2007年8月11日 (土)

「あらしのよるに」の木村裕一さんの講演会

P8100006 「あらしのよるに」の絵本作家の木村裕一さんのお話を、息子と娘を連れて聴きに行ってきました。

ベストセラーの「あらしのよるに」に関する話や、読書の良さなどを話してくれました。

読書をすることで、いろいろな人になることができ、さまざまな体験ができると言っていました。

「あらしのよるに」は、はじめはこの1冊で完結の本だったようです。しかし、続きを書こうと決心したとたんに、「あらしのよるに」がいっぱい賞をもらい、授賞式にいくつも出るようになりました。続きはどうなるとみんなが注目するようになりました。そしたら、続きが書けなくなってしまったそうです。

期待にこたえねばという気持ちで、書けなくなってしまったそうです。

「あらしのよるに」の続編「あるはれたひに」は、こんな産みの苦しみを伴った作品だそうです。

「でも、そのわりに、その大変さが伝わらない作品なので、僕は気に入っている」と言っていました。

「あらしのよるに」のシリーズは結局全7冊。最初の2冊しか読んでいなかったので、この講演会をきっかけに、全部読んでみようと思います。

P8100004

  

この日の講演会の司会をやられた、名古屋の子どもの本専門店「メルヘンハウス」の三輪哲さんのことも気になりました。話がうまく、風ぼうがどこかマンガチック。

この人もあちこちで講演会をやられているようです。

木村裕一さんの作品「あしたのねこ」の絵をかいているエムナマエさんは、全盲の方だそうです。全盲で絵描き!さっそくこの本は注文しました。

昨年度と本年度、低学年を教えるようになって、絵本にかかわる人を少しずつ知るようになってきました。面白い、面白い。

1995年の「映像の世紀」

6年の先生に戦争に関する映像を貸すことになって、探してみました。

今年は終戦62年目ですが、50年目(1995年)だった時に、戦争に関する番組がたくさんありました。

その頃の映像を選んで貸しました。

1995年のNHKの「映像の世紀」を貸しました。あれはすごい作品でした。

いかに人間が兵器を手にいれ、さらにそれが大量破壊兵器へと移り変わっていったかがわかります。

騎馬戦で一騎打ちしていたのに、わずかの間に戦場には戦車、飛行機、大砲、戦艦が現れ、一度にたくさんの兵士が殺戮(さつりく)される戦争へと変わりました。

初めて戦場に戦車が姿をあらわした時の兵士の恐怖の声も語られています。馬と人間しかいなかった戦場に現れた戦車は、とても恐ろしいものに見えたことでしょう。

戦争の悲惨さを、残された貴重な映像が十分語ってくれています。

加古隆さんの「パリは燃えているか」などの曲がより映像を盛り上げました。

サントラを買って、生活のBGMにしていました。

加古隆さんのコンサートにまで行ってしまったのを思い出します。

その他、杉原千畝さん、ラウル・ワレンバーグさんの映像も貸しました。

2人とも映画「シンドラーのリスト」のシンドラーさんのように、

ナチスの迫害にさらされていたユダヤ人を身を挺して救った人たちです。

社会科の中学校教師だったその頃、子どもたちに戦争のことを伝えなくてはと、映像をどんどん見せ、語っていました。

まもなく終戦記念日。戦争に関する番組が放映されます。

この機会に、知ってるつもりでも、やはり戦争の番組を見て、

戦争は再びやってはいけないものと認識すべきだと思います。

明日の晩のNHK番組「NHKスペシャル・鬼太郎が見た玉砕」 が注目です。

http://www.nhk.or.jp/special/

2007年8月10日 (金)

中川ひろたかさんが、絵本作家になったきっかけ

P8100004 学校に行く前にもう一本投稿しよう。

「こぶたのブルトン~なつはプール~」(中川ひろたか作・市居みか絵/アリス館)に出てきた”タカサキさん”の絵です。「まかせなさい」と言って登場するのがお約束。(8月5日の投稿参考)

