2022年8月27日 (土)

オーケストラの「ダフネスとクロエ」第2組曲

    

今日は令和4年8月27日。

   

また記事が消えてしまいました。

ショック。

この頃、多発しています。

ブログの会社さん、頼みますよ。

夜ふかししてうったのに。  

  

せめてメッセージを残そう。

 

前記事の「ダフネスとクロエ」第2組曲は吹奏楽部の演奏でした。

小説「アドリブ」の主人公ユージが、

聴いて、フルートの音と出合ったのは、オーケストラでした。

吹奏楽部の演奏には、ヴァイオリンがなかった。

そんなことを今にして気がつきました。

動画で探しました。


YouTube: Maurice Ravel: «Daphnis et Chloé». 2ème Suite, Simon Rattle

 

このオーケストラの演奏をさっきまで聴いていました。

フルートがメロディを吹くところは確かにありました。

縁があった曲です。

繰り返して味わいたいです。

  

今晩、少しだけ爪痕を残して寝ます。無ではなかった。

明朝は奥さんと庭の草取りをすることになっています。

起きることができるかな。

2022年8月25日 (木)

「アドリブ」① ラヴェルの「ダフネスとクロエ」第2組曲

    

今日は令和4年8月25日

   

この本を読みました。

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amazon

「アドリブ」(佐藤まどか著/あすなろ書房)

  

アマゾンの本紹介には次のように書いてありました。

  

第60回日本児童文学者協会賞・第6回日本児童ペン賞少年小説賞受賞、

厚生労働省社会保障審議会推薦児童福祉文化財に認定! 悩みながら成

長していく少年を描いた青春音楽小説。

イタリア、トスカーナの小さな町に暮らす少年、ユージ。 フルートと

の電撃的な出会いから5年、 ユージは岐路に立たされていた。 本気で

めざしても、プロになれるのはひと握り。 クラシック音楽界のきびし

さを目の当たりにした、15歳のユージの決断とは……?

   

佐藤まどかさんのあとがきを読むと、

娘さんがフルートに興味をもち、9年間、

主人公のユージと同じく音楽院でフルートの練習に励んでいます。

その時の母親としての体験が、この小説の元になったようです。

佐藤まどかさんの小説は「スネークダンス」に続いて2冊目ですが、

ともにイタリア在住が長い体験が生きている小説だと思います。

主人公は、ともにイタリア生まれの少年です。両親は日本人です。

不思議と、父親が登場しません。

「スネークダンス」ではひき逃げで事故死していました。

「アドリブ」では、離婚して父親は日本に戻っています。

父親がストーリーに絡まないのは、何か理由があるのかなと勘繰ります。

  

引用していきます。

  

主人公のユージが、フルートの音と出合い、うっとりする場面。

 

ぼくはパンフレットを見た。曲はラヴェルの『ダフネスとクロエ』の

第二組曲第三部(夜明け)(無言劇)(全員の踊り)だった。

(28p)  

  

特に(無言劇)がフルートがメインパートとのこと。

主人公のユージが、フルートを始めることになる曲です。

クラシックについて疎い私ですが、

主人公の感性を引きつけたその曲を実際に聴いてみたいと思いました。


YouTube: Daphnis et Chloé Suite No.2 / Joseph-Maurice Ravel バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲 龍谷大学吹奏楽部

ここで、「ダフネスとクロエ」第2組曲を聴くことができました。


動画の7分頃から、フルートが中心になります。

そこが(無言劇)なのかと思いました。

このフルートの音がユージの心をつかんだのですね。

小説をより深く味わえた気がします。

   

佐藤さんは、この曲について2ページ半文章で表現しています。

その文章を読みながら、この曲を聴くのもよかったです。

明日、引用してみようかな。

  

今晩は寝ます。 

2022年8月24日 (水)

莫大な映像にさらされている現代

   

今日は令和4年8月24日。

  

8月22日の朝日新聞朝刊に、

映画「戦艦ポチョムキン」(1925年)のことが

書いてありました。

ほぼ100年前のこの映画の有名な階段シーンは

観た覚えがあります。

映画全体を見た覚えがないので、ドキュメンタリー番組とかで、

その場面だけ観たのでしょう。

赤ん坊を乗せた乳母車が、

階段を下っていくシーンは特に印象的です。

   

