クスノキが大量の葉っぱを落とし始めました
今日は4月3日。
勤務校のクスノキが大量に葉っぱを落とし始めました。
新しい葉っぱが誕生し、古い葉っぱは落ちているのでしょう。
しかし、落ち葉は茶色になった古い葉っぱばかりと思いきや、
緑色の小さな葉っぱも落ちていました。
なぜ?
他の植物由来なのかな?
もう一度観察してみよう。
クスノキの葉っぱにはダニ部屋というのがあって、
そこに何匹かのダニがいるそうです。
↓このサイトで実際に見ることができます。
私もそのダニを顕微鏡で見てみたいなあ
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今日は4月3日。
勤務校のクスノキが大量に葉っぱを落とし始めました。
新しい葉っぱが誕生し、古い葉っぱは落ちているのでしょう。
しかし、落ち葉は茶色になった古い葉っぱばかりと思いきや、
緑色の小さな葉っぱも落ちていました。
なぜ?
他の植物由来なのかな?
もう一度観察してみよう。
クスノキの葉っぱにはダニ部屋というのがあって、
そこに何匹かのダニがいるそうです。
↓このサイトで実際に見ることができます。
私もそのダニを顕微鏡で見てみたいなあ
今日は4月3日。
前投稿に引き続いて大河ドラマ「真田丸」のことを書きます。
1月14日放映の
「片岡愛之助の解明!歴史捜査 家康を瀬戸際まで追い詰めた男!
真田信繁と父・昌幸 智謀の系譜を追え!」より。
第一次上田合戦の様子を説明してくれていました。
ナレーターの説明を聞き書きします。
これは第一次上田合戦を記録した合戦図だ↓
真田軍は上田城に籠城。
対する徳川軍(赤)が出撃すると、
上田城から長男信幸率いる隊(青)が迎撃。
しばらく刃(やいば)を交えると、
信幸は上田城に退却する。
追いすがる徳川軍は、勢いに乗じ、上田城の城内まで突入。
二の丸まで攻め込んだ。
だが、これこそ昌幸が仕掛けた囮(おとり)作戦だった。
囮とは知らず城内まで攻め込んだ徳川軍。
真田軍の猛反撃で城外まで押し戻された徳川軍は、
正面の敵に集中していた。
その時、徳川軍は思いもよらぬ方向から攻撃を受ける。
突然、昌幸が潜ませていた伏兵が現れ、徳川軍の側面を攻撃。
徳川軍は大混乱となった。
昌幸が伏兵を潜ませていたのが、上田城の東北東、
5㎞先にある砥石城だった。
そこで砥石城跡を現場検証。
↓正面に見えるのが、砥石城があった山だ。
断崖が刃物を研ぐ砥石に似ていることから、
その名がついたと言われている。
なぜここに、昌幸は伏兵をしのばせたのか。
実際に登ってみた。
かなり急な斜面であることがわかる。
30分で頂上に到着。
砥石城跡からは、上田市内が一望できた。
上田城の様子も良く見えたのに相違ない。
つまり、砥石城の伏兵は、徳川軍に気づかれることなく、
ここから出撃のタイミングをうかがっていたのだ。
さらに、3倍の兵力を持ちながら大混乱に陥った徳川軍は、
上田城の東南東、神川(かんがわ)のほとりまで退却。
だが神川沿いには、昌幸が築いた千鳥がけの柵が造られていた。
退路を断たれた徳川軍は、身動きがとれなくなり、
さらに犠牲者を増やした。
その上ようやく神川にたどり着いた徳川の兵は、
今度は増水した川にのまれ、
溺死者は多数にのぼったと言われている。(中略)
徳川軍は、上田城の南東、11㎞離れた八重原まで敗走。
退却した徳川軍の陣城(じんじろ)の跡地を
歴史学者の平山優さんと現場検証をした。
ここが徳川軍の陣城があった鍋蓋曲輪(なべぶたくるわ)と
呼ばれる場所↓
かつて武田軍が鍋の蓋を置き忘れたことから、
この名がついたと言われ、
上空から見ると、楕円形であることがわかる。
この鍋蓋曲輪の立地から、徳川軍は軍勢を立て直し、
