« 2019年7月7日 | メイン | 2019年7月9日 »

2019年7月8日

2019年7月 8日 (月)

銀閣その3/2つの発見から推定復元された銀閣

 

今日は令和元年7月8日。

  

前投稿に引き続き、2010年10月9日放映の

「ワンダー×ワンダー 銀閣 幻の”月の御殿”」 より。

  

2007年秋に始まった銀閣修復工事で、

2つのことが発見されました。

2階の屋根の下の梁には、文様があった。

2階の壁面には白土とミョウバンが塗られていた。

この発見から、創建当時の銀閣の推定復元図です。☟

Rimg2270  

「亀甲紋(きっこうもん)」

亀の甲羅を模した文様です。

   

  

Rimg2271 

「条帯紋(じょうたいもん)」

これは聞き慣れない模様です。

番組では、直線で描いた文様という説明でした。

 

そして白土とミョウバンで輝く銀閣の出来上がりです。

Rimg2272

Rimg2273

Rimg2274_2  

2階の窓は、禅宗様式の花頭窓(火灯窓/かとうまど)です。

その花頭窓が、白く輝き、美しい文様がほどこされて喜んでいる

銀閣の目のように見えます。1階の障子が笑顔で見えた歯かな。

そう見えませんか?

  

 

ただ、白土はいつ塗られたのかは特定できていません。

したがって、創建当時の推定復元は、

他にも次のようなものが紹介されました。

 

黒漆仕上げの銀閣。☟

Rimg2275   

  

黒漆の上に白土が塗られた銀閣。☟

Rimg2276  

  

白土を下地に、絵の具で文様が描かれた銀閣。☟

Rimg2277  

後の時代に加工されたことまで考えると、

創建当時を推定するのは難しいと思います。

そして、やっぱりミョウバンで輝く銀閣が一押しです。

一番ワクワクしてきます。

     

 

この番組は、これだけでは終わりません。後半では、

銀閣は、何を楽しむために造られたかにも迫ります。

  

つづく。

 

銀閣その2/発見、壁面にミョウバンが使われていた

 

今日は令和元年7月8日。

  

地区で体育委員というのをやっています。

夏になると、市民大会のソフトボールのことで、

出場選手集めや、練習日程の調整、器具の準備、

予選大会の弁当の手配などの仕事があります。

10年以上やってきましたが、

この夏は、私の病気を知って、

他の人が動いてくれることになりました。

感謝。とっても気が楽になりました。

そしてこうやって、道草ができます。

  

前投稿に引き続き、2010年10月9日放映の

「ワンダー×ワンダー 銀閣 幻の”月の御殿”」 より。

  

2007年秋に始まった100年ぶりの銀閣修復工事。

銀閣2階の壁面に、白っぽい物質が

塗られていることが発見されました。

その正体は白土(はくど)。

Rimg2259

当時、絵の下地に使われた粘土の一種だそうです。

 

この白土を分析した研究所の一つが、

予想外のものを検出しました。

それは大量のミョウバン。

(聞き書き)

Rimg2260

ミョウバンは古来、絵の具の上に塗って、

にじみ止めとして使われてきました。

しかし、今回発見されたミョウバンは、

通常の量をはるかに上回りました。

(聞き書き)

  

この結果から、次の試みがなされました。

銀閣の壁面に漆(ウルシ)が

塗られていたことはわかっているので、

漆の上に白土を塗ります。

その上に、ミョウバンを塗ってみたのです。

実際に試みたのは、狩俣(かりまた)先生。☟

Rimg2261

漆の上に白土を塗ります。☟

Rimg2262

「白土というのは、非常に伸びがよくて、

立体物に彩色(さいしき)するには都合がいいんです」

(狩俣先生の発言:聞き書き)

  

次に、ミョウバンを粉になるまですり潰(つぶ)します。☟

Rimg2264  

すり潰したミョウバンを、お湯で溶(と)いて、

白土の上に塗り重ねていきました。☟

Rimg2265  

できあがったものに光を当てると・・・・・☟

Rimg2266

Rimg2267  

白土だけ(左)と比較すると、違いは歴然です。☟

Rimg2268  

ガラス質を含むミョウバンが、

白土の上で煌(きら)めいています。

(聞き書き)

  

「ミョウバンを使って、銀箔を代用したのではないか、

と考えられましたので、ミョウバンを絵の具の代わりとして、

塗ってみました

何か、光輝くものをイメージしたかったのだなあと

思いました。」 (狩俣先生の発言:聞き書き)

  

 

この番組を見た時に、なるほど!と思いました。

きっとそうだったんだ、銀箔は高価だったので、

ミョウバンを代わりに使ったのだと思いました。

白銀に輝いていたから、銀閣と呼ばれるようになったんだと、

納得した覚えがあります。

授業で使いたいと思い、実際に使ってきました。

  

  

そしたら、最近見た番組(2018年放送)で、

全く違う説に出合いました。

それについては、また後日。

  

つづく。

   

銀閣その1/発見、梁(はり)に文様の跡がある

今日は令和元年7月8日。  

 

「銀閣寺」について、小学校でも中学校でも教える時に、

必ず利用したのが、2010年10月9日放映の

「ワンダー×ワンダー 銀閣 幻の”月の御殿”」 です。

この番組で、なぜ「銀閣」という名前なのか、

足利義政が何を楽しむために建てたのかを推測しています。

それがなるほど!と思える内容だったので、

授業で使いました。

よく利用した番組なのに、ブログに書き留めていなかったので、

今日は書き留めておきたいと思います。

  

Rimg2246

Rimg2247  

銀閣寺と通称で呼ばれることが多いのですが、

寺の正式名称は東山慈照寺

有名な建物は銀閣と呼ばれますが、これも通称。

建物の正式名は観音殿

 

洛中洛外図屏風に銀閣が描かれています。

番組では、銀閣完成から60年後の京都が

描かれた図だと紹介されていました。

Rimg2248

Rimg2249  

☝ 洛中洛外図屏風の銀閣は、今のように黒くなく、

白木で造られたように見えます。

 

洛陽名所集

江戸時代の文献です。

Rimg2250

Rimg2251  

この文献には銀閣は、

銀箔でいろどられていたそうだ」(聞き書き)

という記述があるそうです。

  

 

創建当時の銀閣の真の姿はどうであったのか?

なぜ「銀閣」という名前がついたのか?

謎でした。

  

謎解明の進展のきっかけになったのが、

2007年秋に始まった銀閣修復工事です。

100年ぶり!の修復工事です。

Rimg2252

Rimg2253

壁や柱を取り外し、耐震補強や屋根の葺き替えを行います。

工事は4年をかけて、建物の隅々まで修復する大がかりなもの。

研究者や寺の関係者の間では、創建当時の姿について

貴重な手掛かりが得られるのではと期待が高まっていました。

(聞き書き)

  

そして実際に発見がありました。

工事が始まって1年後のこと、屋根の下の梁の部分に

文様のようなものあることが発見されました。

Rimg2254  

かすかに残る文様の上にトレーシングペーパーを置いて

なぞっています。☟

Rimg2255

Rimg2256  

こういう作業、ワクワクするなあ。

その結果、次のような文様が写し取られました。

Rimg2257

Rimg2258  

この記事はここまでで終わりですが、

この文様、覚えておいてくださいね。

また、後の記事で登場する予定です。

 

つづく。

最近の写真

  • Img_9481
  • Img_9480
  • Img_9479
  • Img_9478
  • Img_9477
  • Img_9476
  • Img_9475
  • Img_9474
  • Img_9473
  • Img_9472
  • Img_9471
  • Img_9470

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