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2016年8月14日

2016年8月14日 (日)

日めくりより/滑走路に「75」は存在しない

 

今日は8月14日。

  

日めくりより。

  

滑走路の”白い数字”の意味は?

Epson695  

東だと90度だから「09」

南だと180度だから「18」

西だと270度だから「27」

  

ここで待てよと思い浮かぶのは、ドラマ「Gメン75」のオープニング。

滑走路に「75」と書かれていました。


YouTube: Gメン75(第5期)OPENING 第253話~第306話

でも「75」はありえないわけです。

750度は2周回って30度ですね。

つまり「03」でいいわけです。

  

こういうことにこだわって調べてくれている人がきっといる。

そう信じて調べました。

  

このサイトが予想以上の答を用意してくれていました。

More Amusing Tackle 滑走路番号75! Gメン'75より

 

あの滑走路は千葉県の海上自衛隊の館山基地にあるそうです。

「03」を導き出しているのは私と同じことをしています。

やっぱり「75」はありえなくて、

「ドデカいカッティングシート」を切って貼ってあると、

断言してくれています。(根拠はあるのかな?)

 

日めくりから生じた疑問を解決できました。

  

東京での研修あれこれ4./マリオが車椅子だったら

  

今日は8月14日。

  

8月9日・10日は発達協会主催の

「2016実戦セミナー M ICTを用いた指導・支援」の報告です。

  

小川修史先生(兵庫教育大学)が次の動画を紹介してくれました。

マリオが車椅子だったら・・・

合理的配慮が行なわれて、マリオが進む!


YouTube: マリオが車椅子だったら・・・ 「考えさせられる」と話題!「Super Mario is wheelchair」

  

小川先生にはこのアプリも紹介してもらいました。

「NHK プロフェッショナル私の流儀」

Photo_3 https://itunes.apple.com/jp/app/id1061830263

  

どんなアプリか?

この動画でわかるかな↓


YouTube: NHK公式アプリ「プロフェッショナル私の流儀アプリ」動画の作り方

 

これも授業使えないかな?

東京での研修あれこれ3.インターフェイスの透明化/情報モラル

 

今日は8月14日。

  

8月9日・10日は発達協会主催の

「2016実戦セミナー M ICTを用いた指導・支援」の報告です。

 

前投稿に引き続き、

【発達障害・知的障害のある子へのメディア・リテラシー/

爲川雄二(東北大学)】より。

  

〇透明化による弊害

 ・オンラインでは伝達できない/伝達が困難な情報

  -表情 -声色(抑揚など) -コミュニケーションの「間」

 ・透明化によって

  「オフラインと同じように(上記の情報も)伝達されている」と錯覚

  

 ※たとえばの例で「バカで ごめんね」を提示

   この言葉には「おどけている」「悔やんでいる」「怒っている」の

   雰囲気を含む可能性がある。

   この言葉は、表情なしでは誤って相手に伝わってしまう。

   補助手段として絵文字が生まれた。

Original http://mery.jp/191109

   英語圏でも「絵文字」のことを「Emoji」と言うそうです。

  

〇相手の感情理解に困難をもつ自閉症スペクトラム障害

 →透明化によって2重の困難?

 →透明化の方がかえって快適?

  

 ※どっちだろう?

  

〇情報モラルの必要性

 ・「情報モラル教育実践ガイダンス」(国立教育政策研究所)の紹介

 ※国立教育政策研究所

 ・SNS東京ルール

  2015年 都教委

  ①一日の利用時間と終了時刻を決めて使おう

  ②自宅でスマホを使わない日をつくろう

  ③必ずフィルタリングを付けて利用しよう

  ④自分や他者の個人情報を載せないようにしよう

  ⑤送信前には、相手の気持ちを考えて読み返そう 

   

 ※次のサイトが参考になる。

  「SNS東京ルール」策定について

 「SNS東京ルール」は昨年11月に発表されて、今は学校ルールや

 家庭ルールが作成されて、今まさに旬な時。どうなるか見ていきたい。

Photo_2  ↑上記サイトから転載

 

〇特別支援教育での情報モラルの指導

 ・和歌山大学の取り組み

 参考:和歌山大学 江田研究室 特別支援教育における情報モラルとコミュニケーションの指導 

 ・以前、セミナーで話を聞いた豊田充崇先生の論文を読んでみた。

 

〇携帯各社のスマホ・ケータイ安全教室

 ・NTTドコモ「スマホ・ケータイ安全教室」

 ・ソフトバンク「考えよう、ケータイ」

 ・「KDDIスマホ・ケータイ安全教室」

  

〇リテラシー育成≠制限

 ・制限の例 

  -時間(夜間は使用禁止)

  -場所(校内では使用禁止)

  -コンテンツ(わいせつサイトへのアクセス禁止)

