2009年8月19日 (水)

篆刻家さんのお話その2

(つづき)

白川静さんは、古代文字を読み解いて、今の漢字の成り立ちをつきとめました。

縣糞泥さんは、白川静さんのやられたことを高く評価していました。

それでは前投稿に引き続き、勉強になったことを箇条書きで書きます。

    

○洞窟芸術

 洞窟の岩壁にそのまま描いたのは、正確に言うと「岩面画」

 岩壁を削って平にして、そこに描いたのは「壁画」

 色は岩を砕いて粉末にした顔料を使う。※岩絵具。

 日本画家が貧乏なのは、岩絵具が非常に高価なものだったからだそうです。

○白川静さん

 白川静さんの本は読むべきです。

 安い本もあるけど、高い本が多い。しかし、本の中に入っているものを考えると安い。

○天

 天国を表してはいなかった。東洋の発想にもともと天国、地獄はない。東洋の発想は「輪廻」

○畑

 日本で作られた国字。

○男

 「力」の部分は鋤を表す。田んぼを鋤で管理する人・・・それは「男」ということで、この字が男を表す。

○明

 「日」は窓を表す。窓に月(明かり)で、「明るい」となる。太陽と月ではない。

○教

 左は校舎にいる子どもを表し、右は鞭(むち)打つ手を表す。鞭打ちながら励まして教えたようだ。

 ※鞭撻(べんたつ)も同じだ・・・鞭(むち)、撻(むちうって励ます)

○射

 左は弓矢。右は手を表す。

○争

 1本の棒状のものを上下から手をのばして引き合う形から生まれた字。

 しかし、「静」の「争」は違う。※鋤(力)を手でもった形から生まれた字。

     

○東西南北

 東・・・青龍、青、青春       

 西・・・白虎、白、白秋

 南・・・朱雀、朱、朱夏

 北・・・玄武、黒、玄冬

 中央は何色と発問。中央は黄色でした。

     

     

「今日の内容、また夢中になっちゃうでしょ」と知り合いの先生に言われました。

確かに漢字の成り立ちは以前から興味を持っていたこと。

この日で新しく「篆書体」に興味を持ち、サイトでいろいろ調べました。(つづく)

篆刻家さんのお話

昨日(8月18日)は研修会。

国語に参加。

講師の話を3時間近く聞きましたが、良かった。

講師は縣糞泥(あがた ふんでい)さん。

テーマは「古代文字の基礎と活用」

縣さんは印鑑屋さんであり、篆刻(てんこく)家

篆刻とは?辞典には「石・木などの印材に字を刻すること。書画などに用いる印章に、多く篆書体の文字を刻するのでいう。」と書いてありました。

私は全く知らなかった人ですが、篆刻の世界では有名な人のようです。

文字の話をたくさんしてくれました。

勉強したことを箇条書きで書き並べます。

    

○甲骨文字

 「甲」は亀の腹甲(ふくこう)、骨は牛の肩甲骨(けんこうこつ)。

 1899年に「竜骨」と呼ばれていた薬に

 文字が書かれているのを見つけたことから発見される。

○金文(きんぶん)

 青銅器に刻まれた文字。

○小篆(しょうてん)

 秦の始皇帝が文字の統一を行った。その時に生まれたのが小篆。

 美しくのびやかな文字が生まれた。篆書体。

 小篆を作る時に元になった秦以前の文字を大篆(だいてん)という。

 小篆は刻まれもした(篆刻)。当初、篆刻で使われた石は「花乳石」

    

※篆書体は、しだいに隷書体や楷書体を生み出していくことになるようです。

※印鑑屋のサイトが、このような書体に詳しく、この投稿にあたって参考にしました。

 たとえば次のサイト。書体の説明、文字の形などわかります。

http://www.rakuten.ne.jp/gold/hankodehanko/about_font.html

次の投稿につづく。

    

2009年8月17日 (月)

高崎市のマンホールの写真

夏休みに自分で撮ったマンホール。

高崎市で。

P8080011    

    

   

8月の高崎祭りをデザインしたもののようです。

2年前に出向いた時は、ちょうど高崎祭りの日で、とても賑やかでした。

    P8080018               

    

    

昔の消火栓の絵がデザインされたもの。

こういう消火栓を、「砲弾型消火栓」と言うらしい。

近所に実物はありますか?

