2010年1月 5日 (火)

自発動詞

(前投稿のつづき)

「自発」の助動詞を調べていたら、「自発動詞」なるものがあることに気がつきました。

Wikipediaには次のように書いてあります。

一部の他動詞に対して、独立の自発動詞を用いる場合もある。

動作主は重要でなく(もしくは不明で)、それよりも被動者を強調したい場合に、

活用形式を変えて自動詞化(脱使役化)したものが用いられる。

これを「自発動詞」と言います。    

たとえば、「私は家を建てる」の「建てる」は目的語「家」があるから他動詞。

しかし、動作主が重要でなくて省略した場合、

「建てる」が「建つ」になって、「家が建つ」という言い方をします。

主語の家が積極的な気持ちを持って自分から建つことはないことから、

「建つ」は自発動詞と言われます。

「湯が沸く」の「沸く」

「音楽が聞こえる」の「聞こえる」

「富士山が見える」の「見える」などが自発動詞。

  

思えば「家が建つ」なんて不思議な日本語です。

本当は目的語だった家が、主語に祭り上げられたのですが、

家が自分で建つわけがないわけです。

   

さらにさらに「自発動詞」について調べたらこんなこともわかりました。(つづく)

自発の助動詞「れる/られる」

昨日(1月4日)の投稿「『ら』抜き言葉をどう思いますか」の中で、

省略したことがあります。

「られる」は可能、受身、尊敬を表す助動詞

と書きましたが、正確には

れる/られる」は自発、可能、受身、尊敬を表す助動詞

です。どうして省略したか?

「れる」は、話題が「ら」抜き言葉だったので、「られる」に絞りました。

「自発」を省略したのは、よく意味がわからず、例文も浮かばなかったからです。

   

しかし今日出勤して自分で調べ、国語が専門の教頭先生にも教えてもらい、

「自発」について書いてみることにします。

   

日本語の文法における「自発」とは、Wikipediaに次のように書いてありました。

動詞の表現様式で、行為・動作を人が積極的意志を持って行うのでなく、

自然にあるいはひとりでに実現する現象・作用のようにいう表現である。

助動詞の「れる」「られる」などによって行われる。

    

じゃあ、たとえばどんな例文があるか。

教頭先生が中学校勤務の時に使った練習問題をプリントアウトしてくれました。

ぜひ挑戦してみてください。ヒントは上の青い字の引用文です。熟読を。

    

次の_線の「れる」「られる」の意味は、「受身」「可能」「自発」「尊敬」のどれにあたるか答えなさい。

1.電車の中で足を踏まて困る。       〔      〕

2.彼は皆にのけ者にされる。          〔      〕

3.山を見ると故郷が思い出される。      〔      〕

4.忙しくても、練習には出られるはずだ。   〔      〕

5.入学試験のことが案じられる。        〔      〕

6.今度転校して来られた山田さんです。    〔      〕

7.ふもとまで1時間くらいで下りられる。    〔      〕

8.先生にほめられないと、さみしいものだ。  〔      〕

    

それでは解答は、しばらく下にいた場所に。

1.電車の中で足を踏まて困る。       〔 受身  〕

2.彼は皆にのけ者にされる。          〔 受身  〕

3.山を見ると故郷が思い出される。      〔 自発  〕 これが自発の例文!

4.忙しくても、練習には出られるはずだ。   〔 可能  〕

5.入学試験のことが案じられる。        〔 自発  〕 これも!

6.今度転校して来られた山田さんです。    〔 尊敬  〕

7.ふもとまで1時間くらいで下りられる。    〔 可能  〕

8.先生にほめられないと、さみしいものだ。  〔 受身  〕

   

「自発」について調べていくと、さらにわかったことがありました。

次の投稿へ。

    

「三河のエジソン」を読む その2

(前投稿のつづき)

加藤源重さんの助手中田さんが電話をしたときに、

聖也君のおばあちゃんはこう言いました。

※引用文中の「自助具」というのが、源重さんが作った器具のことです。

   

