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2008年11月26日 (水)

「写真が語る戦争」・・・占守島の戦い/池田末男さん

10月12日の朝日新聞朝刊「写真が語る戦争」の記事が印象に残った。

ところが行方不明。記事がどこかに行ってしまった。

家中を探してもわからず。誰かが他のことで使ってしまったか?

  

結局図書館に行って、新聞をコピーさせてもらいました。

図書館に感謝。

記事のタイトルは「北千島の激戦/最果て敗戦3日後/ソ連軍奇襲 反撃した戦車隊」

第2次世界対戦が終わったはずの昭和20年8月18日。

千島列島の北のはずれの占守(シュムシュ)島で突然激しい戦闘が始まった。

侵攻してきたのは旧ソ連軍。

日本軍は敗戦を受けて武装解除を始めていたが、急きょ準備。応戦する。

この日の戦いで日本軍の死者1018人、旧ソ連軍の死者1567人。

敗戦後にこれだけの死者がでたのは悲しい。

日本軍捕虜はシベリアに抑留される。

   

日本軍の中には戦車隊があり、上陸した旧ソ連軍を海岸付近まで押し返したりした。

戦車11連隊連隊長だったのが池田末男さん。Ikeda_s

   

   

    

   

部下からも信頼された隊長だったようである。

あの司馬遼太郎さんも、旧満州で部下であった。

司馬さんもまた信頼を置いた上官のようだ。

戦闘で池田さんは命を落とす。

敗戦で、これで家族に会えるはずなのに、

戦闘命令を受けて出撃することになった人たちはどんな気持ちだったのであろう。

   

北の果てで行われた戦闘に興味を持ったし、

池田末男さんの出身が隣の豊橋市で、

今も息子さんが健在であることを知って、自分の好奇心はふくれあがった。

占守島の戦いのことをもっと勉強して、

豊橋に住む息子さんにお会いしたいと思う。がんばろう。

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「写真が語る戦争」・・・占守島の戦い/池田末男さんを参照しているブログ:

コメント

この方が、あの有名な池田末男大佐ですか。
どういう風貌のお方かなと思っていました
これほど鮮明なお写真が残っていたのですね。
二枚目ですね。

コメントをありがとうございます。池田大佐のりりしい顔はしっかり頭に残っています。

明日は池田連隊長のご命日です。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

oaさん、コメントをありがとうございます。
うっかりしていました。
今日は池田末男連隊長の命日。
私も、冥福を祈りたいです。
そして、最近得た情報を、このブログで書くつもりです。

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