根気よく一緒にやった女性。

自分は2番目に勝ったので、タイムキーパー役をやりました。

  

 

被災地に向かうバスに乗った時に、係の人から、行き先は

津野」だと言われます。偶然です。でも行きたい場所だったので

今度はじっくり見るぞと思いました。

1日目はとにかく作業することで精一杯だったので、

2日目が与えられたのは幸運だと思いました。

   

今回の作業場所は、1日目とは違う家でした。

どの家もたいへんそうだけど、この家は特にたいへんそうだと

思っていた家でした。家の1階部分は、水流で多くが流され、

柱のみが残っているような状態でした。

庭にあった2階建ての倉庫は、1階部分がつぶれて、

2階部分が落下し、堤防側からの水の勢いで斜めになっていました。

何かのはずみで、倒れて来るのではと思われる状態でした。

  

持ち主のBさんは男性でした。私と一緒ぐらいか、

少し上の年齢だと思います。

作業は、家の裏側の片づけでした。

1日目と同じような仕事かなと思いましたが、今回の家は、

決壊して流れてきた川の水が、一度家の中に入って、ガラス戸を

ぶち割って裏庭に出てきています。

したがって、泥土の中に、家の中にあったものとか、

割れたガラス片が含まれていました。

屋根瓦も屋根から落下して、散在していました。

  

泥土を運びながら、中に入っているいろいろなものを取り出して

分別する作業でした。

ガラスの破片が多かったです。

ガラス戸を流水(いや泥を含むので濁水ですね)が

ぶち割ったシーンが想像できました。

茶碗などの瀬戸物、ブリキなどの金属などがありました。

入れ歯もありました。

壁の板と思われるものもありました。

家の壁まで濁水は破壊しました。

 

瓦はどうするか?

けっこう大量でした。

分別して捨てるか、それとも泥土と一緒にするか。

リーダーは、泥土と一緒でいいのではと考えて、

Bさんに打診しました。

Bさんは、お疲れ気味の表情で、「どうせ片づけるのが

たいへんになるから、土といっしょくたにしてください」と

少々投げやりに言われました。

被災から1カ月半。その心労が伝わってきました。

「わかりました!」「そうします!」

こちらは、張り切って答えました。

こちらは元気よく働くことで、

Bさんに少しでも貢献できたら思いました。


昼ごはん。

5人でサテライトセンターへ行って、食べました。

そしたら、Bさんもやって来ました。

「一緒にどうですか」と誘って、一緒に食べました。

Bさんはテーブルにやってきて、座る間際に一言、

「あんなところ(家)で食べたくない」とつぶやきました。

少し皆沈黙。

1日目のAさんは気丈にふるまっていましたが、

住んでいた家が壊滅状態では、そりゃあ心は安定しないですよね。

でも、その雰囲気を壊そうと、みんなで明るい話をしました。

アメフトの話とか、筋肉の話とか?

Bさんは親戚の家に泊まって、通っているそうです。

 

  

この昼休みの最中に、私は教師であること、

社会科教師であることを活かしました。

活動中には撮影してはいけないと説明を受けていましたが、

教師として必要であることをグループのメンバーに言って、

「いいよ。撮影してきたら」と賛同を得て、撮影しました。

サテライトセンターは、決壊した堤防をすぐ横にありました。

1日目に気づかなかったのが不思議なくらいに近かったです。

すでに堤防は改修され、ブルーシートがかけられていました。

その堤防を撮影したり、堤防付近の被災地を撮影しました。

その写真は次の記事に載せます。

  

午後からの仕事は、家の表にまわり、倒れそうな倉庫の前で、

泥土のなかにあるものをほじくり出して分別する仕事でした。

倉庫から濁水によって押し流されたものがあり、

こちらもいろいろありました。

 

厄介だったのは、数本のコードとビニール、絨毯、ブリキが

絡み合ってできあがった大きな塊です。

濁水に揉まれて揉まれてこうなってしまったのでしょう。

コードをほどこうにも、がっちりかみ合ってしまいほどけません。

コードの中は金属の線が入っていて、スコップの先で切断しようと

しても、なかなかできませんでした。

  

そしたらBさんがハサミを持ってきてくれました。

そのハサミはすごい。

金属の入ったコードが切断できるのです。

これはいい。

調子に乗って、どんどん切って、コードをほどき、

絡まっていたビニール、絨毯、ブリキも外すことができました。

厄介な場所がデーンとしていた場所が、スッキリしました。

「このハサミ、とってもよく切れました」と言って

Bさんにハサミを返しました。ニコッと笑ってくれました。

  

  

2日目の活動も終わりました。

肉体労働が多く、体は疲れました。

でも被災した人たちは、こんな生活をずっとやってきたんだよな、

疲れるよ、心身ともに。そんなことを思いつつ、

これで終わりではなく、また長野市にきて働きたいと思いました。

珍しくやり始めたこと。続けたいと思いました。

  

   

1日目、Aさんが「また来てくださいね」と去り際に言っていました。

そうだよなあ、まだやることはあるので手伝いたいし、

復興して普通の生活に戻ったところも見たいよなと思いました。

Bさんにも、去り際に「ありがとうございました」と

頭を下げられました。

いえいいえ、たいしたことができませんで、すみません。

(元気出してくださいね。)と言いました。( )内は

言ってません。

  

  

つづく

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