「情熱大陸  中川ひろたか」は良かったです。中川ひろたかさんは、かつては保育士でした。保育園で読み聞かせをしていたら、言葉の遅かった子が突然しゃべれるようになりました。「絵本はすごい」そう思ったそうです。絵本作家になったのは、これがきっかけになったそうです。(読み聞かせの効果のヒントにもなる)

中川ひろたかさんは、絵本作家といっても、文だけで絵を書きません。そうだったけ?と思いました。原稿は出来上がっているのに、絵が出来上がっていない作品が、40本あるとのこと。おいおい。

なぜ絵を書かないのかという質問に、「下手だから」

さらにこう言っていました。「思いがけないものが出てくる。それがすごく楽しい。僕の考えているイメージなんて、すごくちっぽけなものだと思う」自分の文にどんな絵が書かれるか楽しみにしているようです。なるほど。コラボレーションですね。

「ないた」(金の星社)、「はるちゃんトイレ」(文渓堂)、などの製作裏話も出てきました。さらに、番組スタッフとの会話から「おこる」という作品がつくられていくのもリアルタイムで放映されました。やっと生みだしたラストはこうでした。

「なるべくおこらないひとになりたいんだけどな」・・・この作品が完成する日が楽しみ。

1月に”シンガーソング絵本ライター”の中川ひろたかさんのコンサートに行って、すっかりファンになりました。

今日の午後は、「あらしのよるに」(講談社)の木村裕一さんの講演会を聴きに行ってきます。どんな話かな。楽しみ。

やばい、もうこんな時間だ!

朝の4時から何をやっているんだ・・・「これできちゃった」

朝の4時から始まるニュースを見ていたら、

ジョージ・クルーニーのインタビューの様子が放映されていました。

視聴者に一言と言われてジョージ・クルーニーがこう言いました。

「4時から起きて、何をやっているんだ。寝なさい。」

笑えた。しかし、ここは寝ないで、昨日の全校出校日に1年2組であったことをうちます。

   

髪の毛を切ってさっぱりした男の子がいました。

なかなか帽子を脱ぎません。

「帽子をとりんよ」と言ったら、次は空のシューズ袋をかぶっていました。

「ベッカムみたいな髪形でかっこういいよ」

「ぼくはアメリカ人じゃない」おっと、日本男児!

「ベッカムはイギリス人だよ」

「ぼくはサル人なの!」日本男児じゃなくて、正体不明の人種でした。

  

畑の草取りをしました。

一段落した時に、10センチほどの体長のショウジョウバッタが登場。

一生懸命つかまえようとする男の子。そしてつかまえました。

P8090026 8月に入って、私が草取りをしていた時によく姿を現してくれていたバッタ。

「友達みたいなバッタだから、大事にしてくれよ」

「うん」・・この子なら大丈夫だという子がつかまえてくれてほっとしてます。

   

久々なので、いろいろな子が私の傍らにやってきて、話をしてくれます。

左にいた男の子が、「オレ、これで、きちゃった」と言いました。

なになに、寝巻のままで学校に来ちゃったのかなと思って、男の子を見たら、そうではなさそう。

そしたらその男の子が、首のところから上着の中に右手を入れて、左の脇のあたりへ。そして肩を支点に左ひじを上下に動かして、わきの下でパフパフと音を鳴らし始めました。

ムムム。何やっているんだ?・・・でもすぐにわかりました。「これで、きちゃった」ではなくて、「これ、できちゃった」なんだ。夏休みに脇の下をパフパフ鳴らすことができるようになって、報告に来てくれたんだ。拍手!

