「100時間の夜」② ハリケーン・サンディーは実存してた
今日は令和2年3月25日。
前記事に引き続き、
「100時間の夜」(アンナ・ウォルツ著/野坂悦子訳/
フレーベル館)より。
印象に残った文章を引用します。
私は落ち着いて、携帯電話をとりだす。美術館の中は、インター
ネットが無料なんだ。
「ハリケーン・サンディー」で検索する。
記事をいくつか読む。
そして、くすくす笑いだし、笑いが止まらなくなった。くすくす
笑いの発作っていうのがあるなら、そんな発作におそわれたんだ。
だって、ハリケーン・サンディーは実存してたから。しかも、も
うすぐやってくる。進路はまだ確かじゃないけど、ただ通過する
んじゃなくて、月曜日にニューヨークを直撃する可能性があるそ
うだ。
ってことは、ほんとの話なんだ。この世界には何十万も都市があ
るのに、私はよりにもよって、あと二日で、ハリケーンにおそわ
れる街を選んで逃げ込んだ。
笑いの発作はもちろん、あっというまに消え、そのあとは美術館
でぐずぐずしていられなくなった。現実を避けている時間はもう
ない。セスとアビーのところへ行かなくちゃ。みんなでハリケー
ンにそなえないと。
(100~101p)
そうです。この辺りぐらいから、
私はこの物語に入ることができたと思います。
読むのを止めなくてよかったと、今は思います。
前記事で書いたように、オランダ在住の著者が、
たまたまニューヨークに滞在している時に、
ハリケーン・サンディーに襲われた体験から生まれた物語。
実感がこもっています。
次の文章もそうです。☟
地下鉄の駅には、ハリケーン・サンディーを知らせる巨大なポス
ターが、あちこちに貼ってある。電光掲示板には、地下鉄の運行
は今晩7時まで、と注意する掲示が出ている。
「観光客は気の毒ね。ニューヨーク見物に来るのに、たまたま今
週を選ぶなんて・・・」
そう言ったとたん、自分もそんな気の毒な観光客のひとりだった
と気がつく。
(143p)
きっと、実体験なのでしょう。
参考:Wikipedia ハリケーン・サンディ(☝ 写真はここから)
ジムの発言。
「つまり、それがこの世でまちがったことなんだ。みんな、ほん
とはしたくないことをしてるのに、それでたくさん金を稼いでる。
ドラッグを売る。売春する。そんなこと、するつもりはないんだ
と思う。だけど、金のためにやってるんだ。」
(155p)
金のために、本当はやりたくないことをしている。
厳密に言えば、そういうところはあるかもしれない、自分でも。
でも少しでもやりたいことをやって、お金を稼ぎたいですね。
くどいけど、残り2年だから。
どうにかなりそう。私たちはここで、このハリケーン避難所にす
わって、ひょっとしたら直撃するかもしれない嵐を待っている。
ほかの800万の人たちといっしょに、ハリケーンの細かい動き
を追っている。このあと正確になにが起こるか、だれも知らない。
ひょっとして、サンディーが私たちの手前でカーブしてくれたら、
万事オーケー。でも、ひょっとしたら街の半分が壊れて、がれき
になるかもしれない。
(160p)
昨年の台風15号、19号のことを思い出す文章です。
ハリケーン・サンディーは、
ニューヨークに停電をもたらしました。
「クソッ」ジムの顔も、下から携帯電話で照らされている。「ネッ
トはつながらないし、電波さえない。マンハッタンのどまんなかで、
信じられるか?」
「うそっ!生まれてから一度も、電波が消えたことなんてないよ!」
アビーはそう言って、自分の携帯電話を見た。「それに、バッテリ
ーがあともうちょっと・・・市長はこのことを伝えるべきだったよ。
『みなさん、手遅れになるまえに充電しなさい』って!」
私は部屋のまんなかで足を止める。いまでは、暗闇を感じられる。
暗闇はあちこちから、私の肌を静かに押してくる。私はそれを吸い
込む。
(171p)
ちなみにアビーは10歳。電波は常にあったでしょうね。
暗闇の描写がよかったです。静かに押してくる感じは、
共感できます。
引用する文章はここまでです。
100pくらいから物語が見えてきて、
あまりに大きな問題を抱えてしまった親子は
残りのページ数でどうなるか心配しましたが、
どうにか乗り越えてホッとしました。
何より、ハリケーン・サンディーを一緒に乗り切った、
4人の少年少女の成長が素晴らしかったです。
自分の勤務する中学校の図書館に、
生徒に読むことを勧められる本があることはいいこと。
3月には入って「星ちりばめたる旗」「近松よろず始末処」に
引き続き、「100時間の夜」もお薦め本になりました。
ただ最初の100pは難しいかもと予告したい。
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