2022年7月20日 (水)

「伝説の謎」⑤ アバロン

   

今日は令和4年7月20日。

  

前記事に引き続き、

「伝説の謎 事実かそれとも空想か」

(ナショナルジオグラフィック別冊)

より。

   

この写真が良かったです。

Epson113

(34p)

  

左上に書かれた説明

 

アバロンかもしれないとされるグラストンベリー・トーの上に立つ

聖ミカエルの塔。

  

何とも魅力的な塔です。

雲のある青空をバックにしたのがいいのかな。

   

ここは丘になっているとのこと。

その丘の名前がグラストンベリー・トー。

  

グーグルアースで行ってみました。

グーグルアース グランストンベリー・トー

1

丘になっていることがわかります。

海抜145メートルです。

      

ストリートビューで降りてみました。

ストリートビュー 聖ミカエルの塔

2

行けちゃいました。

  

  

アバロンとは?

アバロンは島であって、アーサー王物語においてアーサー王や家臣の

英雄たちが死後に運ばれて傷を癒したとされる伝説上の西方海上の極楽島。

Wikipedia

  

そのアバロンの候補地として、

このグラストンベリー・トーがあがっているそうです。

  

写真を見て、行ってみたくなった場所です。

「伝説の謎」④ ゴディバ夫人/夏休み1本目

      

今日は令和4年7月20日。

    

今日から夏休み。

毎年思うけど、たくさん充電したいです。

充電できた証が、このブログの投稿数。

めざせ100本。今回が8210本目。

  

前記事に引き続き、

「伝説の謎 事実かそれとも空想か」

(ナショナルジオグラフィック別冊)

より。

     

ゴディバ夫人について調べていたら、

チョコレート会社「GODIVA」に行きつきました。

この会社のマークは、まさにゴディバ夫人の伝説に

もとづくものでした。

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GODIVA

  

それでは引用していきます。

  

11世紀、イングランドのコベントリーの市民は重税に苦しんでい

たと物語は伝えている。そこでこの地を治める貴族レオフリックに

人々は救済を求めるが拒否された。それを見かねたレオフリックの

妻ゴディバは市民の訴えに同調する。憤慨したレオフリックは妻を

困らせようと、もし裸で馬に乗ってコベントリーの街じゅうを回っ

たら、税金を下げてやると持ちかけた。

ならばと、ゴディバ夫人は長い髪だけを身にまとって馬に乗り、コ

ベントリーの街じゅうを回った。その間、節度ある市民は皆、窓を

閉め切って家から出なかった。ただ1人、破廉恥なトムだけが覗き、

罰として目が見えなくなるまで叩かれた。これに懲りたレオフリッ

クは約束どおりに税を引き下げ、ゴディバはコベントリーの英雄に

なった。

レオフリックとゴディバは実在の人物である。(中略)

だがゴディバ夫人が裸で馬に乗った話はフィクションだろう。この

話が現れるのは2人の死から2世紀後のことで、「ピーピング・ト

ム(覗きのトム)」の逸話は17世紀の作り話だ。このゴディバ夫

人の話は救済の心、裸、覗き趣味が融合したことで長い人気を保っ

ている。

(54p)

  

この本には次の絵が掲載されていました。

Lady_godiva_by_john_collier_1

Wikipedia

ラファエロ前派の画家ジョン・コリアが描いたゴディア夫人の騎乗

  

ちょっとチョコレートが気になりました。

でも値段が高い。

アイスが6個で3456円(税込み)

手が出ません。

2022年7月19日 (火)

「伝説の謎」③ ツタンカーメンの呪い

     

今日は令和4年7月19日。

   

前記事に引き続き、

「伝説の謎 事実かそれとも空想か」

(ナショナルジオグラフィック別冊)

より。

   

