2011年12月10日 (土)

待ってました、皆既月食

  

今日は12月10日。

今朝の朝日新聞朝刊の「天声人語」です。

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三日月のころより待ちし今宵かな

小林一茶の作と言われている俳句。

私も待ちました。

11月25日の新月から4日目の11月29日以後、

学級通信で毎日「月の出」「月の入」の時刻を書いて紹介し、

観察できる時は校舎の屋上とか運動場で子どもたちと月を観察しました。

月がしだいに太っていく様を見てきました。

そしていよいよ今晩、満月の日。そして皆既月食が見られる日。

待ってました。

    

今日の月の出は、午後4時24分。おっともう出ている。

月の入は、11日の午前6時15分。(名古屋の場合)

部分色の始まりは午後9時45分。

皆既月食の最大は午後11時31分。

部分色の終わりは、11日午前1時18分。(豊川市の場合)

   

ちなみに月の出、月の入は、月の中心が地平線に接した時刻です。

日の出は太陽の上端が地平線に接した時刻、

日の入も太陽の上端が地平線に接した時刻です。

月と太陽では違います。

参考:「月のきほん」(誠文堂新光社)

ダブルダッチに初挑戦

  

今日は12月10日

  

昨日の体育で、縄跳びの種目「ダブルダッチ」を子どもたちに紹介しました。

子どもたちは最初とまどいがありましたが、

すぐに興味を持ち、昼ほうかにもやっていました。

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http://bluetag.jp/contents/athlete_info/zero-clubevent-apr-09.html

   

このダブルダッチの名称が気になりました。

「ダブル」はおそらく2本の縄。

「ダッチ」は?「オランダ」のこと。なぜ?

    

調べました。

「日本ダブルダッチ協会」のHPに説明があったので、引用します。

「日本ダブルダッチ協会/歴史」html

   

ダブルダッチは、300年以上前ハドソン川のほとりの

ニュー・アムステルダム(現在のニューヨーク)に入植したオランダ人によって

アメリカに持ち込まれたなわとびです。

ダブルダッチという言葉は、オランダ人が複雑でおかしなことをした時に、

それを指して言うイギリス人の俗語で、

イギリス人がこのゲームにダブルダッチという名をつけました。

家の前の狭い道路でも、わずか2本の物干しロープがあれば出来ることから、

当時、子ども達の間に広まっていきましたが、

交通が激しくなり遊びも豊富になった1950年代の終わり頃から、

ダブルダッチはすたれ、忘れられてしまいました。

1973年、ニューヨーク市警の2人の警察官がダブルダッチを楽しむ女の子達の姿にヒントを得て、

スラム街で急増する少年・少女の非行に歯止めをかけるため、

ルールを作り、新しいスポーツとして再生し、普及活動が始まりました。

翌74年に「第1回ダブルダッチ・トーナメント」が開催され、

現在では全米で人気のスポーツのひとつとなり、

若者、子ども達を中心に世界に広がっています。

    

    

英語の「double Dutch」を調べると、「ちんぷんかんぷん」という意味です。

2人のオランダ人の会話が、イギリス人にとってわけがわからなかったから、

こんな意味になったのでしょうか?

まだ調べがついていません。

doubleは、「2本の縄」を指すのではなく、「2人」を指しているのではと予想します。

    

2本の縄で、わけがわからず跳んでいる様子と、

オランダ人がもともとアメリカに持ち込んだことから、

ダブルダッチと命名されたと思います。

   

お笑いにもダブルダッチがいると聞きました。

私は知りませんでした。

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2011年12月 9日 (金)

私淑する人

  

今日は12月9日。

前投稿のつづき。

  

前投稿で書いた「私淑」という言葉が印象に残っています。

直接に教えは受けないが、ひそかにその人を師と考えて尊敬し、

模範として学ぶこと。」

   

あらためて私が私淑している人について考えました。

  

本多勝一。

本多さんが書いたルポは、実際に現地の人と生活した上で書いていました。

実際に体験した上での記述は素晴らしいと思い、

私も見習って、体験すべき、人と話すべきと決めて、動いてきたつもりです。

もう80歳になられたんだ。   

    

植村直己。

未知の場所に挑戦する時に、体でぶつかっていく。

彼の武器は、「歩く」

犬ぞりで進むことはあるけど、それだって犬とともに生身で自然に挑戦している。

そこにあこがれる。

    

アラビアのロレンス。

1人で未知の世界に飛び込み、思ったことをやってしまう。

砂漠のような圧倒的な場所に身を置くロマンチックなところがいい。

劇的に生きたいなと思うのは、アラビアのロレンスの影響だと思います。

    

    

この3人は、思えば就職する前から私淑していた人たち。

今もちゃんと心の中にいて、自分に影響を与えていると今回思いました。

   

※ふと調べたら、同じようなことを以前にも書いていました。

「『アラビアのロレンス』を見に行きました」html(2010年3月28日)

「猿払村の遺骨発掘調査の記事」/(2010年5月2日)

    

   

皆さんにとって、私淑する人は誰ですか?