あの階段のシーンは、ロシア帝国側のコサック軍が、

民衆を虐殺する「オデッサの階段」の場面でした。

オデッサという地名も覚えていました。

オデッサといえば、現在行われているウクライナとロシアの

戦場の一つオデーサのことです。

そうかそこに有名なオデッサの階段があるのかと、

今さらながら確認しました。

    

この映画は、ソビエト連邦の共産主義をたたえる

プロパガンダ映画です。

1920代、映画は産業として確立され、

民衆の心を動かす大きな力がありました。

日本でも、ニュース映画というのがあって、

戦意高揚の強力な方法となりました。

  

  

現在はどうか。

  

気になる文章がありました。

金井明人・法政大学教授の言葉です。

 

「映像は本来、様々な要素が絡み合う複雑なもの。別の可能性や複数

の意味があることを考え続けなければいけない。だが莫大な量を処理

するため、受け手がより単純化してとらえる傾向が強まり、意味の多

様性が失われつつあるのではないか」と懸念する。

  

長い記事のこの部分が気になりました。

金井教授の言わんとしていることとはずれるかもしれませんが、

私が思ったこと。

100年前に比べて、映像が莫大になった現在。

映像の上っ面しか見なくて、じっくり見なくなったと思うのです。

動画を見るのに、倍速で見るのが流行りです。

知ることがメインであって、映像を味わうことが薄れてきているのでは。

   

限られた映像によって、扇動されるのも問題ですが、

映像作品をじっくり味わえなくなってきた傾向も問題だと思います。

私も映像を次々に見ていく傾向があるので、

精選してじっくり見ていきたいなと思いました。

 

2022年8月23日 (火)

9月19日は、万障繰り合わせてコンサートに行くぞ

    

今日は令和4年8月23日。

  

昨日の朝日新聞朝刊でこの記事に目が留まりました。

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これはぜひ聴きたいと思いました。

9月19日は、中間テストの直前。

町内会長の仕事もその辺でいくつかあります。

大丈夫かなと思いましたが、

どうにかなるでしょう。

退職して気持ち的には半分以上フリーになった現状。

やりたいと思ったことは実行につなげたいですよね。

奥さんとさっそく相談。奥さんも賛成。

さっそくチケットを取りました。

安いB席はすでに完売だったので、A席。

  

映像の世紀関連のコンサートは、

かつて地元がまだ小坂井町だった頃に、

加古隆さんが来てくださって、生演奏を聴くことができました。

いつのことだったか調べました。

ここでも道草 1995年の「映像の世紀」(2007年8月11日投稿)

☝ この記事に、かつて加古隆さんのコンサートに行ったことが

書いてありました。

つまりブログを始める前の、少なくとも15年以上前のことになります。

でも強く印象に残っています。

今回も期待できます。

  

我が家にこんな番組が録画して残っていました。

2017年3月18日放映「映像の世紀コンサート

Music by Takashi Kako」です。

おそらく今回の9月19日のコンサートと似た構成だと思います。

コンサートの予習として、この映像を奥さんと見ておこうと思います。

そして生演奏と比較するのです。

録画しておいた当時の自分に感謝。

  

  

ここでも道草 毎週月曜日「映像の世紀バタフライエフェクト」が楽しい(2022年7月4日投稿)

☝ 映像の世紀の音楽といえば、この記事に書いた

「映像の世紀バタフライエフェクト」のサントラCDが楽しみです。

8月31日に発売。7月4日に予約注文のボタンを押しています。

まだ先のことと思っていましたが、迫ってきました。

コンサートに行ったり、CDを聴いたり、

2017年のコンサートの映像を見たり・・・

9月は「映像の世紀」が生活のBGM になるのは必至ですね。

子熊をあの世に送り出すイオマンテ

    

今日は令和4年8月23日。

  

前記事のつづき。

「知床・残された原始」(水越武・小野有五著/岩波書店)

に書かれた、ヒグマの記述を引用します。

  

