2020年4月25日 (土)

2018年のマラリアでの死者数は40万人超

 

今日は令和2年4月25日。

  

新聞の朝刊は毎日見ることにしていますが、

夕刊はあまり見ていません。

たまに見た夕刊に、驚きのことが書いてありました。

2020年4月24日朝日新聞夕刊6面。

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4月25日午前4時時点での、新型コロナウイルスによる死者数は

世界で19万3930人です。

※参考:AFP BB NEWS

それを上回るマラリアの恐怖。

「マラリア」から連想したのが「国境なき医師団」のサイトです。

 

Photo 国境なき医師団

 

何か貢献したいなと、時々思います。

そんな時、このサイトで簡単に寄付できます。

思っただけでなく、実行ができます。

今回、私は実行しました。

皆さんもどうですか?

ハナコ「爆弾処理班」 いかに顔の表情が大事か

  

今日は令和2年4月25日。

  

昨年12月に参加した教育と笑いの会で、

話し方で大事なものは、

 ナンバリング 

 ラベリング 

 ジェスチャー

だと教わりました。

ここでも道草 落語【遊山船】を聞く/ゼロ歳児から百歳までを対象とした教育施設(2019年2月17日投稿)

顔の表情もジェスチャーと考えると、

今年3月15日放映の「ザ・ベストワン」での

ハナコの岡部さんの顔の表情は素晴らしい。

顏芸で笑わされました。

列挙します。

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実際に、このコントを見てみたいですよね。

 

何と、動画がありました。


YouTube: 【ザ・ベストワン】 ハナコ|キングオブコント優勝の原型になったペストワンネタ

2020年4月24日 (金)

記事「スペイン風邪に学ぶこと」で勉強

   

今日は令和2年4月24日。

  

2020年4月24日、つまり今日の朝日新聞朝刊に、

スペイン風邪に学ぶこと

という見出しで記事が掲載されていました。

こんな図が載っていました。☟

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一部引用します。

 

 テレビやインターネットがなかった当時、広報に使われたのが

ポスターだ。車内で口を開けて寝入る男性を描き「マスクをかけ

ぬ命知らず!」と過激な調子で呼びかけるものなどが作製された。

  

上の図のポスターの3枚目に「マスクをかけぬ命知らず!」

とあります。

3枚目の上部には「恐るべしハヤリカゼ、のバイキン!」

とあります。

他のポスターも見てみます。

1枚目。

汽車電車の中ではマスクせよ 外出の後はウガヒ忘るな

2枚目。

悪性感冒 病人は成るべく別の部屋に!

4枚目。

「テバナシ」に「セキ」をされては堪らない

ハヤリカゼはこんな事からうつる!

 

マスクの歴史について知りたくなりました。

100年前には存在しました。

マスク専用HP マスクの歴史

☝ このサイトによると、マスクは工場の粉塵よけとして

大正時代に作られたのが始まりでした。

1918年(大正7年)以降のインフルエンザ(スペイン風邪)の

大流行にともない、感染予防のものとして注目されたようです。

ポスターに描かれたマスクは、最新の予防用具だったのです。

そして今もマスクは重要な予防用具です。

  

 

上の図で日本に3回、スペイン風邪が流行したことがわかります。

記事の一部を引用します。

  

 内務省衛生局が、スペイン風邪の記録をまとめた「流行性感冒」

(平凡社)によると、国内では18年8月~19年7月の最初の大

流行の後に19年9月~20年7月、20年8月~21年7月にも

流行期があった。国内の患者数は約2380万人、死者約38万8

千人とされる。後の研究で、死者約48万人との推計もある。

  

以前の記事と関連づけることができました。

ここでも道草 「ETV特集 緊急会談 パンデミックが変える社会 歴史から何を学ぶか」から学んだこと (2020年4月11日投稿)

ここで次のように書きました。

  

スペイン風邪。日本の場合は2回目の流行の方が致死率が高い。 

100人あたりの死亡者数

 1回目の流行 1.22人

 2回目の流行 5.29人

 (東京都健康安全研究センター)