さっそく学級活動の最初は、「これできちゃった」と板書。「、」の位置で意味が違ってくることの話をしました。

   

志茂田景樹さんのWEB絵本・・読み聞かせの効果

昨日は全校出校日でした。

読み聞かせも実施。「つきよのキャベツくん」(長新太作/文研出版)です。

生きたまま丸ごととんかつにされてしまったブタが出てきたり、ソース君が出てきたり、そのとんかつを○○が食べたりと・・・それはありえないことのオンパレード。不思議な世界に導いてくれます。(○○はないしょ)

      

以前、投稿へのコメントで次のようなものがありました。一部引用します。

「子どもたちに読み聞かせがよいことは何となく感じで分かるのですが、果たしてどのような効果があるかといえば、私自身は実感がありません。」

「本に対する興味が増したな、ぐらいでしょうか。もちろんそれも大事なのですが、あの子がこんなふうになったという経験を持っていません。残念です。毎週増えていく学級文庫。誰か1人に注目して1年の様子を追うと、読み聞かせによって、どのようなよいことが生まれたのかがはっきりして、来年の新たな作戦が浮かんでくるように思います。」

   

ありがたいコメントでした。読み聞かせはどんな効果があるのか。検証すべきことだと思いました。

と言っても簡単ではありません。まずは読み聞かせをしっかりやられている人の本を読もうと思いました。P8100001simda

そんな時、作家志茂田景樹さんの「今、こどもたちに伝えるべきこと」(KKベストセラーズ)と出会いました。「よい子に読み聞かせ隊」を結成して、全国あちこちに行って読み聞かせをされています。この本はそんな読み聞かせの活動のことを書いた本です。

チャラチャラした奇抜な姿で有名な方ですが、私はそんな姿でテレビとかに出る前に、骨太な小説「黄色い牙」を読んでいたので、見かけはそうでも中身はがっちりされた方だと思いました。

「今、こどもたちに伝えるべきこと」の中で、景樹さんは読み聞かせの効果についてこう書いていました。

保育園で読み聞かせをした時の子どもたちの様子を見て・・・「快い刺激を受けるんですね。その刺激は脳に伝達されて、生まれながらにある、まだいくらもたがやされていない感受性の畑のいいこやしになるはずです。」(175p)

感受性を育てる。・・何となくわかりますが、では読み聞かせによって具体的にどう感受性が育ったのか検証しようとしても難しい。そもそも感受性とは?

読み聞かせの効果の検証は、課題です。

ちなみに次のサイトで、景樹さんの読み聞かせを聴くことができます。

http://www.kageki.jp/index.html

 

2007年8月 9日 (木)

キリン秋味に合う、秋の観光スポット

454342758_781 5月23日に発売開始の「良質素材」

私はこのビール(発泡酒)のクリーミーな味にはまりました。それ以後、ずっとこのビール。

しかし、このところ雲行きが悪くなってきました。最も近くのスーパーでは、「良質素材」は最初、350mlも500mlも奥に向かって2列縦隊で置かれていました。

ある日、500mlは消えてしまい、350mlも1列縦隊。そして8月1日には消滅。

今日、コンビニに買いに行ったら、「良質素材」がすぐ見つからず。探したら、大きな冷蔵庫の右の上隅に置いてありました。350mlも500mlも2列縦隊でしたが、何となく冷遇されているぞと感じました。頑張ってほしい「良質素材」です。

   

私のビールのベスト3は、「秋味」「スーパードライ」そして今回の「良質素材」。

私にとっては、久方ぶりのお気に入りの新人です。

秋味のブログを見て、8月22日が発売日と聞いて、今年も発売してくれてありがとうと思いました。できれば「良質素材」から、「秋味」へのバトンタッチをしたいと思っています。

今回、秋味のトラックバックキャンペーンに応募しようと思います。この投稿は応募のための様相を呈しています。

http://blog.akiaji.jp/archives/2007/08/0806.html

今回のお題は、来るべき秋に向けて、

キリン秋味に合う、秋の観光スポット、秋のシーン」とのこと。う~ん。

先月行ってきた岐阜県中津川市にあるの小秀山の登山道にある滝。P7070199 秋の紅葉シーズンに、ここまで約1時間、一汗かいて登ります。美しい渓谷沿いに立派な木道が作られていて、快適に歩けます。

