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2023年11月25日

2023年11月25日 (土)

20230916キミヤーズ塾④ 支援教育が、普通教育を薄めたやり方に甘んじている

    

今日は令和5年11月25日。

   

「なだらか期間」6本目の投稿。

   

ちょっと昔の話。

9月16日。

この日のことは10月23日に1本、11月12日に2本、

記事に書いているので4本目。

  

参加したキミヤーズ塾で学んだこと。

  

〇 プリント学習中心 小中学校を卒業したら、プリントがなくなる。

  目標がなくなる。無口で無表情な大人になる。

  プリント学習が規範になっている。

  読むこと、書くことに必然性がなければ、やらせてもダメ。

  プリント学習をしたら、人生を楽しめない人になってしまう。

〇 プリント学習をすると、子ども同士、子どもと先生の関係が寸々。

  「寸々」は「ズタズタ」と読む。初めて知る。

〇 この日の講座で最もインパクトがあった発言は、

  「」

  納得。

〇 この言葉に、激しくうなずいた大学研究者の文章。

  「なぜ(教え方が)長年変わらないのかを私も学生時代からずっと

  疑問に感じていました。きっと、普通教育の中で一生懸命学んでき

  た大人が先生になっているからだと思うんです。人は自分が学んだ

  ようにしか教えられないんじゃないでしょうか。

   だからキミヤーズ塾や寺子屋で弟子として学び直すことに意味が

  あるんだなと。教え方を知るより学び方を知ることが必要なのだと  

  感じています」

〇 言葉や文字 考えるためのツール

  数や数学  同じく考えるためのツール    

  覚えるためのツールではない ということか。

  村上先生は、考えることを重視している とは思う。

〇 村上先生は言います。

  「学校の先生は、普通教育も支援教育も「みんな、そうしているし、

  みんな、やっているから」と真実から目を背け、自分を納得させて

  授業していると思います。それでも何とかなるのは普通教育です。

  何ともならないのが支援教育です。支援教育はあいも変わらず発祥

  当時からずっと薄めた普通教育(水増し教育)の真似事をしていま

  す。さしたる独創性もなく、与えられた仕事をただ無難にこなすこ

  とぐらいしかできない圧倒的多数の平凡な定型発達の先生でいるこ

  とに甘んじるのは、もうやめましょう」

  「普通教育も支援教育も学校現場は、考えない先生であふれかえり

  結果的に考えない子どもを育てています。」

〇 普通教育を薄めた・・・・じゃあどうしたらいいんだろう。

  学ぶことが好きな子どもにする授業がいい。

  考えることを好きにする。 

  他の人と関わることを好きにする。

  調べることを好きにさせる。   

  支援教育で必要なのは、こんな子どもにするために、

  決まった教え方ではなく、いつも工夫して授業をすること。

   

以上、12回目の参加のキミヤーズ塾で学んだことを書き留めた。

  

でも、9月16日と17日のことで、書きたいことはまだある。

「なだらか期間」ですべて書き留めたい。 

  

「大人の教養TV」より フィンランドの継続戦争

   

今日は令和5年11月25日。

  

「なだらか期間」5本目の投稿。

   

前記事の続きで、昨晩の「大人の教養TV」より。

フィンランドとソ連の戦い。

  

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冬戦争後に、フィンランドにナチスドイツから支援の要請が来た。

軍事支援です。

ソ連とドイツの「互いに攻めない」という約束が

まだ生きている段階でのこと。

フィンランドにとっては、悪魔の誘い。

支援を受けることにします。

スウェーデンも、ナチスドイツの圧に押されて、

国内を兵器や兵士が通過することを認めました。

   

  

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ナチスドイツは、ついにソ連に攻撃をします。

そしてフィンランドもソ連と戦いを始めます。

奪われた土地を取り返すための戦争であって、

これは冬戦争の続きということで「継続戦争」としました。

ナチスドイツと手を組むのは、

あくまで土地を取り返すためだけであると強調した。

いつなんどきもナチスドイツに味方をするとは言わなかったです。

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ナチスドイツには、まだ一緒に戦うと言いながら、

ソ連とは戦争終結の約束を結ぶという二枚舌外交をします。

  