 2回目の流行の方が強毒となり、若い人の死者が増えた。

  

 

上の図を見ると、一見2回目の流行期は、1回目との比較で、

死者の数が少ないことに目がいきます。

しかし、致死率が高くなっていることに気がつきます。

1920年1月の患者数は133万2713人で

死者数は5万5096人。

100人あたりの死者数は4.13人

同年2月は患者数58万1816人で、死者数は3万8485人。

100人あたりの死者数は6.61人

同年3月は患者数15万9370人で、死者数は1万7302人。

100人あたりの死者数は10.86人

  

4月11日の記事の5.29人という数字は、

おそらく第2回目の流行の平均であって、

ピークの月には、100人のあたりの死者数は

10人を越えていました。

  

10%を越える致死率。

さぞ不安な世の中だったろうなと、今と重ねて想像できます。

  

上図の【命を落とした主な著名人】の中で

辰野金吾」に目が留まりました。

辰野金吾さんは、東京駅のことを調べた時に必ず出てきた人です。

何度も私のブログに登場しています。

最初はいつだったか調べました。

2011年1月25日でした。

ここでも道草 戦災前の東京駅

その記事を見てビックリ。

次のように書いてありました。

 

ところで設計者の辰野金吾さんが亡くなったのは

1919年(大正8年)。

理由は当時世界で流行していたスペインかぜ。インフルエンザです。

人類が最初に遭遇したインフルエンザの

大流行(パンデミック)の犠牲となりました。

そんなことも調べていて知ったので、ここに書いておきます。

  

 

9年前の私は、ちゃんと調べていました。

すっかり忘れていました。

2020年4月22日 (水)

「世界」(2020年5月号)③ 「スクープ」の対極は「忘却」

  

今日は令和2年4月22日。

  

私のブログのアクセス数は平均約220/日です。

4月に入ってほぼ毎日平均を上回り、

最近は400を越えます。

皆さん、家で自粛されていて、

ネットサーフィンをする時間が増えて、

私のブログが引っかかることが多くなったと予想します。

読んでくれるのはありがたいです。

私にとってネットはアウトプットの場です。

アクセス数が多いのはやっぱり励みになります。

今日はまだ書きます。  

    

前々記事に引き続いて、

「世界」2020年5月号(岩波書店)より引用します。

  

神保太郎さんが「メディア批評」のタイトルで

記事を寄せています。

そこからの引用です。

  

■ 忘却と戦うジャーナリズム

 「スクープ」の対極にあるのは「忘却」だろう。森友疑惑は、

「疑惑の国有地売却」を報じた朝日新聞のスクープから始まり(

2017年2月9日)、「首相夫人の介在」「不透明な売却交渉」

などが国会で問題になった。防戦に当たったのが佐川宣寿理財局長

(当時)だった。「交渉記録は内規に従い廃棄した」の一点張りで

疑惑を包み隠した。時が経てば、世間は忘れる。北朝鮮のミサイル、

加計学園疑惑、豪雨災害・・・。ニュースの洪水が人々の関心を押

し流す。忘れさせれば勝利なのだ。

 忘却との戦いに突破口を開いたのは、また朝日新聞。「交渉記録

改竄」を暴いた(2018年3月2日)。財務相の引責辞任に値す

る組織悪が発覚しながら、麻生大臣は歳費に上乗せされる閣僚給与

1年分(約170万円)の自主返納で居座った。佐川局長ら20人

が減給などの処分を受けたが、これで手仕舞い。大阪地検は関与し

た全員を不起訴処分に。権力の総がかりで森友は再び忘却の闇に隠

された。

 しかし、忘れることができない人がいる。遺族は三回忌の節目に

「死の真相」を求め動き始めた。「二人は調査される側で、再調査

しないと発言される立場ではないと思います」。二人とは安倍首相

と麻生財務相である。

(97p)

  

  

森友疑惑については、当初はよくわかっていませんでした。

首相夫人が名誉校長だから、土地が安くなった?

