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2022年9月23日

2022年9月23日 (金)

村田兆治さんが逮捕された

    

今日は令和4年9月23日。

  

村田兆治さんが逮捕されたニュースにはビックリ。

空港での暴行容疑での逮捕でした。

関連するネットニュースを読んでいて、

印象に残ったことがありました。

  

まずは愛甲猛さんのコメントです。

※ヤフーニュース

村田兆治さんを評して、

「昭和生まれの明治男」と言いました。

村田兆治さんの性格がよくわかる表現でした。

愛甲さんは60歳でした。

1962年生まれ。1歳違い。

そんな近い年だったんだっけ。

   

映画「居酒屋兆治」に関する話も印象に残りました。

原作は山口瞳の小説「兆治」

映画の舞台になる居酒屋の名前が「兆治」

(2度ドラマ化もされています)

なぜ「兆治」か。

※Wikipedia

☝ ここに次のように書いてありました。

  

店名のモデルはプロ野球選手でロッテオリオンズのエース投手だった

村田兆治。主人公・藤野英治は高校時代に投手で、村田兆治への憧れ

から店の名を「兆治」にしたという設定。野球ファンの山口瞳が、村

田の全力投球に魅了されていたことが背景にあったといわれる。

  

この小説と映画に興味が出てきました。

  

「晩節を汚す」と表現しているニュースもありました。

晩節とは?

調べました。

「晩年。人生の終わりころ」

村田兆治さんは72歳。

う~ん、72歳で晩節か。

あと11年でその年になる今、72歳は晩節ではないと思います。

村田さん、まだまだ晩節ではありません。

復活してください。

「晩節を汚す」と表現したニュースを見返してください。

  

いろいろ思ったニュースでした。

絵本「クマと少年」を読みました

     

今日は令和4年9月23日。

   

この絵本を読みました。

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「クマと少年」(あべ弘士作/ブロンズ新社)

  

サークルで、アイヌのイオマンテが話題になりました。

冬眠から目覚めたクマを仕留めるアイヌ。

その時に一緒にいた子熊は、連れ帰って、

大事に育てます。

そして2年ほど経った時に、成長した子熊を殺す儀式が

イオマンテです。

殺すことで、神の国へ帰ってもらうという考えです。

クマは、神様が皮を被って目の前に現れたものと考えます。

  

子熊と一緒に育った少年。

子熊はイオマンテを目前に村から消える。

8年が経って、たくましくなった少年は、

子熊を探す旅に出かける。

子熊を、神の国へ送ってあげるために。

再会した子熊は、大きな熊になっていた。

少年は、月光を受けて去っていく熊に向けて

弓矢を射ます。

  

そんな話でした。

アイヌの人たちが、クマをどう考えていたかがわかる本でした。

  

あべ弘士さんは、1948年生まれ。

旭山動物園で25年間働き、絵本作家として活躍する人。

この生き方に興味あり。

「自然と人とヒグマの暮らし」を読みました

    

今日は令和4年9月23日。

   

この写真集を読みました。

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「世界遺産知床の自然と人とヒグマの暮らし」

(伊藤彰浩写真/伊藤かおり文/少年写真新聞社)

  

一番印象に残った写真です。

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(19p)

 

アキタブキというのは、

葉っぱがこんなに大きくなるんだと驚きました。

ヒグマの巨体が小さく見えます。

  

それと裏表紙裏のページの豆知識。

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ヒグマは、冬眠中に出産します。

その時の子熊の体重は、400gほど。

パンダの赤ちゃんを見たことがありますが、

とっても小さいです。

パンダとヒグマは同じ仲間なのか、

この絵のヒグマの赤ちゃんは毛が無く、小さく、かよわい。

パンダの赤ちゃんとよく似ています。

春に穴から出てくるときには、その10倍になっています。

そうか、小さく生んで、急激に大きくなるんだなと思いました。

  

「それからの納棺夫日記」を読みました

     

今日は令和4年9月23日。

   

「定本納棺夫日記」の続きがあることを知って、

この本を読みました。

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「それからの納棺夫日記」(青木新門著/法藏館)

  

「定本納棺夫日記」の1・2章はすんなり読めましたが、

3章は難解だったです。

この本の中で、次のような文章がありました。

  

一人でカウンターに座っていたら、著名な女流作家が数人の連れと

一緒に入ってきて、私の横に座った。

店のママに知らされてか、その女流作家に、「あなたがあの本を書

いた青木新門さん?いい本だけどなぜ宗教のことなど書いたの?あ

の第三章さえなければノンフィクション大賞ものだったのに」と、

突然声をかけられた。私は酒の勢いもあって、「三章を書きたいか

ら書いたのであって、一章、二章はイントロです」とむきになって

応えた。

(13p)

  

この女流作家の言うことは、実感します。

最初は面白く読んだのだけど、途中から、

難しくなったのです。

「納棺夫日記」がきっかけになって作られた映画「おくりびと」

そのシナリオが、青木さんに送られてきた時のことです。

  

本木雅弘君が映画関係者に『納棺夫日記』の映画化を働きかけはし

たものの、最初は誰も乗ってくれなかったという。しかしやがてそ

の情熱に促されて彼の所属するプロダクションやプロデューサーが

動くことになり、松竹や電通等が加わって制作委員会が設立される

こととなった。私にもシナリオの初稿が送られてきた。

表題には、「仮題『納棺夫日記』」とあった。

読み始めて私はがっかりした。そのシナリオは納棺という職業に焦

点が当てられて書かれていた。確かに『納棺夫日記』には納棺の現

場が描かれている。しかしそれは、私にとって目指すテーマのイン

トロに過ぎなかった。その後半の六割は、親鸞の思想を借りて宗教

のことを書いたつもりであった。その部分が完全にカットされてい

た。

(8p)

  

そうだろうな。

あの部分は映画化が難しいと思いました。

でも青木さんにとっては、残念だったようです。

結局、映画は映画と割り切って、製作をOKした青木さん。

ただ条件をつけます。

 

「本木さん、シナリオ通り作ってください。ただし『納棺夫日記』

という題は使わないでほしい。そして「原作・青木新門」というの

も外してください。それさえ守っていただければ私の本からどこを

どのように引用されていても、あとから文句を言うことはしません

から。映画は映画として勝手に作ったということにしてください。

本は本にしておきたいので」という趣旨のことを私は話した。

(10p)

   

こんないきさつがあって、映画「おくりびと」は作られたのですね。

  

青木新門さんが、本当は伝えたいという宗教の話。

もう一度挑戦しようと、この本を読み始めましたが、

実は途中で挫折しました。171pの本ですが、

116pで読むのをやめました。

やっぱり難しいですよ、青木さん。

死ぬ時には、身の回りのものが全て輝いて見え、

安心に包まれて死を迎えることができるという考えだと

私は理解します。

だから死は恐れることのないものだと言いたいのかな。

  

※ここでも道草 訃報 青木新門(2022年8月9日投稿)

青木さんは86歳で亡くなりました。

ご自身が書いたように、

死ぬ直前は光に包まれる体験をされたのでしょうか。

それを聞くことはできません。

  

自分が死ぬ時には、光に包まれて、

安心して死にたいなあ。

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楽餓鬼

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