この本を読んで、ツタンカーメンの墓に関する

原体験を思い出しました。

ツタンカーメンの墓に関する本との出合いは

おそらく小学生の時です。

月刊誌の付録のような冊子で読んだと思います。

いわゆる「ツタンカーメンの呪い」にゾクゾクしていました。

ツタンカーメンの墓の発掘に関わった人たちは、

次々に早死にしているという話でした。

50年前の原体験です。

  

だからかと思い当たることがあります。

ここでも道草 ツタンカーメン① 

☝ ここにも書いた事ですが、

エジプトの歴史に距離を開けていたのは、

この「ツタンカーメンの呪い」が、

自分に影響を与えていたかもしれません。

危ういものには近づくなと、

いつの間にかバリアを作っていたかも。

でも「英雄たちの選択」でツタンカーメンのことを見て、

ツタンカーメンが恐ろしい人ではなく、

必至に生きた一人の人間だとわかって、

ほっとし、興味を持ったのだと思います。

  

「ツタンカーメンの呪い」は本当だろうか。

引用します。考古学者ハワード・カーターらが

墓を発見したのは、1922年でした。

  

カーターと彼の支援者が若きファラオの墓を発掘してから数年後、

発掘に関わった人たちが不可解な死を遂げているという話が広まり

始める。まずはカーナボン卿が1923年に、感染症を引き起こす

蚊に刺されて死んだ。彼の死の翌日、シャーロック・ホームズの作

者アーサー・コナン・ドイルが「悪魔的な何かがカーナボン卿に死

に至る病をもたらしたかもしれない」と、言い出した。

その1か月後、墓を訪れたことがあるジョージ・ジェイ・グールド

も高熱を出して死んだ。1924年にはミイラを調べた放射線技師

が死んだ。やがて呪いとされるものは肉親、政治家、一度も墓の近

くにすら行ったことがない会社員にまで広がった。

カーター自身は1939年に64歳で死んだ。作家のジェームズ・

ランディは発掘チームの平均死亡年齢は73歳だったと指摘する。

これは「保険計理表にある数字を・・・約1年上回っている」。

(32p)

   

この50年で、ツタンカーメンの墓の関係者は

亡くなっていったことでしょう。

そして平均死亡年齢が出されました。

ちゃんと長生きしていたのです。

「ツタンカーメンの呪い」は杞憂でした。

  

ジェームズ・ランディは疑似科学批判家、懐疑論者。

 

2022年7月18日 (月)

「伝説の謎」② 木蘭(ムーラン)

     

今日は令和4年7月18日。

  

前記事に引き続き、

「伝説の謎 事実かそれとも空想か」

(ナショナルジオグラフィック別冊)

より。

  

この本で木蘭(ムーラン)を初めて知りました。

  

中国では学校で教えるので有名だが、欧米で知名度が上がったのは

1998年のディズニー映画『ムーラン』のおかげだろう。彼女の

物語は少なくとも6世紀までさかのぼり、11世紀に「木蘭詩(木

蘭辞)」として詩集に収められた。この表現豊かな詩によると、

木蘭という娘が息子のない年老いた父親の代わりに兵士として従軍

し、12年にわたって戦い続けた。(中略)

この物語の舞台は5世紀から6世紀にかけて動乱が続いた南北朝時

代である。古代中国には有名な女戦士が他にも何人かいる。

(中略)

ただ木蘭(花木蘭)は架空の人物である可能性は濃厚だ。

(63p)

   

もうじき始まる夏休み。

1998年のディズニー映画「ムーラン」を見たいです。

「ムーラン2」もありました。これも見たい。

そして何と2020年にディズニーは実写版も制作していました。


YouTube: 「ムーラン」予告編

  

中国版の実写版もあるようです。

ムーランを本国中国で実写映画化!『ムーラン 最後の戦い』予告編

これは2021年の作品です。

  

どれもアマゾンプライムビデオで観ることができそうです。

全部観たい。

これだけ映画がそろった段階で知ることができて幸運です。

  