「それが、このごろ、自助具を使わなくなってましてね。

いえね、さいしょは、喜んで使っていたんですよ。

あれを使いだして、すぐ、自転車の補助輪も取れたんですよ。

スピードを出して、みんなといっしょに遊び回りましてね。

うれしかったと思います。

さか上がりだって、前回りだって、がんばって練習してましたよ。

  

ところが、ある日、一輪車がはやりましてね。

これは、手がいらない。

それで、だれよりもはやく乗れました。

聖哉、自信を持ったようです。

  

あのときから、あの子、手をかくさなくなりました。

できないことがあっても、はずかしがりません。

できることでがんばるんだって、はりきっているんです。(中略)

   

前は、人ごみに行くのをいやがりましてね。

人にじろじろ見られるのが、つらかったのでしょう。

でもね、お祭りにも行くんですよ。

じろじろ見られても、平気で手をふって歩くんですよ。

   

このごろ、自転車は、片手で運転します。

もちろん、ケガした手をそえてますけどね。

育つって、こういうことなんですね。

おとなの心配なんか、ぼーんぼーんとふっとばして、

聖哉は自分で力をつけています。

わたしたちは、聖哉のじゃまにならないように見守っています。(106-107p)

    

せっかく作った器具が使われていないと聞いたにもかかわらず、

助手の中田さんは、「いい話を聞かせていただきました」とおばあちゃんにお辞儀をしながら言います。

電話の後、こう言います。

  

「そうか、源重さんは、やれない気持ちをとりのぞいてやったんだ。それでいいんだ。」(108p)  

   

簡単に紹介するなどと言いながら、短くまとめれませんでした。

これが印象に残ったエピソードの一つです。

事故を防げず、まだ9歳の少年の右手を失わせてしまった大人たちの気持ちがよくわかりました。

その大人たちの気持ちを受けて寝ずに器具を作った源重さんの心意気がよかったです。

そして大人の心配をよそに、自分で頑張りだした聖哉君のたくましさがうれしい。

そして中田さんの態度。師匠の源重さんの仕事の意義を理解し、「使っていない」というおばあちゃんにお礼を言えるその態度に感心しました。

人の優しさや可能性を信じてもいいんだと思わせてくれるエピソードでした。

    

なぜ加藤源重さんが呼ばれて学校で話をするのかがわかりました。

「三河のエジソン」を読む

加藤源重(げんじゅう)さん。この方の名前を最近よく耳にしました。

同じ市内の中学校の先生が、

学校に来てもらって話を聴いたとか、今度来てもらおうと思っているとか。

どんな人だろうと思ったのですが、

話題が次のことに移ってしまい、わからずじまいでした。

そしたらサークルで他市の先生が、学校に来てもらって話を聴いたと報告あり。

同じ県内の額田郡額田町に住んでいること。

体の不自由な人のために道具を発明して提供している人であること。

源重さん自身が機械に巻き込まれて右手の手のひら半分と

少しの親指を残して右手の指を失った人であること。

そんなことを知りました。

偶然は続きます。

市内の図書館に行って目にとまったのが次の本。

三河のエジソン―障害を克服する自助具の発明家 加藤源重 (感動ノンフィクションシリーズ) 三河のエジソン―障害を克服する自助具の発明家 加藤源重 (感動ノンフィクションシリーズ)

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短い期間にどんどん飛び込んできた「加藤源重」さん。    

これも何かの縁だと思って、予定外に借りてきました。

読んで、どんな人かわかってきました。

   

いろいろなエピソードをつないだノンフィクションです。

その中で9歳の聖哉君のエピソードを簡単に紹介します。

聖哉君はお店の機械に手をはさまれて右手の3分の2を失ってしまいました。

その事故のとき、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんの4人は新しいお店を開くための準備に追われ、

聖哉君が危ない所に近付いているのに気づきませんでした。

そのため4人の大人は、聖哉君に申しわけないと思っていて、

四国からはるばるやってきて、

源重さんに真剣にいろいろ注文しました。

   

「自転車に、乗せてやりたいんですよ」

おじいさんが、源重さんに会うなり言ったっけ。

「それに、トランプがやれるようにしてやりたいんです。ばばぬきとか。」

お母さんがたたみかけた。

「それと、なわとびも・・・・・。ぴょんぴょんととんでもらいたいんです。」

作ってほしいものが、たて続けに出てきて止まらない。

源重さんは、おとなたちの気持ちがよくわかった。(100p)

