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2020年1月8日

2020年1月 8日 (水)

1770年の一揆禁止令が、現代にも影響している?

今日は令和2年1月8日。

  

アメリカとイランの緊迫した情勢が続いています。

そのような時に、アメリカ大使館の前に行って、

「戦争をするな」と訴えに行った人たちがいることを

新聞で知りました。

こうやって行動に移せる人はすごいなあと思います。

  

こういう政治的な行動が、日本人は苦手だと、

確か「英雄たちの選択」で言っていたことを思いだしました。

  

昨年、2月28日に放映された「英雄たちの選択 大原騒動

1万人が決起した百姓一揆」を再び見ました。

  

現在の岐阜県高山市で、江戸時代に19年にわたって、

代官に対して農民が起こした3つの一揆のことを

まとめて大原騒動を言います。

そのことを扱った番組ですが、

ここで今の日本人の行動に影響を与えているという

出来事が紹介されました。

  

その部分のみ、読み物化します。

その際、再びこのサイトを利用させていただきます。

電波ログテキストマイニング

Photo_3

明和7年(1770年)に全国の村々に、

一揆を禁止する高札が立てられました。

次の3つのことをやってはいけないと

書かれていました。

徒党」(大勢で申し合わせる行為)

強訴」(徒党のうえで強いて願い事を企てる行為)

逃散」(村を立ち退く行為)

 

この禁止令がよく効いたためか、

今の日本人に影響していると言うのです。

宮崎哲弥さんの発言。

 

今 憲法21条でちゃんと集会結社の自由というのは

認められてるんだけれども、どうも 私たちの政治感覚に

定着していないっていうのはあると(思います)。

  

中野信子さんの発言。

  

その文脈っていうのは、今にも脈々と受け継がれていて、

集会が禁じられているわけではないけれども

何か こう(政治)運動をしている人に対するある種の視線とか

ちょっと政府に対して、やや反発心のある人たちに対する

一定の(偏った?)見方というのがあると思います。

それは その系譜と考えられます。

 

(  )内は私が勝手に補足しました。

お上に逆らってはいけない、

集団で文句を言ってはいけないという雰囲気が、

残っているというのです。

確かにそう感じます。

  

しかし、大原騒動のように、命をかけて訴えることをしたのも

日本人です。

中野信子さんはこうも言っています。

  

面白いことにですね、日本人は我慢する人たちだというふうに

思われていると思うんですけれども、

意外にも、仕返しの気持ちが、かなり強い国民だということが

脳科学的には言えます。

セロトニンをうまく使えないタイプなんですけど、

日本人は そのうまく使えないタイプの人が

97%ぐらいいるんですね。

  

97%となると、ほとんどですね。

日本人は、我慢できないんです。

  

桜を見る会に関する問題は、絶対おかしいと思うし、

戦争なんてやっている場合ではないと思うし、

学校も、もっと楽しくあるべきだと思います。

思ったことは表現しないと、身体に悪いです。

網走と稚内のライブカメラで流氷観察

今日は令和2年1月8日。

  

オホーツク海の流氷を見るためのライブカメラを

探してみました。

  

網走市に設置されたライブカメラです。

STVライブカメラ 網走

☟ このような画面を見ることができます。

(1月8日13時40分)

Photo  

  

稚内市に設置されたライブカメラです。

STVライブカメラ 稚内

☟ このように見ることができます。

(1月8日13時40分)

Photo_2  

STVは「札幌テレビ放送株式会社」のことでした。

  

  

この2か所で、この冬の流氷を観察しようと思います。

  

例年の流氷接岸日は2月初旬。楽しみです。

「本を読む人だけ」③ 自分のポジショニングや世界観を決めるために読書

  

今日は令和2年1月8日。

  

前記事に引き続き、

本を読む人だけが手にするもの

(藤原和博著/日本実業出版社)より引用していきます。

  

テレビ画面からは次から次と新たな情報が送られてくるため、

脳に入ってくる情報の意味を理解することで手いっぱいになる。

表層を理解することにとどまるのだ。

(48p)