ムーランは南北朝時代のお話とのこと。

ちょうど、明日、その南北朝時代を教えます。

三国時代→晋→南北朝時代です。

教科書では、晋は飛ばされています。

生徒にも映画「ムーラン」を薦めたいけど、

まだ観ていないものは薦められないね。

2022年7月17日 (日)

「伝説の謎」① トロイ戦争があったのは紀元前12世紀

      

今日は令和4年7月17日。

  

この本を読みました。

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amazon

「伝説の謎 事実かそれとも空想か」

(ナショナルジオグラフィック別冊)

  

この本の表紙は、映画「トロイ」で使われた木馬です。

トロイについても書いてありました。

 

トロイ(トロイア)戦争の記述は、

紀元前8世紀にギリシャの詩人ホメロスが書いた

「イリアス」の中にありました。

トロイ戦争は紀元前12世紀頃のことなので、

ホメロスが生きていた時代よりも400年前の

ことを書いたものでした。

今から400年前というと、江戸時代の前半。

そんな間隔があったのです。

  

つまりトロイ戦争は今から3200年前のくらいの話。

映画「トロイ」で描かれた戦いは、そんな昔の話だったのですね。

ストーリーには共感できるので、

人間の考えることや行動は、今とそうは違わないのだなと思います。

  

一部引用します。

  

だがトロイが古代ギリシャ人の手に落ちたと決まったわけではない。

「海の民」やヒッタイトといった古代の人々が征服したと考える方

が現実的だ。実際、美女のヘレネが実存したとか、誘拐をきっかけ

に戦争が始まったとする証拠はまったくない。とはいえトロイがあ

ったのは事実で、戦いで破壊された可能性は高い。

(17p)

  

「イリアス」の記述はあったとしても、

トロイ戦争があったとは限らないようです。

でも魅力的なストーリーなので、

授業では生徒に語ってしまうだろうな。

  

つづく

  

  

  

2022年7月16日 (土)

トロイの木馬の話とラオコーンの彫刻

    

今日は令和4年7月16日。

  

ここでも道草 「トロイの木馬」の話はどんな話だったけなあ(2022年7月14日投稿)

☝ この記事で紹介した動画の中で、

ラオコーンに関するところが印象に残りました。

(7分11秒からです)

木馬をトロイの城壁内に持ち込むことに対して、

神官ラオコーンが反対をします。

その途端、海から大蛇が現れて、

ラオコーンの2人の息子を噛み殺し、

ラオコーン自身も海に引きずり込まれてしまいます。

これは、トロイの王子パリスに、

最も美しい女神に選ばれなかったアテナが、

ギリシャ側に味方して、ラオコーンをおとしめたと言われています。

ラオコーンにとっては災難ですね。

  

この話が印象に残ったのは、

この彫刻☟と話がつながったからです。

1024pxlaocoon_and_his_sons

Wikipedia ラーオコオーン

  

この彫刻は有名です。

ギリシア神話のトロイ戦争の話がモチーフだったのですね。

上記のWikipediaによると、この彫刻は、

1506年に、地中から発掘されたものだそうです。

そりゃあすごい。

古代ギリシャで造られた像を真似て、古代ローマ時代に造られたものか、

古代ローマ時代独自のものかは、わかっていないそうです。

  

さらに深堀勉強。

(生徒には夏休みの宿題で、1学期に習ったことの深堀勉強を課しました。

ノート2ページです。教師も自らやらなくては・・・)

この動画が勉強になりました。


YouTube: 【出土の奇跡】楽しく解説!美術講座、天才彫刻家ミケランジェロを変えた2000年前の匠!

