2009年8月30日 (日)

夏休みの自由研究「水の道」

ずっと娘と息子の自由研究の手伝いをしてきました。

今年中2の娘は自由研究はなし。残念。

小5の息子は星の自由研究をするとのこと。

ちょっと私には苦手な内容ですが、手伝っています。

あと30日、31日と2日間。がんばろっと。

    

教師にとって夏休みは充電ができる時。

学期中に比べて時間的な制約が緩いので、出歩いていろいろ見に行くことができる時です。

貴重な教材研究期間。特に社会科教師は出歩くべきだと思っています。

夏休みの自由研究をやっている気持ちです。

昨年の夏休みは、「マンホールの研究」でした。

今年の研究テーマは「水の道」かな。

8月21日以降書いてきたことがその内容です。

その他書ききれなかったこと、書くとさしさわりのあるものを含めて、

たくさんのことを知りました。

夏休みの始まる前と今では、「水の道」に関して知識が格段に増えました。

2学期の授業にどう活かせるか。

豊川海軍工廠の水道施設その3

(前投稿のつづき)

いよいよ戦時中に作られた千両(ちぎり)の配水池の上へ。

P8260038_2    

    

    

この草の下に、配水池があるそうです。

丈夫なコンクリートの箱なので、今も残っているそうです。

ただ草木におおわれているため、全く姿は見えません。

戦時中は、配水池は松林に隠されていて、

上空からもわからないようにされていたそうです。

海軍工廠にとっては水は大事なもの。

配水池が爆撃されれば死活問題。だから隠されていました。

この話を聞いて、戦争を感じました。平和な世の中では考えないことです。

マツクイムシの被害で松がほとんど残っていませんが、

今も木々に囲まれ、草もあって、配水池は隠されています。

    

「マムシがいるかもしれないけど、配水池の上を歩いてみるかい?」

案内人の人に言われました。もちろん歩き始めました。

こんな機会は滅多にないこと。マムシがなんだ・・・・・ドキドキ。

    

ところどころに白い筒がありました。

P8260030_2    

   

   

空気抜きだそうです。

筒の上から配水池をのぞいてみました。

P8260031    

    

   

底には水がありました。

配水池に今も水がありました。

     

P8260034    

    

    

戦時中に作られたハンドルなども残っていました。

ここは立派な遺跡だと感じました。

この遺跡はそんなに知られていないと思います。

豊川海軍工廠に関連するし、戦争時の考え方も伝える遺跡だと思います。

保存すべきものだと思いました。    

    

想像していた配水池は、今の円形貯水タンクのイメージでした。

グレー色のコンクリート製だと思っていました。

草木におおわれた直方体の配水池は想像外。

こういうのが面白い。同じ学年の若い先生とともにいい見学ができました。

2009年8月29日 (土)

豊川海軍工廠の水道施設その2

(前投稿のつづき)

8月26日。豊川市の千両(ちぎり)にある海軍工廠のために作られた配水池を見せてもらうことに。

千両は、昭和20年8月7日の海軍工廠爆撃での死者を仮埋葬をした場所。

埋められた場所がどこだったのかを以前調べて、

このブログに書いたことがありました。

※たとえばhttp://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/03/post-72a1.html

海軍工廠に隣接した地区だけに、海軍工廠ゆかりのものがあるのだなと思います。

     

現役の水のタンク2つの傍らにそれはありました。

「これがそうだよ」

P8260044    

    

   

「????」

案内をしてくれた人にそう言われても、すぐにはわかりませんでした。

写真から、大きな直方体の構造物が見えてきませんか?

今は草木におおわれていますがいますが、コンクリート製の配水池があるのです。

深さ5メートルで2000トンの水を貯えられる配水池だったそうです。

昭和50年代までは使われていたそうです。

頼んだら、配水池の上を歩いてもいいことになりました。(つづく)

        

豊川海軍工廠の水道施設

夏休みに水のことを調べていたら、

以前から興味を持っていた豊川海軍工廠のことに関連した話が聞けました。

豊川市一宮浄水場で話を聞きました。

この浄水場は、海軍工廠に水を送った施設を引き継いだものだと聞いて驚きました。

戦時中に豊川海軍工廠が作られた時に、

水をどうするか考えました。

最も近い水量豊かな河川は、海軍工廠の東にある豊川(とよがわ)でした。

さっそく豊川に取水口を作り、そこからまっすぐ!西にむかって水道管を走らせました。

(いろいろな問題はあったと思いますが、戦時中、お国のためということか、

とにかくまっすぐです)

水道管は、海軍工廠の北にある千両(ちぎり)という場所までつなぎました。

千両に配水池をつくり、水はそこに貯められました。

千両は、海軍工廠より高い位置にあったので、

配水池から必要な水が提供されました。

      