 ・制限が多ければ多いほど安心

  -だからと言って、あれもこれも制限するくらいなら、

   最初から一切使わせない方がよい。

 ・大切な考え方

  -せっかく大金を出しているのだから、幸せな使い方をしてほしい。

  -費用対効果 (=支出した費用によって得られる成果) 

  

 ※スマホには大きなお金がかかる。無駄な使い方をしてほしくない。

 ※日本ではあれをしちゃいけない、

   これをしちゃいけないといった教育になりやすい。

   ICTの良さももっと伝えるべき。

  

〇「スマホ18の約束」の良いところ

 ・「スマホ18の約束」

 ・「あれもダメ、これもダメ」でない。

  -代替手段を提示

  -積極的にすべきことも提示

 ・息子の自尊心を上手に活かしつつ説得  

  -息子への愛情ゆえの約束

  -責任の所在が明確

 ・母親が息子と同じ目線まで降りて、

  あくまで「あなたのチームメイト」という視点から語っている。

  -大人だって未熟、だから一緒に考える。    

東京での研修あれこれ2.オンラインとオフライン

 

今日は8月14日。

  

昨日は私が静岡県の山に行って、奥さんが留守番。

今日は奥さんが何と甲子園に行って、東邦高校の応援。

私が留守番です。

  

8月9日・10日は発達協会主催の

「2016実戦セミナー M ICTを用いた指導・支援」に参加しました。

6つの講義がありました。

  

最初の講義の大事なことを書きとめておきます。

講義の資料をそのまま書き写した(引用した)場合は茶色

それ以外、自分で聞いたこと、思ったことを書く時は黒字。

これを基本で書いていきます。

こうやってブログにまとめることで、

講義の内容が自分の血や肉になってくれたらと思います。

  

【発達障害・知的障害のある子へのメディア・リテラシー/

爲川雄二(東北大学)】

〇新しい情報手段は最初は批判される  ICTも?

 ・テレビ・・・大宅壮一「一億総白痴化」

 ・書き言葉・・・ソクラテス「人間の記憶力を衰えさせる」

 ※他にもソクラテスは書き言葉について述べています。

 (ソクラテスは)対話を重んじ、話し言葉を生きた言葉、

 書き言葉を死んだ言葉と考えた。

 また、書き言葉は一度書かれてしまうと反論を許さない。

 書き言葉は、知らない事も一度書かれてしまうと

 まるで知っているかのように思い込む。

 そして、それは誰の手に渡るかも分からない。

 よって、書き言葉は、使ってはいけない、と説いた。

 引用:私見 子宮腺筋症 書くということ

  

〇デジタル原住民とデジタル移民

 ・デジタル原住民

 ー生来(せいらい)からデジタル機器に慣れ親しんだ世代

 ー生活の一部にデジタル機器が当然存在する

 ・デジタル移民

 -物心がついた後にデジタル機器を使い始めた世代

 -デジタル機器は特別な存在

  

〇1980年と2010年の比較

 ・この2枚が紹介された

700724d8e35cd5aa1c7067a103eabe6e05e http://japan.digitaldj-network.com/archives/51626579.html 

 ※1980年にはたくさんの機器が必要でしたが、

  2010年にはiPhone1台ですむという話でした。

  

〇オンラインとオフライン

 ・本来の意味は、機器がネットワークに接続されているかいないか

 ・オンライン(コミュニケーション)

  -ネットワーク経由の情報取得・情報発信

  例)電子メール、SNS

 ・オフライン(コミュニケーション)

  -ネットワークを経由せず直接会うこと

  使用例)オフ会、オフミ

 

 ※「オフミ」?

  調べたら「オフラインミーティング」の略でした。

  

〇インターフェイスの透明化

 ・インターフェイス(Interface)

  -もともとの意味:人と機械の境界面   

  ー具体的には、人が行う入力操作と、

   その入力に応じて機械が行なう出力(結果)で構成。

 ・一般的な道具:習熟することで透明性を獲得。

 ・ICT:技術力で透明性を実現(GUI)

    →オンラインとオフラインの違いが不明確に

  -パソコン操作ではなく、文書を直接書いているという錯覚

  -SNSとオフラインの会話が同質であると錯覚

 ※「インターフェイス」がいまいちよくわからず。調べました。

  この表現がいいかな?

  

  コンピュータと人間を結びつけている仕掛け

  引用:http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~hirai/text/cui.html

 

※「GUI」? 

  ここがわかりやすい!↓

  パソコン初心者講座 用語解説 CUIとGUI

  ここを読みましょう。

  

※「GUI」によるインターフェイスの透明化がどのような事態を招くか?