  

テレビの残念なところを述べています。

テレビで教材研究してきたけど、

確かにそうだと思いあたることがあります。

そんなことはないとは言えません。

 

こうしたテレビの特徴をとらえて、カナダ出身のメディア学者

マーシャル・マクルーハンは「クールメディア」と呼んだ。

私たちが日常生活のなかで受け取る情報量の7割以上は、視覚

からの情報だという研究結果がある。テレビが視覚に訴えて現

実に近いものをみせてあげれば、視聴者はクールに納得しやす

いということである。

これに対して、ラジオは声と音しか聴こえないメディアだ。限

られた情報しか与えられなので、リスナーは想像力を大いにか

き立てられる。それとともに感情が刺激され、どんどんホット

になっていく。そのためマクルーハンはラジオを「ホッとメデ

ィア」と呼んだ。

こうしてみると、読書はラジオと同様に、言葉を頼りに想像力

をかき立てるメディアであるといえよう。なおかつ、読書は、

受動的にインプットするラジオとは異なり、能動的に情報を取

りにいかなければならない。「アクティブ・ラーニング(主体

的な学習)」に適したメディアなのだ。

(52p)

  

  

自分のやりたいことを実現させるうえで大切な、読書によって

身につく力がある。それは「集中力」と「バランス感覚」だ。

(53p)

  

  

バランス感覚とは、自分と地面(地球)、

自分と家族、自分と

他者など、世の中全体と自分との適切な距離感を保つことがで

きる能力のことである。

(55p)

  

  

スマホを持たせ、こども達がLINEなどをやることで・・・・

  

結果的に、ちょっと仲よくなると必要以上にベタベタした関係

に陥ったり、反対に、少しでも何かあると絶縁状態になったり

する。ゼロか100、白か黒、〇か×。微妙な「間」やグレー

な「距離感」というあいまいな状態がなくなり、極端な二者択

一の人間関係しか成り立たなくなる。

(57p)  

  

バランス感覚は、それ以降の世代(10歳以後)では、読書を

することで獲得することは可能だ。読書は、世界観を広げるこ

とに役立つ。読書をすることで他人が体験したり調べたりした

知識を獲得することが可能になり、自分の内なる世界観の拡大

に結びつく。

世界観が広がれば、さまざまな視点で物事や他人を見ることが

できるようになる。多様な視点を持つことは、バランス感覚を

磨くとともに、人格的な包容力や寛容の基礎にもなるだろう。

(57~58p)  

  

自殺や赤ちゃんポストに限らず、原子力発電所の是非や自衛隊

の役割など、世の中はそう簡単に決められない問題ばかりだ。

是が非か、正しいか正しくないかなど、両極端の意見から考え

て自分のポジショニングや世界観を決める必要があるはずだ。

そうした両極端の視点を獲得するには、本を読み比べることが

肝要だ。

しかし、本を読んでいない人は、その場で起こった問題に対す

る報道に右往左往するばかりで、視野狭窄(きょうさく)に陥

り、複眼的な視点を持つことなく安易な判断をしてしまうかも

しれない。上っ面を舐めただけで、底の浅いものになってしま

う危険性もある。

読書をすることで、人生という軸と世界観を鳥瞰図のように持

つことができれば、論理的な議論と判断ができるようになるだ

ろう。

(61~62p)

  

  

つづく

「本を読む人だけ」② ネットだけの情報では底の浅い思考しかできない

  

今日は令和2年1月8日。

  

昨日の記事の続きで、

本を読む人だけが手にするもの

(藤原和博著/日本実業出版社)より引用していきます。

  

