2010年9月28日 (火)

ふと「夕暮れ時はさびしそう」

   

今日は9月28日。

ムッシュさんのブログを読んでいたら、

懐かしのグループ「ふきのとう」のことが書いてありました。

そしたらなぜか「NSP」のことが浮かび、

頭の中に「夕暮れ時はさびしそう」のメロディーが流れてきました。

    

秋。

日が短くなるこれからの季節は、やっぱりこの曲でしょう。


 

    

昨日は修学旅行の振替休日。今週は今日がスタート。

木曜日には学校訪問あり。

4日間、忙しくなるぞ。ファイト!

10月1日の晩は、勤務校の有志でお疲れ様会が予定されています。

その会を目指して。
 

2010年9月27日 (月)

昨晩の高杉晋作4 確乎たる「信念」は他を恃(たの)まない

 

今日は9月27日。

前投稿のつづき。

「歴史街道」10月号(PHP研究所)からの引用。

   

奇跡の軌跡     黒鉄ヒロシ

   

高杉晋作と坂本龍馬は、共に幕末期に於ける奇跡の人である。

短い期間とはいえ、その奇跡の線が一点に

交わったことも奇跡である。

薩長同盟立ち会いのため、京へと向かう龍馬に、

晋作が上海土産のピストルを贈り、

更に槍の達人三吉慎蔵を護衛に付けたことも、

後の寺田屋の件を思えば、奇跡である。

晋作と龍馬が、15万対4千の兵力差を逆転して、

勝利した下関海戦も奇跡である。

まるで奇跡の大安売りだが、もはや現代では売り切れか。

晋作が奇跡の線の彼方に消えたあと、

残った龍馬は

奇跡の総まとめともいうべき大政奉還を成し遂げる。

2人の活躍を「奇跡」の2文字で片付けて、

口あんぐりと感心するだけで良いものか。

奇跡を成さしめた2人の「決断力」にこそ注視したい。

「決断」を支えるのは、「勇気」であり、それは「信念」から生まれる。

確乎たる「信念」は他を恃まない。

「信念」のスタートは固定観念を疑い、

死の恐怖を踏みつけるところから始まる。

現代人は何事もすっかり疑わなくなったし、

死から逃げ回ってばかりいる。

この辺りに「売り切れ」の因があるようだ。

   

    

「確固」ではなく「確乎」

「頼む」ではなく「恃む」

意味が強まるのだろうか。強まるように思えます。

そんな「確乎たる『信念』は他を恃まない。」の一文に魅かれます。

固定観念を疑うことはやっていきたい。

   

    

昨晩の「龍馬伝」はいい勉強のきっかけになりました。

  

昨晩の高杉晋作3  晋作と龍馬が組んだ戦い

  

今日は9月27日。

昨晩の「龍馬伝」は、高杉晋作と坂本龍馬が手を組んで幕府軍と戦った

第二次長州征伐を放映していました。

長州側は四境(しきょう)戦争と言いました。

     

今書店に並んでいる月刊誌「歴史街道」10月号の特集は「晋作と龍馬」

タイムリーな特集なので、買って読みました。

4910196111007

      

この本によると、四境というのは、

いくつかある藩境の内、

山陽道の芸州口、山陰道の石州口、

関門海峡の小倉口、瀬戸内海の大島口の4か所を指します。

この4つの関門から攻め入ろうとする幕府軍と、

それを食い止めようとする長州軍との激突だったので、

四境戦争と言われます。

     

高杉晋作と坂本龍馬が組んだのは、

小倉口での戦いでした。下関海戦とも呼ばれます。

1866年6月17日未明から行われた戦いでした。

龍馬が乗っていた船はユニオン号と言う蒸気船。

グラバー商会を通じて長州藩が2万7千両で購入した船で、

幕府を欺くために名義は薩摩藩のものとし、

操船するのは龍馬率いる亀山社中でした。

したがって、船名も薩摩藩においては桜島丸

長州藩では乙丑丸(いつちゅうまる)と呼んでいました。

雑然とあった記憶がつながりました。

    

