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2020年5月17日 (日)

「蚤と爆弾」④ 曾根二郎は2回潜伏していた

   

今日は令和2年5月17日。

  

前記事に引き続き、

「蚤と爆弾」(吉村昭著/文春文庫)より。

   

曾根二郎は部下に関東軍防疫給水部の内部を抹殺することを命じて、

満州から飛び立ちます。日本に帰ったのです。

昭和20年8月9日のことでした。

ページにこだわると、それは172pに書かれていました。

 

それまで常に小説に登場していた曾根二郎が、

ここで小説から姿を消します。

その後書かれていたのは、建物内部(外部も)の抹殺の様子と、

抹殺を果たした部下たちが、命からがら日本に戻ってきた話。

そして終戦。

   

戦後、曾根の研究に関心をもった

アメリカ占領軍司令部員の前に曾根二郎が現われたのは

225pでした。

50p、曾根二郎は潜伏していました。

抹殺は部下に任せて。

   

 

司令部員は曾根を戦犯として捕えるためではなく、

曾根の細菌兵器の研究内容を知りたいがために会いたがったのです。

細菌兵器を作るのに人体実験を繰り返し、

実際に戦場で細菌兵器を使って、伝染病を流行させた張本人に、

何のお咎めもないのです。

ここが戦争の醜いところだと思いました。 

  

アメリカ占領軍司令部員を曾根のところに案内した

君島元陸軍中将(小説に出てきたもう一人名前)と、

曾根の会話が印象に残りました。

  

(君島)「しかし、アメリカ占領軍当局は戦犯にはしないというが、

本当に信じてよいかどうか一抹の不安はある」

 君島は、顔を曇らせた。

(曾根)「細菌戦用兵器を開発したという意味ですか?冗談ではな

い。戦争は、殺戮し合うものだ。相手国の将兵をより多く殺す兵器

をもった方が、勝利にめぐまれるのは当然の理だ。日本だけではな

く世界各国が新兵器の開発に全力をあげたのは、そのためだ。細菌

戦用兵器が、なぜ非人道的なのか。銃や大砲やその他すべての兵器

も、人を殺すためだけの目的でつくられている。細菌戦用兵器が非

人道的なら、あらゆる兵器も非人道的なものといわなければなるま

い。それにアメリカには、細菌戦用兵器を非人道的だなどという資

格は全くない。原子爆弾を考えてみたまえ。かれらは、軍事施設も

なく非戦闘員だけしかいない広島、長崎に原子爆弾を投下して多く

の人間を一瞬にして殺傷したではないか。非人道的とはアメリカに

こそあてはまる言葉だ。私が戦犯などにあるわけがない」

 曾根の顔には、みじんも不安そうな表情は浮かんではいなかった。

(227~228p)

  

ここで「君島」と名前を記したのは、

この場面で曾根が言ったことが、信頼しうる人物(当人?)から

吉村さんが聞いたことであり、かつ内容が重要だからだと思います。

戦争がからんだ時に葛藤するテーマがここにあると思います。

非人道的でない兵器はないのです。

でも戦争がからむと、そんなことを言ってられなくなります。

  

小説のラストで、再び曾根二郎は消息を絶ちます。

  

 やがて曾根の消息は、親しい者たちの間からも絶えた。アメリカ

に渡ったという説もあったし、かれの指導によってアメリカ軍が朝

鮮半島で細菌爆弾を使用したという噂も流れた。

 昭和33年春、かれの姿は、国立第一病院の手術台上にあった。

かれは、咽頭癌におかされていたのである。

 手術後の経過は順調で病状は小康をたもったが、1年後には再発

し、昭和34年10月8日午後3時死去した。

 告別式は青山斎場でおこなわれたが、どこから聞きつたえたのか

千名におよぶ焼香客が斎場にあふれた。

 焼香客は、一部の者をのそいて複雑な表情をしていた。顔見知り

同士であることはその表情のわずかな動きで察しられたが、焼香を

終えると、たがいに眼をそらし合って斎場を出てゆく。

 かれらは、旧関東軍防疫給水部の関係者たちで、喪章をはずすと

思い思いの方向に足を早めて去った。

(240~241p)

  

 

これで終わりです。

最後まで淡々と曾根二郎の生涯を語り、終わりました。

こんな人がいたというノンフィクション。

こうやって生きた人がいました。

どう思う?

と、問われました。

  

以上で「蚤と爆弾」からの引用を終えます。

読んで、ブログをうって、

この本についてたくさん時間を使いました。 

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