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2019年10月2日

2019年10月 2日 (水)

「田口線廃線50年」/幟とポスターを見た

今日は令和元年10月2日。

  

鳳来寺山に行った時に、こんな幟(のぼり)がありました。

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田口線廃線50年

  

そういえば、豊橋駅でこんなポスターが目に入り、

思わず写真に撮っていました。

今年の1月のことです。

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トンネルの写真です。

これは旧田口線で使われていたトンネルです。

ポスターの部分をアップにします。

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愛知県外の人だと知らない人もいると思いますが、

愛知県は尾張と三河に分かれます。

そして三河は西三河と東三河に分かれます。

(私は東三河の住人です)

このポスターは、旧田口線をクローズアップしています。

 

ポスターから引用します。

 

旧田口線

廃線となって50年以上。

今では風景にひっそり溶け込んでいますが、

確かにそこに走っていた鉄道の息吹が残っています。

  

名文ですね。

  

ずっと昔、旧田口線の廃線跡を楽しんだことがあります。

きっとその時に撮った写真があると思います。

今はどうなっただろう? 

三河田口駅は壊れそうでした。

   

 

さらにポスターの部分アップ。

Img_0122_3   

ここに行きつきました。☟

キラッと奥三河観光ナビ 旧田口線をめぐる

 

そしてビックリの情報。引用します。

 

かつての駅舎が最後まで残っていたのが

この三河田口駅でした。

Taguchisen_ph005 (倒壊前の駅舎。写真は平成16年頃撮影されたもの)

歴史の流れとともに徐々に老朽化が進み、

平成23年8月21日の深夜に降った大雨により倒壊しました。

当時は乗換えの人たちで賑わったこの場所も、

現在は広い敷地を残すのみとなっています。

 

  

やっぱり壊れちゃったんだ。

一度古い写真を探してみよう。

 

洞爺丸台風で沈んでいるのは洞爺丸だけではない

今日は令和元年10月2日。

  

前投稿に引き続き、8月25日放映の

池上ワールド 日本人が覚えておきたい大ニュースSP」より。

  

  

前回は伊勢湾台風のことでした。

今回は洞爺丸台風のこと少し書きます。

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「被害は洞爺丸だけではなかった」には驚きでした。

洞爺丸だけが沈没したと思いこんでいました。

台風の名前「洞爺丸台風」から。「洞爺丸が沈んだからこの名前」と

思っていて、他に被害があるなんて知りませんでした。

  

〇「洞爺丸台風」で沈没したのは、洞爺丸だけではなかった。

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〇洞爺丸・日高丸・十勝丸・第一青函丸・北見丸の五隻の

 青函連絡船が沈没した。

〇洞爺丸では乗員乗客あわせて1155人の方が亡くなった。

〇洞爺丸以外の青函連絡船は貨物船だった。乗員の方は亡くなったが、

 乗客がいなかったために、大きな扱いにならなかった。

〇五隻合わせての死者数は1450人にもなる。☟

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〇1954年9月27日(事故の翌日)の北海道新聞号外を見る

 池上彰さん。☟

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津軽海峡で未曾有の大惨事

 

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青函連絡船五隻沈没

死者実に千名突破

  

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多数が船内で溺死

    

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阿鼻叫喚、恐怖の一夜

     

〇函館市の浜には、事故を今に伝えるものがある。

 「台風海難者慰霊の碑」

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〇そこには、沈没した五隻の名前が書かれている。

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〇七重浜(ななえはま) 五隻の沈没後、多くの遺体が

 打ちあげられた浜である。

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得意のグーグルアースで、この碑がある場所に迫ります。

グーグルアース 台風海難者慰霊の碑

次はストリートビューです。

ストリートビュー 台風海難者慰霊の碑

Photo  

番組では函館市と紹介されていましたが、

調べると、北斗市ですね。

住所は北海道北斗市七里浜7丁目16

   

以上で、「池上ワールド 日本人が覚えておきたい大ニュースSP」の

読み物化完了。

 

伊勢湾台風の後に富士山レーダーができた

今日は令和元年10月2日。  

  

8月25日放映の「池上ワールド 日本人が覚えておきたい

大ニュースSP」 を見ました。

洞爺丸台風、伊勢湾台風のことを扱いました。

  

伊勢湾台風については、9月末にも書きました。

伊勢湾台風のことで書きます。

〇1954年の洞爺丸台風、1959年の伊勢湾台風と

 大きな被害を被った。これではいけないと、

 下の写真の設備が造られた。☟ 何か? 

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街角でインタビューをしていましたが、

若い人たちは知りませんでした。ビックリです。

〇正解は富士山レーダー。

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〇気象庁が富士山の頂上にレーダーを設置。

〇1965年から運用開始。当時は世界一の性能。

〇台風予測の精度が格段と上がり、テレビの普及に伴って、

 早く情報が伝わるようになった。

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〇今は当たり前である台風の予想進路もできるようになった。

〇最大800kmまで観測ができた

  

〇富士山頂に造るわけだから、命懸けの仕事であった。

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〇富士山レーダー設計者の木名瀬さんは語る。

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このレーダーを、これから我々が造るんだ。

レーダーができたら、きっと世の中の人のため働いてくれるだろうと

それが我々の使命だと。  

〇気象衛星ひまわりなどの運用で役目を終える。

〇施設は山梨県富士吉田市に移転された。

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富士山レーダーで思い出すのは、新田次郎さん。

小説家ですが、富士山レーダーで働いた体験のある方。

この小説を昔読んだなあ。☟

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20190925報告 またまた鳳来寺山 その3

 

今日は令和元年10月2日。

  

前投稿に続いて、鳳来寺山での写真を載せます。

  

天狗岩の廃屋が見えてきました。

十数年ぶりに訪れました。☟

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ここからの見晴らしがまたいい。☟

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しかし、この廃屋はいつまでもつのだろうか?

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再び緑の中の登山道。☟

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再び見晴らしのいい鷹打場に到着。☟ ここも十数年ぶり。

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ここで昼ごはん。この時のメニューです。☟

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お湯を沸かして「緑のたぬき」を食べ、「甘酒」を飲みました。

山で食べるカップ麺はおいしく、

甘酒は体が温まります。

   

だいぶ年季の入った通路を渡りました。☟

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上から見た東照宮。☟ 山奥にあるこの建造物は、神秘的に見えます。

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東照宮のすぐ下にあるスギには、札がついていました。☟

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この杉

樹令370年

高さ52m

  

札は古そうなので、もう樹令400年くらいになっているのではと

勝手に想像しています。

  

下山。

私の予定通り、自動車は大木(イチョウ)の木の陰の中でした。☟

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