ドラマ「龍馬伝」では、戦いはすぐに終わったように思えますが、

8月まで続きます。

命を振り絞って長州藩の勝利を導いた高杉晋作は、

翌年1867年4月14日に労咳(ろうがい)・肺結核で亡くなります。29歳。

同じ1867年10月14日、龍馬は朝廷に大政奉還を上奏。

11月15日に龍馬は京都の近江屋で殺されます。33歳。

下関海戦で大活躍した2人の命は、ともに1年前後だったのです。

やっぱり「龍馬伝」は大詰めです。   

    

     

「歴史街道」10月号の1ページ目は、

黒鉄ヒロシさんが晋作と龍馬について書いた絵と文でした。

印象に残ったので、次の投稿で引用します。

   


     


      

    

昨晩の高杉晋作2  馬関とは?

  

今日は9月27日。

昨晩の「龍馬伝」のタイトルは「馬関の奇跡」でした。

「馬関」とは?

デジタル大辞泉によると、

山口下関のこと。下関の古称赤間関(あかまがせき)を赤馬関とも書いたところからいう。」

とありました。

    

いつ「下関」という地名に変わったのだろう。

「日本地名辞典」(東京堂出版)によると、

「(前略)1889年4月1日の町村制施行時には県下唯一の市、赤間関市として発足。

(中略)1902年6月1日下関市に改称。

(中略)下関の名称は869年の官符にみえるのが文献上の初見で、

周防国(すおうのくに)熊毛郡竈戸関(かまどせき)を上関と称したのに対してよんだもの」

   

フムフム・・・・「下関」は古い地名のようですが、

第二次長州征伐(1866年)の頃は、「赤間関」「馬関」の地名が有力だったので、

「馬関の奇跡」なのでしょうか?

しかし、1863~1864年の長州藩と英仏蘭米との武力衝突事件は

「下関戦争(馬関戦争)」と呼ばれます。

日清戦争の講和会議(1895年)の条約名は「下関条約」です。

そうなると、「下関」「赤間関」「馬関」は並行して使われていた可能性があります。

   

愛知県がかつて尾張国と三河国に分かれていたように、

山口県はどうだったのだろう。

調べました。

周防国と長門国(ながとのくに)でした。

周防国が山口県の東南半分、長門国が西半分。

長門国が俗に長州とも呼ばれていて、中心部が萩でした。

長州藩の名称につながりました。

    


   

愛知県の東の片隅で、

山口県の地名についてあれやこれや調べてみました。     




昨晩の高杉晋作

   

今日は9月27日。(お、妹の誕生日だ)

昨晩の「龍馬伝」は、伊勢谷友介さん演じる高杉晋作が中心でした。

映画「出口のない海」(2006年)でイマイチ目立たなかった伊勢谷さんが、

「龍馬伝」では十分恰好がいい。

※「ここでも道草/伊勢谷友介さん演じる高杉晋作登場」

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/07/post-be96.html

昨晩のテレビ番組をデジカメ撮影。

RIMG0021高杉1 RIMG0026高杉2

RIMG0027高杉3 RIMG0028高杉4

RIMG0030高杉5 RIMG0033高杉6

RIMG0035高杉7 RIMG0036高杉8

RIMG0039高杉9

   

ずらっと並べてみました。

今日の初仕事。      

        

伊勢谷友介さんが出演している

映画「十三人の刺客」も9月25日に公開。

おそらく見には行けないので、レンタルを待つことにしよう。

      


     


  
  
  

2010年9月26日 (日)

ドラマ「蒼穹(そうきゅう)の昴」が始まる

    

今日は9月26日。

晩にいい番組あり。

映画「ROOKIES-卒業-」(2009年)あり。

家族は私以外映画館で見ています。

私は何かとあって行けなかったと思います。

   

大河ドラマ「龍馬伝 39 馬関の奇跡」あり。 

今晩から第Ⅳ章。最終章です。

今晩は第二次長州征伐(1866年)がメイン。

高杉晋作と彼が率いる奇兵隊の活躍が見どころです。

Kihei21 ※奇兵隊

第Ⅳ章の小説版がほしいと思いましたが、

10月7日発売の模様。残念。
   

        