もう一度上田城を攻める気だったことがわかると言う。
平山:ここは上田小県(ちいさがた)方面にすぐに進出できるという
非常に地の利のいい場所にあります。
ここに徳川軍がいったん退却して
そしてもう一回上田方面に進出しようとしたと
考えられます。
だが、昌幸の知略がそれを許さなかった。
真田軍は徳川軍を追撃。
昌幸は尾野山城、長男信幸は丸子城に入り、
態勢を立て直す暇(いとま)も与えず、八重原を攻撃。
徳川軍は撤退を余儀なくされた。
国衆でありながら、戦国大名徳川の3倍を超える軍勢に勝利した
父、真田昌幸の智謀。
これが初陣になった可能性が高い信繁は、
その智謀をまさに目の当たりにしたと考えられるのだ。
以上で、第一次上田合戦の予習は修了。
30分遅れですが、録画してある大河ドラマ「真田丸」13話を
見ることにします。ああ、楽しみだ。
今日は4月3日。
今晩の大河ドラマ「真田丸」は第一次上田合戦が描かれます。
楽しみです。
Yahooニュースにこんなのがありました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160403-00000084-spnannex-ent
上記のニュースによると・・・・
1話まるまる使って、いかに城を守るかという
準備から実際の交戦を表現するという
「異例」の放送回になる。
何が異例なのか。
大河ドラマの合戦シーンというと平野で
大軍同士がぶつかり合う印象が強いが、
今回は違う。
城攻めと、それに対する守りを徹底的に描いた。
制作統括の屋敷陽太郎チーフ・プロデューサーは
「45分間ほとんど戦術だけでやった大河って
珍しいと思うんです」と話す。
そうなんですね。楽しみです。
さらに引用すると・・・・
7000人の徳川勢に対し、真田勢がわずか2000人の
手勢で撃退したという第一次上田合戦。
「防御する時の柵のちょっとした造作とかもこだわっていますね。
少ない人数が圧倒的に多い相手をどう倒すか、
ある種ゲリラ戦法ですよね。
それをいろいろな描き方をしたつもりです」
「予算と時間が許す限り、どう準備して、
どう戦ったかというのを描いたつもりです。
城をどう守るかという意味では、
これほど分かりやすく描いた大河はないんじゃないか。
僕自身記憶にないですね」と自信を見せる。
例えば、城下町の大通りに乱杭を打ち込むことによって
徳川勢の大軍の足並みが乱れ、
縦隊が次第に細く引き伸ばされる。
二の丸に入ると迷路のような造りで部隊はますます混乱する。
その途上で農民による石つぶてや熱湯攻撃、
鉄砲や弓矢の飛び道具を受け少しずつ勢いを失う、
といった具合だ。
ほらほら面白そうでしょ。
皆さん見ましょうよ。
録画しておいて、授業で上手に見せたいです。
次も「真田丸シリーズ」です。
今日は4月3日。
昨日は朝の5時に出発して登山。
戻ってきたのは午後5時5分前。ほぼ予定通り。
すぐに電車に乗って、飲み会に行きました。
同年代の4人の飲み会でした。
自分が幹事なので、ビールとウインナーのおいしい店にしました。
登山後のビールは格別でした。
今回うっかりクーポン券を使うのを忘れていました。
10%OFFになったのに、しまったなあ。
4人が同年代だったこともあって、
「残りの教員生活」「退職後」のことが話題になりました。
何事もなければ「残りは6年!」です。
私も少しは考えてきましたが、他のメンバーの話を聞いて
より深く考えることができました。
「残り6年!」
老け込みたくないと思いました。
今の自分の仕事上の関心事は
「特別支援教育」「タブレット端末」の2本に絞ることができます。
特別支援教育にかかわって4年、タブレット端末を購入してから3年。
だんだんわかってきたところです。