シレトコの地形的な象徴が高い海食崖や火山であるとすれば、生き

物でシレトコを象徴するのは、なんといってもヒグマであろう。ア

イヌにとっては最高のカムイ、山のカムイ(キムンカムイ)であっ

た。この写真集にも、キムンカムイが多くのすばらしい写真で登場

する。いまの日本列島で、ヒグマがもっとも原始のままの生き方を

保っているのがシレトコだからである。生態系の頂点にたつこれら

の巨大なカムイたちが生き続けるためには、それを支える豊かすぎ

るほどの自然が必要なのだ。

  

漫画「ゴールデンカムイ」でも、何度も繰り返しヒグマが登場し、

キムンカムイであることが書いてありました。

そことつながります。

  

 

ヒグマの赤ちゃんは、母熊が冬眠中に生まれる。眠っているのにな

ぜお産ができるのだろうとふしぎにもなるが、動物たちの冬眠は無

駄なエネルギーを消耗しないための仮眠であり、雪の下の安全な部

屋(冬眠穴)でのお産は、もっとも合理的な繁殖のすがたであるか

もしれない。冬眠から覚めて、外の世界に子熊たちを連れ出し授乳

する母熊(42頁)、フキの葉も大きくなり、花々が咲き出すなか

でじゃれあう子熊(45頁)、樹の上で眠る子熊(44頁)などの

写真は微笑ましいが、エゾシカの肉をむさぼるヒグマの写真(43

頁)は強烈である。

  

冬眠中にお産をするのは初めて知りました。

先輩先生は、写真集をサークルに持参していました。

パラパラと見ましたが、今一度文中にあるページの写真を

じっくり見たいものです。

また持ってきてくださいとお願いしようかな。

  

  

アイヌは、母熊が冬眠しているときに冬眠穴を見つけ、トリカブト

を塗った矢でこれを獲った。中には生まれたばかりの赤ちゃん熊が

いる。それを殺さずにコタンへ連れて帰り、1~2年、まるで家族

の一員のようにして大事に育て、飼うのが危険になったころ、特別

の儀式をして子熊をカムイの国に送り返した。この儀式がイオマン

テである。アイヌ語では、イ(それ)オマンテ(送る)という意味

だ。カムイのように尊いものの名はうかつに口にはできないので、

あえてイ(それ)というのである。

子熊を殺すのは残酷だ、というので、イオマンテは道庁から長いこ

と禁止されていた。だが、アイヌだって、かわいがってきた子熊を

殺すのはつらいのである。アイヌの世界観では、ヒグマもキツネも、

カムイ(神)が毛皮を着てこの世(アイヌモシリ)に現れたものに

すぎない。だから精一杯もてなし、たくさんのお土産をもたせて、

あの世(カムイモシリ)へお送りするのである。だから準備に何か

月も費やし、心からの尊敬の念をもって動物を殺す人たちと、知ら

ん顔して牛や豚を殺して食べている私たちと、どちらが残酷であろ

うか。

   

イオマンテは耳に覚えがある言葉です。

子熊を殺してあの世に送る儀式のことだったのですね。

「ゴールデンカムイ」を読んでいたら、

今に出てきそうなことです。

  

行ってみたくなった知床

     

今日は令和4年8月23日。

  

21日にサークルがありました。

先輩先生が、2009年の秋に知床を歩いたことを

報告してくれました。

その先輩先生が、60歳代前半の時に出向いたものです。

   

私にとって知床は、行ってみたい思っていた場所の枠外でした。

だから、その知床まで行ってしまう、先輩先生の行動力に

驚きました。

  

斜里岳に登っています。

清里町から登るコースを選んでいます。

 

清里町から一の沢林道を走り、670m地点の終点の清岳荘に8時

前に到着した。旧小屋は平成10年に消失した。そのため、5年前

に二階建ての新小屋が再建された。きれいな小屋で50名ほど収容

できる。素泊りだが、9月末まで管理人もいるそうだ。

  

それから13年。この小屋はどうなっているのだろう。

  

山道は紅黄葉がすばらしい。ウラシマツツジ、ヤマブドウ、ツタウ

ルシ、ハウチワカエデ等の紅葉、ナナカマド、オオカメノキ等の赤

い実、シラカバ、ダケカンバ、ミズナラ、カラマツ等の黄葉。山容

は赤、黄、緑の織り成す錦のようだ。

   