    

もう一つ。

P8080016   

    

    

中央のマークは不明。調べたけどわかりませんでした。

    

2学期の社会科は水の勉強をしっかりやります。

マンホールの写真が生きる(はず)。

             

上田市散歩/ヒマラヤスギ/マンホール

(つづき)

上田市営球場の近くには、ヒマラヤスギがたくさんありました。

そしてその木々には立派な実がついていました。

P8100084_2    

    

    

名前の通り、ヒマラヤからアフガニスタン地域原産の樹木です。

名前とは違って、スギではなくマツの仲間だそうです。

したがって、実は秋になるとマツボックリ状態になるそうです。

     

上田城址付近で見かけたマンホール。

P8100086

   

    

    

真田氏ゆかりの六文銭に、

市の花ツツジをデザインしたものと思います。

    

平成18年に上田市に合併した旧真田町で見かけたマンホール。

P8090040    

    

   

もちろん、真田十勇士をデザインしたもの。

楽しい気持ちにさせてくれるマンホールです。    

上田市散歩/映画のロケ地

(つづき)

上田城址のすぐ横に球場があります。

上田市営球場(上田城跡公園野球場)。

ここが映画「博士の愛した数式」(2006年)ロケ地だと聞いて訪れたくなりました。

博士と杏子さんがルートくんの野球の試合を見に行った場面を思い出しました。

その現場。

しかし、入口は閉ざされ、中を見ることはできませんでした。

P8100080_3 P8100085

   

   

   

上田市は他にも映画のロケ地となっているようです。

上田市営球場は、神山征二郎監督の「ラストゲーム 最後の早慶戦」(2008年)でもロケ地になりました。

神山監督は他にも上田市をロケ地に、

「ひめゆりの塔」「三たびの海戦」「宮沢賢治 その愛」を撮影しているそうです。

山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」、崔洋一監督「血と骨」も。

すごいすごい。

なんと信州上田フィルムコミッションのサイトには、

近年の上田市をロケ地にした映画がずらっと紹介されていました。

http://www.ueda-cb.gr.jp/fc/loca.htm

このサイトを見ると、市が積極的にロケ地として利用してほしいと声を上げていました。

http://www.ueda-cb.gr.jp/fc/sien.htm

少々引用。 

上田市では、1923年(大正12)から

五所平之助、小津安二郎、黒澤明、今村昌平、大林宣彦、山田洋次、篠田正浩監督など

多くの映像製作者が上田を舞台にした名作を残し、

今でも、市内には数々のロケ地が点在しています。

はじめは、民間で映画に関心のある人たちが自主的に支援活動していましたが、

ロケが増えるに従い地域の人々が注目し、

積極的にロケ協力をするようになりました。

また、上田市では、1997年から毎年、行政と民間が協力して「うえだ城下町映画祭」を開催し、

上田ロケ映画と日本の名作映画を上映しています。

このような映画に関わる活動が弾みとなって、

2001年6月に信州上田フィルムコミッションを設立いたしました。

上田ロケ作品は、小津監督のトーキー第一作「一人息子」

黒澤監督のデビュー作「姿三四郎」など、

現在までに劇場公開映画だけで150余本が確認できました。

こうしたロケ実績が、現在のフィルムコミッション活動につながっています。

支援対象は、劇場公開映画・自主制作映画・テレビドラマ・テレビドキュメンタリー・プロモーションビデオ・コマーシャル・写真集・雑誌グラビア等ですが、

この他でも創作に関する映像製作全般を支援しています。

上田市は、そういう街だったんですね。

実際に行ってみてわかりました。

    

昼ご飯に寄った蕎麦屋さんに、こんなポスターがありました。

何と舞台が信州上田そのもの。

P8100090    

    

    

    

映画「サマーウォーズ」(2009年)Kazuma1 でした。

   

    

(つづく)    

2009年8月16日 (日)

上田市散歩/上田城址

8月10日。

この日の朝は長野県上田市の菅平高原にいました。

目的は家族で根子岳・四阿山(あずまやさん)に登るためでした。

しかし、朝から雨。無理をせず、登ることをあきらめました。

    

その代りに出向いたのが上田城址。

昨晩のドラマ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」で、

歴女(れきじょ)というのが紹介されていました。

歴史好きの女の人を言うようですが、

彼女らに人気が高いのが真田幸村。

上田城址は歴女のあこがれの場所の一つだろうな。

真田幸隆ー昌幸ー幸村三代の話はやはり面白い。

NHK大河ドラマ「風林火山」で、佐々木蔵之介さんが幸隆を演じ、

どんな人だったのかよくわかりました。

今の大河ドラマでは昌幸、幸村が登場。楽しみです。

城址に行って、さらに幸村の息子大助も注目したいと思いました。

昔見た人形劇「真田十勇士」も記憶に残っています。

これを機会に、「真田太平記」「真田十勇士」を読んで、歴史空間に浸りたい。

下は真田城址の写真。

P8100058 P8100077_2

    

