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2007年9月

2007年9月 4日 (火)

野菜は人の足音を聞いて育つ

始業式に校長先生が「野菜は人の足音を聞いて育つ」という言葉を紹介されました。

いい言葉だと思います。誰の言葉だろうと思って調べてみましたが、わかりませんでした。

調べている時に、次のような言葉に出会いました。

「田んぼの最高の肥料足音」

いずれも畑や田んぼでせっせと働く人には、励みになる言葉です。

   

学校が始まりました。

2学期初出勤の3日朝の定点観察をしている田んぼの写真です。

P9030005 P9030007 足音はあまり聞かせていませんが、自転車の音は聞かせてきました。

   

校長先生は、学校園のサツマイモが、草がとられてすくすく伸びている話もされました。

この数年気がついたことですが、

学校園の中で明らかにサツマイモの成長が早いゾーンがあります。

学校園の北東付近。土の成分がさつまいもに向いているのでしょうか。

不思議に思っていることの一つです。

2007年9月 3日 (月)

前向きな土佐選手、がばいばあちゃん

世界陸上の女子マラソンで、土佐礼子選手の力走を見ました。

一度は5位に落ちながら、盛り返しての3位銅メダル。

よし、自分も頑張ろうと思わせてくれる波及効果のある走りでした。

解説者が、「苦しくなってからが土佐選手の真骨頂」と言ってました。

苦しくなってから、そこから本来の力を出すなんて、素晴らしい。

「まだいける」「さあ、落ちてこい」という気持ちで、後ろから追いかけたそうですが、

この前向きさがいいです。

前向きのマンガを昨晩読み終えました。

「がばいー佐賀のがばいばあちゃんー①②③」(島田洋七原作/石川サブロウ脚色作画P9030001/集英社)です。

話題になった本のマンガ版。

貧しい中でも前向きに生きていく様は、ジンときます。がばいばあちゃんのたくましい生き方は、参考になります。

これは本当に実話が元になっているのだろうか。

そうだとしたら、洋七さんはとても豊かな体験をされているんだなと思いました。

道徳の授業の資料にしようというしている先生がいるそうですが、うなづけます。

小3の息子も読んでいますが、何回読んでも笑っているのが、次のシーン。

「そういえば晩メシ食ってないぞ」「ばあちゃん、腹へった」

「気のせいや」

「そうか気のせいか」 P9030003

2007年9月 2日 (日)

「おなじ」と打って変換すると、いろいろ出てきます

P8300005 8月28日の投稿に書いた「アレ何?大事典」(佐々木正孝著/小学館)を手に入れました。

一度はあきらめていた本なので、うれしい。帯(腰巻き)の「知らなくても恥じゃない!でも、知っていれば自慢できる!!」というコピーがいいです。

さっそくあちこち見ました。それでは自慢気にクイズ。

「佐々木」の「々」は何という名前でしょう?

    

答えは「同の字点(どうのじてん)」

この記号だけをパソコンで出すことはできませんでしたが、この事典にはご親切に出し方も書いてありました。

「キーボードでは、『おなじ』と打って変換するとスムーズに出せるぞ。」(242p)

実際にやったらスムーズに出てきました。

第2問目。「あゝ野麦峠」の「ゝ」は何という名前でしょう?

   

答えは「ひらがながえし」

前のひらがなを繰り返すときに使います。繰り返しが濁点なら「ゞ」。「いすゞ」はこれかな?何と「カタカナがえし」もありました。「ヽ」です。カタカナの濁点の繰り返しなら「ヾ」。実は「漢字がえし」もあり。それは、さっきの「々」です。

そうそう「文」の繰り返し記号はわかりますか?