首相に忖度して公文書改竄?

そんなことあるわけないじゃんという視点もあったと思います。

しかし、桜を見る会の件で、そんなことあるわけないじゃんと

思えるようなことが、実際に起こっていると感じました。

新たな視点です。

その視点で見ると、森友疑惑も加計疑惑も、

実際にとんでもないことが起こったのだとわかりました。

  

  

3月19日の麻生財務相の会見の様子が記されていました。

  

 翌19日の会見は、(3月18日の会見と)雰囲気が少し変わっ

た。テレビ東京の記者が、「大臣はまだ(赤木俊夫さんの)遺書や

手記をご覧になっていないということでしょうか」と問いかけた。

「ゲラみたいなやつは読みましたよ。現物を読んだか、といったら

私は現物をいただいておりませんから」と麻生氏。

 「読んだなら感想を聞かせていただきたい」。記者はたたみかけ

た。「読んでいないので答えようがない」と逃げる大臣。「ゲラで

読んだんでしょう。内容は同じです。感想を」と迫る記者を「同じ

内容かどうかわからない。あなたの話が本当かどうかもわからない

からね」と突っぱねた。頑張ったテレ東記者に同調する質問が連発

された。「全文をきちんと読んで、感想を語る考えはないか?」(

テレビ朝日)「調査報告書の会見で『なんでやったのか、それがわ

かれば苦労しない』という趣旨のことをおっしゃっていた。であれ

ば実態を解明するために何かやってもいいのでは」(朝日新聞)「

近畿財務局で文書が見つかった経緯は調査報告書と違う部分もある。

改めて調査する考えは」(東京新聞)「佐川局長から明確な指示が

あったという指摘は、新たな事実に当たらないのか」(共同通信)

 麻生氏は憮然として、「出した文書、あれが私どもが調査した結

果ですから。新しい手記があって、あの種のご指摘は前からあった

ところでしたけど、調査したうえで、私どもはそうではないという

結論を出して、あの調査書をあげさせていただいておりますから」

 そして「最後に」と前置きしてこう述べた。「ちょっとさあ、財

研だったらさ、WTI(原油先物価格)が20ドルに下がってどう

ですかぐらいの質問は出んのかね。えらいことじゃないの?それも

知らない?・・・みんなしらーっとして、森友。これ、社会部じゃ

ない。少なくとも、これぐらいでかい話、いまないと思うけどね。

どうして出ないの?WTIって見たことない?財研か、ここは?」

 支離滅裂な愚痴を撒き散らし退席した。

(98p)

  

私はこの会見を、読んだ時点で見ていませんでした。

実際に見たくなりました。

ありがたいことに、今の世の中、その気になると見ることができます。

TBS NEWS【全録】麻生会見すべて見せます

該当のシーンは7分30秒からです。

よかったら退席まで見てみてください。

 

記録に残したい会見です。

忘却したくないです。

政治家はこうでなくてはやっていけないのでしょうか。

そうだとしたら、政治家という職業は、

教え子に勧められません。

EdTechとは?/100年前の教師が現代にやってきたとしても・・・

今日は4月22日。

  

前記事の中で出てきた「EdTech」について。

  

どういうものだろうと調べていて、次のサイトを見ました。

デジタル・ナレッジ EdTechとは

 

ここに気になる文章がありました。

引用します。

 

