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2011年7月27日

2011年7月27日 (水)

実際に渥美半島の風力発電所を見に行く

   

今日は7月27日。

庭にあるブルーベリーを収穫しようとしたら、

かつてのライバル、イラガの幼虫オコゼがあちこちに。

久々退治しました。6匹。

久々と言えば、昨日、ハエ叩(たた)きでハエを退治しました。

最近やってなかったので、力加減を忘れていて、必要以上に強く叩いていました。

やってなかったなあハエ叩き。

     

7月24日。渥美半島の風力発電を少し見てきました。

渥美半島の風力発電については、先日の投稿を参考に。

※参考:「渥美半島の風力発電はどこの企業?」html

     

蔵王山展望台風力発電所

RIMG0168蔵王山遠景 RIMG0177
RIMG0170蔵王風力看板 

この看板で、風力発電の発電機が入った入れ物部分を

「ナセル」と言うことを初めて知りました。

「ナセル」と言えば、

「為せば成る。為さねば 成らぬ何事も。ナセルはアラブの大統領」のように、

アラブ、エジプトの大統領の名前が浮かびます。

「ナセル」を調べると、

(1)気球につるす籠(かご)。また、飛行船のゴンドラ。

(2)飛行機で、エンジンなどを収める流線形の保護カバー。(weblio辞典)

という意味がありました。ここでは(2)の意味が該当しそうです。

RIMG0172作動していなかった看板 残念ながら、作動していませんでした。

    

     

田原臨海風力発電所

RIMG0178 蔵王山頂上から、田原臨界風力発電所をのぞむ。

RIMG0187 
RIMG0190 
RIMG0204 
RIMG0181田原臨界看板 RIMG0184電光掲示板
全部で11基の風力発電機。

この日の風力は3.9m/s。発電量は900kw。

風があまりない日でした。

しかし、ブレードの長さ40mの巨大風車がたくさん立っている風景は、

ちょっと別世界でした。

    

      

田原リサイクルセンター風力発電所

田原臨海風力発電所の11基の風力発電機に囲まれた中にあります。

RIMG0196 
RIMG0203 
RIMG0197 この風力発電機のブレードの長さは41m。これまた大きい。

    

RIMG0206風車のすぐ横にある田原リサイクルセンター炭生館。

中に入りたかったが、日曜日は休館日でした。残念。

※参考:「炭生館」html
   

    

10月に6年生の子どもたちと発電所見学ツアーに行くことができそうです。

愛知県三重県の発電所をまわれそうです。

限られた時間の中、どこを見てきたらいいか。

これまた夏休みの課題です。

  

 


  

 

 



    

 

その時歴史が動いた 古事記

   

今日は7月27日。

2008年4月23日放映の

「その時歴史が動いた 古事記誕生 日本最古の史書の謎」

を見ました。

   

書きうつされた最も古い古事記は、名古屋市博物館にあると聞いてびっくり。

RIMG0003 

そのことで調べていったら、また面白いことにぶつかりました。

このサイトに書かれていたことです。一部引用します。

「つきみそう 最古の古事記」2

  

博物館に収蔵される前は、岐阜の大須(羽島市)にありました。

木曽川に近い岐阜の大須は水害が多く、

名古屋市に移転。その場所を大須と名づけました。

名古屋の大須の方が有名になり、

大須が元岐阜にあったことは忘れられてしまいました。

    

そんなことがあったのですね。

名古屋の大須に移されたのは、徳川家康の命令だったそうです。

   

   

天孫降臨」という四字熟語の意味もわかりました。

天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫ニニギノミコトが、

高天原(たかあまはら)から地上に降りて治めにきたということ。

この出来事が「天孫降臨」でした。

その時に、道案内をした地上の神が「猿田彦」。

「猿田彦」も聞いたことがある名前でしたが、どんな人(神)かわかりました。

    

天武天皇元明天皇の命で作られた古事記。

稗田阿礼(ひえだあれい)と太安萬侶(おおのやすまろ)の2人が

直接作成にかかわりました。

なぜ天武天皇は「古事記」をつくろうとしたか。

天武天皇はこう言っています。

RIMG0004 
これまでの歴史書の偽りを削り、真実を選び、

それを後世に伝えようと思う。

     

歴史書が作られる時は、

リーダーを軸とした民族意識を高めるためである場合が多いとのこと。

古事記も、神の子孫である天皇が日本を治める正統性を裏付ける歴史書となっています。

明治時代になって、一般の人たちも古事記を読むようになりました。

天皇中心に国をまとめようとした明治政府にとっては、

古事記は都合がよかったのでしょう。

   

    

番組を見て、古事記について知識整理ができました。

 

 

 

    

     


    

 

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