よくご存知の「〃」です。これはこの事典によると、「同じく記号」と言う名前。

キーボードで「おなじ」と打って変換すると、「々」「ゝ」「ゞ」「ヽ」「ヾ」「〃」がずらっと出てきます。

みんな繰返しをあらわす記号です。

さすが、見こんだ本。いい勉強ができます。

「おなじ」で変換すると「仝」という変な字も出てきます。これについては後日調べてみます。

ビールの下に敷かれた健康十訓

今の学校に勤務して7年目。かつてこの学校で一緒に勤めた人も、多く方が別の学校に転勤されたり、引退されたりしています。

先日はそんな人たちと再会する宴がありました。楽しい会でした。

ふと見ると、ビールの下にある敷物(コースター)にいいことが書いてあったので、もらってきてしまいました。P9020012

左がその写真。「健康十訓」です。

いいことが書いてあるし、文章も楽しい。

「少言多行・・・べらべら喋っている間に行動を開始せよ」の「べらべら」とか

「少憂多眠・・・くよくよしたって同じ。とっとと寝てしまおう」の「とっとと」なんていいなあ。

「少食多噛・・・腹八分目でよく噛みゃ、幸せも噛みしめられる」とか、

「少車多歩・・・自動車は確かに早い。でも歩けば健康への近道」は思わず「うまい!」と言いたくなる文章。

次のもいい。

「少衣多浴・・・薄着で風呂好きの人は、健康を身につけている人」うまいこと言うねえ。

楽しそうにこの「健康十訓」を書いている人が、頭に浮かびます。

ほぼ18年間”つん読”だった本を読みました

「教師修行十年」(向山洋一著/明治図書)より引用。

「学級通信を三百号出した、プリントを百枚つくったというような仕事も、ぼく達はしてきたが、そのために見落とした仕事もあるはずだ。一つ一つの仕事に全力を尽くすとtもに、そのことに自己満足するのはよそう。」(164p)

向山先生が仲間に呼びかけて書いた文章です。

一人一人に与えられた時間は同じなのだから、何かの仕事を一生懸命やって時間をかけたなら、見落とした仕事(自分の場合なら、おろそかにした仕事も)があるはず。謙虚でいたいと思います。

    

「教師修行十年」は再読でしたが、同じ頃に買って、ずっと”つん読”状態だった本を、押し入れから出してきて読みました。P9020007     

「AさせたいならBと言え」(岩下修著/明治図書)

私は本に買った月日を書いておきます。それによると、この本を買ったのは「1989年9月14日」

買ってからもうじき18年になろうとしていました。

岩下先生は、2月に立命館小学校の研究発表に行ったときに、漢文の授業を見させていただきました。小学生に漢文でした。

もともとは名古屋市の先生でしたが、今は京都で活躍されています。

読んでみて、「まだ間に合う」と思いました。

このままさらに”つん読”状態が続いて、引退後にこの本を読んだら、きっと「もっと早く読んでおけばよかった」と後悔の塊と化すことでしょう。参考になることが多かったです。明日からの2学期に生かせると思います。さすが名著と言われる本。

これが平成19年度の夏休み最後の本になるかな。

2007年9月 1日 (土)

防鳥糸しらべ

もうじき2学期のスタート。昨日は、教室の窓を開けて風を通し、掃除をしました。

8月9日の出校日以来でした。不思議なもので、風が通っただけで、教室の中の雰囲気が変わりました。空気も動かないと劣化するのでしょう。

ほこりがたまり、クモやゴキ・リの死骸がありました。1時間ほど掃除をしました。

さあ、またここでドラマが始まります。

      

夏休みが終わる前に、気になっていることを解決しておこうと思い、農協に行きました。

田んぼの防鳥糸の実物を見たいと思いました。(防鳥糸については8月29日の投稿参考)P8300001

棚にはキラキラ輝く防鳥と、それに比べたらずっと地味な防鳥糸「ニューニゲロン」が置いてありました。

   

疑問① こんな地味な糸で、鳥の侵入を防ぐことができるのか。

インターネットで調べてみました。防鳥糸も2種類ありました。キラキラの防鳥のように、目立つ色をしているもの。そして目立たない地味なもの。

キラキラする糸は、そのキラキラで鳥をビビらせて、田んぼへの侵入を防ぐものです。では地味なのは?これはこれでちゃんと考えられたものでした。目立たない糸は鳥には脅威なのです。鳥からすれば、糸の正体がなかなかわからず、その結果鳥の侵入防止の効果が長続きするそうです。なるほど!

