遣唐使船の復元/「遣唐使」の復習
ニュースで、上海万博に遣唐使船が登場したことが放映されました。
ムム?
※5月、上海万博に向けて大阪を出港する遣唐使船
これって、平城遷都1300年にちなんで復元した遣唐使船のこと?
※参考・・以前にその遣唐使船について書きました。
http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/05/post-90c2.html
どうやら上海万博に登場した遣唐使船は、
それとは別のもの。
ともに実物大に復元された遣唐使船です。
平城遷都1300年というキリのよい年だからこそできたプロジェクトでしょう。
どちらの船でもいいので、実際に見てみたい、触れてみたい。
遣唐使について調べていて、
遣唐使を送りだしたのは20回だけだったのだと知りました。
(一応、社会科教師だから、以前に調べたかもしれませんが、
すっかり忘れていました/他にも12回説などもあり)
もっともっと行っていると思っていました。
1回目が630年。
4回目(659年)の第1船は南の島に遭難・漂着し、大使坂合部石布は原住民に襲撃され死亡。
9回目(719年)に阿部仲麻呂、吉備真備、玄昉、井真成といった後に有名になる人たちが派遣される。
12回目(752年)吉備真備が2回目の派遣。754年に帰国する際に鑑真が来日。
18回目(804年)空海、最澄が派遣される。
20回目(894年)大使が菅原道真。中止される。
20回目だけでなく、他にも6,11、14、15回目は計画されたけど停止されたようです。
(参考Wikipedia)
894年に遣唐使は中止されました。
その頃の唐は、874年の黄巣の乱など各地で反乱が起こって、
国は大変疲弊していました。
907年には唐は滅亡してしまいます。
そんな唐の状況を把握して、菅原道真は遣唐使中止を進言したのでしょう。
ブログで「遣唐使」を復習してしまいました。
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