デジタルやICT(情報通信技術)を既存産業に掛け合わせることで

新しい価値を生み出す「X-Tech」。

FinTech(金融×テクノロジー)やMedTech(医療×テクノロジー)、

AgriTech(農業×テクノロジー)など多数ありますが、

その中のひとつ『EdTech(エドテック)』が

近年大きな盛り上がりをみせています。  

Edtech  

EdTechとは、教育(Education)× テクノロジー(Technology)を

組み合わせた造語で、教育領域にイノベーションを起こすビジネス、

サービス、スタートアップ企業などの総称です。

「100年前の教師が現代にやってきたとしても

何ら問題なく授業を行えるだろう」と揶揄されるように、

教育現場は良くも悪くも変化のないいわば“聖域”として

しばしば取り上げられてきました。

しかしながら、あらゆる分野でテクノロジーが活用されることで

私たちの生活が変わり、その恩恵を享受するようになった今、

教育分野もまたテクノロジーを取り入れようとしています。

ここで指すテクノロジーとは、AIやVRなどの先端技術はもちろんですが、

すでに一般的となっている汎用技術(アプリやソフト、デバイス)

も含みます。こうした技術を活用し、これまで当たり前と思っていた

仕組みや制度、考え方までも含め、根底からひっくり返してしまうような

イノベーションの可能性が期待されています。

   

「EdTech」の意味はわかりましたが、

太字でうったところはぬぬっと思いました。

否定したいけど、否定できないところがあります。

なぜ学校は、以前のように世の中の最先端では

なくなってしまったのでしょう。

世間の後を追うようで辛いところです。

「世界」(2020年5月号)② ICT活用でインクルーシブ教育を実現

今日は令和2年4月22日。

  

前記事に引き続き、

「世界」2020年5月号(岩波書店)より引用します。

  

元文部科学事務次官の前川喜平さんが、

「教育政策と経済政策を区別せよ/

GIGAスクール構想の行方をめぐって」というタイトルで

記事を寄せています。 

 

その中で印象に残った文章を引用します。

  

 ICTの活用は、障がいの有無にかかわらず「ともに学ぶ」イン

クルーシブ教育の実現の上でも重要だ。様々な障がいがICTで克

服できる。それを積極的に実現することは教育行政の責任だ。「合

理的な配慮」という言葉が子どもたちを「分ける」ための口実に使

われてはならない。ICTの発達によって「合理的な配慮」は日々

拡大し、ともに学ぶ環境は広がる。

(168p)   

  

 特別支援学級の児童に効果的にICTを活用しているのが、

井上賞子先生です。

こうやってICTを使えばいいんだと思わせてくれたのが、

昨年のセミナーでした。

先に書いたように、この夏、オンラインで井上賞子先生の

セミナーを再び聴くことができます。

8月13日です。

絶対実践に結びつけたいと思います。

インクルーシブ教育を実現するだけでなく、

インクルーシブな社会を実現したいですね。

 

 ICTはもはや現代社会には不可欠だ。一般の職場ではとっくの

昔に実現している情報端末一人一台の環境が、未だ学校に無いこと

の方がおかしい。文明開化の時代、学校は先進文明への窓口だった。

未来を生きる子どもたちには、学校こそ先進分明に触れる場でなけ

ればならない。パソコンなどの情報端末は、すでにノートと筆箱と

同じような文房具だと言っても過言ではない。学校での「一人一台」

の先には「BYOD(Bring Your Own Device)の時代が予想さ

る。情報端末は「教育」ではなく「学習」のための道具となる。

(168p)

 

そうです。教師もタブレット端末は文房具であって、

それを使って、生徒に身につけさせたいことがあるのです。

その気持ちを忘れずに。

使い方で振り回されないようにしたいです。

  

  

 

 まずは、教師たちの負担感や抑圧感を取り除くことが必要だ。「学

び続ける教師像」は大事だが、それは教師たちを上からの研修漬けに

することではない。自由に学ぶ時間を確保することこそが重要だ。I

CTは教師も学ぶことが必要になる。

 EdTechとして宣伝される様々な学習方法については、ICT企業

のセールストークに惑わされず、踊らされず、あくまでも教育者の座

標軸を失わず、冷静に吟味しながら学んでほしい。

(171p) 

  

もう定年まで2年弱になってしまいましたが、まだ勉強したいです。

ICTを使って、目の前の生徒の力を伸ばしたいです。

(う~ん、書きながらテンションが上がってしまいました)

