2010年8月16日 (月)

黄色の鉢巻きに書かれた「履正不畏」

  

今日は8月16日。

今日は奥さんの実家へ日帰り。

標高600mの場所だけど、暑かった。

標高15mほどの家に帰ったら、父親が、今日がこの夏一番暑かったとのこと。

そうでしょう、そうでしょう。

     

奥さんの実家でゆっくり高校野球を見ていました。

履正社(りせいしゃ)高校(大阪)と聖光学園(福島)の試合。

2-5で履正社高校が敗れました。

3 http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/koshien/10/graph/10-2/8.html「毎日新聞社」

      
 

履正社高校の応援席がテレビに映った時に、

応援団の鉢巻きに目が行きました。

黄色の鉢巻きに黒字で、「履正不畏」と書いてありました。

この四字熟語は何だ?

変わった高校名だけど、この漢字熟語が校名になったのだと想像しました。

さっそく調べることにしました。

    

2008年にこの熟語に挑戦した人がいました。

この人も応援の鉢巻きに書かれた四字熟語を見て動き出した人です。

同じだ~。うれしくなりました。

※参考:「SAFURO/文学/履正不畏」http://www.urban.ne.jp/home/safuro/bungaku88.htm

この人は正解まで行きついていませんでした。どうやら三国志が出典のようだまで行きついています。

しかし、まだ詳細にまで行きついていません。

これは難しそう。

   

読みは「正(せい)を履(ふ)んで畏(おそ)れず」と思われます。

「履」は、「靴を履く」で「はく」と読み、

「薄氷を履む」で「ふむ」と読みます。

    

意味は、履正社高校のHP、教育理念に次のように書いてありました。

http://riseisha.ed.jp/h_school/aboutus/philosophy.html

「自ら正しいと信ずることを、何ものにも畏れず勇気と責任をもって実践する」

きっとこういう意味だと思います。

HPには「実践」が「実戦」になっていましたが、

きっと「実践」が正しいと判断しました。

    

漢文から生まれた四字熟語と思われるので、出典を見つけたいです。

調べましたが、上記の2008年の方と同じことを調べたようです。

参考:http://riseifui.blogspot.com/2006_07_01_archive.htmlこのブログの2006年7月1日の投稿

   

結局いまいちでした。

つづきはまたいずれ。

    

    

      

飯田線 川村カ子ト(かねと)

   

今日は8月15日。

8月5日放映の「全国百線鉄道の旅 飯田線」より。

この番組で印象に残ったことを書いてきて、これが3本目。

    

川村カ子トさんのことが紹介されました。

070103kawamura ←川村カ子ト(昭和16年)

              http://takedanet.com/2007/01/post_1ab1.html
 

    

飯田線は、豊川鉄道・鳳来寺鉄道・三信鉄道・伊那電気鉄道の4社が、

戦時中に国有化・統合してできた鉄道です。

カ子トさんが活躍したのは、三信鉄道です。

テレビで見たこと、Wikipedia(下記)を参考に書いてみます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E6%9D%91%E3%82%AB%E5%AD%90%E3%83%88

    

三信鉄道は、急峻な山岳地帯の難工事区間であった三河河合~天竜峡での測量・現場監督を、

カ子トさんに頼みました。

カ子トさんは、アイヌ人の測量士。

山地での測量技術にすぐれていたことから、依頼されました。

こんな愛知や静岡の山奥に、

北海道のアイヌ人がやってきて活躍したなんて意外な話です。

アイヌ人であることで、カ子トさんはひどい事もされたようですが、

執念で乗り越えました。

鉄道建設の現場には、朝鮮人も働いており、

日本人と朝鮮人とでトラブルが多々あったようですが、

カ子トさんのリーダーシップの下、工事を完成させました。

昭和12年(1937年)のことだったそうです。

昭和35年(1960年)には、飯田線の功労者として招待され、

この功績が飯田線関係者から称えられました。

現在では、カ子トさんのことを扱った合唱劇「カネト」が公演されているようです。

※参考:合唱劇「カネト」HP

http://www.kaneto.com/index.html

合唱劇「カネト」は、その気になりさえすれば、案外近くで公演しているので見に行けそう。

Photo_071014_l
      

    

   

身近だった飯田線が、この番組を見たおかげでより身近になりました。


 