ヨーロッパを中心に成熟社会を迎えた先輩諸国がやったのは、

国家として宗教を発動し、バラバラになっていく個人を再び紡

ぐことだった。日本のように企業がその役割を担うのではなく、

宗教界が教会というネットワークで紡いでいったのだ。

ややこしいのは、日本は太平洋戦争の影響で、このように、国

家が宗教を発動できなくなったことだ。

宗教の未整備によって、特に若い人たちが浮遊している。では、

宗教の代わりに彼らをつなぎとめているものは何か。

それが日本の若者が異常にのめり込んでいる携帯メールである。

突出してメール文化が盛んになったのh、宗教の代替機能とし

て、つながったような気になるという側面が大きかったと私は

みている。

(25p)

  

  

これから先の日本では、身分や権力やお金による”階級社会”で

はなく、「本を読む習慣のある人」と「本を読む習慣のない人」

に二分される”階層社会”がやってくるだろうと私はみている。

(27p)

  

  

あらためて思うのは、読書を通じて知識のインプットを蓄積し

ていかないと、自分の意見というものが出てこないという事実

だ。(中略)私もネットだけの情報では底の浅い思考しかでき

ないという意見に賛成だ。深く論理的な思考をするうえで、本

は絶対に欠かせないものだと思う。

(31p)

  

  

パチンコをする人と、しない人の決定的な違いは、時間をマネ

ジメントする発想があるかないかである。パチンコは非生産的

な行為だ。平気で非生産的な行為に時間を浪費する人に、時間

に対するマネジメント能力があるとは思えない。

(34p)

  

  

その次の段階は「ケータイゲームをするか、しないか」だ。

これもパチンコと同様、時間のある時に息抜きで遊ぶぐらいで

あれば問題ない。しかし毎日のように、電車だろうが家だろう

が四六時中やっているような人は、ケータイゲーム依存症か、

その予備軍と言ってもいい。

これも、時間に対するマネジメントの問題だ。

(35p)

  

   

ここであらためて言いたいのは、21世紀型の成熟社会では教

養が大事になるということ。その教養は、読書することなしに

得られるものではない。そして何より重要なのは、パチンコを

せず、ケータイゲームにはまらず、読書するだけで「8人に1

人の希少(レア)な人材になれる」ということなのだ。

(36p)

 

  

本を読むか読まないかで、報酬の優劣は決まってくる。本を読

むことで限りなくエキスパートの報酬水準に近づいていくか、

本を読まずに限りなくフリーターの報酬水準に近づいていくか

という分かれ道だ。

(39p)

  

  

人間にとって最も強烈なインパクトを与えるのは、「個人的で

リアルな体験」だろう。残りの人生30万時間のうち、この象

限にどれだけの時間を割りあてられるか。それが、体験から得

られる学習の質を決めるといっても過言ではない。

反対に、「リアルな体験」とはいえ、「組織的な体験」に分類

される学校や会社、家族からのインプットについては、どうし

ても受動的な要素が強くなる。学校や会社は強力なシステム構

造を持った組織なので、個人は否応なく影響を受ける。

また、現代に生きる私たちにとって、「メディアを通じた体験」

から逃れることはかなり難しい。とくに「組織的な体験」とし

てのテレビ、新聞を中心としたマスメディアや広告キャンペー

ンの影響を受けやすい。

こうした「組織的な体験」の時間が多くなると、人はどのよう

な思考回路になっていくのだろうか。

(44p)

Epson207 (45p)

  

  

著者はすぐに答えを出している。「多面的に思考したり

することが難しくなる」「複眼思考するクセがつかない」

と述べている上で、次のように書いています。

  

世の中に流布する情報を無条件に受け入れ、それがあたかも唯

一の正解のように思い込んでしまう。これは危険な兆候だ。

21世紀型の成熟社会を生き抜くには、「上手に疑う技術」が

必要になる。だから、情報に踊らされないためには、「個人的

な体験」をする機会をできるだけ多く持つしかない。しかも、

「リアルな体験」に越したことはない。

だが、さきほどみたように、人の一生の時間には限りがある。

望むことすべてを体験することは不可能だ。そのようななか、

本は、著者を通して「個人的でリアルな体験」を味わうことが

できる手段なのである。

(46p)

  

つづく

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楽餓鬼

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