EdTechについては次の記事へ

  

  

 およそ教育には、人類が過去に積み重ねてきた学問や文化を次の世

代に継承するという目的と、未来を生きる子どもたちに自分たちの人

生を切り開き自分たちの社会を作っていく力を与えるという目的とが

ある。教育は過去と未来とのはざまにある。だから学校には「過去の

人」も存在していい。「自分はアナログ人間だ。ICTなど不要だ。

本とノートと黒板があれば十分だ」という教師もいていい。デジタル

世代の若い教師が増えているのは一つの僥倖(ぎょうこう)だ。未来

志向の教育は若手に任せ、年長の教師は過去を伝える仕事に専念する

という、世代間の役割分担もあっていいではないか。

(171p)

  

文中の「年長の教師」はまさに自分のことです。

でも「過去を伝える仕事」には専念できませんね。

「過去を伝える仕事」もしつつ、ICTも使いこなしたい。

  

  

つづく

「世界」(2020年5月号)① 福島県浪江町の元住民が戻りたくない理由

  

今日は令和2年4月22日。

  

ここでも道草 「世界」5月号がやっと手に入りました(2020年4月13日投稿)

やっと手に入れた月刊誌「世界」2020年5月号(岩波書店)を

あらたかた読み切りました。

  

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読んでみて、世の中には知らないことがたくさんあるんだなあと

あらためて思いました。

すべてのことを知って、それぞれについて自分の考えを持ち、

できることは実行していく・・・なんてことは1人の人間には

無理なことだとあらためて思いました。

運よく出合った情報には、真摯に向き合っていきたいです。

何から引用しようかな。

     

福島の話。

帰還困難区域であったところが、

除染して帰還困難が解除しました。

ところがもと住民にとっては複雑な気持ちになるようです。

浪江町の菅野さんの発言。

  

「実は私のところは2年前から特定拠点解除が始まっています。5

年で除染して、該当する人たちを家に帰すと。それでウチもその該

当になってしまったんです。だから近所の人たちから『まあ、おめ

たちは運が悪いな』と言われる。そったらもん、帰れるわけねえべ、

って。でも選ばれてしまった以上、私たちは『帰れない人』から『

帰らないことを選ぶ人』になるのです。これだけ国が税金を使って

除染をしたのにと、今度は帰らないことを責められる立場になる。」

(中略)

「除染作業をしてもらったということは、誰かに被曝労働を強いた

ということでもあるんです。私たちが避難しているところの汚染を、

自ら被曝しながらどかしてくれる人たちがいる。そのやりきれなさ。

そんなにまでして除去してくれているのに、私たちはそこに住める

とは思えない。そのことの申し訳なさ。だって山は除染しないんで

すよ。我が家の水源は1キロ先の山の中です。そこにはまだ10μ

(マイクロ)シーベルのところもある。いくら表面を剥いでも、周

りの山が除染されていないから、雨が降れば放射性物質も流れ出る

し、風で飛んでくる。今でもフクイチからは放射性物質が出続けて

いるわけですから。たとえば横浜の公園で1μシーベルト以上の汚

染があったら、直ちに黄色いロープが張られて、除染したというこ

とがニュースになる。でも福島では年間20ミリまで被曝しても構

わないことになっているんです。レントゲン室は5ミリまでの被曝

はやむを得ないと言われますよね。私たちはレントゲン室で子育て

しても構わないということですよね。それが福島の暮らしなんです。」

(200p)

   

  

実際に福島県に行って、大熊町に行ってみて、

帰還することができるようになったのに、

元住民は戻っていない状況を見てきました。

この菅野さんのような思いをもっている人が多いのかなと

想像します。

  

「福島イノベーション・コースト構想」というのがあります。

東日本大震災および原子力災害で甚大な被害を受けた浜通り地域に、

新たな産業基盤を築くことを目指す巨大な国家プロジェクトです。

最先端産業を集積し、雇用を生み出し、

地域を復興しようというものです。

実際にすでに施設ができあがっています。

しかし、元住民の暮らしとは結びついていないようです。

浪江町の菅野さんの発言です。

 