    

4人の大人の気持ちがわかった源重さんはさっそく仕事にかかり、

寝ないで器具を作り始めます。

四国から来ているので、ゆっくり作っていたらみんながずっといなくてはならないとも考えて。

翌日の夕方には作ってしまいました。

    

聖哉君は、器具を抱えて帰宅。

しばらくして、源重さんの助手の中田さんが聖哉君の家に電話をします。

電話に出たおばあちゃんが、このごろ器具を使っていないとのこと。

なぜか?次の投稿で。

冬休み2回目の本宮山登山

世間の「仕事始め」は昨日(1月4日)でしたが、

私の仕事始めは今日から。さあ、始まるぞ。

3学期にやりたいことをちゃんと整理して、準備をしておこう。

   

昨日は奥さんと本宮山登山。

冬休みのスタートの12月22日に登っているので、

冬休みに2回目の本宮山登山。贅沢させてもらっています。

年末年始に降った雪があることが予想されました。

    

2010年になって初めて好天に恵まれた本宮山。

頂上にある神社への参拝登山も含めて、

たくさんの登山者が本宮山に入っていました。

駐車場も車でいっぱいでした。

あらためて本宮山の人気を感じました。

知り合いにも会いました(遇いました)。

かつて教えた子、いま担任している子、そして家族。

「こんな所で出会うなんて、びっくり」

その偶然を楽しみました。

    

頂上付近はやっぱり雪。アイスバーンになっていて厄介でした。

P1040004 P1040010_2

   

   

    

この風景は滅多にないもの。

スケートができるくらいよく滑りました。

でも雪は楽しい。

雪山の遭難ニュースが続きますが、ささやかな雪山に登りに行きたいです。

    

さあ、今日から仕事、仕事。

2010年1月 4日 (月)

「ら」抜き言葉をどう思いますか?

最近の投稿では、なるべく「ら」抜き言葉にならないようにして文を書いてきました。

しかし、「ら」を入れることでどうもおかしい。

たとえば、今日の朝にうった投稿。

「北斗七星も大きく見られました」

もちろんこれは、私が北斗七星を見ることができたという「可能」の意味です。

しかし、前後の文がない場合。

北斗七星の立場に立って、みんなから見られたという「受け身」の意味にもとれます。

   

そもそも「ら」抜き言葉とは?

私の中では、知っているつもりぐらいだったので、

いい機会と考えて調べてみました。

「ら」抜き言葉とは、

動詞の可能形「食べられる」「出られる」「見られる」などから「ら」を抜いた、

「食べれる」「出れる」「見れる」などの言い方の称。文法的には破格。(大辞泉)

   

「られる」は可能、受身、尊敬を表す助動詞。

そのうち、可能を表す時に「ら」が抜けることがあります。

これが「ら」抜け言葉というわけです。

困るのは、「られる」を使った時に、それが可能の意味なのか、

あるいは受身や尊敬なのか判断が難しいことがあるということです。

しかし、「ら」を抜いて、上記のように「食べれる」「出れる」「見れる」なら、

可能の意味であることは明確です。

    

こうやって考えると、文法上は間違っているようですが、

意味を間違えてほしくないという気持ちから生じた変化であるなら、

「ら」抜き言葉は自然なことであって、

とやかく言わなくてもいいのではと思います。

  

そうだ、8日には社会科教師なのに国語サークルの新年会に参加します。

その時に国語の先生から意見をもらうことにしよう。

   

次のサイトを参考にしました。

※「『ら』抜き言葉は、日本語の前進的変化の一面である」

http://www.tackns.net/word/ranuki.html

このサイトに書かれた次の文章が私には心に響きました。恰好がいい!

