今日は1月9日。
今日も頑張るぞ。
3学期に準備が間に合ったのが、コンパクトサンプラーのSP-404SX(ローランド)。
効果音がボタン一つでサッと出るすぐれものです。
ほぼ1年前に、金川秀人先生の講座で、効果音を使って授業をする実践を教えてもらいました。
※「12月26日に勉強したこと1『Flash教材』」html
それはいいと思って、CDを手に入れて実行に移しましたが、
ラジカセではタイムリーに音が出せず、パソコンでどうにかしたかったのですがわからず。
同じ市内の技術科の先生と相談しましたが、前進しませんでした。
1年後の忘年会(昨年12月)で、技術科の先生が会場に持ってきて見せてくれたのがSP-404SX。
その使い勝手の良さに、大喜び。
少し高かったけど、覚えていて動いてくれた技術科の先生の行為がありがたかったこともあって、
貯金をおろして買いました。
7日に家に届き、8日に教室に仮設置しました。
我が家にあって、ずっと使っていなかった重たいアンプとスピーカーも教室に設置。
アンプは教卓のなかに入れてしまいました。
この場所がいいかどうかは、使ってみてから考えます。
いよいよ実験。
本格的なアンプなので、大音量で教室に音が響きました。
後は少しでも早く使いこなすことです。
アンプもそうです。
今晩は、NHK大河ドラマの「平清盛」が始まります。
楽しみです。
この番組で、私みたいに歴史好きが増えるかどうか。
私は「国盗り物語」(1973年の大河ドラマ)ぐらいで歴史好きになりました。
いろいろな場面で、子どもたちに声をかけたい。
昨晩のNHKドラマも良かったですよ。
「とんび(前編)」 重松清原作 午後9:00~10:15放映でした。
堤真一のはまり役?
昭和のお父さん役でした。
男の子を授かったのですが、
子どもが3歳の時に奥さんは事故死。
男手一つで子どもを育てていくドラマです。
大声で、不器用で、人情味たっぷりのお父さんがいいなあ。
男って、やっぱりこういう生き方が根本的には好きなのではと思える動きです。
涙するシーンがいくつもあり。
冬休みがもう終わってしまいますが、1本だけ映画を見ました。
「プリンセス・トヨトミ」(2011年)です。
大坂夏の陣で、秀頼の息子国松が生き延びたとしたら・・・・・という仮定の映画。
それだけで魅力的。
そして同僚の先生が、エキストラで参加したと聞いて、より見たくなりました。
どこで出ているのと聞いたら、上の写真の場面だとのこと。
黄色の服を着ていた。
ヘルメットをかぶった人のすぐ近く。
そんなヒントをもらっていましたが、わかりませんでした。
この映画でも堤真一が主役を演じていましたが、
「とんび」があまりによくて・・・・吹っ飛んでしまいました。書くことないです。
「とんび(後編)」は、次の土曜日の晩です。
今日は1月8日。
前投稿のつづき。
知多半島の帰りに、西尾市の吉良に寄りました。
ここは忠臣蔵で有名な吉良上野介ゆかりの場所です。
同じ県内にありながら、行かずにいた場所です。
始めに「西尾市吉良歴史民俗資料館」に寄り、
その後吉良家菩提寺「華蔵寺」へ。
その向こうの建物には、あの有名な像が安置されているようです。
今回は見ることができませんでした。

http://www.city.nishio.aichi.jp/nishio/HAZU/kira/pub/kyouiku/bunkazai_ichiran/ken/kirayosihisakonomokuzou/index.html

これらの文を読むと、吉良上野介はお話を面白くするために悪人とされたんだよなと思います。
吉良上野介の善行の一つ、「黄金堤」も見てきました。
白瀬南極探検隊長のお墓も近くにあるそうですが、
そちらは行きそこねました。また今度。
一度家に帰り、再び息子が練習しているグランドへ。
しばらく見て、片づけを手伝い、練習がすんだ息子と帰宅しました。
7日は、そんな1日でした。
今日は1月8日。
前投稿のつづき。
知多半島に軍人像を見に行った行き帰りのこと。
自動車を使って行きました。
その車のなかで、DVDの音をかけていました。
先日手に入れたばかりの、下の写真のDVDです。
新学期を始めるにあたって、勉強になりました。
高崎で両先生の話を聴いてきたばかりで、
その時の話ともつながって、深く理解できた気になっています。
何度も聴けるのもいい。
「学級づくり チャリティーセミナー 金大竜先生/土作彰先生
2011年3月26日 大阪市立聖和小学校」
※一滴の水が落ちて、反射的にすっと拭いたら、汚れてしまいました。
残念。
1000円以上を送金すると、届けてもらえます。
送料以外は、寄付金になるそうです。
このDVDを手に入れたい場合は、金大竜先生のブログへ。
「日本1ハッピーな学校を作ろう/チャリティーセミナーのDVD」html
その他、カヤからは魅力的なDVDがたくさん販売されています。
1枚3000円は、ありがたい。
今日は1月7日。
前投稿のつづき。
こんな像もありました。
一つの台座に、2人の軍人像。
姿、形がよく似た2人です。
兄弟なのかな?それも双子?