豊川の取水口からち千両までの途中に作られた浄水場が、今の豊川市一宮浄水場です。

戦後、払い下げられました。

豊川の河床の下に取水口があるため、伏流水を取っています。

千両までの400mm径の水道管は、今でも戦時中のものを使っているそうです。

    

千両の配水池跡がまだあると聞いて、

ぜひ見せてほしいと頼んで見せてもらうことになりました。(つづく)

2009年8月28日 (金)

松原用水/関係写真

(つづき)松原用水土地改良区で古い写真を見せてもらいました。

接写させてもらった写真を載せます。

Photo     

    

    

松原用水への水を、豊川(とよがわ)から取水する今の牟呂松原頭首工の工事の写真。

それまでの頭首工が老朽化したため、

少し下流に作られました。

写真右手に写っているのが、老朽化した頭首工。

工事は平成3年~6年に行われました。

     

次の写真はまだ謎の写真。

松原用水は、その名の通り、かつては旧一宮町(現豊川市)の松原地区の豊川(とよがわ)から取水していました。

その頃の写真はありませんかと尋ねたところ、

この写真を見せてくれました。

P8260058       

    

    

昭和42年頃の写真。

松原頭首工の写真らしい。

この写真をどう見たらいいのだろう?

写真を見せてくれた方もよくわかりませんでした。

松原地区に長く住んでいる人にこの写真を見せて解明したい。

   

※8月30日にこの写真に関する投稿をしました。よかったら見てください。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/08/post-d100.html

    

P8260060    

    

   

写真の説明には「松原用水頭首工廃止まで使用していた樋門(ひもん)」とありました。

     

P8260061    

    

   

「松原用水樋門を開閉するハンドル」

このハンドルは、今、松原用水土地改良区の庭に移されていました。

P8260067    

    

    

     

P8260054    

    

    

「松原用水元松原事務所」

豊川下流は、洪水のたびに川筋が変わる川でした。

したがって松原用水の取水場所も変わってきました。

松原地区から取水したのは、明治2年~昭和42年でした。

この事務所がどこにあったのか?

やはり地元の年輩者に尋ねてみたい。

事務所の傍らにあった石碑も、土地改良区の庭に移されていました。

P8260069     

    

    

碑文は大正7年に刻まれたものでした。

松原用水の歴史が切々と書かれていました。

    

この夏休み、松原用水のことをだいぶ勉強できました。

     

※土地改良区でコピーをいただいた「松原用水430年のあゆみ」(平成10年発行)を参考にして、今日の文章を書きました。

2009年8月27日 (木)

松原用水/松原用水土地改良区へ

(前投稿のつづき)松原用水のことが続きます。

もし将来、「松原用水」のことを調べようと思った人が、

インターネットで調べた時に、このブログがヒットして、

調べる人のきっかけになってくれたらなと思います。

ブログにはそんな楽しみがあります。

     

昨日(8月26日)、校外に出て調査。同じ学年の先生と2人で。

松原用水を管理する「松原用水土地改良区」という施設に出向きました。

疑問に思っていたことを聞きました。

なぜパイプライン化したのか?

水の無駄が少ないこと。蒸発や地中への漏れもない。

各田んぼまでパイプラインで水が引かれている。

田んぼにはバルブがあって、ひねれば水は出てきます。

P5250036sonoappu    

※5月25日の自然観察の時の写真

    

   

パイプラインのパイプの大きさはかなり大きく、

上流から1650㎜、1350㎜、1000㎜と3種類の太さの管が使われています。

年間4980万トンの水が流れるわけです。(つづく)    

2009年8月26日 (水)

松原用水/パイプラインになっていた

(前投稿のつづき)

後日、水道・用水関係の人と話をする機会がありました。

松原用水に関する疑問を尋ねました。

      

松原用水がサイフォンで豊川(とよがわ)の下をくぐり抜けてどこに現れるか?

豊津分水工という所に出口があるそうです。

でもそこから水は出ていませんでした。

なぜ?

ここでビックリの事実を教えてもらいました。

何と今松原用水はパイプライン化されて、ずっと地中を流れているそうです。

え~そうなの。

では私が自転車で走って見てきたあの用水路は?