残り6年、この2本を頑張って、できたら最先端を行きたいです。
そしたら・・・・
「退職後」の再雇用で、この2本に関係する仕事をもらえるかもしれません。
つまり、得意な分野を作っておいて、
その分野の力を乞(こ)われて雇われたいです。
「得意分野を持つ特徴のある変わった先生」になって終えたいですね。
そんな夢が見えてきました。
とにかく6年間は老け込みたくない。
後ろに回りたくない。
自分の能力に疑いを持ちたくない。
今日は4月3日。
前投稿のつづき。
今回は昨年度までの同僚で、
新年度違う学校に転勤してしまった若い先生と一緒に登りました。
山登りを趣味にしたいという先生。
山登りを趣味にするのはいいですよ。
自然を楽しめ、体に良くて、
一度装備を整えたら安い費用でできます。
スタートは長野県浪合村の治部坂スキー場駐車場。
そこにはこんなかわいい靴が落ちていました。
脱いだまま忘れて出発してしまったのでしょうか。
もったいない。
出発は7時40分過ぎ。
3時間かかって頂上にたどり着きました。
そして2時間で下りてきました。
5時間30分あまり山の中にいました。
4月2日の大川入山
今年はほとんど雪がない大川入山、そして登山道でした。
↑登山途中で撮影。南アルプスが見えました。
これも必ず撮影するアングルⅡ↓
もう南アルプスは雲の中でした。
↑頂上で見かけた雪はこれだけでした。
↑頂上から見た緑のビロードに包まれた山。
魅力あり。
いつもは雪に包まれてるので、今回気がつきました。
↑双耳峰の大川入山。もう一つの頂です。
またいつかそこを越えて大川入山を登りたいですね。
(あららぎスキー場からのコースです)
↑下山のラストは、この歩きにくい根っこ道。
疲れた身には根っこ道はとても長く感じます。
今回は根っこ道を何分で歩くのか計ってみました。
9分15秒でした。
授業と授業の合間の10分の休憩時間より短い時間なのです。
これからこの根っこ道を通る時には、
「9分しかない」「9分経てば終わる」という見通しを立てて
下山したいと思います。
以上で4月2日の登山報告終了。
今日は4月3日。
昨日行ってきた大川入山報告です。
と言いつつ、花の報告です。
設楽町玖老勢(くろぜ)の”しだれハナモモ”です。
朝早く寄りました↓
登山の帰りにも寄りました↓
2年前も同じ頃見に来ています。
※ここでも道草 H26 4月の花々2 ハナモモ2 玖老勢のしだれ花桃(2014年4月14日投稿)
そうそう「馬偏に車」の字を使った駐車場の看板。
2年前も使っていましたが、今年も使っていました。
※ここでも道草 2014年山が笑った/馬偏に車の字源(2014年4月13日投稿)2年前の写真↓
ええ、あれは「馬車」の意味ですよ。
今年は満開前でしたが、
ハナモモはやっぱりいなあと思わせてくれました。
同行した元同僚の若い先生もビックリしていました。
もう一つ花見をしていきました。
設楽町八橋のウバヒガンザクラです。
これまた2年前に見に来ていますが、
今年も元気でした。
※ここでも道草 H26 4月の花々3 サクラ15 八橋ウバヒガンザクラ(2014年4月15日投稿)
ただ近くの風景に変化がありました。
旧八橋小学校が姿を消していました。
※ここでも道草 八橋小学校跡地に行く(2014年4月16日投稿)
設楽ダムできたら水没してしまう場所。
そのまま水没させるのは忍びないので、
取り壊したのでしょうか?
2年前に撮った校舎の写真は貴重になりました。
2年前の写真の1枚↓
もう1枚、花の写真
登山の帰路に撮った写真。新城市内で撮影しました。
登山の往復でたくさんのハナモモ、そしてサクラを見ました。
花見を楽しんだ往復でした。
次の投稿で大川入山を載せます。