2011年5月11日 (水)

ドラマ「JIN~仁~」に「卵つと」

   

今日は5月11日。

昨日、こんな券をいただきました。

EPSON007卵つと 

その方は、東京に行った時に、空いた時間で見に行ってきたとのこと。

包むー日本の伝統パッケージ展」・・・魅力的な展示です。

    

写真の卵の包みは「卵つと」というものだそうです。

「つと」は「苞」という漢字を使い、

「わらなどを束ねて、その中に食品を包んだもの」の意味です。

   

この券を譲ってくれた方が、

「卵つと」がドラマ「JIN~仁~」で登場していたと教えてくれました。

こういう話を聞くと、確かめたい気持ちが湧いてきます。

手元には、ドラマを録画したDVDがあったので調べました。

        

       

ありました、ありました。

RIMG0008卵つと 
 
RIMG0012卵つと2 RIMG0013卵つと3 

   

今日はいいものをもらい、いい話が聞けました。

 

 

2011年5月10日 (火)

真光寺のヒトツバタコ2011

  

今日は5月10日。

今年も行ってきました真光寺。見てきましたヒトツバタコ。

※昨年・・・「真光寺のヒトツバタコ」html

5月5日に見てきました。

RIMG0041 
RIMG0042 
  

今年、また新しくヒトツバタコが咲いている場所を見つけました。

豊川市の桜丘ミュージアムに行った時に、

建物内から外を見たらありました。

RIMG0049 
  

今回は大きな写真ばかり。贅沢しました。

 

「ゆでる」「ゆがく」「湯通し」

  

今日は5月10日。

日めくりより。

  

EPSON003ゆでる 

「ゆでる」「ゆがく」「湯通し」の区別。

いつも調理にかかわっている人ならご存じのことかと思いますが、

そうでない私には、そうか~と驚く内容でした。

「湯通し」だけ漢字なので、ほかの語も漢字でどう書くか調べました。

  

「ゆでる」は「茹でる」

確かに見たことがある漢字です。

「湯」の字が入ってきません。

「茹でる」と「煮る」の区別は・・・・

「煮る」との大きな違いは、「茹でる」が単に湯の中で加熱することを主目的とする点で、

軽く塩を加えることがある以外、基本的に味付けを行わない所です。

塩を入れてゆでる方法を塩茹でと言います。

※参考「フレッシュペディア」8B

この漢字、「茹だる(うだる)」とも使います。

暑い夏にぐったりした時は、この漢字の登場です。

「ゆ(茹)だった状態」なのだから、ぐったりもします。

    

「ゆがく」は「湯掻く」

「掻く」は指先を使う動作を表す漢字。

「頭を掻く」と使います。

4月中旬に学校でやったジャガイモの「芽かき」も、漢字で書くと「芽掻き」

「かきまわす」も「掻き回す」と掻きます・・・・違った、書きます。

湯の中をかき回す状態が思い浮かびます。

    

今日はジャガイモの「土寄せ」をします。

教師も初めてやります。

こんな姿をイメージして。

「ジャガイモの作り方 ジャガイモの土寄せ」.html

2011年5月 8日 (日)

よっちゃんの話「なぜお母さんというか」

  

今日は5月8日。

先週の金曜日(5月6日)、FM豊橋の渡辺欣生(よっちゃん)の話。

なぜ「お母さん」は、「お母さん」と呼ばれるか。

もとは武家の呼び方である「御方様(おかたさま/おんかたさま)」がもとだそうです。

御方様は「北の方(きたのかた)」から来ています。

武家の奥さんは、家の最も奥(つまり北)にいたため「北の方」と呼ばれました。

「北の方」→「御方様」「方様(かたさま)」→ここですんなり「お母さん」になったわけでなく、

江戸末期、呼び方が2分されます。

武家社会では「お母様」「かか様」、庶民は「おっかあ」だったそうです。

今、私の息子はよく「あっかあ」と言っています。さすが庶民!

お母さん」が誕生したのは、明治の終わりの頃の国定教科書。

上流階級と庶民の呼び方の中間をとって、「お母さん」を教科書上に登場させました。

これは不評でした。

そんな言い方はだれもしていないと。

でも国はこの言葉を変えずに通しました。

その結果、「お母さん」が当たり前になったというわけです。

その国定教科書は揶揄されて、「お母さん読本」と呼ばれたそうです。

以上がよっちゃんの話。こんな面白い話を、巧みな話術で話すので、引き込まれました。

   

     

「お母さん読本」が気になります。

次のサイトによると、

明治37年の国定教科書で、ここで「お母さん」だけでなく、「お父さん」も登場したようです。

「父の影は薄い」.html

明治37年は1904年。107年前。

時代劇の「お父さん」「お母さん」は存在しない。

武家ならば「おととさま」「おかあさま」、庶民なら「おっとお」「おっかあ」

まあ、そうなっているかな。

今晩のドラマ「JIN~仁~」第4話もそんな視点で見てみるか。

    

今日は母の日。

 

 

 

2011年5月 7日 (土)

水性ペンの色それぞれ

 