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そして、大統領が変わることで、ナチスドイツと結んだのは、

前大統領の判断であり、フィンランド国民の総意は、

ナチスドイツの支援は拒否すると声明。

  

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こうしてナチスドイツは、フィンランドから撤退します。

  

小国フィンランドは、戦争を戦い抜き、巧みな外交で、

国を維持しました。

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フィンランドの歴史は、ロシア帝国から独立したことから始まります。

1917年12月6日に、フィンランドは独立を宣言しました。

まだ100年と少しの若い国ですが、

冬戦争・継続戦争と試練を乗り越えました。

先進的なことをやって注目されている国です。

フィンランド、私にとってちょっと特別な国です。





  


  

「大人の教養TV」より フィンランドの冬戦争

   

今日は令和5年11月25日。

  

「なだらか期間」4本目の投稿。

  

本当に、ネット動画をよく見る毎日です。

チャンネル登録もいくつもしています。

その中で、毎日は見ないけど時々見ているのが、

「大人の教養TV」です。

この動画のメンバーは、12月から1年間、

拠点を日本からスペインに移します。

スペインに住んで、そこから行けるヨーロッパ、

アフリカに出かけて行って、動画を作るのです。

いやあ、すごい人生の使い方です。

そのことを宣言している動画が、これです。

【ご報告】海外へ移住します(大人の教養TV)

11日前の動画です。

  

昨晩の最新動画は、フィンランドの冬戦争でした。

これは見逃せません。見ました。


YouTube: なぜソ連は小国フィンランドに負けたのか?冬戦争をわかりやすく解説

  

フィンランドの冬戦争については、

以前興味を持ち、調べました。

ここでも道草 映画「アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場」を見る(2020年3月12日投稿)

この映画が良かったです。

正確には冬戦争ではなく、

その後に始まった継続戦争を扱った映画でした。

この映画で、フィンランド人はナチスドイツと組んで戦っていました。

なぜそうなったかの理解がイマイチでした。

でも今回の動画でよくわかりました。

印象的な場面を書き留めます。

  

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ナチスドイツとソ連は、第二次世界大戦が始まる前に、

秘密議定書なるものを結びます。

ナチスドイツとソ連は、お互いに攻めないこと。

スカンジナビア半島にあるノルウェーはドイツが、

フィンランドはソ連が攻めてもいいこと。

中間のスウェーデンについては、

両国とも攻めずに中立のままにしておくこと。

3国の知らない場所で、このような話し合いが行われていました。

  

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ソ連が攻めてくることがわかったフィンランドは悩みます。

戦わずして降参するか、兵力の差は大きいが戦うか。

戦車と飛行機の数が全然違います。

兵力もソ連はフィンランドの4倍。

でもフィンランドは戦いを選択します。

  

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両国で戦争が始まったのは、1939年の11月30日でした。

もうじき11月30日です。

84年前のことです。

たった84年前のことです。

戦争は3ヶ月半でした。

ちょうど冬の時期であり、冬戦争と呼ばれました。

毎年雪がたくさん降るフィンランドですが、

この年の冬は例年以上に雪が降り、

それがフィンランドには助けになりました。

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フィンランドは、他の国に助けを求めました。

ナチスドイツの敵であるイギリス、フランスに要請しました。

イギリス、フランスは救援に前向きでした。

武器を援助しようとも考えましたが、

問題はスウェーデンです。

スウェーデンは、昔から中立を宣言していた国でした。

それなので、イギリス、フランスが武器を送るのに、

スウェーデンの領地を通過すること許さなかったのです。

もし許すと、中立の立場が揺らいでしまうからです。

食料や衣服を送るのはOKしましたが、

武器を送るのは許可しませんでした。

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フィンランドは孤軍奮闘しなくてはなりませんでした。

  