 次の投稿で書きます。  

  

 

東京での研修あれこれ1.URAWSS(ウラウス)

  

今日は8月14日。

  

8月9日・10日に東京に行って研修会に参加しました。

その研修会も十分収穫ありですが、

その他にも東京での収穫は大きかったです。

2日間のことはこのブログに書き留めておこうと思い、

今日から始めます。タイトルは「東京での研修あれこれ」としました。

  

さあ、何から書こうか。

  

この夏休みにやっておきたいこと(夏休みの宿題)の一つに、

読字障害・書字障害を見極める方法を知ることがありました。

その宿題に関する情報をもらいました。

小川修史先生(兵庫教育大学大学院学校教育研究科)の資料に

載っていて、 坂井聡先生(香川大学)の講座の中で出てきました。

  

小川先生の資料の引用

  

URAWSS (東大先端研が開発)

小学生の読み書き速度を評価し、

読み書きが苦手な子ども達に

支援技術等を活用した支援を行うために作成。

・学習の遅れの可能性を予測

・早期に対策を講じることが可能

 

読みの速度が遅い

・理解が不十分なままに教科書の学習が進んでいく可能性

 

書きの速度が遅い

・黒板を全部写す前に先生が消してしまう

・試験の途中で時間切れになってしまう

(こころソースブック出版会より引用)

  

 

ラストに引用元があったので、さっそくチェックしました。

こころソースブック出版会 ウラウス

Photo 2013年7月に発刊したようです。

  

このサイトに、こんな説明がありました。

  

そこで読み書きの速度を知ることで、

学習の遅れの可能性を予測し、

できるだけ早く⼦ども達に応じた対策を

講じることができると考えました。

URAWSS は、読み書き障害の診断を

主たる⽬的とするものではありません。

読み書きの遅さが明らかにされても、

治療教育や訓練ではその回復に時間がかかるため、

⼦どもが学習に遅れて⾏く現状に変わりはありません。

そこで、読み書きの遅さの結果を分析することで、

読み書きの困難さがどこから来ているのかを明らかにし、

⽀援技術の活⽤や教科書のデジタル化など、

すぐに⼦どもの読み書きを⽀援できる⽅策に

結びつくような結果の解釈を⾏います。  

   

そうなんです。

診断は後回しでいいのです。

今の子どもの現状を知って、対策を立てなくてはなりません。

  

この当時、「kintaのブログ」という

「特別支援教育,AT,AAC,コミュニケーション支援」

について書いているブログでも取り上げていました。

kintaのブログ 小学生の読み書きの理解 URAWSS ウラウス

(kintaさん・・・pp団のフェイスブックをのぞきに行くと、

よくお見かけします)  

ちゃんとkintaさんも目をつけています。

実際にURAWSSを使ってみた報告をどこかで見つけたい。

「消えた仕事図鑑」より「サンドイッチマン」

今日は8月14日。

  

「イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑」

(澤宮優著/平野恵理子絵/原書房)

より引用しています。

今回は「サンドイッチマン」

  

「サンドイッチマン」と聞けば、今はこのコンビを思い出します。

Header_img http://www.allnightnippon.com/program/sand/

画像検索しても、このコンビの写真が続きますが、

でも、時々今回話題にしたい職業の人の写真も出てきました。

絶滅はしていない模様。

  

「消えた仕事図鑑」からの引用です。

  

体の前後にポスターや商品の宣伝広告を掛けて、

街や店の前でおどけて宣伝する人。

食べ物のサンドイッチのように広告で

体の前後を挟むのでそう呼ばれた。 (164p)

  

戦前から戦後にかけて「銀座のチャップリン」と呼ばれた

サンドイッチマンたちがいた。

一人は洗濯屋の職人で、暗くなると資生堂の角で

ハーモニカを吹いた。

二人目は深川のラジオ屋職人の牧純信である。

昭和の初めの頃の宣伝方法はチンドン屋か

新聞の折り込みチラシしかなかった。

牧は鼻の下にちょび髭を蓄えチャップリンによく似ており、

「モダン・タイムス」に出てくるチャップリンの格好をして

自分の店の看板を持って歩くと、たちまち人垣ができた。

昭和8年、牧はサンドイッチマンになり、戦後、

「牧チャップリン宣伝広告会社」を設立。

男女50人のサンドイッチマンを雇った。 (164p)

  

こんな文章を読むと、牧純信さんに興味を持ちましたが、

検索しても引っかかりませんでした。

「消えた仕事図鑑」の参考文献を見ると、

この文章は昭和36年8月7日の「週刊朝日」が挙げられていました。

いつか見れるといいなあ。

  

この文章も気になりました。

  

昭和23年には、背中に広告だけでなく、

一斗入りの水桶を担いだサンドイッチマンも登場した。

水が管を伝って流れ、靴底のフェルト活字に染み、

歩くと地面に左足で「明るい宣伝ロードサイン」の文字を

右足で映画の題名が次々と道路にスタンプされるという仕組みで、

ロードサインと呼ばれた。 (164p)