今日は5月7日。

最近筆箱内の水性ペンを何本か買い換えました。

RIMG0011トンボの水性ペン 
   

現在筆箱にあるのはこの4本。

ペンをよく見ると、色の名前が書いてありました。

「きょうむらさき」「ふじいろ」「つつじいろ」「わかたけいろ」

いいですねえ~、ただの「むらさき」「あか」「あお」といった色でないのが楽しい。

   

「きょうむらさき」は「京紫」

一般的には紫草で染めた赤味の紫のこと。

古来の紫色が、江戸時代に広まった南部紫、鹿角紫、江戸紫との差別化のため

産地の名を冠して呼ばれるようになったもの。(Wikipdia)

サッカーチーム「京都サンガ」はこの色をチームカラーにしています。

Sangarogo 
   

    

「ふじいろ」「つつじいろ」については、

この季節はタイムリー。実際に花の色を見ることができます。

RIMG0044 RIMG0045 つつじの花。

    

RIMG0052 校庭のフジとヒトツバタゴ。

   

この水性ペンは、トンボの「プレイカラー2」シリーズ。

他にもいろいろな色があります。

Img_colors02 
 http://www.tombow.com/products/playcolor2/index.html

   

「トマトレッド」「ショコラ」とか気になる色です。

 

 

 

蜆塚3/屋外にある蜆塚貝塚

   

今日は5月7日。

前投稿のつづき。

RIMG0127 RIMG0136

浜松市の蜆塚公園の屋外にある蜆塚貝塚

浜松市博物館内にあるはぎ取った貝塚も見ごたえがありましたが、

実際に発見された場所にあるこの貝塚もいいです。

   

アップ写真を載せます。

RIMG0129 RIMG0131
本来は腐食しやすい骨が発見されるのは、

貝塚がカルシウム分に富むためだそうです。

カルシウムが溶け出し、弱アルカリ性土壌になったため、

腐敗が抑えられたようです。

    

RIMG0132 RIMG0133
かろうじて針がわかります。

動物の骨や角(つの)、牙、殻等で作られた人工物を「骨角器」と言います。
   

   

RIMG0134 RIMG0135

前投稿でも登場したアカニシ。

このアカニシをもう少し調べていたら、

私の家からもっと近所にアカニシも出てくる貝塚遺跡があることが判明。

豊川市内にある平井稲荷山貝塚です。

たとえば次のサイトが参考になります。

「豊川市 平井稲荷山貝塚」.html

「NET-PLAZA平井稲荷山貝塚」.html

ここなら自転車でも10分で行けます。

次に行きたい所まで見つけられてラッキー。
   

    

RIMG0130 
貝塚の表面にはりつくセミの抜け殻。

ここで羽化したセミがいたんだ。

幼虫は貝塚の土中で生活していたのか?
   

    

    

蜆塚公園はここにあり。

子どもたちに薦めよう。

佐鳴湖は昔はもっと広くて、蜆塚公園近くまであったと予想されています。


 

蜆塚その2/浜松市博物館の貝塚断層

 
  

今日は5月7日。

前投稿のつづき。

振替休日の5月2日、浜松市の蜆塚公園へ。

この日、遠足で訪れている小学生たちがいて、にぎやかでした。

RIMG0141 RIMG0089
   

公園内には、縄文時代の復元家屋があります。

     

公園内の浜松市博物館へ。

RIMG0090 
  

この博物館がとても良かった。

縄文時代から現代に至るまでの浜松市の様子が、

いろいろな展示物と、少し大きめの文字の説明によるパネルで紹介されていました。

    

浜松市の小学生は、必ず来ている場所だろうなと思いました。

ここに来れば、きっと歴史が好きになるだろうと思いました。

   

さて今回の注目はこれ。

RIMG0101

貝塚の断面を樹脂で固めてはがしたもので、、その厚みは見ごたえがありました。

アップ写真も撮りました。

    

RIMG0092 RIMG0093
「アカニシ」は巻貝。

Wikiediaによると、、「愛知県の三河地方や瀬戸内海、有明海などでは

食材として流通しており、比較的人気も高い。」とのこと。

三河地方にすむ者としては、ほっとけない貝ですが、

食べたことあったけなぁ。

まあ、三河地方といっても、広いですから。

     

RIMG0094 
貝塚で最も多いのは「ヤマトシジミ」

「蜆塚」という地名があるほどですから。

淡水と海水が混ざり合う汽水域に生息する貝。

   

 RIMG0095 RIMG0097

RIMG0098 
 

こんなにじっくり貝塚を観察したのは初めて。

まさか自分たちのゴミ捨て場が、

後の時代にしっかり調査されるとは古代人は思わなかっただろうな。

ちなみに、こういった貝塚の研究は19世紀後半にデンマークで始められたそうです。

最初は自然に堆積したものと考えられましたが、

動物の骨や、土器が一緒にあることから、人工的なものと判明したそうです。

    

こんなに近くに貝塚が観察できる場所があるのは幸運。

子どもたちにも宣伝しよう。

   

蜆塚公園には、屋外にも貝塚を観察できる場所があります。

次の投稿で。

 

 

 

 

 

2011年5月 6日 (金)