 

 

 

2011年12月 8日 (木)

日めくりより・・・私淑(ししゅく)

   

今日は12月8日。

日めくりより。

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俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一のことは、

ちょっと前に「風神雷神の図」のことで書きました。

「図工の授業7」html

    

「私淑(ししゅく)」という言葉が気になりました。

意味は「直接に教えは受けないが、ひそかにその人を師と考えて尊敬し、

模範として学ぶこと。」

    

宗達の真似をした光琳。

光琳の真似をした抱一。

「私淑」の一つの表れなのでしょう。

2011年12月 7日 (水)

「関屋の里」の記念切手2011年版

   

今日は12月7日。

昨日は校内研究授業で国語の授業をしました。

他の先生方は全員研究授業を終えていたので、私が最後でした。

昨年もそうだったと思います。

やるだけやった学級を見てもらいたいという気持ちがあります。

どうも後ろへ後ろへとしてしまいます。

    

11月にやった図工の授業。

その時に使った絵「冨嶽三十六景 隅田川関屋の里」の切手があると知って、

さっそく注文してみました。

図工の授業3・・・「冨嶽三十六景 隅田川関屋の里」(11月26日投稿)html

   

届きました。

    

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調べたら、すでに「関屋の里」は1966年発行の切手で使われていたようです。

それが2011年に再び使われて発行。

私がこの絵で授業をしたまさに今年の発行。

こういう縁を必要以上に大事にしてしまう私の癖。

即注文しました。

   

ムッシュさんのブログでまた楽しいことを知りました。

郵便局の「オリジナル切手サービス」です。

自分オリジナルの切手が作れるサービスです。

http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/picture_stamp/index.html

何か作ってみたくなります。

 

    

 

 

2011年12月 4日 (日)

身辺雑記・・・最近見かけた草木

  

今日は12月4日。

最近見かけた草木の写真。

    

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通勤路の三明寺で見かけたユッカ。11月30日撮影。

このブログにユッカが初登場したのは4年前です。

前任校の花壇に咲いていました。

「教室から見えるユッカ」html

その頃は1年担任でした。苦労しました。

寒い季節に長く咲いていました。いろいろなことを思い出します。

     

       

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今朝の撮影。国道151号線の街路樹の紅葉もだいぶ進みました。

3年前の往時には及びませんが、この2年の丸裸の木々のことを思うと、

よく頑張っていると応援したくなります。

※前回この街路樹について書いたのは11月26日のことでした。

「今年は見られそう、街路樹の紅葉」html

     

   

    

やはり今朝の撮影。大和の大イチョウ。

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ちょうど1年前の12月4日にもここに来ていました。

「12月4日の大和の大イチョウ」html

今年の方が落葉が早いです。

昨年は墓参りの後に寄っていますが、実は今年もそうです。

今朝は一人で墓参りに行ってきました。

ずっと行っていなかったので、母親に怒られそうだと思って。

     

    

    

今日、三明寺での撮影。

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こぼれるように咲いていて、

前からいいなと思い、いつかは撮ろうと思っていたサザンカです。

    

さらに三重塔と紅葉がよかったです。

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さあ、今晩もう一仕事!

教材研究「清川だし」3

   

今日は12月4日。

前投稿のつづき。

   

「清川東風」と書いて、「清川だし」と読むと前投稿で書きました。

「東風」と言えば、やっぱり「こち」と読むのが有名です。

それでは、他の方向の風はどうだろう?

   

調べました。

ちゃんとありました。

東風「こち」

西風「ならい」

南風「はえ」

北風「あなじ」

でした。

でもなぜこう言うのかは不明です。

  

次のサイトなどを参考にしました。

「教えて!goo  東風」html

教材研究「清川だし」2

   

今日は12月4日。

前投稿のつづき。

2002年2月19日放映の

「プロジェクトX 挑戦者たち 突風平野 風車よ闘え!~執念がエネルギーを生んだ~」

を再び見ました。

覚えがありました。

思い出しながら、他のことをやりながら2回も見てしまいました。

   

