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2022年9月13日 (火)

「北の麦酒ザムライ」② サッポロビールの星マークの歴史

      

今日は令和4年9月13日。

     

前記事に引き続き、

「北の麦酒(ビール)ザムライ 日本初に挑戦した薩摩藩士」

(池永陽著/集英社文庫)より。

   

村橋が作った麦酒醸造所は、サッポロビールの前身である。サッポロ

ビールには星のマークがあるが、これは麦酒醸造所が製造した麦酒に、

開拓使のシンボルとして使われた「北極星」を意味する北辰旗(ほく

しんき)を受け継いだものである。

(310p)

  

この文章は、巻末の末国善己さんの「解説」からの引用です。

サッポロビールの星のマークはお馴染みです。

見たいのは北辰旗です。

ネットで探しました。

1

北海道ファンマガジン

青地に赤い星。青地が意外でした。

青地なんだ。

サッポロビールの星は、今は黄色ですが、

最初は赤い星だったようです。

  

この動画が勉強になりました。


YouTube: サッポロラガービール赤星【国防をかけたビール造り】

 

この動画には、この本の主人公の村橋久成が出てくるし、

黒田清隆、中川清兵衛、青木周蔵が出てきます。

低温で発酵させるのが、ドイツ式のビール製造で、

ラガービールと呼ばれること。

常温で発酵させるのが、イギリス式のビール製造で、

エールビールと呼ばれること。

整理できました。

今は、ラガービールが主流だそうです。

この本の、本文の中でも、低温で発酵させるために、

北海道は向いているという記述がありました。

今晩はもう遅いので、明日引用しようと思います。

 

ロシアが、不凍港を得るために、

北海道に南下しようとしていたのを、

日本は極度に恐れて、

開拓使を使って北海道の近代化を進めた話もよかった。

  

ビールを自国で製造できないのは、

外国と対していくと時に、

馬鹿にされてしまうようです。

そうならないためにも、ビール製造は急務でした。

動画のタイトルにあるように、国防をかけたビール造りだったのです。

  

ビールを造るきっかけになったのは、

アメリカ人技師が北海道で野生のホップを発見したことです。

それはこの本にも書いてありました。

  

村橋久成と中川清兵衛との出会いは、

この本の方が緊迫感がありました。

村橋としては、途中で技術者の中川清兵衛が

仕事放棄をしないように約束させたかった。

そこで小刀を使って脅します。

史実はどうだかわかりませんが、

当時の明治時代の初めなら、あり得た話かなと思いました。

   

本を読んだことで、この動画に出合い、

また勉強できました。

こういう連鎖が面白い。

この動画については、もう少し書きたいな。

明日だね。

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