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2018年2月11日

2018年2月11日 (日)

お父さん、お母さんを教えた教師の立場

今日は2月11日。

  

この記事で書いたことを実行しました。

ここでも道草 雪の中を走って帰りました/運動不足解消をめざす(20182月6日投稿)

 

2月5日~9日と自転車通勤を達成。有言実行しました。

そして2月10日にはバスケの大会で審判をしました。

コートを走り回りました。

自転車通勤のおかげでしょう。

  

 

その会場の応援席で、見知らぬ男の子に声をかけられました。

苗字を呼ばれました。

「誰かな?」と尋ねたら、「お母さんに頼まれた」とのこと。

それでも意味がわからずいたら、

その子のお母さんらしき人が現れて、

「先生ですよね」と確かめられました。

何と、20年ぶりくらいの再会。

以前、中学校勤務の時に教えた子、Kさん・・・今は立派なお母さんでした。

35歳。

大会に子どもが出場していて応援に来た模様。

そうなんだ、かつて教えていた子が親になり、

このような大会で出会うのですね。

私だと確認するために、まずは息子に尋ねさせたようです。

笑えました。そんなことを頼まれてやってしまう息子さんが偉い。

知らないおじさんに声をかけるのは勇気がいることでしょう。

 

いろいろ話をして、学級通信「道草」の話をして、

このブログの名前も教えました。

新任から続いている通信「道草」は今も続いていて、

”ブログでも”道草をするから「ここでも道草」

ふと浮かんだ名前ですが、お気に入りです。

見てくれているかな?またコメントをたのむね。

  

 

大会の会場では、もう一人S君にも声をかけられました。

同じく子どもの応援に来ていました。

彼は父親。42歳。

審判をやっているのを見て気がついたようです。

「先生、若いねえ」と冷やかされました。

自転車通勤のおかげで、動けているところが見せられてよかった。

  

 

 

立派なお母さん、お父さんをになった人たちを

かつて教えていた教師。

生きているとこういう立場を味わうのですね。

何か嘘みたいです。

 

 

  

でも初めてではありません。

今の勤務校にもいますよ。

かつての教え子が。

その子は父親です。

※参考:ここでも道草 意外な再会/教え子のお母さんが、孫の授業を見に来ていました(2012年12月4日投稿)

 

なぜ核兵器はなくならないのか?その3/ポツダム会談直前に行われた世界初の核実験

  

今日は2月11日。

  

前投稿に引き続き、1月7日に放映された番組

「ニチファ! 池上彰緊急SP なぜ世界から核兵器はなくならないのか?」より。

  

聞き書きします。

  

ナレーター:この計画を率いていたのは、ロバート・オッペンハイマー博士。

Rimg1921

  科学者・技術者など、総勢12万人が携わっており、

  この中には、後のノーベル賞受賞者が何と21人も。

  そしてこの計画の予算が20億ドル。

  現在の価値にして約2兆円でした。

Rimg1922  

池上彰:この計画、全米各地に分かれて、様々な実験を行っていました。

  こちらをご覧ください。

Rimg1923  

  オッペンハイマーが所長を務めていたのが、ロスアラモス研究所。

  そこでは主に爆弾の設計を行っていたんですね。

  そして、実際に原爆を造るためには、

  このオークリッジでは、ウランの濃縮、

  それが結局、広島に落とされる原爆に繋がっていきます。

  こちらのハンフォードでは、プルトニウムを作る、

  これは長崎に落とされた原爆に繋がっていくというわけですね。

  それぞれを細分化して、それぞれの研究者は、

  いったい何を造ろうとしているのかをわからないようにしていた。

  全体像をつかんでいるのは、このロスアラモス研究所の一握りの

  学者だけであった。それぞれこれが何に繋がるのかわかっていなかった。

  広島に原爆が投下されたニュースを見て、  

  あ、自分たちがやってきた研究がこういうことになったんだ、

  と初めて知った人が多かった、ということなんですね。

   

  こうしてアメリカはドイツに先を越されないようにと、

  国をあげて原爆開発に邁進し、原爆を造ることに成功した、

  ということ、つまり、ヒトラー率いるドイツで

  ウランの核分裂反応を発見したというのが、悲劇の始まりだったのです。

  

  このつづきはどうなったかというと、

  プロジェクトチームに衝撃的な出来事が起きます。

Rimg1924

  