9月末には、こんな光景が見ることができるのです。

木の種類がこれだけ書けることに驚きます。

   

羅臼岳にも登っています。

岩尾別温泉コースを選んでいます。

  

途中、登山道でオスのエゾシカに出合う。鈴を鳴らしても、無視し

て、ゆうゆうとエサを食べている。「エゾシカが立ち去るまで、テ

ィータイムにしよう。」と休憩をとる。

  

報告書にはエゾシカの写真が載っていました。

貴重な体験をされたなと思います。

そしてここも紅葉がよかったようです。

  

極楽平の紅黄葉がすばらしい。ウラシマツツジ、チシマザクラ、ヤ

マブドウ、ツタウルシ等の紅葉、ナナカマド、コケモモ、ゴゼンタ

チバナの赤い実、シラカンバ、ダケカンバ、ミズナラ、オニグルミ

の黄葉。

  

夏のお花畑もいいようですが、秋の紅葉もよさそう。

  

単独行のドイツ人の青年に出会う。彼はテント泊で、硫黄山へ縦走

するという。熊除けの鈴を渡して、「ヒグマに気をつけるように。

」と告げたが、言葉が通じただろうか。

  

なんと、ドイツ人が単独で登っていました。

日本人が知床に行くのを躊躇しているのなんて、

もったいない話です。

60代が動ける時だよと教えてくれたのは、

この先輩先生であり、

実際にこのように知床まで足を伸ばしておられます。

刺激になりました。

  

魅力的な地図です。

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「知床・残された原始」(水越武・小野有五著/岩波書店)

  

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いつか知床に行くときには、この記事を再び見ることでしょう。

若い時に、斜里町から稚内市まで歩いたので、

まったく縁がないわけでもないのです。

行ってみたいです、知床。

まだ体が動く60代のうちに。  

  

2022年8月21日 (日)

日めくりより/たまにはカンガルー、キリン

    

今日は令和4年8月21日。

   

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

上野動物園の最初の外国産動物とは?

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カンガルーだったのですね。

たまにはカンガルーの姿を見てみませんか。

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カンガルーの子どもが、袋に入ったまま草を食べています。

かわいいです。

  

      

キリンのまつ毛が長いワケは?

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そんなにキリンのまつ毛って長かったでしたっけ?

たまにはキリンの姿を見てみませんか。

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キリンって、頭に角みたいなのが3本あるんですね。


 

電子回覧板アプリの登録率が46%に

         

今日は令和4年8月21日。

        

我が町内会では、今年度から電子回覧板を始めました。

豊川市は、昨年度から電子回覧板の実証実験を行っていて、

今年度が2年目。(実証実験は2年で終了)

スマートフォンやタブレットを利用した情報発信、

時には受信もする仕組みです。

電子回覧板を実行するためには、

町内会の人たちのスマートフォンに、

専用のアプリを入れてもらい、必要事項を打ち込んで、

登録してもらわないといけません。

豊川市は、やるからには登録率40%を越えてほしいと希望。

   

紙の回覧版で、登録のやり方を全戸配布したのが、7月中旬。

我が町内の電子回覧板に対する意識は高いようで、

1カ月で、市の目標である40%をクリア。

そして、今日の午前中、「登録お手伝い会」を実施。

スマートフォンの操作が不得手の人や、面倒だと思う人は、

集会所に来ていただいたら、手伝いますよという会。

この会で、登録率のさらなるアップを目論みました。

時間は9時から2時間。

市役所のから応援に3人。そして私が登録を手伝う係。

  

とても心配だったのは、誰も来ないのではないかということ。

応援に来てもらったのに、0人では申し訳ない。

ドキドキしていました。

そしたら、なんと10分フライングで

1人の人がやってきてくれました。

思わず「ありがとうございます。よくぞ来てくださいました」

と頭を下げました。

その後、次から次に人が来てくれて、

2時間はあっという間に過ぎてしまいました。

ウキウキして、登録の説明をしている私がいました。

応援の人たちも、忙しく教えてくれました。

20人!が来てくれました。

  

その結果、登録率はアップしました。

現時点で46%。

いよいよ半分、50%が視野に入ってきました。

  

電子回覧板にはデメリットもあるけど、

魅力的なメリットがたくさんあるシステムです。

この電子回覧板があることで、

町内会長を頑張ろうと思ったと言っても、過言ではなさそうです。

この後どうなるか?