受身や尊敬ではなく可能であることを明確に示したいという、

使う人間の意志が表れてこのような言葉ができてきたのではないだろうか。

このように考えると、「ら抜き言葉」が登場して蔓延しつつあるのも、

言葉の進歩と歴史の必然であり、

日本語が完成度を高めてゆく過程の一つであると思えてくるのである。

   

※「正しい日本語を書こう ら抜き言葉」

http://washitake.com/jp/2002/05/post_2.html

この方は、「ら」抜き言葉は、明治より前には使われてきた言葉であって、

明治になってつくられた現代標準語よりも歴史があると書いています。

現代標準語なるものができたために間違いにされた言葉なのです。

自然な流れとして「ら」抜き言葉が復活する可能性がありと感じました。

しっぽの先で輝くアルクトゥルス

4時には起きるつもりが5時前に起床。

近くのグランドに行って、星空観察。

20分ほど見ていましたが、

しぶんぎ座流星群の流れ星を見ることはできませんでした。

  

衛星が移動するのが見られました。

今日見た方向(北斗七星方向)でよく輝いていた星がアルクトゥルスでした。

うしかい座に含まれる星。

標準1等星の約2倍の明るさのある星。

名前のいわれについては次のサイトにこう書いてありました。

※参考http://yumis.net/space/star/greece/boo-g3.htm

この星の名前は、ギリシア語のアルクトウロスをラテン語読みにしたもので「熊の番人」という意味で、

これはいつも大熊座のしっぽ、北斗七星についてまわることからきていると言われています。

確かにおおくま座のしっぽの先で輝いていました。

流れ星は見られませんでしたが、この星が見られてよかった。

   

北斗七星も大きく見られました。

さすが北斗七星、わかりやすい。

   

アルクトゥルスは春の大三角に含まれ、

さらには春の大曲線に含まれる星。

冬真っ盛りですが、朝の星座は春でした。

   

2010年1月 3日 (日)

年賀状左上のデザイン/明朝は「しぶんぎ流星群」ピーク

お年玉付き年賀状の左上のデザインが気になります。

P1040016

   

   

   

   

  

これは何と言う植物のデザインなのだろう?

ナンテンでしょうか?

昨年は喪中だったので、年賀状を目にすることが少なく、

関心がなかったです。

一昨年は、ネズミと大根という奇妙な取り合わせ。

調べていって、「大黒ネズミ」に行き当たり、とてもいい気持になりました。

参考:「大黒ネズミ」に行きついた時の記事

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2007/12/post-9fb3.html

しかし、今年の年賀状は、インターネットで調べた限りでは全く不明。

私と同じように疑問に思っている同好の士も見つかりませんでした。

残念。答に行きつかないのは残念だけど、まあこういうこともあり。

また日を改めて、別の方法で調べてみます。

もしどなたかご存知でしたら、情報をください。

    

明日の朝4時をピークに流れ星が見られます。

月明かりがあるため条件は悪いです。

流星群の名前は「しぶんぎ座流星群」

8月の「ペルセウス座流星群」、12月の「ふたご座流星群」と並ぶ

三大流星群の一つです。

   

1月1日の朝の月食は、曇天のため見ることができませんでした。

明日はどうでしょう?

今から寝て、明日に備えたいです。

 

2010年1月 2日 (土)

初めて「かまくら」を作ってみた

2010年最初の投稿。

1月1日~2日と奥さんの実家で過ごしました。

愛知県の山間部。

31日晩からの雪がしっかり積もっていました。

P1020008   

   

   

写真の中の家が奥さんの実家。

1時間半で別世界にたどり着くことができます。

    

子どもたちが「かまくら」を作り始めたので、手伝いました。

一度も作ったことはありませんが、

雪を集めて山にして固め、中を掘って作りました。

P1020033   

   

   

へたくそですが、頑張ってつくった「かまくら」です。

入口は狭く、中は広く作ってみました。

狭そうに見えても実は広い。

秘密基地っぽくて面白かったです。

時間がなくて、「かまくら」の中で

温かいものを食べたり飲んだりして「かまくら」の空間をじっくり楽しめませんでした。

さらに、暗くなって中でろうそくなどの明かりを灯すと、

幻想的でよさそうです。

また次の機会に。

    

なぜ「かまくら」というのでしょう?