2010年8月15日 (日)

飯田線 第6水窪川橋梁

  

今日は8月15日。

前投稿のつづきで、

8月5日放映の「全国百線鉄道の旅 飯田線」より。

今回は静岡県にある第6水窪(みさくぼ)川橋梁(きょうりょう)について。

橋梁とは、辞典には

「河川・渓谷・運河などの上に架け渡し、道路・鉄道などを通す構築物。橋。」とありました。

たとえば河川の向こう岸に行くための橋です。

   

飯田線には何と、河川の向こう岸に行かずに、

再び同じ岸に戻る橋があります。

それが第6水窪川橋梁です。

なぜそのような橋梁ができたか説明してみます。

      

水窪川が北から南に流れています。

上流から見て、右の岸が右岸、左の岸が左岸です。

飯田線は左岸に作られようとしました。

トンネルも作られました。

しかし、トンネル付近の崩落のため、トンネルをあきらめ、

その難所を迂回するために橋梁を作りました。

一度橋梁によって左岸から離れた飯田線は、難所を迂回し、

右岸に移ることなく、再び左岸に戻ります。

「渡らずの鉄橋」という名前ももっている橋梁なのです。

これは珍しい。好奇心がそそられる橋梁です。

     

次のサイトが特に参考になりました。

※「富士高原鉄道/JR東海 飯田線 第6水窪川橋梁」

http://www.d4.dion.ne.jp/~m_mori/kyouryoutikeimisakubo.html

上記のサイトに掲載されていた写真です。

Picgenzai
     

実際に見てみたい風景です。

見てみたい風景がどんどん増えていきます。

    

航空写真で現場を。

    

    

 


    

飯田線 小和田駅

  

今日は8月15日。

8月5日放映の「全国百線鉄道の旅 飯田線」より。

JR飯田線は身近な鉄道ですが、身近な部分は豊橋~豊川、もう少し行って東栄くらいまで。

そこから北の長野県辰野までの部分は滅多に利用したことがありません。

南から北に全長197.5㎞の線路に、94の駅があり、

平均駅間距離は約2.1㎞。たくさんの駅があります。

豊橋~東栄は27駅なので、70駅近くがほとんどわかりません。

特にその未知の部分が印象に残りました。たとえば・・・

     

◇小和田駅(こわだえき)

この駅は愛知県・長野県・静岡県の三県境界駅。

それだけでも珍しいのに、もっと珍しいことがあり。

この駅の近くにはもともと集落があったのですが、

1956年に、佐久間ダムがつくられて、集落は水没してしまったそうです。

したがって、この駅近くに住む人はいなくて、

さらには太い道もないために、この地区に来るには飯田線を利用しないとこれないとのこと。

一時は、皇太子妃雅子さまの旧姓と漢字が同じであることから、

ブームになって訪れる人もいたそうです。

今は秘境駅として、マニアの人たちが訪れる駅だそうです。

廃駅にならず、電車が今でも発着するところがいい。

※参考:「鉄道小旅行2008 小和田駅」http://www.page.sannet.ne.jp/ikenoue/travel/japan/train/kowada.html

     

同じ県内。

といってもそう簡単には行けないけど、

いつかは訪れたいです。


2010年8月14日 (土)

「担々」「坦々」調査・・・今回は「担々」に2票、「坦々」に1票

   

今日は8月14日。

「担々」「坦々」調査のつづきを書きます。

前回はこの投稿。7月22日http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/07/post-5239.html

     

8月8日に奈良市のイトーヨーカド―最上階のラーメン屋で撮ったもの。

RIMG0115奈良市坦々麺

「担々」でした。

    

「坦々」に出会うことはもうないのかと思っていたら、

今日、東名高速道路の上郷SAの食堂で、

こんなメニュー―を発見。

RIMG0075上郷SA
   

これは珍しい。

「坦々」と「担々」が両方ありました。

    

これで「担々」が通算6票、「坦々」が通算3票となりました。

     

おそらく語源から考えて「担々」が正しいのに、

「坦々」が使われている理由はあるはずだし、

きっと面白い理由だと思います。

いつかつきとめるぞ。     

  
 

2010年8月13日 (金)

日帰りで奈良へ8・・・薬師寺東塔(とうとう)

  

