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2014年1月19日

2014年1月19日 (日)

モノが語る戦時下の時代展4.のんきなお父さん/仁丹のゴミ箱


今日は1月19日。

  

この投稿も、豊川市民俗資料館の企画展「モノが語る戦時下の時代展」に行った時のこと。

  

  

「のんきな父さん」の置物がありました。

説明にはこう書いてありました。

  

「のんきな父さん」は大正12年(1922年)に発表された麻生豊による漫画です。

頭に陸軍の星マークのある鉄かぶとをかぶっています。

  

陸軍の星マークは五芒星↓

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世界恐慌や関東大震災で暗くなりがちな人たちの心を明るくしたいと

報知新聞社が企画した連載漫画。

そんな「のんきな父さん」も、戦争中には陸軍の鉄かぶとをかぶっていました。

これも写真が撮りたかったです。

  

   

   

仁丹のゴミ箱がありました。

その箱に書いてあった文が、戦時中らしかったです。

  

国家資源の愛護に

戦闘機献納

タバコの空函を御投函

  

  

廃品捨てずに

資源報國

手近な奉公

  

  

つまり資源の少ない日本なので、資源を回収するのが目的のゴミ箱でした。

調べたら、写真を掲載しているサイトがありました。

日々歳々 仁丹歴史博物館2010 サミゾチカラコレクション

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このサイトは、興味深い内容でした。引用します。

  

2月11日は建国記念日だけど、森下仁丹の創業日でもあり、

仁丹創売日でもあるんですよね。

それを記念して2008年から仁丹の日ができて、

玉造にある仁丹本社では毎年1日限定の歴史博物館が開催されているのです。

(中略)今回はサミゾチカラコレクションが加わったんですよ。

  

サミゾチカラさんは、身近な人でした。

  

ホーロー看板収集家として各方面で活躍中の佐溝力さんの収集品は

約2万点にものぼるそうで、

とうとう自宅を改装して「看板と広告の資料館」(愛知県豊川市)をつくってしまったんだとか。

森下仁丹も保管していないほど貴重な品も多数あるそうです。

  

「看板と広告の資料館」は勤務校から自動車で5分以内にあります。

行ってみなけりゃね。

ちなみに仁丹歴史博物館が開かれる仁丹本社があるのは、大阪市中央区玉造です。

 

 

  

 

 

モノが語る戦時下の時代展3.燈火管制用遮光カバー

  

今日は1月19日。

  

前投稿で、国民食器の実物を見てみたいと書きました。

今日、実行に移しました。

豊川市内の骨董屋を調べ、初めて骨董屋に行ってみました。

Rimg9295   

きっとそうだろうなと予想した通りの店内でした。

雑然としたこげ茶色っぽい店内でした。柱時計がたくさんありました。

国民食器(統制食器)は残念ながらありませんでした。

「そのへんに転がっていないかな」と店のおじさんが探してくれましたが、

今回は見つかりませんでした。

毎月5日頃にオークションがあるので、今度は見つけておくねと約束してくれました。

2月8日頃にこのお店にもう一度行って、手に入れたいです。

  

店のおじさんとの会話で「オキュパイドジャパン」のことが話題になりました。

戦後日本がアメリカの占領下にあった時、外国に輸出した製品には、

Made in Occupied」「Occupied Japanと入れることが義務付けされていました。

occupyは「占領する」といった意味。

そんな輸出品が、骨董屋に入ることがあり、ついこの前まであったそうです。

見たかったですね。

  

   

  

さて、豊川市民俗資料館の企画展「モノが語る戦時下の時代展」に行った時のこと。

燈火管制用遮光カバーを見てきました。

そのデザインを見て驚きました。

サーチライトの何本かの光の筋の中、たくさんの爆撃機が飛び交っているデザインです。

これっていいの?

本当なら、迎撃機や高射砲で、爆撃機を追い払うのが理想でしょ。

たくさんの爆撃機によって上空を支配されている状況は、

日本にとって良くないものです。それをデザインにしていいの?

  

この驚いたデザインを、ぜひ写真に撮りたいと思いました。

しかし「撮影禁止」の札。

係の人に頼んでみました。

「カバーの写真撮影をしたいのですが」

「ダメですね」「強く撮影したいという人がいたことを、上の人に伝えておきますね」

ダメでした。

似たデザインがどこかのサイトにないか調べました。

見つけました!→※図説福井県史 敦賀・福井空襲(2)

D2321
爆撃機の数が、民俗資料館のものはもっともっと多かったです。

でもサーチライトに爆撃機パターンは同じデザインです。

今まで燈火管制用遮光カバーのデザインなど気に留まりませんでしたが、

好奇心ムクムクです。

まずは民俗資料館のカバーの撮影をしたい。また出向くぞ。

モノが語る戦時下の時代展2.国民食器

今日は1月19日。

  

先週はハードは日々でした。

2つの参観授業があって、研究紀要の原稿書き。

睡眠不足もあって、昨晩はフラフラ。疲れがたまったせいか腰痛も出ていました。

乗り切れたときは、ホッとしました。

今朝はちょっと寝坊。さらに朝食後に睡眠。午前11時起床。

休みました。

  

  

  

  

豊川市民俗資料館の企画展に2009年にも行っています。

その時は「虫よけ 鳥よけ 獣よけ」という魅力ある企画展でした。

ここでも道草 企画展1/火熨斗(ひのし)から熨斗(のし)の勉強へ

  (2009年11月19日投稿)~企画展10まで

ここでも道草 企画展11 「ソメ」 かかしの異称(2009年12月3日投稿)

ここでも道草 洗濯板は外国からやってきた道具だった(2009年11月29日投稿)

何か機会あるごとに、以前の投稿は読み直します。今回もそうしてみました。

忘れていることが多いけど、読み直して「なるほどそうだったか~」という気持ちになり、

せっせと調べて投稿している自分をほめたくなります。

  

    

  

では今回の企画展「モノが語る戦時下の時代展」について書いていきます。

  

前投稿で、瀬戸市のサイトから引用しました。

瀬戸市 戦争と代用品

このサイトの説明文に「国民食器」という言葉が出てきます。

  

(瀬戸では)供出させられた金属製品の代わりとなる「代用品(だいようひん)」や、

国民食器(こくみんしょっき)など国策に応じたやきものを中心とする生産へと

移行することによって、この時代を乗り越えていこうとしていました。

  

   

国民食器とは?

特に次の2つのサイトを参考にしました。

帝国陸海軍と銃後 統制品

時のかけら 統制陶器 / 統制陶器って何?

太平洋戦争時に、国が運用統制して生産した食器を、

「統制食器」とか「国民食器」と呼んだようです。

陶器に限れば「統制陶器」です。(当時は食器は陶器が多かったと思います)

特徴は、食器の裏に生産地と統制のための番号が記されています。

  

なぜ国は統制するのか?

  

ブログ「時のかけら 統制陶器」の「あらためて統制陶器とは」を参考にして書きます。

  

統制する理由は次の3点。

  

①生産・卸販売・小売までを含めた一貫した配給(流通)を整備することでムダ・ムラをなくし、

必要な分野へエネルギーを振り分ける

②生産量・配給量(流通量)を把握することにより商品価格の高騰・暴落を防ぐ

③生産者・販売者を管理することで品質を維持する

 

  

陶器を作るにあたって、石炭を使います。

しかし、当時石炭は戦争にとって大事なエネルギー源でした。

その石炭を無駄なく戦争に供給するために、それ以外の使用は統制しようと考えたわけです。

  

  

  

う~ん、こうなると「国民食器」の実物を見たくなりました。

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