20250720裸山登山⑧ フタリシズカ/能「二人静」
今日は令和8年7月28日。
昨年7月20日の裸山登山の報告の続きです。
この植物が登山道でたくさん見ることができました。
これはフタリシズカ。
花は終わっていますが、中央の植物は、花の房が3本ですが、
2本が多いようです。3本、4本、あるいは1本もあるそうです。
なぜこの名前がついたか?
ここでGeminiに聞きました。
「フタリシズカ」という風雅な名前は、日本の古典芸能である能の
演目『二人静(ふたりしずか)』に由来しています。
能『二人静』の情景: 源義経の愛妾であった「静御前(しずかごぜ
ん)」の霊が、神社の若菜を摘む女性に取り憑きます。舞台のクラ
イマックスでは、静御前の霊と、霊に取り憑かれた女性が、同じ装
束を着てぴったりと息を合わせて舞を舞います。
植物の姿との重なり: この植物が茎の先に白く細長い花穂を(通常
は)2本並べて立てる姿を、能の舞台で二人の静御前が並んで舞う
幽玄な姿に見立てて名付けられました。
ここで白い花が咲いた様子を見たいですね。
このサイトから写真を転載します。
脱線:「花しらべ」は昔お世話になったアプリです。
花弁や萼はないんだ。
白い丸っこいのは?
穂状花序というそうです。
あのヒラヒラした花はヒトリシズカだったかな。
やっぱり「花しらべ」の写真を載せます。
ヒラヒラしていたのはやはりヒトリシズカでした。
ヒトリシズカも花弁・萼は無し。
この白いのは、やはり穂状花序です。
さてフタリシズカの名前の言われについて。
その能を見たいです。
その前に勉強。
能「二人静」のあらすじ。
このサイトの説明がわかりやすかったです。
引用します。
正月の吉野山勝手神社では、神職(ワキ)が七日の神事の準備をすす
めています。神前に供える若菜を摘んでくるよう神職に命じられ、菜
摘川まで出かけて行った菜摘女(ツレ)は、そこで里女(前シテ)に
呼び止められます。里女は菜摘女に自分の供養を頼むと、消えてしま
いました。
急いで帰りこのことを神職に報告した菜摘女ですが、里女から供養を
頼まれたことについて、あまりに信じがたいと言った瞬間に、突如
里女にとり憑かれ、狂いはじめます。驚いた神職が菜摘女に憑いたも
のに名を訊ねると、亡霊は源義経に仕えた女だと答えます。里女の
正体が、義経の恋人の静御前であることに気づいた神職は、舞の名手
だった静の舞が見たいと言います。
勝手神社には生前静が納めていた舞装束がありました。静の装束を
蔵から出し、菜摘女がまとうと、静(後シテ)が姿を現します。静
は雪の吉野山で義経と別れた時のことを思い出しながら菜摘女と一
緒に舞います。そして悲しい記憶を振り返り、再び弔いを頼むと、
菜摘女の中から消えていったのでした。
二人が一緒に同じように踊るのが、見どころだそうです。
その文章も引用します。
静御前は、平安時代の終わりに実在した舞の名人です。当時流行した、
白拍子という男装の舞姫でした。静は源義経の恋人でしたが、義経
は兄源頼朝と対立したことで京都を追われ、家来たちや静と共に逃
亡の旅に出ます。『義経記』では、静は奈良の吉野山で義経に置き去
りにされ捕らえられると、頼朝がいる鎌倉へ連行されます。頼朝から
舞うよう命じられた静は、「しづやしづしづの苧環繰り返し昔を今に
なすよしもがな(幸せだった昔に戻りたい、という意味。苧環は糸車
のこと)」という和歌を詠んで美しく舞います。この時の男装の舞姿
を再現するため、能では烏帽子という男物の帽子を被り、長絹という
袖の長い装束を着て舞います。
〈二人静〉の最大のみどころは、この舞です。能ではシテが一人で舞
うことが多いですが、〈二人静〉ではシテとツレがほとんど同じ格好
で、動きを合わせて舞います。これは静の亡霊が菜摘女にとり憑き、
手足を借りて舞っていることを視覚的に表現したもので、他曲に例の
ない演出です。二人の役者が面をつけて同じ動きをするのは、非常に
難易度が高く、ツレにはシテと同等の力量が要求されます。
動画で見たかったのですが、思ったよりなかったです。
次の動画の46秒から1分30秒の映像がよかったです。
YouTube: 能 二人静 立出之一声 船弁慶 重キ前後之替 りゅーとぴあ春の能楽鑑賞会2017 、4,16最新プロモーション動画1
この能が、フタリシズカの言われなのですね。









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