今日は8月13日。

8月8日、奈良に行ったことをブログに記録してきました。

おそらくラスト。

   

RIMG0013キリン裏 RIMG0012キリン表
   

唐招提寺付近のおみやげ屋で買ったビールです。

今だからお目にかかれるビール。

     

唐招提寺の次は薬師寺に行きました。

ここでは東塔に注目。

RIMG0155東塔 
   

薬師寺唯一、創建当時(奈良時代)から残っている建て物だそうです。

古いけど、ちゃんと立ち続けてきた柔軟さを感じます。

この秋から10年かけて大修理するため、この姿は10年間見られないそうです。

それならばとじっくり見てきました

    

中心には太い柱がありました。

ざっと直径1メートルほどかな?

「太い柱だ~」

とつぶやいたら、ボランティアの方が、

「立派に見えますが、中はもう朽ちて、空洞です」

と教えてくれました。

大修理ではこの柱とその礎石にも手が加えられるそうです。

ちなみに中心の柱のことを心柱(しんばしら)、

心柱を受ける礎石のことを心礎(しんそ)と言います。

この心柱と心礎のおかげで東塔は立ち続けてきたわけで、

今回修理されて、さらに長く立ち続けてほしいです。

しかし、太かったですよ、心柱。塔内の撮影が禁止だったのが残念。

       

     

そもそも「東塔」はどう読むのだろう。

こんな単純な疑問。

調べてわかりました。

「東塔」は「とうとう」、「西塔」は「にしとう」です。     

        

    
調べて出会った歌。

すゐえん の あま つ をとめ が ころもで の 
ひま にも すめる あき の そら かな

 (水煙の天つ乙女が衣出のひまにも澄める秋の空かな) 

    

東塔の上部にある火炎状の胴版のことを、火の字を嫌って水煙と言います。

そのことを歌った会津八一の作品。

いつかブログでしっかり書きたい。

    

    

以上、8月8日に奈良に行ってきた記録終了。

2010年8月12日 (木)

サントラ「龍馬伝」より・・「倒仰」「罅 」

   

今日は8月12日。でもあと19分間。

  

NHK大河ドラマ 龍馬伝 オリジナル・サウンドトラック Vol.1 NHK大河ドラマ 龍馬伝 オリジナル・サウンドトラック Vol.1
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このCDからも、7月の個別懇談会のBGMを選びました。

20曲中次の4曲です。

1.龍馬伝

6.告白

10.倒仰

20.海へ

     

ここで疑問。そんなこといいじゃんと言われそうですが、

「倒仰」とは?

何と読むのか?

どんな意味か?

    

実は図書館に出向いて、国語辞典・漢字辞典で探しましたが、

この言葉は見つかりませんでした。

とても気になります。

    

こんな曲名もありました。

15.罅

        

何と読むのだろう?

これは調べたらわかりました。

「ひび」です。

小さいとわかりにくいので大きくしてみます。

あの「ひび割れ」の「ひび」です。

こちらはわかったのですっきり。

しかし・・・・「倒仰」だ。  

  

1985年8月12日、たくさんの流れ星が流れた

  

今日は8月12日。

25年前の1985年8月12日は、

御巣鷹山に日航機が墜落した日。

前にも書きましたが、その年の4月に教員になりました。

25年前の今日は、泊まりがけの東北地方への職員旅行最終日。

豊橋まで戻ってきて、食堂でみんなで夕食中、

テレビのニュースで、この事故を伝えていました。

とんでもないことが起こったと思いました。   

       

今日の朝日新聞朝刊の天声人語は印象に残る文章でした。

最近奮発して買ったスキャナーで、

新聞記事を切り取ってみました。

EPSON0018月12日天声人語
    

520人の命の一つ一つに人生あり。

対馬祐三子さんのプロ意識をもった行動は、

この記事でちゃんと確認。

ここにも一人、対馬さんの生きていた証を確認した者がいますよと、

できたら対馬さん本人に伝えたいです。

走り書きが残っていてよかった。

 

1985年の流星群はひときわ多かったことでしょう。

とてもいい文章です。

映画「サマーウォーズ」・・・第二次上田合戦の真実/なす術なく

  