「立派な建物が建って、研究所ができて、でも人の暮らしとか、

子どもたちや年寄りの健康に目を向けない。結局、生産性でし

ょう。どうやって日本に経済的な効果が与えられるかが重要な

のでしょう。そして県外から人々が来て働けるように住宅を作

り、地元に住民票をおろしなさいと。そうすれば浪江町や大熊

町の人口が増える。町はこれだけ復興したと。でも追い出され

た人たちは外であえいでいる。私たちを置いて、町は行ってし

まう。それがイノベ構想なんだろうなと思っています」

(201p) 

  

  

被災地には最先端の産業施設ができてきていますが、

そこに最先端産業を興すことが主目的になってしまい、

元住民が戻ってきて昔のように暮らすことが

置いてきぼりになってしまったように感じます。

災害後9年目を迎えた3月11日前後で、

福島県の特集番組をいくつか見ました。

よその市町村で根をおろしている人たちがたくさんいて、

その人たちの多くは、もう戻らないと言っていました。

「世界」を読んで、戻らない理由があらたに見えてきました。

  

  

つづく

「英雄たちの選択 南方熊楠」を見る

今日は令和2年4月22日。

   

3年前の番組を見ました。

2017年3月23日放映の「英雄たちの選択

”知の巨人”  南方熊楠の闘い 熊野の森を守れ!」

より。

  

  

〇南方熊楠はよく学んだ。

 「小生は次男にて 幼少より学問を好み、

  書籍を求めて、二十町三十町を走りありき、

  借覧し、ことごとく記憶し帰り、

  写し出し、くりかえし読みたり」

〇「和漢三才図会」を書き写した。

 膨大な事典のような書籍。

〇東大に進学。イギリスに留学する。 粘菌に関心をもつ。

 当時の日本は欧化政策をとっていた、

 熊楠はその政策に反対であった。日本を含めた東洋の復権を目指す。

 留学中に意気投合した孫文に「あなたは一生かけて何をやりたい?」

 と問われて「願わくは、我々東洋人は一度西洋人をことごとく

 国境外へ放逐したきことなり」と答えた。

  

〇東大予備門の同級生

 夏目漱石 正岡子規 尾崎紅葉 幸田露伴 秋山真之

〇明治10年代に青年期だった人たち・・・無償の遊戯性があった。

 立身出世やお金のためではなく、見返りを期待せずに、

 勉強が楽しいからやっている

  

〇熊楠 熊野に住む。

 日露戦争(1904~1905年)

 戦後、神社合祀政策が行われる・・・国民の統合を図るため、

 伊勢神宮を頂点とする国家神道の確立をめざす。

 全国の神社は原則一町村一神社として整理統合することとなった。

〇日露戦争で多額の借金をして、

 それなのに賠償金を得ることができなかった。

 地方財政も苦しい・・・神社の跡地を農地にして市町村の収入とした。

            伐採した木も売って収入とした。

  

〇熊楠の考え方

 生態を壊すと、人間の生活にも影響を与える。  

 世界には不要なものはない。

 それぞれが存在理由があって、そのバランスで成り立っている。

 神社合祀政策に対して反対運動を継続的に行った。

  

〇中央政府に勤めていた柳田國男と協力して

 神社の森が失われていくのを食い止める活動を行った。

〇生き残った大木

 三重県御浜(みはま)村 引作の大楠(ひきつくりのおおくす)

__panoramio Wikipedia 引作の大楠

  

〇大正7年 神社合祀政策廃止

〇(磯田道史)

 「草の根運動だけだと先へ進まない構造を持った国(日本)」

 (北川正恭)

 「草の根運動があるからお上が動く。それがなかったら動かない」

 