  それはこちら。

Rimg1925

  ドイツの降伏です。

  ドイツが先に原爆を造ったら大変だ、といって一生懸命に造っていたら、

  ドイツが降伏しちゃった。

  もうドイツに対して使えなくなった。

  じゃあ、もう核兵器を使わなくてもいいじゃないか、

  という選択は当然あったんですよ。

  当然この計画を知っていた科学者の中には、

  もうこれ以上は止めるべきだ、と言っていた人もあったんですが、

Rimg1926

  ドイツ降伏から3ヶ月後の1945年の8月6日、

  広島に原子爆弾が投下されてしまった。

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  ドイツのために開発されていた原子爆弾が、なぜ日本に投下されたのか。

  その理由がわかりますと、なぜ核兵器がなくならないのかが、

  見えてくるんですね。

  (中略)

  (戦争を早く終わらせるために原爆を落としたというアメリカ側の説明)

  しかい、アメリカの真意は別の場所にあったんではないか、

  と言われています。

  そのことが読み取れるあるエピソードがあります。

  広島に原爆が投下される少し前に時計を戻しましょうか。

Rimg1928  

  1945年7月17日から8月2日にかけて、

  連合国の首脳陣が集まり、ドイツのポツダムで、

  会談が行われました。

  まだ日本は戦争をしていたんですけど、

  日本の占領政策について話し合われていたんですね。

  で、このポツダム会談、7月の始めから始まる予定だったと

  言われているんですが、アメリカのある理由から、

  日程の変更をしたんではないかと言われています。

  それはなぜか。こちら。

Rimg1929

Rimg1930  

ナレーター:これはアメリカで行われた初の核実験の様子をおさめた

  貴重な映像。実験は長崎と同じプルトニウム型の原爆でした。

  その威力はおよそ20kt(キロトン)。

  こうして核の時代が幕開けしたのです。

池上:世界初の核実験が行われた日にちを見てください。

Rimg1931

  トリニティと呼ばれる実験場で(核実験を)やったんですが、

  それがポツダム会談の前日。つまりアメリカはポツダム会談の前に、

  核実験に成功すれば、よその国に対して、とりわけソ連に対して、

  優位に立てると考えたのではないか。

  ポツダム会談中に、アメリカのトルーマン大統領は、

  ソ連のスターリン首相に対してこう言ったそうです。 

  「我々は、とてつもない破壊力を持つ新兵器を手にしました」

  つまり、アメリカはこれだけの力を手に入れたんだぞ、

  というのをソ連に対して、アピールしたかったんではないか、

  ということなんですね。

Rimg1933

  つまり、アメリカとソ連は、連合国として一緒に戦っていたんですが、

  しだいに亀裂が走ってくるわけ。どうもソ連はアメリカとは違う方向に

  行こうとしてるんじゃないか。第2次世界大戦が終わったら、

  アメリカはソ連と対立することになるんじゃないか。

  じゃあ、その前に、アメリカの力をソ連に見せつけておこうと

  考えたんではないか。そして1ヶ月後、実際に広島に原爆を投下した。

  実際に原爆がどれだけ恐ろしい力を持っているのかを、

  ソ連に見せつける、戦後、ソ連を抑えつけようと考えていたのではないか。

   

  ドイツで発見された新しいエネルギーを使って完成した核兵器。

  使わないという選択肢もあったはずなのに、

  アメリカは核兵器という悪魔に誘惑されてしまった。

  核兵器を持つことが大国の証であるという時代になってしまった。  

  だからこそ、核兵器は世界からなくならない、ということになっていると

  いうわけですね。

Rimg1934

ポツダム会談の日程を変更してまで行った世界初の核実験。

これまた初めて知りました。

核兵器が、早くも相手を脅すためのカードになってしまったのです。

それほど強力なのです。 

  

 

「なぜ世界から核兵器はなくならないのか?」

1つ目の理由は「ドイツで世紀の発見がなされたから」でした。

この発見が、原子爆弾を造るきっかけになってしまいました。

ここまでの引用は、この1つ目の理由に関することでしたが、

2つ目の理由はもう顔を出しています。

核兵器が外交のカードになってしまったから」です。

そして3つ目の理由は

核兵器の技術はビジネスになるから」です。

 

全てをブログに書き留めたいのですが、時間的に無理です。

ここまで。

勉強になったいい番組でした。

なぜ核兵器はなくならないのか?その2/アインシュタインからの手紙

 

今日は2月11日。

  