     

    

P8100075_2 P8100076

    

    

    

上田市のことはこれで終わらない。(つづく)

   

※上田市と真田家のこと、次のサイトは参考になります。

「信州上田 真田ロマン」http://museum.umic.ueda.nagano.jp/sanada/

     

      

2009年8月15日 (土)

素朴な盆踊り

8月14日は母親の命日。

娘はよく覚えていて、午前11時27分が亡くなった時刻。

仏壇の前で家族で黙祷。

    

母親が亡くなった時に、縁があった新任の町のお寺の檀家になりました。

今住んでいるところから1時間30分離れたお寺です。

愛知県の山間部にあるそのお寺で、

昨晩は盆踊りがありました。

午後7時から、お寺の本堂で法要。お経を読んでいただきました。

盆踊りの前に法要があるのは初めての体験。

和尚さんが盆のいわれを話してくれました。

お釈迦さまの弟子の木蓮が、

死の世界で苦しんでいるお母さんを救おうとしたことから始まった行事。

そして盆踊りは、現世に来た仏様に喜んでもらおうとして行うものとのこと。

法要によって、現世に迎えられた仏様たちの目の前で盆踊り。

正しい手順の盆踊りを初めて体験しました。

P8140001     

    

    

田舎の盆踊り。

人数はそれほど多くはありませんが、

みんなで一緒に歌いながら踊るのが素朴でとてもいいなと思いました。

私は、盆踊りの音楽がバックに流れている盆踊りしか知りませんでした。

デジカメの動画で撮ってみました。

田舎の盆踊り

          

いつもとは違う盆を過ごしています。

2009年8月14日 (金)

高崎市散歩/ぐるりん

(つづき)

高崎市役所前で雨が止むのを待っていたら、小さなバスがやってきました。

これは、噂に聞く「ぐるりん」だ。

市内を巡回し、どこまで乗っても200円。

これはいい、いずれは高崎駅に行くだろうと甘く考えて乗り込みました。

      

小林山線でした。

次のサイトを調べるとなかなかの大まわりでした。

http://www.city.takasaki.gunma.jp/soshiki/koutsu/koukyou/zikoku/rosensyo4.htm

しかし、「包帯クラブ」のロケ地になった国立病院や、

橋柱にダルマの乗った鼻高橋も見ることができました。

※「包帯クラブ」のロケ地を巡っている人のブログがあることに気がつきました。

http://hiroba.gnavi.co.jp/usr/mone00/trip/detailTrip/12524

ここで「鼻高橋」の写真も見られます。

     

街路樹にカリンが植えられている通りがありました。

P8080037     

       

      

日本では珍しいようですが、東南アジアでは街路樹でよく使われるそうです。

食べ物になる実がつく木を植えてあるのがいいです。

街路樹が植えられるようになった目的は、

夏に日陰をつくって熱を避けるためと、その実で空腹をしのぐためだったそうです。

「クイズ雑学王」(幻冬舎)によると、

昔は食料が乏しく、旅の道すがら食事のできる店も多くありませんでした。

そこで旅人の空腹を満たすため、

果物など実のなる木を植えたのです。(100p)

ふむふむ。

今はギンナンの実がつくイチョウの雌株は街路樹として嫌われている時代。

空腹を満たす目的は消えました。

実を勝手にもいでいたら、注意されてしまいます。

    

いずれ駅に着くだろうとゆったり乗っていたぐるりん。

P8080039_2    

ぐるりんの車内

      

なかなか駅に着く気配がない。

高崎駅午後7時01分発の新幹線に乗る予定が危なくなってきました。

それに乗らないと、家にたどり着けない。

運転手に尋ねました。

いつ駅に着きますか?

午後7時05分。

ヤバイ。

結局途中下車して、タクシーで駅へ。高くつきました。

雨はすっかりやんでいました。

ぐるりんに乗ったことが正解だったかどうか、ちょっと判断に迷いましたが、

まあいいかと思って、高崎市を後にしました。

     

また「包帯クラブ」が見たくなりました。

Story01映画「包帯クラブ」より      

高崎市散歩/高崎市役所

8月8日。

道徳教育フォーラムに参加したあと約2時間、高崎市を散歩しました。

映画「包帯クラブ」のロケ地になった高崎市。

高崎市役所屋上に包帯をつけてなびかせたシーンは印象的でした。

Loca01      

映画「包帯クラブ」より。

     

高崎市役所に行こうと決めました。できたら屋上へ。

あいにくの雨。傘がない。急ぎ足で出向きました。

P8080024       

       

        

        

     

