「無人島のふたり」⑤ 知床半島 だって一緒に行きたかった。
今日は令和5年1月1日。
昨日の記事に引き続き、
「無人島のふたり 120日以上生きなくっちゃ日記」
(山本文緒著/新潮社)より引用していきます。
2021年10月13日に亡くなった山本文緒さんの日記です。
7月7日の日記です。
今生で後悔していることがあるとすれば、語学を勉強しなかったこ
とかもしれない。せめて日常会話くらいできたら旅先でもっと楽し
めたと思うし、一人でも旅ができただろう。一応努力はして、英語
学校に通ったこともあったのだが、目先の仕事に時間も気持ちも持
って行かれてしまった。
仕事はそれなりに頑張って充実感はあったのだけれど、来世は仕事
などしない人生がいい(人間でないかもしれないし)。
来世も夫とたくさん旅行に行きたい。スイスや南仏やイタリアやギ
リシャ、ニュージーランドやフィジーやタイへ行きたい。知床半島
だって一緒に行きたかった。
(79p)
後悔のない人生はないと思うけど、
後悔を減らしておきたいですよね。
今日届いた年賀状で、同年代の先生が退職旅行で、
夫婦で九州に行った写真が載っていました。
私も、退職したらどこか行こうとは奥さんに言っていましたが、
町内会長を引き受けたことで、1年延ばしになっています。
ここで死んだら、悔いが残るだろうな。
知床半島は、興味を持っていました。
ヒグマは怖いけど、知床半島の山には登りたいですね。
「仕事などをしない人生」という表現は意味深です。
仕事は大事だけで、仕事だけで埋められた人生はよくないのでは。
退職した自分が、今、考えなくてはならないことだと思います。
7月8日の日記です。
東京に4度目の緊急事態宣言が出た。
この病気になって夫とふたり無人島に流されているような日々を送
っているけれど、世の中に全く興味を失ったわけではなく一応ニュ
ースはチェックしている。
コロナから解放された世の中を私は見ることはないだろうけれど。
(81p)
コロナから解放された世の中は、やっぱり見てみたいですよね。
マスクをしないで人と会うことができる世の中。
2023年になったけど、まだ実現していません。
私もコロナで死にたくないし、コロナ後の世の中を見たいというか、
体験したい。
余命を宣告されてニュースを見ることはできるだろうか。
死んでいく私には関係ないことと思ってしまうだろうか。
7月15日の日記
別れ際20年以上付き合いがあり私の本をたくさん作ってくれたG氏
の手をつい握って、不覚にも泣いてしまった。G氏も堪えきれず泣い
ていた。
わたし、彼女が泣いたのは初めて見たと思う。
「この家が建ったのはG氏のおかげだから」なんて言ってしまったけ
ど本当は「一緒にたくさん本を作ってくれてありがとう。本当に長年
ありがとう」と言いたかった。
人が私のために泣いてくれると、その人の中に私が生きている気がし
てジーンとする。
(88~89p)
やっぱり、他の人の中で生き続けるんですよね。
そして、自分のことを知っている人が亡くなると、
自分は消滅していく。それが世の習い。
G氏の中に、自分がいることを感じられた山本さんは
ちょっと幸せだったろうな。
58歳の夏、私は腹水が溜まってお腹が苦しい。
腹水が溜まるなんて、なんと言うか末期感がすごい。
(91p)
さらりと書いていますが、絶望感があっただろうな。
印象的な表現です。山本さんだから書ける表現かな。
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