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2019年9月5日

2019年9月 5日 (木)

「石狩平野」を楽しむ 6/「盲縞」「単衣」「豆しぼり」「雪駄」「烏有」「五十集屋」

 

今日は令和元年9月5日。

  

前投稿の続き。

本「石狩平野」(船山馨著/河出書房)を読んでいます。

  

奥から倉吉が出てくるところであった。

盲縞(めくらじま)の木綿の単衣(ひとえ)に

幅細(はばほそ?)の帯を横結びにし、

肩に豆しぼりの手拭を無造作にのせて、

雪駄(せった)を突っかけた姿には・・・・・

(204p)

 

この短い文章のなかに、厄介な言葉が4つ。

盲縞」は、コトバンクによると、

「縦横とも紺染めの綿糸で織った無地の綿織物。」

写真を探しました。

D0133199_110124 永井百合子のいれこ日記

☝ このサイトに、次のように書いてありました。

 

「めくら縞」とは、木綿の平織りの反物で明治の庶民また

旦那衆の普段着などに流行した。

横糸に藍染めした糸を用い、いわゆる木綿の平織の意味で、

この縞模様は、あらかじめ計算して 織り出した縞柄ではなく、

“糸の染めむら”によって偶然にできる不規則な縞柄です。

  

う~ん、理解したつもり。

 

単衣」は裏地のない着物。対語は「袷(あわせ)」

豆しぼり

これは画像を見たらすぐにわかりました。

20140313_c264f7 激安ハッピショップ【粋な祭人】

これが豆しぼり手拭なのですね。

雪駄

聞いたことはある履物名ですが、これも写真を探しました。

51nscdszrql  

これだけ調べて、倉吉の姿がイメージできました。

 

  

  

   

焼失戸数八百八十七戸。

警察署、地方裁判所、区裁判所、区役所、銀行、

北海道毎日新聞社、創成、女子両小学校などをはじめとして、

目ぼしい官公建築物はほとんど烏有(うゆう)に帰した。 (279p)

  

「烏有」はコトバンクによると、

「すっかりなくなる。特に、火災で焼けることにいう。」

この時に描かれた火災は、明治24年5月4日の札幌の火災です。

次のサイトでも、この火災のことに触れていました。

北海道歴史探訪 札幌の大火

   

  

  

  

 

「鶴代は五十集(いさば)屋の店をやりたいらしいんですが・・・(略)」

(282p)

五十集屋や八百屋にも、なま物を扱うだけに、難しい点も

ないではなかったが、・・・・(略)   (288p)

 

「八百屋」は今でも使う言葉ですが、「五十集屋」は不明。

調べました。

秀・五十集屋によると「五十集」の意味は、

「漁場や魚市場、魚屋や魚の行商人のことを指す言葉」だそうです。

 

 

  

「石狩平野」を楽しむ 5/「三島通庸」「羈絆」「嫋々」「股肱」

 

今日は令和元年9月5日。

  

9月2日の記事の続き。

本「石狩平野」(船山馨著/河出書房)を読んでいます。

今日でおそらく読破できる予定です。あと50p。

  

明治15年11月には、福島県会議長河野広中を中心とする

福島自由党員らが、県令三島通庸の弾圧に抗して立上がった

福島事件が起こったし、翌16年には北越自由党の

高田事件があった。

さらに去年(明治17年)は、栃木県令を兼ねた三島通庸

倒そうとして、武装蜂起した加浪山事件をはじめとして、

秩父騒動、飯田事件、名古屋事件等が続発した。 (138p)

  

自由民権論者が目の敵にしているのが、三島通庸(みちつね)。

1835年生まれ。1888年(明治21年)没。

20d3df2c29caf747be0a86c0a500da2c Wikipedia

☝ おなじみの写真です。

  

大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」では、

三島通庸の孫にあたる三島弥彦が活躍していました。

1894d8f1cc9978dbcd7a003e5501ff46 「いだてん」HP

  

  

   

  

北海道という土地の特殊性に発想の基盤を置いた、

中央政府の羈絆(きはん)からもある程度自由な、

独自の性格と規模をもった新しい行政機構に

改められることは・・・(略) (143~144p)

 

羈絆」は読めませんでした。

羈」は「馬」と「革」が含まれ、

意味は「たづな」 なるほど。

今なら「手綱」と書きますね。

羈絆」の意味は、「束縛」ぐらいの意味でしょう。

  

  

   

  

眼をやると、鶴代が葦の葉を唇にあてていた。

嫋々(じょうじょう)とした音色は、

そこからただよっていた。

 

「嫋々」も読めませんでした。

日本語表現インフォによると、意味は

「音程が低くて、長く響くさま。」でした。

耳にしたことがない言い方です。

  

  

  

鈴木理事官は昔から安田定則らとならんで、

自他ともに許す黒田の股肱(ここう)だから、

洋行の御相伴という幸運も当然であったが、・・・・

(203p)

 

股肱」はまたまた読めず。

「股」は太もも。「肱」はひじ。

そして「股肱」の意味は、コトバンクによると、

「主君の手足となって働く、最も頼りになる家来や部下。」のこと。

  

  

 

 

52年前に発行された本。

半世紀経つと、言葉は変ってくるのだなあと、

この本を読んでいて思います。

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