だいぶ濡れましたが、どしゃ降りになる前に市役所に入ることができました。

さっそく21階の展望台へ。ここもロケ地。

そこからの景色。

P8080028 P8080030

   

   

   

上がれるものなら屋上へと思いましたが、

可能性がなかったのでやめました。

仕方ないと思って帰ることにしましたが、

雨はますますひどくなり、近くに見える高崎駅が遠くに感じられました。 (つづく)

道徳教育フォーラムその3/そもそも、何でやるのか

(つづき)

山田雅彦日本標準社長。

・教師に対して・・・

「保護者なんて、一発で俺の味方にしてみせる」と豪語する人が減った。

※この一言が印象的。保護者は味方にすべき。子どものために手を組めば強力。

※保護者を味方にする発想は大事。そのためには日ごろの実践が、ちゃんとした思想の下、子どものためになっていなくてはならない。

      

模擬授業

・授業に対する講評より。

最近は小出しの授業が多い。本当にいいのか検討すべきでは。子どもたちの不安をあおっていてよいと思わない。(内海俊行先生)

 小出しの授業=大事なフレーズをいっきに明示せず穴埋めにして問う。あるいは数字を示して、何を表しているか想像させるなど。

    

深澤久先生

・自分の解をもとう。自分の頭で考えろということ。

・たとえば掃除。なぜ学校で掃除をするのか追究。

 ①掃除方法を教える。 

 ②なまけ心を捨て去るため。

・そのためにいろいろな方法を行う。他の班に掃除チェックさせる。マルそ鉢巻き。

・やる気を出させてから、掃除方法を教えなければ身につかない。

・「そもそも論」・・・何でやるのか、考える。当たり前のことを疑う。

・自己鍛練法。ビデオを使った授業の振り返り。

・最後の一人までやらせること。今年いろいろやって反省。来年度に活きる。

・「こいつには無理だ」と言ったら、教師の負け。教師は絶対負けてはいけない。

・野心。教師だったら野心を持て。期限を決めて教師の腕を上げる。3年間。具体的な姿を決める。

・できるなら教育界に役立つことをする。

・深澤先生のこれからの課題。音読・朗読。

     

佐藤幸司先生。

・道徳の時間をついついカットしてしまうのは、教師も授業の手ごたえがないから。

・道徳の時間は自分の経験(自分の人生)を話せる時間。

・道徳の落ちこぼれを作ってはいけない。(野口芳宏先生)

・授業で、ゆっくり発問すると、つぶやきはなく挙手発言になる。テンポよく聞くと、つぶやきが出る。使い分ける。

・ぼくらは みんな 生きている

 生きているから 歌うんだ

 ぼくらは みんな 生きている

 生きているから (            )

・(    )内に何が入るか。       正解:かなしいんだ

 この詩はやなせたかしさんの作ったもの。なぜ「かなしいんだ」が入るか。やなせさんがまだ売れない時につくったもの。※次のブログが参考になりました。http://narita-h.at.webry.info/200811/article_1.html

・上記のブログから引用。

「手のひらを太陽に」という歌がありますが、

やなせたかしさんの作詞で私の大好きな歌です。

その中の歌詞に「ぼくらはみんな生きている/生きているからかなしいんだ」というフレーズがあります。

この歌詞を書いた当時、漫画が売れなくて徹夜をしていた冬の夜に、

寒かったからランプの電球に手をかざしてみたそうです。

そうしたら、手が赤く見えたそうです。

血管を流れる血の色がびっくりするほど紅く映し出されて、

その時に「手のひらを太陽にすかしてみれば」のフレーズが浮かんだそうです。

人生は、痛い、苦しい、辛い、悲しいそんな感情が生まれるのは、

自分は確かに生きているからで、死んでしまったらそんな感情は感じることすらできないと悟って、

自分を奮い立たせようとしたといいます。

まずはどうしても悲しいんだが先だと思ったと言います。

二番の歌詞になって「生きているからうれしいんだ」が出てきます。

その当時のやなせたかしさんの心情としては、

悲しいが先で次に嬉しいが来るの気持ちだっといいます。

       

       

以上が道徳教育フォーラムに参加して勉強したことのまとめ。

行動を起こすきっかけをたくさんもらいました。

子どもたちが好きな「けんちゃこ」の作者であることもわかった横山験也先生の本を読むきっかけになったのは特に大きい。

    

最近の写真

  • Img_8500
  • Img_8499
  • Img_8620
  • Img_8619
  • Img_8618
  • Img_8598
  • Img_8597
  • Img_8596
  • Img_8595
  • Img_8594
  • Img_8593
  • Img_8591

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