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2012年9月16日

2012年9月16日 (日)

花火の話14・・・祇園祭に向けて/手筒込み

 

今日は9月16日。

 

次の本をベースに、花火の話を進めています。

ふるさと再発見ガイドブック 知るほど豊橋 その四

手筒花火を揚げる町に住む

(企画・発行 豊橋市広報広聴課/平成21年3月19日発行)

 

花火の話13・・・祇園祭に向けて/手筒試験のつづき

 

平成20年の豊橋祇園祭りの初日は7月18日でした。

 

平成20年7月17日午後7時~ 手筒込み  

   

手筒込みとは、火薬を手筒に込める作業です。

何と、祭りの前夜に行うのですね。

 

今回は8月19日放映の「世界の果てまでイッテQ」の

映像の写真を並べます。

 

RIMG0890

火薬の調合シーン。

 

RIMG0891

火薬は、噴出口の反対側から入れていきます。

 

RIMG0892

噴出口に火薬をつめる作業。

RIMG0893

「そうすると、いっぺんに火が回っちゃう」と説明が続きました。

 

RIMG0894

火薬を詰める作業。

 

RIMG0895

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ハネを入れた状態。

 

RIMG0898

あとは、新聞紙を詰めれば完成。

RIMG0899

  

上記の本から、火薬を詰める様子を引用します。

ちょっとテレビとは違うところもあります。

 

まず、ボロ布で竹の中をきれいにします。

そして、鏡がずれないように鏡の上に布を敷き、

砂を入れて固定します。

これは鏡を下にして、底の方から火薬を込めるからです。

上下逆さまにした手筒を荒縄で固定し、準備完了。

花火の大きさにあった込み棒を使い、

1斤(約800グラム)ずつ2~3回に分けて火薬を詰めていきます。

そしてビニール袋に入った「はね粉」を、中心に来るように置き、

その上から丸めた新聞紙を詰めふたをします。

竹をはずし、鏡に当ててあった砂をどけて、

節に穴を開け、噴出口を作ります。

そこに点火のための火薬を詰めます。

最後に和紙をあて、自分の名前が書かれた木札をつけて完成です。(24p)

 

テレビでは噴出口に最初から火薬を詰めていますが、

本によると、最後に火薬を詰めています。

「はね粉」は、テレビでは布(紙?)に包まれていましたが、

本ではビニール袋です。それぞれの伝統があるようです。

この図は参考になりました。

 

EPSON130

 

手筒花火が作られ、その他の大筒や乱玉の準備をすると、

お祭り当日の朝になってしまうそうです。

 

以上、豊橋祇園祭りに向けて、手筒花火がどう準備されるかを書いていきました。




 

花火の話13・・・祇園祭に向けて/手筒試験

 

今日は9月16日。

 

次の本をベースに、花火の話を進めています。

ふるさと再発見ガイドブック 知るほど豊橋 その四

手筒花火を揚げる町に住む

(企画・発行 豊橋市広報広聴課/平成21年3月19日発行)

 

花火の話12・・・祇園祭に向けて/縄巻きのつづき

 

平成20年の豊橋祇園祭りの初日は7月18日でした。

 

平成20年7月5日午後7時~ 手筒試験

  

手筒試験を行うのは、上伝馬町の伝統だそうです。

試作した手筒を打ち上げて、今年の鉄粉と火薬の量を決めていくのだそうです。

無題13-1

無題13-2

引用します。

 

試験花火は、人が持たずに打ち上げ台に設置して揚げます。

縄巻きを行わない状態で揚げるため、竹の強度を見ることができ、

安全面を確認することができるのも利点です。(21p)

 

無題13-3

この写真は印象に残りました。

火薬の鉄粉で赤茶けているのがよくわかります。

今度行く機会があったら、しっかり見てきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

花火の話12・・・祇園祭に向けて/縄巻き

今日は9月16日。

次の本をベースに、花火の話を進めています。

ふるさと再発見ガイドブック 知るほど豊橋 その四

手筒花火を揚げる町に住む

(企画・発行 豊橋市広報広聴課/平成21年3月19日発行)

 

花火の話11・・・祇園祭に向けて/鏡入れのつづき

 

平成20年の豊橋祇園祭りの初日は7月18日でした。

 

平成20年6月25日午後7時~ 縄巻き

   

この日から縄巻きを始め、数日かけて完成させました。 

その縄巻きを始める前に、こんな作業をするそうです。引用します。

縄巻きを始める前に、竹筒の中にボロ布を突っ込んで掃除をします。

中のカビをきれいに取るためです。

梅雨どきに準備が行われる祇園祭の場合、虫とカビは大敵。

常に目を光らせ、竹が傷まないよう気をつけます。(17p)

カビとりは大事な仕事の一つのようです。

縄巻きの手順は、次のようです。

 

①竹筒に南京袋を巻く

②荒縄を、細巻→太巻の順番で巻く

 

8月19日放映の「世界の果てまでイッテQ」では、

南京袋の代わりに、クラフトテープとゴザを巻いていました。

同じ祇園祭りでも、町によってやり方が違うようです。

ではテレビの映像の写真を並べます。

 

RIMG0885

クラフトテープを巻きます。

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縄巻き完了。

 