蜆塚その1/貝塚調査の歴史/浜松市博物館

  

今日は5月6日。

東京書籍の6年社会科教科書「新しい社会6上」9p、

縄文時代の学習のページに、浜松市の蜆塚(しじみづか)貝塚のことが載っています。

EPSON002シジミ塚 
   

比較的近くにいい所があるぞと思って、

連休中の5月2日(勤務校は振替休日)に行ってきました。

行った時の写真や報告は次の投稿に。

   

蜆塚遺跡に関する歴史を、浜松市博物館のHPより抜粋してみます。

「蜆塚遺跡の調査履歴」htm

   

1713年 (正徳3年)医学者杉浦杉浦国頭が、

      著書『曳馬拾遺』に「蜆塚という場所で土を掘ると

      シジミの貝殻ばかり出て不思議だ」と記す。

   

※この時点では、この程度しかわかっていなかったということです。

 しかし、地名が「蜆塚」だから、すでにシジミの貝殻がよく出る場所だったのでしょう。

    

1839年 (天保10年)入野村の竹村広蔭が、

      著書『変化抄』に「蜆塚の貝殻を畑の肥料として掘り出すことがさかんになり

      貝の山が失われた。

      地名の由来なので庄屋が運び出しをやめるよう願い出た」と記す。

    

※まだまだ遺跡という発想がなかったのでしょう。とても面白い。

      

1877年 (明治10年)東京大学のエドワード・モースが東京都大森貝塚で、

      日本で初めての縄文時代貝塚発掘調査をする。

       

※大森貝塚の発掘調査が、日本で初めての本格的貝塚研究とのこと。

 蜆塚貝塚もやっと遺跡として発掘調査が始まるわけです。

 今、子どもたちに教えている縄文時代やら貝塚やらは、

 ほんの130年ほど前の研究でわかったことなのです。

 漫画・ドラマ「JIN~仁~」でタイムスリップした幕末には、なかった知識なのです。

 そう思うと不思議です。今から100年たったら、学校ではどんなことを教えているのだろう。

     

1955年 (昭和30年)浜松市による蜆塚遺跡の発掘調査が開始される。

       全国の学者や市内の学生体が参加した本格的な調査。

       以後第四次調査までつづく。 

    

1959年 (昭和34年)蜆塚遺跡が、国指定史跡となる。 

    

1960年 (昭和35年)蜆塚遺跡見学のための整備、保存施設が完成する。

   

※こうして、蜆塚貝塚は見学が可能に。

 さらに1979年に蜆塚貝塚を含む蜆塚公園内に浜松市博物館が開館。

 今回は、この浜松市博物館にも行きました。(次の投稿につづく) 

「積水ハウス」と孫子

  

今日は5月6日。

以前、孫子のことを書いた日めくりを載せました。

最高の勝ち方は、戦わずして相手を屈服させること。

そう書いてありました。

「4月21日の投稿」.html

今日の日めくりは、その実践編。

EPSON003sonnsi 
やっぱり孫子は深い。

    

   

昨日調べものをしていたら、ひょいっと孫子が出てきました。

日めくりで孫子に興味が出てきていたところだったので、

ここにも孫子!と愉快でした。

   

「積水ハウス」の「積水」が気になりました。

なぜ「積水」何だろう?

創業者の名字だろうか。

きっと私同様に疑問に思って調べている人がいると予想して検索。

ヤフー知恵袋で投稿している人がいました。

「どうして積水」9

そこから、西日本セキスイ商事株式会社HPへ。

「セキスイの社名由来」html

そこに「積水」のことが書いてありました。

名字ではなく、孫子に関係がありました。

引用します。

   

孫子の兵法の第四 軍形篇の言葉を引用したものです。

「勝者の戦いは、積水を千仭(せんじん)の谷に、

                    決するがごときは、形なり。」

   

<この言葉の意味は> 

 勝利者の戦闘というものは、満々とたたえられた水(すなわち積水)

を深い谷底へ切って落とすような、激しい勢いの得られる形のもとに

一気に決める。

<企業活動にあてはめると>

事業活動では、必ず「問題」や「課題」に直面する。

これを破るには、相手の実情をよく知り、充分な分析をしたうえで、

当方の体制をつくり、満々たる積水の勢いをもって、勝者の戦いを

 することが大切である。

    

   

このような意味があったのですね。

勉強になりました。疑問を持つことがラッキーです。

2011年5月 5日 (木)

纐纈歩美さんの名前を見かけました

   

今日は5月5日。

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」のラストの紀行コーナーで、

バックに流れる音楽担当者名に覚えがありました。

  

纐纈歩美

     

昨年の11月の投稿。

「纐纈」という名字.html

「纐纈」という苗字にこだわって書いた時に、

有名人はいないか探して出会えた名前の一つが、

岐阜県出身のサックス奏者「纐纈歩美」さんでした。

メジャーデビューは、昨年の7月でした。

まだ新人さんだったんだ。

でもこうやって再会できて、演奏まで聴けました。

こういう偶然が楽しい。

4月20日に2枚目のアルバムが出たそうです。

Peo1104211615000-p9 
  

どうしようかな?

 

 

 

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