次のサイトに次のように書いてありました。

http://homepage1.nifty.com/silabel/hobby/kamakura.html

雪のなかに掘った穴の形を「かま」、神様をお迎えする神座を「くら」と呼んだことが語源と推測する。

なるほど。調べると、カマクラには水神を祀ったようです。

※参考「雪国の民俗・水神を祀るかまくら」

http://www.pref.akita.jp/fpd/bunka/kamakura,sugawara/kamakura.htm

このサイトに載っていた絵です。

Sea021    

   

    

こんなことをやってみたかったです。

    

    

始まった、2010年のブログ。

今年もよろしくお願いします。
   

   

2009年12月31日 (木)

2日間で学んだことその10(最終回)/経験のプラス・マイナス

(前投稿のつづき)

本「野中信行のブログ教師塾」(学事出版)より。

   

大切なのは、「悩まないで、反省しない」で、「次をどうしよう」と考えていくだけである。(173p)

   

野中先生は、斎藤孝著「座右の諭吉」(光文社新書)から次の文を引用しています。

  

「私(斎藤さんのこと)自身も人生に悩んだ時期が長かったので痛感する。

人生にぐずぐず悩むヒマがあるならもっと勉強すればよかったのだ」(中略)

「彼(諭吉)はどんな閉塞状況にあっても、

あるいはどんな難しい事態に陥っても、

まったくへこたれるところがなかった。

パニックにならずに処し続ける。

無駄なことには一切悩まない。

自分のやりたいことがうまく進むように具体的な手立てを打っていく男だった」(146p)

   

福沢諭吉はすごい人だから、きっといきなりこの境地になったのでしょう。

私のような普通人だと、悩んで反省して落ち込んで、

決していい結果にならなかったという痛い体験(病気にまでなってしまった)を経たからこそ、

やっと悩まないで、「次はどうしよう」と考えれるようになりました。

でも身近な悩んでいる若い先生には、

できたらそんな体験を経させたくないです。

「大丈夫、大丈夫、次に何をするか考えよう」と声をかけていきたい。

藤原和博さんの「修正主義」を若い先生には身に付けてもらいたい。

「どうにかなる」・・・最近の口癖です。

    

ついつい野中先生の本の引用から自分のことをどんどん書いてしまっています。

最近同じ職場の先生から、

「先生はいろいろなことを楽しんでやってますね」「楽観的ですね」などと言われます。

10年前の自滅型の自分と大きく変わったと思います。

経験がどんなプラスを自分に与えてくれるのか半信半疑でしたが、

最近は経験が与えてくれたものを自覚できるようになってきました。

   

    

年配の先生が学級崩壊を起こしてしまう理由を、

野中先生は次のように言う。この本で最も印象に残ったところ。長く引用します。

   

原因は、野村(監督)が言う「変化球が覚える」ことを怠ってきたせいである。

今まで通用した投球で通用すると思い込み、

変化球を覚えることを怠ったのである。

具体的に書こう。

まず第一に、ベテランになればなるほど、授業は下手になる

えっと思われるかもしれないが、本当である。(中略)

だんだん下手になっていく。

よほどの努力をしないと保っていけない。

その原因は、テンポではないかというのが最近の結論である。(中略)

第二に、子どもたちとの距離の取り方が間違っている。

ベテランの先生たちのクラスが荒れるのは、

その先生が「子どもたちがだらしない」とその姿にイライラして、

しょっちゅう説教しているか、叱っているかを繰り返してしまうからである。(中略)

第三に、ベテランの先生たちは、今までの(学級経営の)方法に固執している。

それでは、もう「変貌している子どもたち」に対応できない。(181~182p)

   

先に行く人がこういうことを書いてくれることはとてもありがたいです。

経験はプラスもあるけど、マイナスもあるわけで、

経験の落とし穴に落ちないようにしていきたい。

    

う~ん、本からは1つのことを学べばいいというけど、

この本から引用したい言葉・文はまだある。

しかし2009年はもうすぐ終了。ここで「2日間で学んだこと」シリーズは切りにしたい。

次のブログに書く時は新年、2010年です。

2009年のスタートは898本目の投稿。そしてこれが1450本目の投稿。

1年間で553本。よし、ここまで!

    

   

   

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