そして、程よい疲れを感じて、滝からマイナスイオンを浴びながP7070175ら、紅葉を楽しみつつ、秋味をいただく。やってみたいです。

長い間たたずんでいたくなる場所でした。

ただし、飲んでの登山は危険なので、この滝で飲んだ後は、来た道を引き返します。・・参考までに。

それではこの文で、応募してみたいと思います。

ちょっと ちょっと もうちょっと

8日の午前は自校での現職研修。

音読指導で有名な北設楽郡設楽町の田口小学校の先生をお招きして、

「音読を生かした国語の授業づくり/音読・群読の指導の基本」というテーマで

実技講習。

また充電できました。

中井隆司先生がやられるように、その先生も椅子をあらかじめ後ろに下げさせておいて、立ったり座ったりさせながら音読をやっていました。椅子の音で音読の声が乱されないようにです。

同じ手法を別の先生から聴く。こういった体験で、この手法が自分の中にさらに認識されていくのを感じます。中井先生との共通点が多かった内容でした。

子どもにたくさん詩を読ませましょう、というアドバイスにさっそく行動。学年主任の先生と詩を探しました。善は急げ。今日の出校日に読ませたい詩を決めました。

7月末の教育の鉄人実践講座でも紹介された「もうちょっと」(有馬敲・ありまたかし/「すうじのうた」金の星社に収録)です。拗音に慣れさせたいという気持ちで選びました。

  

もうちょっと    有馬敲

ちょっと ちょっと もうちょっと

おやつを ちょっと もうちょっと

おこづかいを ちょっと もうちょっと

おかたづけを ちょっと もうちょっと

ちょっと ちょっと もうちょっと

   

ちょっと ちょっと もうちょっと

テレビを ちょっと もうちょっと

かくれんぼを ちょっと もうちょっと

べんきょうを ちょっと もうちょっと

ちょっと ちょっと もうちょっと

   

ちょっと ちょっと もうちょっと

まんがを ちょっと もうちょっと

トランプを ちょっと もうちょっと

うんどうを ちょっと もうちょっと

ちょっと ちょっと もうちょっと

  

田んぼの傍らでスイカを御馳走になる

P8080013 昨日の学校からの帰り、定点観測している田んぼの近くを走っている時に、鉄塔にたくさんのサギが休んでいるのを発見。撮影。

サギが飛び立つときに、大量の白いフンを落下させているのを目撃。量に驚き。

屋根を白くされた、お墓を白くされたと糞害に憤慨している人の話を聞きます。サギは美しい鳥だと思いますが、あのフンは厄介。

P8080015 ふと足もとの田んぼに目を移すと、水がほとんどありませんでした。

わざと水を抜いて、根をしっかり張らせると聞いたことがあります。それを実行しているのでしょうか。P8080016

田んぼの中によく見ると雑草が時々生えています。ヒエです。

20数年前、農家に住み込んでアルバイトをやりました。その時によく「ヒエ抜き」をやりました。よっく見ると、ちゃんとヒエは稲に隠れて育っています。田んぼの中を歩き回って、ヒエ抜きをしました。思い出しました。

   