〇和歌山県田辺市神島

 古来から植物が保存されてきた。

 神社合祀政策の時には南方熊楠が森林伐採から守った。

 1929年(昭和4年)昭和天皇が神島訪問 熊楠が案内した

 ミルクキャラメルの箱に納められた粘菌の標本を見せた。

 神島は国の天然記念物に指定されている。

  

〇南方熊楠は書き写すことのマニアだった。

 書き写すは大事な勉強方法。

 

〇南方熊楠のことば

 「一芸一事に達する者はたとい山中に隠るるとも

  大いにその国の福分を益す」

 

※廃仏毀釈(神仏分離令)とは違って、

 神社合祀政策という政策があったことを知り、

 それに継続的に反対運動をしていたのが

 南方熊楠であったと知れました。

 ずっと昔に南方熊楠の伝記は読んだことがあり、

 名前はしっかり覚えていましたが、

 どのような人であったのかは今回で思い出しました。

 (すっかり忘れていたので”思い出した”ではないかな)

 

※この機会に、次のサイトで勉強しました。

真の国益を実現するブログ 神社合祀と南方熊楠 

「実践 ことばキャンプ」⑦ 気持ちのいいことばや言い方をストック/自分メッセージ

  

今日は令和2年4月22日。

  

先日から、専門学校生の娘が、自宅でZOOMを使っての

オンライン授業を始めました。

5月からは、大学生の息子がオンライン授業を始めます。

オンライン授業が身近になってきました。

そしたら、ちょくちょく参加していた神奈川LD協会の

夏のセミナーがオンラインでも受講できることになりました。

神奈川LD協会 夏のセミナー2020 オンラインセミナー

さっそく申し込みました。

昨年と同じ井上賞子先生のセミナーです。

ここでも道草 20190809報告1 これぞ”特別支援” 井上賞子先生(2020年8月11日投稿)

2度3度聞いて、井上先生のやり方が身についたらいいなと思います。

  

  

閑話休題

前日の記事に引き続いて、

「コミュニケーション力を育てる 実践 ことばキャンプ」

(高取しづか著/主婦の友社)  より引用していきます。

  

「ことばキャンプ」の語彙力に関する文章です。

引用します。

  

 ことばをたくさん知っていれば、自分の微妙な心の動きや気持ち、

ニュアンスまで伝えられます。

 ただ単に「かわいい」だけではなく、「愛くるしい」「魅力的」

「キュート」と別の形容詞で表現したり、「〇〇みたいにかわいい」

のように」たとえがあれば、より具体的なイメージがわくでしょう。

 また、同じことを言うにしても、いやな気持ちになることばと気

持ちよく伝わる言い方があります。「どいて」ではなく「よけてく

れる?」、「お塩、とって」ではなく「悪いけど、お塩をとってく

ださい」。物の言い方ひとつで印象が変わり、人間関係も変わって

きます。自分も周りも幸せにする、気持ちのいいことばや言い方を

たくさんストックしておきましょう。

(53p)

  

自分もこうやって日々文章を書いていて、

月並みな表現にならないように気をつけているつもりです。

本や新聞を読んだり、テレビ番組を見たりして、

そのような言い方もあるんだなと心に引っ掛けていくことの

繰り返しかなと思っています。

すぐに「すごい」ですませてしまうので、気をつけたい。

どうすごいの?と自問し、生徒にも問いたい。

  

   

教室で「おまえひどい点数だな」「おまえでデブだな」

と言われたり、ぶたれた時にどう対応するか。

この本では次のように書いてありました。

  

ポイント:自分を主語にして伝える「自分メッセージ」について

     子どもに説明しましょう。

     「(自分は)〇〇と思う」

     「(自分は)△△されたくない」

     「(自分は)◎◎と言われたくない」  

   (80p)

  