  

気になるけど、これは図示されないとわかりませんでした。

「消えた仕事図鑑」の図を載せちゃいます。

Epson694  

こんなサンドイッチマンの後ろを歩いてみたいです。

これも検索したけどヒットしませんでした。

  

昭和28年に流行した歌『街のサンドイッチマン』(鶴田浩二)は、

実存のサンドイッチマンの心情を託して歌われたという。

(165p)

  

これは検索に引っかかりました。


YouTube: 街のサンドイッチマン

歌詞もいいですよ。

話はそれますが、鶴田浩二さんのWikipediaの説明は

けっこう読みがいのある内容です。

いろいろなことがあった人生だったのですね。

特攻隊との関係、映画のクレジットに関する逸話、

そして女性関係などなど・・・。

自分はほぼ「男たちの旅路」シリーズしか知らなかった。

あの吉岡役での渋味は、この人生、生きっぷりが作ったのですね。

Wikipedia 鶴田浩二

「消えた仕事図鑑」より「三助」

  

今日は8月14日。

  

「イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑」

(澤宮優著/平野恵理子絵/原書房)

は面白い本でした。

残念ながら期限が来て図書館に返してしまいました。

ポン菓子屋については以前書きましたが、

他の職業について、引用して書きとどめておきたいです。

  

今回は「三助(さんすけ)」

  

銭湯の下男。

昼は薪など風呂を沸かす材木を集め、

湯加減の調整、掃除をし、夕方は下足番、客の背中流しも行う。

とくに釜焚き、湯加減の調整、番台業務の銭湯の三つの

主な仕事を助けたから「三助」と呼ばれた。 (168p) 

主に富山県や新潟県出身者が多く、(中略)

一人前になるまでには十年かかり、

後に番頭になって番台に座ることもあった。

年季を積み、銭湯の経営者になるというシステムだった。 (168p)

  

なぜ富山県、新潟県出身者が多い?と疑問に思えますが、

流れができていったのでしょう。

  

平成21年当時は、東京都東日暮里にある

「斉藤湯」には都内唯一の三助がいた。

橘秀雪と言い、当時は72歳。

富山県氷見市の出身で、背中も流した。 (168p)

   

都内最後の三助である橘さんも引退されました。

(Wikipediaによると、全国で最後の1人だったようです→Wikipedia 三助

その橘さんの写真をアップしていたサイトがここ↓

伊勢崎市議会議員 多田稔(ただ みのる)の明日へのブログ 行って来ました 三助さんがいる斉藤湯

これは2013年10月の記事。

この頃はまだ橘さんは三助の仕事をしていました。

背中流しは次の要領↓

  

背中流しは、番台で銭湯代の他に流し代(400円)を支払うと、

木札が渡される。

橘が、紺色の水着で現れ、固いタオルに石鹸をつけて、

上腕、両肩、背中を洗う。

洗い終わると、首、頭、腰、手をマッサージした。 (168p)

  

この木札の写真も多田稔さんのサイトで紹介してくれてありました。

55e283ea4d5d327645b8a10ad4a16156  

こんなのでした。多田さんはこんな風に調べていました。

引用します。

  

以前インターネットで調べたところ、通の客は

「流し」の木札をぬらして鏡に張って待っている、

と書いてあったので、湯船であったまってから

木札をぺたっとはって三助さんの登場を待ちました。 

  

楽しそうです。

他にも「斉藤湯 橘秀雪 三助」で検索するといろいろヒットします。

橘さん、有名人だったのですね。

  

このサイトも勉強になりました。

PAPER SKY 最後の三助|TOKYO BATHING | 東京 銭湯 1

2012年7月の記事です。

三助の仕事している橘さんの姿も見ることができます。

引用します。

  

橘は富山県氷見市の農家の四男として生まれた。

農家の跡を継ぐのは長男と決まっていたので、

彼は自分で働き口を見つけなければならず、

15歳で中学を卒業すると、ひとつの決意を胸に東京にやってきた。

その決意とは、銭湯で働くこと。

当時、大盛況だった銭湯業界に働き口はいくらでもあり、

橘もいくつもの浴場に番頭として勤め、

銭湯の掃除やボイラーを使ったお湯の管理など、

さまざまな仕事をこなした。 (中略)

昔は三助を呼ぶベルがあり、お客さんが男なら1回、

女なら2回鳴らすことになっていたという。

ベルで呼ばれるまではボイラーの前で、

ちょうどいいお湯加減になるように、

古い家具などを次々に燃やしていたそうである。

  

ちょっとビックリは女性の背中流しもしていたのですね。

  

今は大盛況でも、時代が流れたら消えていく仕事があるんですね。

教師の仕事もどうなるんだろう?

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