このヒエを撮影している時に、横から軽トラがやってきて、運転席のいかついおじさんが「悪いこと、しちゃあ駄目だよ」と声をかけてきました。

「まあ、その顔からして、悪いことする人ではなさそうだ」

「通勤路なんで、田んぼを見ていました」

おじさんは撮影していた田んぼの持ち主。田んぼにゴミを捨てていく人がいるそうです。それで、「悪いこと、しちゃあ駄目だよ」と声をかけたとのこと。

その後、おじさんと会話がはずみ、軽トラにあった取れたてのスイカも御馳走になりました。P8080018

「甘くなくて悪いのう」と言われました。とんでもない、まさかこんな所でスイカを御馳走になるなんて思いもよらず。ありがたいスイカです。

ジャンボタニシの話をしたら、怒りだしました。「だれかが勝手に放棄したジャンボタニシのおかげで、農家だけが困っている。放棄した人に厳罰を与えにゃいかん」

やはりジャンボタニシの害は深刻なようです。

45分くらい話をしました。雲に見とれたり、田んぼの観察をしたり、スイカを御馳走になりながらおじさんと話したり、しっかり道草した帰路でした。面白かった。

うろこ雲・わた雲・すじ雲・・・昨日の雲は良かった

「8月に入って負けなし」という響きは良かったのですが、ついに巨人が負けました。阪神に大敗。途中からテレビ観戦をやめてましたが、1P80800015点も取られてました。

昨日は朝も帰りも雲に見とれました。

朝はうろこ雲(巻積雲けんせきうん)が見られました。

帰りはもっとバラエティにとんできて、本宮山の上空にわた雲(積雲)がもくP8080004もくと。さらに、ほうきではいたようなすP8080020P8080011雲(巻雲けんうん)があちこちで見られました。

すじ雲がまっすぐなすじの時には、雨が降るという知らせ。曲がったり乱れている時は、翌日は晴れることが多いとのこと。今日はきっと晴れですね。

http://edu.city.ogaki.gifu.jp/open/kdata/kumo/cd080124.html

こういう日の自転車通勤はさらに楽しい。

昨年も学級通信で雲のことを書きました。その時に参考にさせてもらったサイトが健在でした。

http://rika.shinshu-u.ac.jp/ischool/tenki99/kumo/k_bunrui.htm

勉強になります。雲のことをちょっと知って、雲をながめるといいです。

2007年8月 8日 (水)

失恋は「度」で数えるか「回」で数えるか

P8070014 7月15日の投稿で話題にした”数え方”にこだわる飯田朝子さんのエッセイ本「数え方もひとしお」(小学館)を読みました。

数え方にまつわる話が満載のおもしろい本でした。お勧め。

チョウの数え方は「1頭、2頭」というが、なぜだろうとこだわっています。結論はチョウを「頭」で数えるのは常識になってほしくないというもの。

失恋は「度」で数えるか「回」で数えるかについて書いた章もありました。「度」と「回」は似て非なるものとして紹介しています。引用してみます。「度」を使ったことわざの「三度目の正直」「二度あることは三度ある」「仏の顔も三度」をあげておいて、こんな文章。

「『度』は、その字が表すとおり、物事が度重なっていくという意味です。『度』で数える経験や行為は、再びそれが繰り返されては困ることや、次に起こりうる行為なのかどうかの予想が難しい場合に使います。ですから、ことわざでは、そうたびたび起こっては困ることや、次に起こりうることかどうかの予想が立てられないものに対して『十分に気をつけるように』と注意を促す教訓を含め、「度」で数えているのです。」(122p)

それでは「回」は?

「時間がたてば巡ってくる、次が予測・期待される場合に使います。『回』を使った表現として『第3回大会』『5回目の記念日』『七回忌』などのように言いますが、これらは全て『度』に入れ替えるとおかしな表現になってしまいますね。これは『回』の意味が生きているためなのです。」(123p)

したがって、失恋を繰り返したくないために、「度」で数えることを勧めています。

「当たり前に思えることでもじっと観察すると新しい何かが見えてくる」(50p)

飯田さんの探究心はこの発想でしょう。多くの人がさらりと通ってしまいそうなことにこだわり、理由や法則を見つけていく態度は、見習いたいです。

夏休みにまたいい本に出会えました。

最近の写真

  • Img_7133
  • Img_7132
  • Img_7131
  • Img_8581
  • Img_8559
  • Img_8558
  • Img_8557
  • Img_8553
  • Img_8470
  • Img_8445
  • Img_8443
  • Img_8424

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