前投稿に引き続き、1月7日に放映された番組

「ニチファ! 池上彰緊急SP なぜ世界から核兵器はなくならないのか?」より。

  

聞き書きしていきます。

 

池上彰:核分裂の発見を利用して、

  「ドイツが新型爆弾を造るのではないか?」と強く考えたのは

  アメリカに亡命していたユダヤ人科学者たちだったわけですね。 

Rimg1912

  大勢のユダヤ人科学者がヒトラーの迫害を恐れてアメリカに

  亡命していたわけですね。その人たちにしてみれば、

  その発表(核分裂の発見)を見れば、新型爆弾が造れるのではないか、

  ということがわかるわけです。

  もしナチスドイツが先にこんなものを造ったら、

  ユダヤ人が根絶やしにされるという危機感をいだいたんですね。

  そこで彼らはある人に相談しました。

  

  この人です。

Rimg1913   

  アルベルト・アインシュタイン。

  当時60歳でした。

  すでに相対性理論で世界的に有名な物理学者でした。

  彼もユダヤ人でしたから、アメリカに亡命していたわけですね。

  アメリカに亡命していたユダヤ人の科学者たちが、

  何とか発言力のある人、それはアインシュタインだろう、

  アインシュタインが声を上げてくれれば、

  大きな影響力があるんじゃないか、と言って、

  第2次世界大戦が勃発する1ヶ月前の1939年8月に、

  ある行動を起こします。こちらをご覧ください。

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  これ(上の写真)は、歴史的出来事だったと言うことで、

  後に当時の様子を再現した写真です。

  当時の写真じゃないんです。こんなふうにしたんですと、

  再現して撮った写真です。

  アインシュタインの向かい側にいる人は、レオ・シアード。

  この人も、ユダヤ系の物理学者なんです。

  この後の出来事に関わる歴史的に重要な手紙を書いている、

  これから手紙を書いているということなんですが・・・

  さあ、いったい誰に手紙を書いているんでしょうか?

  その人がこちら。

Rimg1916  

  ルーズベルト大統領に手紙を出しました。

  どんな手紙だったかといいますと、こちらですね。

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  2枚からになる手紙ですが注目すべきはこの部分ですね。

Rimg1918

  新たに発見されたこの現象、ウランの核分裂のことですね、

  これは爆弾の製造にもつながるでしょう。

  これにより極めて強力新型爆弾が造られることが考えられます、

  と書いたんですね。

  ドイツがこの研究発表を使えば、

  ドイツが新型爆弾を造ることができてしまうんですよ、

  危険性を知ってください。という手紙だったわけですね。

  ということは、結果的に、アメリカもドイツに負けずに

  新型爆弾を造る必要があるんじゃないでしょうか、

  ということに繋がっていく、と言うことになるんですね。

  そして、アインシュタインが訴えていた脅威が、

  現実になるかもしれないという出来事が起こります。

Rimg1919  

  ドイツのポーランド侵攻、第2次世界大戦というわけですね。  

  

  この状況になりまして、新型爆弾の開発研究が、

  (アメリカで)できるのかという調査を始めさせたんですね。

  アメリカだけではありません。同盟国のイギリスの協力もありまして、

  調査開始の3年後の1942年に本格的にプロジェクトが始まりました。    

  そのプロジェクトの名前、ご存じの方も多いでしょう。

  こちら。

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  「マンハッタン計画」というものですね。

  

  

「マンハッタン計画」の名前は、

「存じの方」の1人で知っていました。

今までにも勉強をしてきました。

この計画が始まるまでに、マイトナー博士とハーン博士の発見、

アインシュタインとユダヤ系科学者たちとのやい取りがあったことを

知りました。

後の歴史を知っている立場から見たら、

ヒトラーがアメリカまで攻めて、アメリカを支配下にするとは思えませんが、

当時のユダヤ系の人たちにとって、ヒトラーはどこまでやるのかわからない、

恐怖の存在だったと想像します。

  

つづく

  

なぜ核兵器はなくならないのか?その1/リーゼ・マイトナー博士

  

今日は2月11日。

  

今朝は、昨年12月に放映された

北斎ミステリー ~幕末美術秘話 もう一人の北斎を追え~」を見ました。

面白かった。

面白かったけど、こんままほっとけばまた忘れてしまうことでしょう。

また読み物化したいです。

しかし、その前に読み物化しておきたい番組があります。

今日はそちらが先。

   