 相手を主語にした「あなたメッセージ」よりも、自分を主語に

した「自分メッセージ」のほうが、感想がまじらずに相手に伝え

られます。

 例をあげましょう。Aくんにぶたれたとき、「(キミ)やめろ

よ! なんで(キミは)ぶつんだ?」と言うと、Aくんは非難さ

れたように感じます。でも、「(自分は)ぶたれると痛い」「

(自分は)やめてほしい」と自分メッセージで言うと、相手を非

難するのではなく、自分の気持ちや感じたことが伝わります。ま

た、感情が混じらないのでNOが言いやすくなってきます。

 大人もふだんから「自分メッセージ」と「あなたメッセージ」

を意識して、会話してみてください。

(81p)

  

なるほどです。

  

以上で、

「コミュニケーション力を育てる 実践 ことばキャンプ」

の引用を終了します。

貸してくれた同僚の先生に返します。

2020年4月21日 (火)

面白い記事「指令 オレオの『白』を盗め」

今日は令和2年4月21日。

  

今日の新聞で面白い記事を見つけました。

2020年4月21日、朝日新聞朝刊です。

  

引用します。

  

米中争覇 The Battle

指令 オレオの「白」を盗め

中国知財スパイ 米に接近

 

 世界100か国以上で愛されるビスケット「オレオ」。黒いクッ

キーにはさまれたクリームは、どうしてあんなに真っ白なのかーー。

1990年代初め、鄧小平の号令で改革開放を加速させた中国は、

先に行く国々の技術を自分たちのものにしようとしゃにむになった。

あの白さを生み出す技術も。(サンフランシスコ=江渕崇)

  

匿名の手紙 動いたFBI

  

 米化学メーカー大手のデュポンのもとに、差出人不明の手紙が届

いた。2010年夏のことだ。

 「技術が盗まれ、中国に売られています」

 手紙は、カリフォルニア州のコンサルタント、ウォルター・ルー

(62)を犯人として名指ししていた。

 ルーはマレーシア出身で米国の大学院に学び、米ヒューレット・

パッカード(現HP)に勤めた経験がある中国系技術者だった。

 刑事裁判の記録やルーの弁護人の話によると、11年夏、デュポ

ンからの通報を受けて調べを進めていた米連邦捜査局(FBI)の

捜査官が、ルーの自宅に踏み込んだ。

 捜査官は、ルーの妻の財布に入っていた貸金庫のカギを見逃さな

かった。捜査官が問いただすと、ルーは中国語で「何も知らない」

と答えるように誘導。妻はそれに従ったが、その捜査官は中国語を

解した。

 捜査官はあえてカギを返して妻を泳がせた。自宅を出た妻を尾行

し、たどり着いた先は中国系銀行だった。FBIはそこにあった貸

金庫にあったハードディスクを押収。収められていたのは、デュポ

ンの「酸化チタン」に関する大量のデータだった。

 酸化チタンは自動車や家電、衣料など「真っ白さ」が求められる

幅広い製品に使われる化合物で、食品や医薬品の着色料にもなる。

オレオのクリームの白さも酸化チタンのおかげだ。

 製造には複雑な工程が必要だが、デュポンは効率的で環境汚染の

少ない製法を1940年代に確立した。改良を重ね、業界のリーダ

ーと見なされてきた。

 経済発展の道を突き進もうとした中国は、様々な工業製品に生か

せるデュポンの技術を欲した。裁判記録によると、中国政府はデュ

ポンから技術を買おうとしたが、7500万㌦(約80億円)を求

められて断念した。非効率で有害な廃棄物を出す古い製法を続ける

しかなかった。

     

「オレオ」のクリームの真っ白さには、

そのような技術が関係していたのですね。

驚きでした。

中国が知的財産を盗むというのは、

具体的にこういうことなんだと思った記事です。

後半は新聞の記事の写真で読んでみてください。

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確かに「オレオ」の白さは印象に残っていますが、

あらためて見てみたいと思って買いました。

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確かに白いけど、この白さが購買欲につながっているのかな。

  

箱を見ました。

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アメリカのお菓子なんだなと確認しました。

軽く驚いたのが、この面。☟

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原産国名が「中国」でした。

「オレオ」に関しては、米中間では問題は解決しているようです。

  

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