教えてもらいました。

あれは排水専門だったのです。

田んぼなどで使用済みの水が流れ込むところでした。

それで水量が少なく、臭かったんだ。

子どもたちは排水路で遊んでいたわけです。いかんかった!反省。

※以前、排水路(悪水路)について書きました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/07/post-7296.html    

     

パイプラインの中を流れる水を分水工という施設で取水して、

田畑に水を行き渡らせていました。

P8060261     

※麻生田分水工     

    

松原用水がパイプライン化したのは、2005年のことだったようです。

地元新聞「東海日日新聞」のサイトに記事がありました。

http://www.tonichi.net/news.php?mode=view&categoryid=1&id=7406

一部引用。

愛知県が20年の歳月と総事業費85億円を投じ建設してきた「松原用水」のパイプライン化(用排水分離)が完成し、

(2005年)2月8日午前10時から豊川市行明町地内、松原用水土地改良区事務所で完工式を挙げる。

      

    

地元に流れ、地元の田畑にとって重要な松原用水について

何も知らなかった自分を思い知らされて愕然。

夏休みにいい勉強ができました。

実はもう少し松原用水で知りたいことが残っています。

ちゃんと解決して2学期を迎えたいです。

松原用水/これが松原用水だったんだ

(前投稿のつづき)

松原用水の出発点がわかりません。

豊川の下をくぐり抜けた水はどこに現れるのでしょうか?

わからずまま、一度松原用水がどこを流れているか、

用水沿いを自転車で走ってみることにしました。

P8060259    

    

    

P8060266    

    

    

P8060272   

    

    

走ってみて驚きでした。

この用水はよく見ていたのです。

見ていたのに、それが「松原用水」だとは思っていませんでした。

これが松原用水だったんだ。

目の前にありながら見えず。

さらに、何と勤務校の近くにも流れていて、

子どもたちと自然観察に行った時には、

用水の中に入っていました。

P6290015    

    

    

6月29日の写真です。

これが松原用水でした。

川だと思っていました。

恥ずかしいことです。何も知りませんでした。

      

走ってみて、そしてこの自然観察の体験から疑問が生じました。

用水の水が少ないのです。

田んぼが今真っ盛りであるのに、

松原用水に流れる水があまりに少なく、そして臭い!

    

この疑問も、サイフォンの水が出てくる場所についても、

後日解決します。予想外のことでした。(つづき)

松原用水/サイフォンの出口が見つからない

(24日の投稿のつづき)久々に「松原用水」のこと。

牟呂松原頭首工から豊川の水を取水し、牟呂松原用水となります。

この用水がしばらくすると牟呂用水と松原用水に分かれます。

松原用水がどのように流れているか。

豊津分水工(旧一宮町・現豊川市)というところに地図がありました。

P8060257P8060258    

    

    

色あせた地図ですが、赤い部分が松原用水です。

上半分をアップにします。

P8060258a      

    

    

地図の北から南に黒白の線で表わされているのが牟呂松原用水。

それが2つに分岐。南に下っているのが牟呂用水。

そして西に向かって流れ始めたのが松原用水。

色あせていますが、よく見ると豊川の下をくぐり抜けているのがわかります。

(う~ん、ちょっとわかりにくいかな)

つまり松原用水は、豊川をサイフォンを使ってくぐり抜けているのです。

     

このサイフォンを見に行くことにしました。

8月6日。自転車で出かけました。

    

サイフォンがあるらしき場所の辺りを探しました。

見~つけた。

P8060250_4 P8060251     

   

     

   

サイフォン関係の施設です。

写真左手に豊川が流れています。(上流側に立っての写真)

上の地図に黄色でAとして表した場所です。

松原用水は左手の方から豊川の下に入り、右手に出てくるわけです。

     

サイフォン自体は完全に地中にあるようで、全く見ることができません。

次の関心は、豊川の下をくぐり抜けた松原用水はどこに現れるのかです。

    

堤防の上からの風景です。

P8060253sirusituki    

    

    

この風景を見ると、黄色の丸の部分で用水はサイフォンから流れ出し、

矢印の方向に流れると想像できました。

もちろん堤防から下りて観察。

丸印の場所はこうなっていました。

P8060256     

    

    

全く水が出ている気配なし。?????

どこだ、どこに出ているんだ?(つづく)

      

2009年8月25日 (火)

今年も秋味フライング発売

このブログを書き始めた2007年は8月22日。

2008年は8月27日。

そして今年は8月26日。

キリンのビール「秋味」の発売日です。

毎年この頃になると、ブログに「秋味」のことを書いていました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2007/08/post_d41e.html

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/08/post-eef5.html

そして今年も書き始めました。

今年が19年目。

数多ある新発売ビールが消えていく中で、

こうやって年数を重ねていくことができている「秋味」は幸せなビールだなと思います。

266     

    

     

    

   

今年も発売日前日の今日(25日)、

コンビニに行って「秋味」を探しました。

ありました、ありました。

今年もフライング販売。

おかげで今晩は1年ぶりの味を楽しめました。

夏休みは終わってしまうけど、

最後にこういう楽しみが毎年あるのがうれしいです。

最近の写真

  • Img_8500
  • Img_8499
  • Img_8620
  • Img_8619
  • Img_8618
  • Img_8598
  • Img_8597
  • Img_8596
  • Img_8595
  • Img_8594
  • Img_8593
  • Img_8591

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