1月7日に放映された番組

「ニチファ! 池上彰緊急SP なぜ世界から核兵器はなくならないのか?」

3時間のスペシャルでした。

  

この番組中の忘れてはならないことはここに書き留めたいと思います。

  

番組のタイトルである「なぜ世界から核兵器はなくならないのか?」

迫る内容のところを書き留めます。

  

理由は3つ紹介されました。

その1つ目は、

ドイツで世紀の発見がなされたから」でした。

Rimg1904  

池上彰さんの説明を聞き書きしていきます。

  

池上:世界から核兵器がなくならないその1つの理由が、

  「ドイツで世紀の発見がなされたから」ということなんです。

  どういうことか。その世紀の発見をした人がこの人です。

Rimg1905   

  ドイツ人科学者のオットー・ハーン博士ですね。

  彼は1938年、ウランの原子核が分裂をする、そしてその時、

  膨大なエネルギーが生まれることを発見し、翌年に論文で発表したんです。

  莫大なエネルギーが生まれる。

  人類にとって、一見、有意義な発見だと思われたのですが、

  さあこれによって、莫大なエネルギーが得られるって

  喜んだ人たちがいる一方で、

  ちょっと待てよ、このエネルギーを使えば、

  強力な爆弾がつくれるんじゃないか、

  と考える人たちが出てきたと言うわけですね。

Rimg1906

  というのも、この少し前、1933年からヒトラーが政権を握り、

  独裁政治が始まっていたわけです。

  ナチスドイツの時代になり、ユダヤ人の迫害が始まっていた、

  その頃時代は戦争に向かっていた、となると、

  ドイツがもしこれによって新型爆弾を開発することができたら、

  それこそ世界中のユダヤ人が絶滅してしまうのではないか、

  ヨーロッパをドイツが占領してしまうのではないか、

  と、心配する科学者が、大勢いたと言うことなんですね。

  

  オットー・ハーン博士は、核分裂の発見により、   

  1944年にノーベル化学賞を受賞しているんですが、

  実はあまり知られていないんですが、この研究には

  一人、ユダヤ系物理学者も関わっていました。

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  その人が、こちら・・

Rimg1909

  リーゼ・マイトナーという女性の物理学者です。

  実はこの研究を最初に始めたのが彼女だったんですが、

  ハーン博士が加わり、共同研究となったんですが、  

  マイトナーはユダヤ系だったから、

  ヒトラー政権の迫害から逃れるため、研究を途中で断念して、

  スウェーデンに亡命したんですね。

  その後、ハーン博士が論文を発表し、

  ノーベル賞を受賞したということだったんですが、

  実は、このオットー・ハーン博士、研究の途中で、

  どうしてもわからないことがあった、これはどういうことなんだろうか、

  といって、スウェーデンに亡命したリーゼ・マイトナーに疑問をぶつけた。

  それに対して、彼女はこういうことじゃないですか、と答えてくれた。

  これによって、研究を成功させた、ということなんです。

  ところが、リーゼ・マイトナーという人はユダヤ人です。

  ユダヤ人と一緒に共同研究をしたということになると、

  自分も立場が悪くなるので、彼女のことを一切隠したまんま、

  オットー・ハーン博士がこの研究を発表し、ノーベル賞を受賞する

  ということになったというわけなんですね。

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興味深い2人です。

生年月日を見て、よく似ていると思いました。

ハーン博士が生まれたのは1879年。マイトナー博士はその前年。

そして亡くなたのは同じ1968年。

調べたところ、マイトナー博士が1968年10月27日。89歳。

ハーン博士が亡くなったのはその3ヶ月前、

1968年7月28日。89歳でした。

Wikipediaで調べると、リーゼ・マイトナーの説明は長く、

オットー・ハーンの説明は短かったです。

※参考:Wikipedia リーゼ・マイトナー

※参考:Wikipedia オットー・ハーン

それも、オットー・ハーンの説明のほとんどは「マイトナーとの関係」の章。

ノーベル賞は得たものの、マイトナーの方が関心が高い人生なのでしょうか。

人はきっと賞とかよりも、物語を求めている証拠かな。

  

  

しかし、たった80年前。ウランの核分裂によって

膨大なエネルギーが生じることが発見されなかったら、

広島や長崎での悲劇はなかったし、

今のような核兵器があふれる世の中にはならなかったんですよね。

 

つづく。

 

 

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