・昭和20年代、戦後の食糧増産の中、庄内米はたくさん売れた。

・庄内平野にあって、その恩恵を受けられなかった場所があった。それが立川町

・立川町は日本最悪の風が吹く。4日に一度、台風並みの風が吹く。

・それが「清川だし

・「清川東風」と書いて「きよかわだし」と読んでいた。

・この風を逆に生かして風力発電をしようと考えた。

・昭和54年に挑戦。風力で作った電気でハウスを温め、フキノトウやコゴミを育てた。

・しかし1年後に強風で風車は破壊された。

・昭和60年になって再び風力発電に挑戦。電力で豚舎を温めた。

・しかし新型風車も強風で破壊される。

・3度目の挑戦。専門家を呼んで意見を聴く。

・この時、今回の国語の教科書(東京書籍)の教材文の著者「牛山泉」さんも呼ばれる。

・牛山さんらは、大型の風力発電を設置するべきだと主張。

・アメリカの風車を輸入して行おうとしたが、国の許可が下りずに失敗。

・しかし、平成になって再び挑戦。

・平成5年4月24日に立川町の3基の風車が始動した。

・牛山さんが言う。「日本の風力発電の幕開けだ」と。

   

これが主な内容。

いくつか写真を。

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RIMG0277 RIMG0279

RIMG0276← 長南一美(ちょうなんかずみ)さん

長南さんは、地元の子どもたちのために絵本を作りました。

なんじゃもんじゃの森のフーちゃんとダシ風くん」という絵本です。

   

以上です。次のサイトも番組の内容が詳しいです。

「山形E旅 風力発電《立川の風車》庄内町/旧立川町」ber

   

ただほぼ1年前のニュースを読むと、風力発電は順調だったわけではないようです。

しかし、昨年と今では、エネルギーの考え方が大きく変わったもんなあ。

「読売新聞 ”風で町発展”道半ば」(2010年12月2日)htm 

一部引用。

だが、現在、3基のシンボル風車は停止している。

老朽化とメーカー倒産による部品の供給停止が重なり、

安全や維持費用の面で町民の理解を得るのは難しいと考えたためだ。

全電力自給の当初目標も、旧余目町との合併(05年)を経たため約13%にとどまる。

電力購入価格の低迷などを背景に建設を見送る業者もおり、

03年の11基目を最後に風車の新設はない。

    

「清川だし」でいろいろ勉強しました。


教材研究「清川だし」

  

今日は12月4日。

国語の授業の教材研究中に疑問に思う。

清川だし

    

山形県庄内町に吹く夏の地方風。強風。

「清川だし」の「だし」とは?

「だし」は「出し風」のこと。

「出し風」とは「陸地から沖へ吹く強い風」のことで、

船出をするのによい風であることからついた名前だそうです。なるほど。

    

強風が吹く仕組みは?

次のサイトが参考になりました。

「ぼくの全国風車訪問記 立川町のナゾ」htm

    

「清川」はどこにある?

今は庄内町(しょうないまち)。

かつては立川町(たちかわまち)。

2005年(平成17年)7月1日に立川町と余目町(あまるめまち)が合併し庄内町となりました。

   

かつて「プロジェクトX 挑戦者たち」で、立川町の風力発電が放映されたことを知りました。

何とその番組をちゃんと録画してあって、さらにすでに以前見たことにも気づきました。

う~ん、全然覚えていません。

   

2002年2月19日放映

「プロジェクトX 挑戦者たち 突風平野 風車よ闘え!~執念がエネルギーを生んだ~」

今日、余裕があったら、もう一度見てみよう。

 

2011年12月 3日 (土)

山下工美さんに出会った映像 2008年

   

今日は12月3日。

最近、美術ネタが多いです。

そうなると思い出すのが、山下工美(くみ)さん。

最初に山下さんについて書いたのは、2008年2月21日。

「光と影の芸術・・・山下工美さん」html

その後、ちょくちょく書いてきました。

「3月30日にこの作品の前に立つ予定」html(2008年3月12日投稿)

「3月30日は増田修治先生の話を聞きに行きます」html(2008年3月16日投稿)

「山下工美さんの作品を東京の病院待合室で見た!」html(2008年4月1日投稿)

「なんばパークスタワーに山下工美さんの作品を見に行く」html(2008年7月21日投稿)

「山下工美さんの2009年の作品『椅子』」html(2009年8月30日投稿)

    

最初の出会いは、TV番組「奇跡体験!アンビリバボー」でした。

おそらくその日の番組と思われる映像を、youtubeで見つけました。

ここに載せます。

 

   

今のところ東京と大阪で作品を見ましたが、

また他の作品を生で見に行きたいです。

最近の写真

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楽餓鬼

今日はにゃんの日

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