特に12分からのネタに注目。

この動画では、ラオコーンの彫刻を依頼したのは

古代ローマ人だという説を紹介していました。

なぜ古代ローマ人は、ラオコーンの彫刻を注文したのか。

  

ここで前記事の映画「トロイ」のシーンを思い出します。

木馬によってトロイの街は焼かれてしまうのですが、

そこから脱出した人たちがいました。

王子パリスから、トロイに伝わる宝剣を託されたのが、

アイネイアスという青年でした。

ちょい役でしたが、重要な人物でした。

  

アイネイアスが逃げ延びて、イタリア半島に行き、

古代ローマを建国したというのです。

古代ローマ人は、トロイの末裔となります。

そしてラオコーンは、先祖のトロイの人たちに

正しいことを言った神官となります。

英雄になるのです。

だから、ローマ人は、ラオコーンの彫刻を依頼したわけです。

  

ここにも面白い話をありました。

動画で勉強するのもありだと、強く思います。

  

映画「トロイ」(2004年)を観ました

       

今日は令和4年7月16日。

   

前記事のつづきのような内容。

映画「トロイ」(2004年)をさっそく観ました。

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amazon

  

ネタバレになる記事です。

その点、お願いします。

2004年の映画だから、すでに観た人はたくさんいるかな。

私は初めて観ました。

  

前記事で紹介した動画のような神々が登場するシーンはなく、

人間によるストーリーでした。

主役はアキレス。ブラッド・ピットが演じていました。

アキレスについては、この機会に

Wikipedia アキレウス

を熟読しました。

それを読むと、映画は、神様は出てこないけれども、

ストーリーはギリシア神話にわりと忠実だと思いました。

トロイの王子のヘクトルとの戦いは、

映画では接戦でしたが、ギリシア神話では、

ヘクトルが逃げ回っていたようです。

ヘクトルを討ち取った後に、

アキレスはヘクトルの死体をひきずって

味方の陣営に持っていくところは神話通りでした。

そこまでやらなくてもいいのにと思っていたら、

そこは神話通りだったのです。

   

そしてトロイの王プリアモスが、息子ヘクトルの死体を

返してほしいとやってくるところも神話通りでした。

プリアモスを演じていたのが、

ピーター・オトゥールだったのには感動しました。

ピーター・オトゥールの青い目はひきこまれます。

目の演技はさすがです。

  

トロイ軍とギリシャ軍の、ともに大軍がぶつかり合うシーンは

迫力満点でした。

どうやって撮影したのでしょうか。

CGなのかなあ。

何万という人数を集めての撮影なのかなあ。

 

授業で古代ギリシャ・ローマの歴史を教える時は、

今年度はすんでしまいました。

もし、また機会があった時には、

この大軍同士がぶつかり合うシーンを見せたいなと思います。

そして、トロイの木馬の話についても

紹介したいと思います。

1時間で、古代ギリシア・ローマを教えろという指導要領は、

無茶苦茶だなあと思います。

今年度は、ポンペイに関するものと、

映画「ベン・ハー」の戦車レースの映像を見せました。

これにギリシア神話を足したら、

1時間では溢れてしまいます。

  

 

映画のアキレスの最期は、トロイの王子パリスの放った矢が

踵に当たり、さらに腹部にも2本の矢を受けて死にます。

腹部に刺さった矢をアキレスは抜き取りますが、

踵の矢は抜くことができずに死にます。

踵に矢が残った状態であおむけになって死ぬアキレス。

カメラは上空から、アキレスを映していました。

アキレスは踵に弱点をもつというギリシア神話を意識した

死に方だったと思います。

  

  

ギリシア神話との違いで賛否両論があった映画のようですが、

映画がきっかけでギリシア神話の世界に関心をもつことも考えられます。

こんな映画があってもいいなと思います。


  

2022年7月14日 (木)

「トロイの木馬」の話はどんな話だったけなあ

        

今日は令和4年7月14日。

   

2018年4月28日放映の

「世界ふしぎ発見!大英博物館に秘められた卑弥呼の謎」

を見ました。

教材研究で見ました。

  

この番組の中で、ウィリアム・ゴーランドが紹介されました。

明治時代にお雇い外国人として、造幣関係の仕事をしていました。

在任中に、考古学に興味をもち、

日本の多くの古墳などを調査しました。

当時の日本は、まだ考古学への関心が高くなく、

ゴーランドの手法を真似て、考古学が始まりました。

したがって、ゴーランドは、日本考古学の父と呼ばれます。

  