ここでも町による違いがあります。

「太縄」と「大縄」

そして竹に巻くのが「南京袋」と「クラフトテープ・ゴザ」

竹に直接縄を巻かないのは、直接まくとすべる可能性があるから。

南京袋やクラフトテープは滑り止めの役割があります。

(運動会の竹に縄を巻く時は、直接巻いてきました。

手筒花火の巻き方を真似するのもいいなあ)

 

こうやってブログにまとめることで、手筒花火のでき方が、

だんだん身に染みてきました。まだつづく。

 





 

 

 

   

   

 

花火の話11・・・祇園祭に向けて/鏡入れ

 

今日は9月16日。

 

次の本をベースに、花火の話を進めています。

 

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手筒花火を揚げる町に住む

(企画・発行 豊橋市広報広聴課/平成21年3月19日発行)

 

花火の話10・・・祇園祭に向けて/節ぬきのつづき

 

平成20年の豊橋祇園祭りの初日は7月18日でした。

 

平成20年6月22日午後9時~ 鏡入れ   

 

鏡入れは噴出口作りです。

材料は熱さ30ミリほどの檜(ひのき)。

これを竹筒の口に合わせてミリ単位で大きさを調整するそうです。

手順を、上の本から転載。

無題3

噴出口は鏡の径に対して35パーセント以上の大きさです。

無題11-2

節と鏡の間には米ぬかと木工用ボンドを混ぜ合わせたものを敷きます。

すき間ができないようにしっかりはめ込みます。

無題11-3

仕上げに横から釘を6本くらい通して、鏡を固定します。

 

 

8月19日放映の「世界の果てまでイッテQ」で、

豊橋祇園祭りの花火のことをやっていました。

宮川大輔さんが、手筒花火に挑戦していました。

この番組の中で、鏡入れが紹介されていました。

なぜ「35パーセント以上」なのかもわかりました。

テレビの映像を並べます。

 

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ここで以前聞いたのに、忘れてしまったことがあります。

竹は、手筒花火になった場合、鏡が入るのは地面側かその反対か?

手筒花火経験者に教えてもらったのに・・・・

インターネットで調べました。

ありがたいサイトに行きつきました。

手筒花火の作り方

とても細かく作業を記し、そして私見もたっぷり入った読みがいのある作り方でした。

ここに書いてありました。

 

地面側の最下方の節は噴出口になるので穴を開けず、その他の節を抜く。

 

つまり手筒花火は、竹を逆さに使っているわけです。

なぜだったか?

機会があったら、また聞いてみたい。  

 

 

 

 

 

 

 

 

花火の話10・・・祇園祭に向けて/節ぬき

 

今日は9月16日。

 

次の本をベースに、花火の話を進めています。

 

ふるさと再発見ガイドブック 知るほど豊橋 その四

手筒花火を揚げる町に住む

(企画・発行 豊橋市広報広聴課/平成21年3月19日発行)

 

花火の話9・・・祇園祭りに向けて/竹取りのつづき

 

平成20年の豊橋祇園祭りの初日は7月18日でした。

 

平成20年6月15日午後1時~ 節抜き

 

竹取りをした日の午後に節抜きをします。

切ってきた竹を自動車から降ろす時も、節抜きの作業の時も、

竹にひびが入らないように気をつけます。

なぜか?

こう書いてありました。

 

少しでもひびが入っていると、

揚げている最中にそこから空気を求めて火が走り、

火薬全体に着火して爆発する恐れがあるからです。

床に置く時は両手を添えて、ていねいに置いていきます。(13p)

 

ひびが入ったらどうなるか、よくわかります。

後に書く「鏡」をはめる竹の節を上部にひとつ残すだけで、

後はツルツルになるまでみがくそうです。   

無題12

無題10

「100年前が明治」最後の日の新聞

 

今日は9月16日。

 

7月30日の投稿→「100年前が明治」最後の日

この投稿で、こう書きました。

 

「100年前が明治」最後の日であり、今日から「100年前は大正」がスタートします。

大正元年生まれの人が100歳になります。

私は注目していることですが、世間はどうなんだろう。

オリンピックのニュースが飛び交う中で、

「100年前が明治」最終日の報道ははたしてなされるでしょうか?

 

7月30日の朝日新聞で、2つ記事を見つけました。

やっとここに載せます。

 

EPSON124

民主主義の成熟ぶりは、街頭行動の「賢さ」と、

権力側の「こらえ性」が示す。

 

なるほどと思った文章です。さすが、うまいことを言います。

弾圧したって、権力側にプラスにならない、

そして、命まで失う抗議は悲しい。

そんな体験から学んだのでしょうか。勝手に想像しました。

 

 

 

もう一つの記事。

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ここにも興味深い文章があります。

 

東京都心にあった「大正通り」の名前が、

昭和初期に消えてしまった理由についての文章。

 

原武史・明治学院大教授は、大正通が早く消えた背景に

戦前昭和の明治ブームを指摘する。(中略)

「昭和に明治を重ね、大正の沈滞を吹き飛ばそうとしていました。

政府側に意図的な戦略があり、生活レベルにも浸透していた」

 

平成になって誕生した「大正通り」の話もよかったです。

大正通り命名に向けて運動した栗山直博さんの言葉も印象に残りました。

 

「(大正生まれは)200万人の戦死者を出し、

戦後の日本を飢餓に耐えながら再建した」

 

大正世代の意地を感じました。

 

7月30日から始まった「100年前が大正」の期間に、

大正時代をもう少し気にしたいと思います。

 

 

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