今日は8月12日。

映画「サマーウォーズ」(2009年)のことを書いています。

みんなで一緒に力を合わせることはいいな。

こんな山の中、自然豊かな場所に住んでみたいな。

そんなことを思った映画です。

    

上田市が舞台で、大家族陣内家は、

真田一族とともにたたかった武将の子孫という設定。

徳川と戦った2回の上田合戦も、たくみにストーリーに取り込まれていました。

16代当主の栄ばあさんの次男万助さんがこんなセリフを言います。

(万助さんの設定は70歳でした。筋骨たくましく、威勢がいいので、とても70歳とは思えません)

Jinnouchi_mansuke
     

慶長5年7月、徳川秀忠率いる3万8千の軍勢が、

上田小県(ちいさがた)に攻め入った。

対するこちらの兵力はわずか2千。

され、我が御先祖様はどう戦ったかー。

  

わざと敵を挑発して引きつけ、

城の二の丸まで誘いこんでから門を閉め、

城下町に柵をして閉じ込めたんだ。

混乱する徳川軍は成す術(すべ)なく、

戦意を喪失して撤退をした。

これが第二次上田合戦の戦略だ。 

    

映画では、この戦略をつかって、

仮想世界の強敵に立ち向かっていきます。

     

      

ただこのセリフで理解ができないところがあります。

聞いているだけならすんでいってしまいますが、

書きとめると疑問が生じます。

「城下町に柵をして閉じ込めた」

とは、どういう状況なのだろう。

インターネットで調べた限りでは不明。

調べていくと、第二次上田合戦は実際どんな戦いだったのかいろいろ説があるようです。

徳川秀忠が、上田城で苦戦し、

天下分け目の関ヶ原の戦いに間に合わず、家康に叱られたことで有名な戦い。

その真実は?

また一つ疑問が生まれました。

    

    

漢字に関する疑問も浮かびました。

上記のセリフは、字幕を映す設定にして、書きとめました。

「なすすべなく」を漢字で書くと「成す術なく」になるんだと感心。

念のため調べたら、「為す術なく」が出てきました。

どっちが正しいんだろう?

いろいろ調べていて、次のサイトの説明は納得。「為す術なく」が正しいようです。

※「破天荒のブログ」http://blog.auone.jp/agjm/?pageID=1

  

「なすすべもない」は「為す術もない」が正しい。

大雑把にいうと、「成す」は「結果として発生する」という意味である。
「為す」は「何かの目的を持ち行動する」という意味である。

以前、我がblogでも紹介した次の佳言からも明らかである。

為せば成る
為さねば成らぬ
成る業の
成らぬと捨つる
人の儚き
(武田信玄)

為せば成る
為さねば成らぬ
何事も
成らぬは人の
為さぬなりけり。
(上杉鷹山)

        

なるほど、「為せば成る」は

「為す」と「成す」の違いがよくわかる使い方です。

ここから「為す術なく」が正しいと私も判断します。 

そうか。映画「レッドクリフ」の字幕も、「為す術もない」とあったんだ。   


 

映画「サマーウォーズ」・・・現実の高校野球長野県代表校は?

    

今日は8月12日。

映画「サマーウォーズ」(2009年)は、昨年8月1日に上映がスタートした映画でした。

しかし、映画の舞台は、2010年の7月~8月上田市です。

つまり今年。

面白いのは、長野県の高校野球予選。

映画の中で上田高校が、佐久長聖高校に準決勝で勝ち、

さらに決勝戦で松商学園に勝って、県代表になっています。

  

父親が松商学園出身であるために、

長野県の予選はいつも気になっています。

現実はどうだったか。

決勝は松商学園と松本工業でした。

残念ながら松商学園は現実でも決勝戦で負けて、

県代表は松本工業高校でした。

2点差9回ツーアウトランナーなしからの逆転負けでした。

 

それでは上田高校は?

意地悪ではありません、

好奇心で調べてしまいました。

上田高校は、3回戦で丸子修学館高校に1-3で負けていました。

映画上映が上田高校野球部にとってはどんな影響があったのだろう。

本当に優勝したら面白かったのにと部外者は思ってしまいます。

    

昨年上田市に行ったこと、

父と母の実家が長野県であること、

そんなこともあって、ほっとけない映画になった「サマーウォーズ」

やっと見ることができました。

最後に昨年の長野県のテレビニュースを。


 


 

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