深夜には、ドラマ「蒼穹の昴」が始まります。

2年ほど前に浅田次郎さんの原作を夢中で読みました。

ところがほとんど内容を忘れていて愕然。

ドラマを見ながら思い出しつつ、楽しもうと思います。

BSデジタル放送で、ドラマが放映されていることは知っていましたが、

見逃してばかりでした。

地上波放送が始まるので、今度こそ見ようと思います。

 A0156825_21542757
   

  

今日は午前中片付け仕事。

午後は先週に引き続き、息子の野球の試合応援。    

夜はテレビ。忙しいぞう。


   

鍬ノ峰下山後に見たもの

   

今日は9月26日。

前投稿のつづき。

鍬ノ峰下山後に見たもの。

    

RIMG0281細いリンドウ
 

再び狭い狭い林道を自動車で下りました。

    

    

RIMG0289石が並べられた道

鍬ノ峰ふもとには、国営アルプスあづみの公園なるものが開園していました。

こんな道路がありました。

大きな石が、中央分離帯にずらっと並んでいました。

工事作業を思い浮かべ、お疲れ様と思いました。

     

    

RIMG0290鮮明に見ることができた爺ケ岳

下山後、振り向いたら、鍬ノ峰向こうに、

爺ケ岳と鹿島槍ケ岳がしっかり見えました。

頂上でその姿を見せてほしかったです。

    

    

RIMG0296球場があった

松川村を走っていたら、田園風景の中にいきなり!球場を発見。

見てきました。

RIMG0301センターボードの裏側 RIMG0305バクネっと RIMG0306フェンスつき球場

ラバーつきのフェンスがある立派な球場でした。

山と田んぼに囲まれたいい球場だなあ。

    

     

その球場近くのソバ畑。

花がいっぱい咲いていました。

RIMG0298ソバ畑 RIMG0299ソバ畑アップ
  

山の汗を流した日帰り温泉「すずむし荘」

500円はお得でした。

RIMG0308すずらん荘

野球場も温泉も松川村の施設。

    

以上が鍬ノ峰登山報告でした。
  
  
 
 

登ってきました鍬ノ峰2

  

今日は9月26日。

前投稿のつづき。

長野県大町市の鍬ノ峰登山報告。

     

1623mの頂上に立ちました。

まず目に飛び込んできたのは、大町市。

RIMG0246頂上から見た大町市
   

RIMG0267大町市アップ

たまにはこうやって上から家々を眺めるのもいいです。

みんなちっぽけです。

     

今回、大町市・松川村・池田町・安曇野市と

安曇野と呼ばれる地域を眺めることができました。

山々に東西をはさまれた所に、

こんな広々とした平らな場所があるんだなと思いました。

    

     

RIMG0251頂上の花 RIMG0253頂上の花2

頂上で見かけた花。リンドウの仲間。

    

    

RIMG0262シーフードヌードル

   

やっぱり昼はシーフードヌードル。

涼しくなってきて、ますます美味しくなってきました。

    

     

RIMG0266爺ケ岳

鍬ノ峰の特徴は、北アルプスの山々を眺めることができること。

この日、天気は良かったけど、山々の上には雲。

しばらく待っていたら、雲が晴れると思いましたが、

今回はおじいちゃんを法事に送り迎えする隙間時間の登山のため、

ゆっくり待てませんでした。

上の写真は、爺ケ岳、鹿島槍ヶ岳方面。

爺ケ岳、鹿島槍ヶ岳は2007年に登りました。再会。

      

     

RIMG0265

針の木岳、蓮華岳方面。

針の木岳も2007年に登りました。

う~ん、雲が・・・・。

     

      

RIMG0268あらためて頂上

唐沢岳、餓鬼岳方面。

七倉ダムが良く見られました。

ロックフィルダム型式。

   

     

先客がいると思って登ってきましたが、

頂上にはだれもいませんでした。

今までたくさんの人が鍬ノ峰頂上で過ごしたと思いますが、

2010年9月25日の

午前11時19分から11時57分までの40分ほどは

私が頂上を一人占めしていました。

     

     

下山の風景。

RIMG0273

RIMG0274下から鉄塔

55分ほどかけて下山。

気温は20度以下でしたが、汗びっしょりの登山でした。

いい汗をかきました。

隙間時間にちょうどいい山でした。

     

