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2019年10月6日

2019年10月 6日 (日)

今度の台風19号を私はマークします

今日は令和元年10月6日。

  

今晩のニュースで、台風が発生したことを知りました。

Photo_2 Yahoo!ニュース

記事によると、9日(水)15時の中心気圧は915hPa

最大風速は55m/s、最大瞬間風速は75m/sとなる予想と

言っていました。

先日まで伊勢湾台風の勉強をしていて、

伊勢湾台風が中心気圧929hPaだったと知りました。

それを下回る気圧。

こんな低い気圧で上陸していたとしたら、

単純に大きな被害が出るのではと予想します。

   

気象庁の記録です ☟

Photo_5

今年、千葉県を中心に多大な被害をもたらしている

台風15号は、上陸時には中心気圧960hPaでした。

昨年、大阪府を中心に多大な被害をもたらした

台風21号の上陸時の中心気圧は950hPaでした。

  

この2年の体験上、上陸時に中心気圧950~960hPa

非常に危険なのです。

それ以下の気圧で上陸した台風も、

上記のようにいくつもあるのです。

教訓を生かさなくてはなりません。

  

今回の台風19号が、915hPaからどのように変化して

日本に迫ってくるのかをしっかり見ておきたい。

どんな被害が起こる可能性があるか予想して、

予防できるものは予防し、準備できることは準備していきたい。

 

 

今度の台風19号を私はマークします。

20191001報告 鳳来寺山 小耳にはさんだ言葉

  

今日は令和元年10月6日。

  

鳳来寺山の石段を登っている時に、

2人ずれの女性登山者が一休みをしていました。

挨拶をして横を通り過ぎました。

後ろで2人が話しているのが聞こえてきました。

こういうところに来ると、

体力が落ちたことがわかるのよねえ

40歳代くらいかなと思った2人。

なるほど、いいことを言うなあと思いました。

山に登ると、それも鳳来寺山のように階段の連続だと

きついですからね。

  

  

東照宮でお参りした時に、見つけました。☟

Rimg2125  

戦場に召されし兵の守りとて 身を削られき狛犬われは

Rimg2126  

削られてしまったとは驚き。

削った石片を、お守り袋に入れて渡したのでしょうか。

そんな想像をかきたてるものでした。

「北風にゆれる村」/フキとあやの別れのシーン

 

今日は令和元年10月6日。

  

また本が読めました。

北風にゆれる村~新十津川物語4~

(川村たかし著/偕成社)です。

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主人公の中崎フキの娘のあやは、高等科3年、そして

滝川で裁縫塾を1年終えて15歳になりました。

明治45年のこと。あやは小学校の代用教員に採用され、

家から遠い地なので、校長先生の家に住み込んで

働くことになりました。

  

いよいよあやが赴任地に向かう日、フキが途中まで送り、

見送ります。そのシーンがよかったので書き留めておきます。

  

あやはひょいとこうり※を背負った。

ふろしきづつみを胸のまえにぶらさげると、

にもつの中にかくれてしまいそうだった。

「そんなら母ちゃん、いってきます。

父ちゃんやら弟のことたのみます。」

「気つけての。家のことは心配いらん。」

「あんまり根つめて、ぶったおれたらあかんよ母ちゃん」

「わかってる。おれはもう百姓や。百姓はくよくよせんの。

ひとりでいくら気ばっても、

まわりにある空も土も大きすぎるさけの。

おれはちんまり家を守っていく。正作もいることやし。」

「じゃあけんど、あの子はまだなんやらたよりないしの。」

あやはひょいとこうりをゆすりあげた。

それから母とのあいだをひきちぎるように、

とっとと歩き出した。

フキはほほえみながら見おくっていた。

娘もだんだん大きくなっていくと思った。

女の子らしい思いやりが、ただよってのこった。

坂道はいちど山かげにかくれて、やとこさで

すがたが見えたときあやはもう小さくなっていた。

背なかのにもつにおしつぶされそうに、

ちょこちょこと歩いている。

「おーい。」

フキはたまりかねて二、三歩ふみだした。

「おーい。」

あやが立ちどまった。

「ええ先生になれよう。」

「はーい。」

かすかな返事が聞こえると、だしぬけにフキは

ぽろぽろと涙をこぼした。

あまりにあぶなっかしい先生だった。

初めから師範学校へでもいれておけばよかったのだ。

それなら便利な市街地で先生ができたろう。

そのことを思うとあやがふびんだった。

涙が見えるはずもないのに、

のぞかれたようにフキはあわてて、ぱっとわらった。

「水に気をつけろや」

あやは手をふっている。声はとどかなかった。

娘のすがたが見えなくなってからも、

フキはゆがんだ棒くいのように、

長いこと残雪の道に立っていた。

(37~39p)

※こうり=行李 

 竹や柳、藤で編んだ籠。

Kouri 府中家具木工資料館

 

この文章を読んで、フキの立場で思いました。

うまくいけば、令和3年春から、娘と息子は就職します。

それに向けて実習に行ったりしていますが、

まだまだ「あぶなっかしい」です。

そう思うのが親なんですよね、きっと。

  

そしてあやの立場。

私も1985年春に山奥の学校に赴任しました。

教員住宅から通いました。

新鮮でしたね、あの頃。

いいスタートが切れたと、今、思います。

もうじき教員生活も終わりが見えてきました。

いい終わり方ができるかな。

 

 

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