台座に彫られた字を見ましたが、判読が難しい。
名前と思われるところの溝に指先を入れて、なぞって確かめました。
向って右側。「鈴木好彦之像」
向って左側。「鈴木辰夫之像」
おそらく兄弟でしょう。
2人を一度に失った親の気持ちを思うと・・・・
こんなために育ててきたわけではない、
自分たちは生き残ったのに、子どもがいない。
子どもと過ごした日々を思い出し・・・・・
断腸の思いというのでしょう。
30分余り、軍人像の傍らで過ごして、帰路につきました。
冬休みだからできることをやりました。
前投稿のつづき。
若くして死んだ兵士たち。
さぞ無念だったでしょう。
遺族は、若くして死んだ息子(夫)の無念さを思い、
現世に息子(夫)の存在の証を残したいと考えたのでしょう。
セメントの軍人像には、制作にかかわった遺族の思いもこもっているように感じました。
でもその人たちも、今はこの世にはほとんどいないことでしょう。
遺族が残した文字が、軍人像の台座にあります。
しかしもうだいぶ風化して判読が難しいです。
ひとつ顕著に残っているのがありました。
中央の像です。
正面
「故陸軍歩兵伍長 勲七等 功七級 梶田勇之像」
向って右側面には経歴。
左側面。
「昭和十二年九月七日 上海呉淞鉄道倉庫付近 小吉浦ニ於テ戦死ス
享年二十五才」(後略)
前々投稿に載せた説明板によると、上陸したのは8月23日。
梶田勇伍長は、2週間生き延びたのに、戦死してしまったのです。
半月でほぼ全滅してしまったと言われる名古屋第三師団歩兵第六連隊。
その一人だったのです。
仲間がたくさん死んで、いつ自分の番になるかと恐怖だったろうなあ。
(つづく)
今日は1月7日。
前投稿のつづき。
中之院に足を踏み入れました。
人は誰もいませんでした。
そして軍人像を生で見ました。
この軍人像については、以前の投稿でも説明しました。
しかしその場に設置されてる説明板の内容が詳しくてよかったです。
本当はこの文章をここにうちたいのですが、少々時間がありません。
また後日。
このセメント像の作者は、浅野祥雲(あさのしょううん)氏。
1891年生まれ~1971年没。
1937年(昭和12年)の上海上陸作戦でのおびただしい戦死者。
その遺族に依頼されて、写真を見て制作した軍人像。
制作期間は1937年~1943年だそうです。
したがって最も新しい像でも、制作してから70年近くの月日が流れているわけです。
制作にかかわった人たちもほとんど今はこの世にはいないことでしょう。
でも像は残っています。数が多い!そして顔がリアル。
全員が私を見ているようです。魂が入っているようです。
年月が経てば、さらに存在感を増しそうです。(つづく)
今日は1月7日。
今朝は息子を、野球チームの練習グランドに送り、
テントをたてたりする準備を手伝いました。
その足で、知多半島の先っぽまで行ってきました。
目的は、南知多町の中之院(なかのいん)にある軍人像を見るためです。
※参考:12月17日の投稿「知多半島中之院の軍人像/上海上陸作戦」html
思ったより順調に自動車は進み、2時間余りで中之院に着きました。
中之院はすぐにわかりませんでした。地図になかったからです。
現地でスマートフォンで調べて、岩屋寺の近くだと判明。
岩屋寺は地図にありました。行ってみたら立派なお寺でした。
中之院はそこから歩いて数分の場所でした。
(下に地図を示します。地図中の岩窟寺とあるのが中之院です)
「たぬき寺」と言われるだけあって、あちこちにたぬきの置物がありました。
門も、なんか古くて、人間ではなくてたぬきが管理している雰囲気でした。
夜はちょっと薄気味悪そう。
でも門の向こうには、さっそく目的の軍人像が見えました。
いよいよ本物との対面です。(つづく)