そのゴーランドが、考古学に関心を持ったのは、

ハインリッヒ・シュリーマンによるトロイ遺跡の発掘が

きっかけでした。

  

ここで久しぶりに「トロイの木馬」を耳にしました。

子どもの頃に聞いた話だよな。

木馬の中に兵士が入って、敵の城の中に入って、

寝静まったところで出てきて、城を陥落させた話だったか・・・

古代ギリシャの話でした。

  

気になりました。

  

調べました。

この動画がありがたかったです。


YouTube: 【名画で読む神話】「トロイの木馬」ってどんな話?難攻不落のトロイを陥落したトロイの木馬作戦とは?


11分ほど、絵画を楽しみながら、

トロイの木馬の話を復習しました。

    

次にやりたくなったのが、映画「トロイ」を観ることです。

【名画で読む神話】のストーリーとは全く?違うようですが、

トロイの木馬は出るようです。

興味ありです。

  

  

2022年7月13日 (水)

渡来人が伝えた「かまど」の威力?

     

今日は令和4年7月13日。

   

明日は授業で渡来人について教えます。

古墳時代に朝鮮半島からやってきた渡来人は

日本に何をつたえたのか?

  

歴史の教科書に次のような記述がありました。

  

渡来人は、高温で焼いた黒っぽくかたい土器(須恵器)を作る技術や、

かまどを使う生活文化を伝えました。

(35p/新しい社会 歴史 東京書籍)

   

ここで厄介なのは「かまど」です。

かまどが生徒に伝わるかどうか。

 

ありがたいことに、いい番組がありました。

2020年8月1日放映の番組

「世界ふしぎ発見!日本のポンペイ!?

ヨロイの古墳人が語る古代群馬の謎」

  

この番組で、かまどの火が燃えているシーンがありました。

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番組の説明によると・・・

渡来人は須恵器、鉄、絹織物など

さまざまなものを日本にもたらしたが、

なかでも人々の暮らしを変えたのが、かまど。

これにより、強い火力が使えるようになり、

食生活に大きな変化をもたらした。

   

かまどはすごいものだったみたいですが、

教師がいまいちそのすごさがわかっていません。

調べました。

  

土浦発 未来への伝承 カマドのある暮らし

☝ ここが参考になりました。

  

かまどがない時には、

・竪穴住居の中心に穴を掘って炉で火を焚いて、

 煮炊きをした。

かまどができると・・・

・煙は屋外に排出する構造。

・かまどの位置は、住居の壁際になる。

・煙がないことで、室内で快適に過ごせる。

・かまどが壁際になったことで、居住空間がひろがった。

・煮炊きだけでなく、蒸す調理方法ができるようになる。

  

  

ここで疑問は煙を屋外に排出する構造とは?

蒸すことができるようになった利点とは?

  

この絵が参考になります。

B46

カマドのしくみ

  

この絵もわかりやすい。

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調査研究コラム カマドの煙突から出土する土器について考える

   

授業では下の絵を使いたい。

 

難しいのは、蒸すことの利点。

なぶんけんブログ 蒸して食べる

☝ このサイトには次のように書いてありました。

  

形を崩さずに素材の持つ美味しさをそのまま生かせるだけではなく、

お酒やお茶を作る際にも欠かせない調理法です。

  

料理の経験不足はどうしようもないです。

十分理解できていない状況で授業をすることになりそうです。

  

  

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「ペリリュー・沖縄戦記」⑥ 瓶に入れられた二匹のサソリ

    

今日は令和4年7月13日。

  

前記事に引き続き、

「ペリリュー・沖縄戦記」(ユージン・B・スレッジ著

伊藤真/曽田和子訳 講談社学術文庫)より。

   

一息つくあいだに隊員たちは、日本兵の背嚢やポケットをあらため

て記念品になるものを探しはじめた。(中略)

