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2020年1月17日 (金)

「校則なくした中学校~」② 「生徒を怒鳴ることはやめましょう」 

  

今日は令和2年1月17日。

  

前記事に引き続き、 

校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール

(西郷孝彦著/小学館)よりひたすら引用します。

  

 

仲良しごっこを続けているよりも、一時的にもめたとしても、

本音を言い合ってそれを乗り越えたほうが、さらに深い関係が

築けると、私は考えます。

裏を返せば、喧嘩や言い合いをせず、ずっと仲良しでいるのは、

大半が表面だけの付き合いです。いったん破綻したあとに修復

できれば、もっと仲良くなれるケースが多いといえます。本当

に好きな人、自分が仲良くしたい人であれば、何としてでも修

復したいと思うものですし、喧嘩で相手の本音を知れば、相手

をより深く理解できます。

本気の衝突や喧嘩を経て成長した子どもは、強いですよ。

なぜなら、「人間は必ずしも言葉と感情が一致する時ばかりで

はない」と身をもって理解できるようになるからです。

たとえば「バカ」と罵倒してきた同級生が、「実はかまってほ

しいことを素直に伝えられないだけではないか」などと、言葉

の背景にある感情を察せられるようになります。結果、最終的

に無駄ないさかいは減っていきます。

(26p)

  

  

「ゆうゆうタイム」というのは、子どもたちが話をしたい教員

やカウンセラー、職員とゆっくり2人だけで話ができる、とい

う時間です。年に2回、放課後に時間を設定して、事前に申し

込んだ教員と教室で話をします。

(27p)

 

「ゆうゆうタイム」で生徒から総スカンを食らった教員はどう

なるのでしょうか。

これが見事に変わるのです。「これではいけない」と思うので

しょう。そもそも、子どもが好きでこの仕事を選んだ人がほと

んどなのです。それなのに子どもたちから避けられる。自分に

問題があると考えざるを得ません。

ではどうするか。

私は「本当の自分を出しなさい」とアドバイスしています。こ

れまでは、「教員とはこうあるべきだ」と考え、構えていたの

でしょうね。取り繕うから、人によって態度も違って見えてし

まう。

私たちは、教員である前に、ひとりの大人です。大人である前

にひとりの人間です。子どもたちの前で教員として振る舞うの

ではなく、本来自分が生きてきた「素」の自分でいるのです。

いいところも悪いところも包み隠さず、ひとりの人間として、

子どもに対峙すればいいのです。

取り繕わない素の自分で、思い切ってぶつかっていくと、子ど

もは寄ってきます。子どもたちは、教員としてではなくて、人

間としての自分に魅力を感じるのです。教員と生徒という関係

性はこれで一旦まっさらになり、対等な関係をつくることがで

きます。

(31~32p)

  

   

怒鳴ることなく、素で勝負したいです。

この先生の言われるように、素で十分なはずなのです。

  

 

たとえば校則の廃止。

「校則なんてきゅうくつだ。だから全廃しよう」という教育論

を金科玉条のように掲げて校則を廃止したのではなく、「子ど

もたちにとって、幸せな3年間を送らせるためにはどうしたら

いいか」ということを考え、議論に議論を重ねていったその結

果、そうなったということです。

(39p)

  

「子どもたちにとって、幸せな3年間を送らせるため」は、

この本の中で幾度か出てきます。

原則です。

  

  

怒鳴った経験がある人はわかると思いますが、怒鳴って気持ち

のいいことはありません。怒鳴られている生徒も気分が悪い。

つまり、どちらにとってもマイナスです。公衆の面前で怒鳴れ

ば、周囲も嫌な気持ちになります。誰も得をしていません。

では、怒鳴らないようにするためにはどうしたらいいか。

まずは朝礼を見直すことにしました。

「生徒がざわついてもかまわないから」

と教員たちに言いました。生徒が騒ぐとしたら、朝礼台の上か

ら私が発している話が、つまらないからです。面白い話だった

ら、きっと耳を傾けるはずです。

「もし生徒がうるさくしていても、それは私の話がつまらない

せい。だから生徒を怒鳴ることはやめましょう」

私自身も生徒が思わず聞き入るようなとっておきの面白い話を

準備しました。

「朝礼できちんとさせること」が学校生活でいちばん大事なこ

とではありません。いつの間にか、学校全体で大事なことを見

失っていたのです。

ではいちばん大事なこととは?

それはただひとつ。

子どもたちが、幸せな3年間を送ること。それだけです。

とはいえ、染みついてしまったものは、なかなか変えられませ

ん。

「子どもは管理するものであり、教員が指示をだすもの」

こういう固定観念が教員の中にあるのです。

実際、教員たち自身の多くも、そういう教育を受けてきました。

悪しき学校文化です。

言うことを守らせることが自分の役目だと思い込んでいる教員

にとって「大きな声を出すな」と言われることは、理不尽でし

た。彼らは「きちんとさせたい」と思っているのです。使命感

から怒鳴っていました。私が言っていることは、「きちんとさ

せなくいていい=教員として振る舞わなくていい」と聞こえた

はずです。

(43~44p)

  

  

こういう方針の学校になってほしいと思います。

どの学校も。

  

  

つづく

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