      

疑問② 田んぼを見ると、防鳥糸は、田んぼの4辺だけに張られている場合が多いです。鳥にとっては、上空から田んぼへの侵入は容易のように思えます。こんな張り方で効果があるのか。

この疑問は、残念ながら未解決。

調べていたら、防鳥糸にもいろいろな名前がありました。

「ニューニゲロン」「ハイラーズ」・・洋物?と見間違う名前。しゃれがきいています。

「さる鳥くん」・・鳥よ去ってくれの気持ちが出てます。

「キララ」・・キラキラする防鳥糸の名前。これはそのままか。

      

驚いたこと。yahooで「防鳥糸」を検索して調べていたら、64番目に「ここでも道草」が登場。自分のブログが検索できちゃいました。初体験。

難しいけど、感性をきたえるとは?

P8200003_3 ある人に勧めらてて、教育学を研究している大学教授の汐見稔幸さんという方の本を初めて読みました。

参考になることがたくさんありました。

その中で特に「感性」についての文章が印象に残りました。

子どもたちの自然体験がどんどん減っている今、本当にこれでいいのかと汐見さんは言います。そこから、感性への話になっていきます。

ちょっと難しい文ですが、長く引用をします。「子どものサインが読めますか」(汐見稔幸著/女子パウロ会)からです。

    

「物や人、もっというと、この世界、宇宙からは私たちに絶えず情報が届いている。その情報を感じとり、それに意味を与え、こちらからその意味把握に応じた反応を返すこと、これがコミュニケーションにほかならない。情報発信の相手が人や生き物の場合、こちらが反応するとまた反応が返って、新たな情報が届く。それにまた反応し返すということを繰り返す。」

「情報源が自然なら、わあ、きれいなどと意味を与え、それに反応するというかたちをとるが、そこで終るのではない。自然や環境からの情報はいつでも来るので、特別な意味把握がなくとも無意識のレベルでの情報の交流はずっとつづいている。(中略)生きるというのは、こうした無数の情報交流=コミュニケーションをしつづけるということなのだ。」

「こうしたコミュニケーションの媒体となっている情報は、物理学的にいうとみな波動である。光という波動、音という波動、熱という波動、そしておそらく『気』といわれている波動など。それらの波動が私たちに来たときや、ちょっとした変化があったとき、それを感じとるのが私たちの身体だ。私たちの身体は、まわりのすべてのものとコミュニケーションする場であり、道具であり感応装置なのだ。この感応装置のアンテナ感度のことを、私たちは感性といっている。感性をきたえるというのは、だから他者と世界とそして宇宙と、コミュニケーションする基礎力をきたえることなんだ。」(以上79~80p)

    

情報が波動という説がなるほどと思いました。だから、見えない聞こえないのに何か気配を感じるというのは、波動ならではなのでしょう。

それらの波動を受け取るアンテナの感度を感性と言うのか、その感度を上げるのが感性をきたえることなのか、なるほどね。

難解な文なんだけど、ここを読んだときに「なるほど」と何回も思いました。よくわからんけど、いいことが書いてある文だと思いました。このまま忘却させたくないと思い、ブログというまな板の上に載せてみました。

「感性をみがく」「感性をきたえる」とか言われるけど、どういうことなのだろうと疑問でした。

この文をきっかけに考えてみました。

他の人が見過ごしてしまっているような波動をもキャッチして、その波動に対して反応・交流している状態を、「感性がいいねえ」と言うのではないでしょうか。

山に行ったときに、吹いてくる風の中に季節の変化を感じたり、登山道の傍らの小さな花に気がついて見とれたり、流れる雲の動きに目を奪われたり・・・小さな波動をどんどん受け入れて反応・交流することは、人には楽しいことであり、だから生きているのが楽しいのだと思います。感性がいい=楽しいこと。生きるエネルギーになる。だから子どもの感性をきたえたいのです。

自然に包まれると無数の波動を体験します。初めて受ける波動もたくさんあります。波動を受け入れ反応・交流する楽しさをたくさん味わえます。楽しいから、日常生活でちょっとさびつき加減の波動感応装置が研ぎ澄まされてきます。こうして自然体験をすることで、リフレッシュし、日常生活もまた楽しく感じるのでは・・・・勝手に考えてみました。

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