みな、いいものがあったと言っては喜び、仲間に見せびらかし、と

きには戦利品を交換する。野蛮でおぞましい儀式だが、深く憎み合

う者同士が敵対する戦場では、古来繰り返されてきたことだ。戦争

がすべてそうであるように、この儀式も非文明的であり、海兵隊と

日本軍の戦闘が激しければ激しいほど、儀式は激越だった。記念品

をあさるとか敵の死体から略奪するといった単純な行為の域を超え、

アメリカ先住民が敵の頭皮を剥いだ行為にも似たところがあった。

(190p)

  

死体の金歯を取る行為も、平時ではできないことでしょう。

      

歩兵にとっての戦争はむごたらしい死と恐怖、緊張、疲労、不潔さ

の連続だ。そんな野蛮な状況で生き延びるために戦っていれば、良

識ある人間も信じられないほど残忍な行動がとれるようになる。わ

れわれの敵に対する行動規範は、後方の師団司令部で良しとされる

ものと雲泥の差があった。

(191p)

  

ロシア・ウクライナの戦争も、私たちの想像を超える残忍なことが

起こりうるわけです。  

  

  

「短いが激しい戦いになるだろう。3,4日で片がつくと考えてい

る」ーーーペリリュー島攻略作戦が開始されるとき、師団長の言っ

た言葉だ。われわれはもう15日も戦っていたが、終わりは見えな

かった。

(199p)

  

著者は結局1か月戦闘に参加して、ペリリュー島を去ります。

  

担架を運ぶときは、手榴弾のなかでも燐光弾や発煙弾を投げて煙幕

を張り、ライフル兵の援護も受けるのだが、敵の狙撃兵はできるか

ぎりの速さで担架手を狙い撃ちしてきた。日本兵は、戦闘のあらゆ

る局面同様、この点でも容赦なかった。

岩だらけの起伏の激しい地形にペリリュー島の酷暑が加わるため、

担架一つに負傷兵一人を乗せて運ぶのも四人がかりだった。中隊の

全員がほぼ毎日、交代で担架手を務めなければならなかった。危険

このうえない重労働だということで、全員の意見が一致いていた。

(206p)

   

著者は戦場の様子を細かく書いています。

担架手が狙われるなんて驚きです。でも攻撃しやすい対象です。

   

陸軍の戦車隊はよくやった、というのが海兵隊員の評価だった。今

回の攻撃では、戦車は海兵隊のライフル兵と行動を共にした。いわ

ば相互支援だ。戦車は洞窟の入り口に乗りつけ、至近距離から75

ミリ砲を撃ち込んだーーー「ドーン、ズドッ」。戦車の機関銃も鳴

りやむことがないように思えた。ライフル兵のつかない戦車は、日

本軍の地雷を抱いた決死攻撃に破壊されるのが必定だった。ライフ

ル兵はライフル兵で、戦車の援護に大いに助けられた。

(216p)

  

日本兵の攻撃方法に驚かされます。

地雷を抱いた決死攻撃。どれだけの若い命が亡くなったことか。

   

軍事的優秀さを求めるひたむきさにかけては、日本軍もアメリカ海

兵隊に劣らなかった。したがって、ペリリュー島での両軍は、二匹

のサソリが瓶に入れられたようなものだった。一方が息の根を止め

られ、もう一方がそうなる寸前だった。真に優秀なアメリカ兵の集

団でなければ、勝つことはできなかっただろう。

(247p)

  

ここで有名な言葉に出合う。

「二匹のサソリが瓶にいれられたようなもの」

この言葉は、この本が最初だったのだろうか。

ペリリュー島での日米の戦いを表現している言葉として、

ずっと頭に残っている言葉です。

  

先にも書いたけど、この本は第一部のペリリュー戦記は読みました。

この本は、一度図書館に返して、後日再び借りて、

第二部の沖縄戦記を読もうと思います。

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