2022年8月20日 (土)

「ゴールデンカムイ 第7巻」「丁度」の「丁」、「半端」の「半」

     

今日は令和4年8月20日。

  

このマンガを読みました。

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amazon

「ゴールデンカムイ 第7巻」

(野田サトル作/ヤングジャンプコミック)

  

今に、著作権のことでクレームが入るかも。

印象に残ったページの写真を載せます。

1

こんな罠があったんだ。

顔を突っ込んでしまったキツネは、困っただろうな。

  

2

競馬の歴史が勉強できました。

日露戦争後にブームがあったのですね。

「政府の黙許は日露戦争でロシアから賠償金が取れなかった

国民の不満をそらすためという説もある」

なるほど。このマンガの登場人物はそんな時代を生きているのですね。

  

もう1枚。

3

壺ふりの賭博が描かれていました。

壺の中にサイコロを2つ入れて、

その出た目で勝負する賭博です。

私の子どもの頃には、テレビの時代劇では、

壺ふりの賭博の場面がでていました。

「みなさん、ようござんすね」と言って、

壺ふりが、壺とサイコロに仕掛けがないことを見せた後、

壺の中にサイコロを投じて、パン!と伏せます。

今の若者は、目にすることがないかな。

丁と半のいわれを初めて知りました。

「丁度」の「丁」、「半端」の「半」だったのですね。


その頃見ていた時代劇と言えば・・・

「清水次郎長」が一番印象に残っています。

調べたら1971年5月~1972年4月放映とのこと。

10歳で見ていたことになります。

今の世の中じゃあ、ヤクザが主人公のドラマはやらんだろうなあ。
  

「となりのトトロ」/分厚い「纏向遺跡」

   

今日は令和4年8月20日。

  

テレビで、3週連続でジブリ作品を放映してくれています。

昨晩は映画「となりのトトロ」(1988年)を、

奥さんと一緒に観ました。

先週は映画「天空の城ラピュタ」(1986年)を、

娘もいれて3人で観ました。

11月に、地元愛知県にジブリパークがオープンします。

いつかそこに行った時に楽しめるように、

ジブリ作品を見ておかなくっちゃという気持ちです。

2本とも、ずっと昔に観ましたが、大方忘れていました。

でもあらためていいアニメ映画だなあと思いました。

  

社会科教師として、「となりのトトロ」の

このシーンに注目しました。

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メイたちのお父さんが仕事をしているシーン。

並んでいる本の上に、

分厚い「纏向(まきむく)遺跡」と書かれた本が積まれています。

纏向遺跡なんて、新しい研究をしているんだ。

でも、映画の舞台は昭和30年代とのこと。

その頃に、纏向遺跡は、発見されているのか?

そんな疑問です。

  

1988年の映画です。

とっくに、そのことに注目している人がいるはずと思って、

調べました。

喉郷雑記 トトロと纏向遺跡(2014年)

「こうごうざっき」と読むようです。

ここに詳しく書いてありました。

あの分厚い本の正体にまで触れています。

 

これは昭和51年(1976)桜井市教育委員会が刊行した桜井市纏向遺跡

の発掘調査報告書で、B5判・2分冊・箱付き・幅約15cmの堂々た

る体裁の(復刻版報告書を除くと)当時としては最も分厚い報告書でし

た。(中略)

『纏向』は当時の定価が2万円くらいしました。(今でも古書店では1

万円くらいで売っています)私も大学生の頃は、欲しいけど、高根の花

でした。同書の刊行時期と「トトロ」の時代設定(昭和30年代)とは合

っていません。しかし、宮崎監督があえてこの本を映画に登場させた

のは、その堂々たる風格と高級感が「大学の研究者が読むのにふさわ

しい本だ」と思わせたからではないでしょうか。

  

なるほどです。

8年前の文章を読んで、勉強になりました。

  

3週連続の、来週は、映画「耳をすませば」(1995年)です。

何もなければ、観るつもりです。


  

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