「北風にゆれる村」/フキとあやの別れのシーン
今日は令和元年10月6日。
また本が読めました。
「北風にゆれる村~新十津川物語4~」
(川村たかし著/偕成社)です。
主人公の中崎フキの娘のあやは、高等科3年、そして
滝川で裁縫塾を1年終えて15歳になりました。
明治45年のこと。あやは小学校の代用教員に採用され、
家から遠い地なので、校長先生の家に住み込んで
働くことになりました。
いよいよあやが赴任地に向かう日、フキが途中まで送り、
見送ります。そのシーンがよかったので書き留めておきます。
あやはひょいとこうり※を背負った。
ふろしきづつみを胸のまえにぶらさげると、
にもつの中にかくれてしまいそうだった。
「そんなら母ちゃん、いってきます。
父ちゃんやら弟のことたのみます。」
「気つけての。家のことは心配いらん。」
「あんまり根つめて、ぶったおれたらあかんよ母ちゃん」
「わかってる。おれはもう百姓や。百姓はくよくよせんの。
ひとりでいくら気ばっても、
まわりにある空も土も大きすぎるさけの。
おれはちんまり家を守っていく。正作もいることやし。」
「じゃあけんど、あの子はまだなんやらたよりないしの。」
あやはひょいとこうりをゆすりあげた。
それから母とのあいだをひきちぎるように、
とっとと歩き出した。
フキはほほえみながら見おくっていた。
娘もだんだん大きくなっていくと思った。
女の子らしい思いやりが、ただよってのこった。
坂道はいちど山かげにかくれて、やとこさで
すがたが見えたときあやはもう小さくなっていた。
背なかのにもつにおしつぶされそうに、
ちょこちょこと歩いている。
「おーい。」
フキはたまりかねて二、三歩ふみだした。
「おーい。」
あやが立ちどまった。
「ええ先生になれよう。」
「はーい。」
かすかな返事が聞こえると、だしぬけにフキは
ぽろぽろと涙をこぼした。
あまりにあぶなっかしい先生だった。
初めから師範学校へでもいれておけばよかったのだ。
それなら便利な市街地で先生ができたろう。
そのことを思うとあやがふびんだった。
涙が見えるはずもないのに、
のぞかれたようにフキはあわてて、ぱっとわらった。
「水に気をつけろや」
あやは手をふっている。声はとどかなかった。
娘のすがたが見えなくなってからも、
フキはゆがんだ棒くいのように、
長いこと残雪の道に立っていた。
(37~39p)
※こうり=行李
竹や柳、藤で編んだ籠。
この文章を読んで、フキの立場で思いました。
うまくいけば、令和3年春から、娘と息子は就職します。
それに向けて実習に行ったりしていますが、
まだまだ「あぶなっかしい」です。
そう思うのが親なんですよね、きっと。
そしてあやの立場。
私も1985年春に山奥の学校に赴任しました。
教員住宅から通いました。
新鮮でしたね、あの頃。
いいスタートが切れたと、今、思います。
もうじき教員生活も終わりが見えてきました。
いい終わり方ができるかな。
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