         

駐車場の車は4台に増えていました。

しかし、出会ったのは、下山道で1人。

皆さん、どこに行ってしまったのだろう。(まだつづく)


   
 
  

2010年9月25日 (土)

登ってきました鍬ノ峰

  

今日は9月25日。

前投稿で書いた鍬ノ峰(くわのみね)に登ってきました。

その報告を。

    

RIMG0205
     

登る前に、大糸線信濃常盤駅西方から鍬ノ峰を撮影。

これからあの山の頂上まで登るかと思うとワクワクします。

山名は、南峰から北峰の形が

鍬の歯型に似ていることからつけられたようです。

頂上付近をアップにしてみました。

RIMG0205鍬ノ峰頂上アップ
   

 

狭い狭い林道を自動車で走って、鍬ノ峰登山口を目指しました。

マイカーのスバルフォレスターは、こういう悪路に強いと信じて選んだ自動車。

フォレスターも嬉々として走っていたと思います。

RIMG0212狭いリンドウ
      

   

やっと登山口付近の駐車場へ。

先客は1台。

RIMG0213
     

    

登山口付近でサルを見かけました。

3匹いました。

RIMG0216サル RIMG0217サル2 
 
事前にこの山について調べていた時に、

サルい遭遇した人がいました。

「山と渓ときのこと酒と」http://www.yasutani.com/Yamaniki/kubiki/20080526.htm

幸運にも、私も会えました。

しかし、登山中にもしかしたらクマに出会うのではと不安を感じ、

鈴を鳴らしながら登ることにしました。

      

   

登山口。         

RIMG0218登山口看板
    

実は登山口を見つけるのにしばらくかかりました。

結局駐車場より少々下がった所にあったのですが、

ついつい上方を探していました。

自動車で登山口の目の前を通りながら、見逃していました。

       

      

RIMG0224クマザサ

この写真のように、登山道をクマザサがおおっているところが多く、

クマザサの中を泳ぎました。

     

   

頂上からの尾根にたどり着くまでは、風もなく暑く、

苦しい登山でした。

あんなに楽しみにしていたのに、もう止めようとも思いました。

しかし尾根にとりつくと、風はさわやかに吹き、

景色もなかなか。

止めたい気持ちもどこかに行ってしまいました。

苦しさをさっと忘れられるのが山の魅力の一つです。

       

         

RIMG0234岩稜

目の前に岩稜が迫る。 

       

RIMG0235中腹から安曇野
   

尾根からの景色。

収穫した田とそうでない田のコントラストがきれいでした。

    

     

RIMG0237クマザサ2

クマザサにおおわれた登山道ふたたび。

    

     

RIMG0240南峰

岩稜から見た南峰。もう一息。

   

    

RIMG0242kumazasatoシャクナゲ

南峰近くの登山道。

ここではシャクナゲとクマザサの波。

シャクナゲはこの山のセールスポイント。

たくさんありました。冬芽もつくられていました。

    

    

そして1時間15分かけて頂上に。

RIMG0245ついに頂上

    

続きは次の投稿へ。  
 

    

       

      


  



     

今日は山登り/近いうちに半田市へ

  

今日は9月25日。

昨日修学旅行無事終了。久々の修学旅行引率でした。

   

今日は親戚の法事。

父親を長野県に自動車で送ります。

私は法事には出席せず、短い時間に登ることができる山に行ってきます。

大町市の鍬ノ峰(くわのみね)が候補。1623m。

日帰りです。

贅沢をしてきます。

ああ、楽しみ。

Kuwa-map5
※大町市のサイトhttp://www.city.omachi.nagano.jp/kbn/00149107/00149107.htmlより

        

    

近いうちに行ってみたいと思っていた場所の記事を見つけました。

9月24日朝日新聞朝刊です。

EPSON001新実何吉

 

昨年11月に新美南吉記念館に行きました。

その時に、今度はヒガンバナが咲く頃に行きたいと思いました。

今年のヒガンバナは、暑さのために開花が遅くなっているようです。

まだ見ていないもんなぁ。

   

    

それでは長野県に向けて出発です。

   

       


    

     


     


   

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