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雪はフィンランドに味方しました。

積雪がソ連軍の進軍を阻みました。

進軍する道は、雪が固まったしっかりした道出ないと進軍できません。

重たい戦車やトラックは、雪に沈み、簡単には進めません。

大軍は、細長く伸びて進軍します。

フィンランド軍の兵士は、その雪の上をスキーでスイスイ移動しました。

そして長く伸びたソ連軍の、横からライフルで狙撃しました。

狙われたのはソ連軍の命令を出す重要人物やコックでした。

命令する人が撃たれては、配下の兵士は困ってしまいます。

コックが撃たれて、まともな食事が出なければ、

兵士の士気も下がってしまいます。

  

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フィンランド軍の着ていた軍服は、雪の中で目立たないものでした。

それに対してソ連軍の軍服は緑色で、夏なら目立たないが、

雪の中では目立っていました。

狙撃するフェンランド軍にとっては、攻撃しやすいし、

隠れやすい状況でした。

   

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当時の戦車は、中にいると外の様子がほとんど見えませんでした。

したがって、1人の兵士が戦車の上に上体を出して、指示する役でした。

その兵士は、戦車の目であり、頭脳でした。

フィンランドの狙撃は、その兵士の頭を撃ちました。

ソ連軍にとっては痛手でした。

  

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善戦したフィンランドでしたが、兵力に差のあるソ連軍が

だんだん有利になります。

倒しても次から次にやってくるソ連兵のことを、

「ソ連兵は畑から生えてくる」と表現されました。

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フィンランドは、ソ連に、領土の一部を渡すことで、

戦争を終結することを決めます。

3ヶ月半の冬戦争は終結します。

  

  

ここで一旦中断。

動画の後半分は、次の記事で書きます。

  


  






  

ポリタンクの色 北海道はなぜ青 顔料と染料

   

今日は令和5年11月25日。

  

「なだらか期間」3本目の投稿。

  

前記事の最後に、ポリタンクの色について書きました。

その境界は新潟県。かつて勉強したぞと書きました。

それを書いたのは、この記事でした。

ここでも道草 番画〈543〉〈544〉:卵の透明パック発明物語 「ブラタモリ」糸魚川(2021年12月4日投稿)

2年前でした。

記事の引用。

  

〇親不知(おやしらず) 昔は難所だった 加賀街道

 波が穏やかになった時に小走りで通る

 源義経も松尾芭蕉も通った道。

 難所なので、ここを境に東西で文化が違う。

 西:天かす 東:揚げ玉

 西:青いポリタンク 東:赤いポリタンク

 我が家は青いポリタンク 西側グループに入るんだ。

  

そうだ、親不知が難所だったから、ここで文化が違ったという説でした。

思い出しました。

せっかくなら、勉強を進めましょう。

ポリタンクについて。

東西できれいに分かれるわけではなく、

東日本でも、北海道では青色のポリタンクが使われています。

参考:楽天市場 灯油タンクの色は東日本が赤、西日本は青が主流! じゃあ、なぜ北海道は青なの?

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なぜ北海道は青色なのか。

このサイトでは、動画で教えてくれています。

結論。

そもそも東日本が赤を選んだのは、

危険なものであることを知らせる赤を採用したから。

西日本がなぜ青なのかというと、

昔は赤色を作るのに鉛を使った。

有毒な鉛を使わずに赤い色を出す顔料は高価だったので、

顔料が安い青にした。

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じゃあ、なぜ北海道は青?

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この写真の通り、

顔料が安かった、

青を販売する大手ホームセンターが勢力があったから、

のようです。

ただし、“諸説あり“だそうです。

  

  

ここでふと疑問。

「顔料」と「染料」は違うの?

なんとなく、「染料」が包括的な言葉であって、

その一部が「顔料」だと思っていましたが、

違いました。別物でした。こういうのが面白い。

※Wikipedia 顔料

このサイトには次のように書いてありました。

  

顔料(がんりょう、pigment)は、着色に用いる粉末で水や油に不溶

のものの総称。着色に用いる粉末で水や油に溶けるものは染料と呼ば

れる。

  

そうなんですね。

ちなみに楽天市場の映像では、

ポリタンクの製造方法も紹介してくれています。

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膨らませて成形していました。

色をつけるのも、原料と顔料を混ぜて溶かしてしていました。

ちょっとポリタンクの勉強を進めました。



  

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