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2020年5月 3日 (日)

「長期ひきこもりの現場から」⑩ 当事者だけでなく、その家族も

  

今日は令和2年5月3日。

  

今晩もう1本!

前々記事に引き続いて

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

  

 両親は(中略)保健所へ何度も相談に行った。医療機関にも十数

回にわたり相談に出かけ、支援団体にも足を運んだ。

 しかし「まず本人をなんとかして連れてきてください」「別の専

門家に相談してください」「あせらず気長に考えましょう。また来

てください」」などと言われるばかりだった。

 両親は(ひきこもっている)孝徳君に昔「一度病院に行かないか

?」とメモや声かけで勧めたことがある。

 すると、次の日の朝食のあと、食卓に孝徳君は次のようなメモを

残していた。

「病院に連れていくなら、必ず自殺します。孝雄と絹代に殺される

わけです。ぼくがこうなったのは、孝雄や絹代が僕の苦しみを無視

して、学校や勉強をさせたことが原因です。これ以上、ぼくを苦し

めてどうしたいの?もうお願いしますよ」

 そのメモを見て以来、両親は孝徳君と向き合う気力が消滅した。

しばらくの間、夫婦ふたりで夜通し号泣して過ごした。父親はその

後、二度と孝徳君に声をかけられなくなった。

 ひきこもりを抱える家族の場合、当事者だけでなく、その家族も

心をズタズタに引き裂かれる。誰も悪いわけではないのに、である。

 こうしてひきこもりの孝徳君に両親が忖度し続ける”忖度家族”が

できあがった。両親の心中では”忖度”というより”謝罪”の意識なの

かもしれない。その意識が正しいかどうかはともかくとして、両親

にも心の支援が必要だ。

(216p)

  

  

この事例は辛いです。ひきこもり(不登校)は、

家族だけで解決できるものではないと思います。

だれか時間をかけて介入できる第3者が必要だと思います。

ここまで引用すると、この家族のその後が知りたくなりますよね。

続きを引用します。

  

 僕(石川清さん)が相談を受けて、1年あまりが経った。手紙

や声かけを続けているが、本人と顔をあわせたことはない。しか

し、ドア越しに会話をすることはできるようになった。

 また孝徳君は月に一度くらいは外出するようにもなった。その

時は決まって、朝の6時前に外出し、両親が寝たあとの夜の11

時過ぎに帰宅する。両親と顔を合わせたくないらしいのだが、ど

こで何をしているのだろうか。

 ただ、話し合いの甲斐があって、心療内科にも一度、ひとりで

通院を始めた。かなり遠方の病院に通ったようだが、「お医者さ

んは僕を”病気じゃないから、治療に来なくていい”と言いました」

と言って、治療をうち切られたという。その医者がどこの誰なの

かまったくわからないので、詳細はわからない。

 孝徳君と”忖度家族”の脱ひきこもりの道のりはまだまだ長い。

時間がかかりそうだ。

(217p)  

 

変化はありましたが、解決には至っていませんでした。

ここから学びたいのは、石川清さんの心がまえです。

焦らず、間違った手段をしないように慎重に、

根気よく対応するということです。

覚悟がいるということです。

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