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2019年11月20日

2019年11月20日 (水)

1988年東ベルリン公演/東ドイツが許可したロックシンガー

今日は令和元年11月20日。

  

前投稿に引き続き、11月6日放映の

BS世界のドキュメンタリー/ロックが崩した冷戦の壁」より。

  

ベルリンの壁が取り払われたのが、30年前の1989年。

その前年の1988年7月19日に、東ベルリンで大観衆を集めて

コンサートを行ったアメリカ人ロックシンガーが紹介されました。

東ドイツが開催をOKしたのです。

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ブルース・スプリングスティーンです。

   

ブルース・スプリングスティーンは、ボブ・ディランの

「自由の鍾/Chimes of Freedom」を歌いました。

※歌詞→廃墟の街のレコード店 自由の鍾 

前投稿で示したように、ビリー・ジョエルは、やはり

ボブ・ディランの「時代は変わる/The Times They Are A-Changing」を

歌いました。

※歌詞→時代は変わる ボブ・ディラン

ノーベル賞をもらったボブ・ディラン。

世代が少しずれた私には、まだそのすごさがわからない。

  

    

ブルース・スプリングスティーンのこのコンサートについては、

このサイトの説明が激しいです。☟

monotone-extra Bruce Springsteen /East Germany 1988

Dvdro10951  

すこし引用します。コンサート開催のいきさつに触れています。

  

その映像美で描かれるショウは、歴史ヌキには語れない。

そもそも、このコンサートを企画したのは、

自由ドイツ青年団(Freie Deutsche Jugend)。

14歳から25歳までの東ドイツ人の75%以上が

加入するという巨大組織だったのですが、このFDJが

スポーツやディスコ、コンサートといった若者文化を企画し、

政府当局の許可を得て開催するスタイルでした。

ところが、80年代半ばには当局が許可できない企画も登場し、

禁止されると暴動に発展するようにもなった。

このコンサートは、そのガス抜きとして企画されたもの。

東ドイツ当局は、ブルース・スプリングスティーンを

「不正と戦う労働者階級」として許可したのです。

 

  

歴史ですよ、これは。

ゾクゾクする歴史です。

私はこの時、教員4年目。

ブルース・スプリングスティーンは聴きまくっていましたね。

でも残念ながら、このコンサートのことは覚えていません。

コンサートの映像をもっと見たくなりました。

 

1987年モスクワ公演/僕の中で冷戦は終わったんだ

今日は令和元年11月20日。

  

11月6日放映の「BS世界のドキュメンタリー/

ロックが崩した冷戦の壁」を見ました。 

  

番組の冒頭に出てきたこの方。☟ 名前は紹介されなかったので、

誰だかわかりませんでした。

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皆さんはわかりますか?

この番組の内容からして、登場して当然の人でした。

最近、いやいやずっとご無沙汰のミュージシャンでした。

正解は、下を読んでいただければわかります。

  

  

  

  

ほんの一部、番組の聞き書きします。

45分番組の28分ぐらいからです。

  

ナレーター:1985年政権に就いたミハエル・ゴルバチョフは、

  若者の支持を得るには、ロックンロールの統制をゆるめる

  必要があると考えます。

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アレキサンダー・バーシュボゥ元駐ロシア米大使:ロックを

  規制することはもはや不可能で、開かれた体制を目指す

  彼(ゴルバチョフ)の政策には、逆効果だったのです。

(中略)

ゴルバチョフ:ロックは若者のためにあります。ロックは若者たちに

  未来を切り開く機会を与えます。それによって彼らは

  大きな解放感を味わえるのです。思慮深い人は皆、

  こう理解していました。「若者たちは単に浮かれ騒いでいる

  のではない」「ロックに魅了されているのだ」と。

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ナレーター:ゴルバチョフはアメリカ人のロックミュージシャンが、

  ソビエト国内で電子楽器を使用することを許可しました。

  一番乗りでやってきたのは、ビリー・ジョエルです。  

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ビリー・ジョエル:「ソビエトで公演してみないか」と打診があった。

  人々の反応が不安だったが、どこへ行っても「アメリカ万歳」と

  言われて驚いた。これがなぜ(アメリカで)報道されないのか

  疑問だった。

  向こうのテレビ番組に出演してディランの”時代は変わる”を

  歌った。変化しようとするソビエトにピッタリだった。

  ゴルバチョフの功績は、抑圧が長く続いたことに気づき、

  門戸を開いたことだ。冷戦は終結しなくても、緊張は

  緩和されると感じた。

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ナレーター:ビリー・ジョエルのモスクワ公演には、2万人の

  ファンが詰めかけました。立ち上がって一緒に歌うことを

  初めて許可されました。会場にいたKGBは、それまでの

  ように、観客を座らせようとはしませんでした。

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ビリー・ジョエル:警備員も一緒に飛び跳ねていた。観客を

  席に押さえつける仕事を忘れてね。彼らも変革を求めて

  いたんだ。

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  ソビエトの脅威は確かにあったが、アメリカの政治家に

  煽(あお)られて、我々は恐怖をかきたてられおびえていた。

  ソビエトの人々は戦争など望まず、アメリカ人に好意的だった。

  ソビエトを訪問した時に、僕の中で冷戦は終わったんだ。

  それまでの恐怖が、突然消えた。人生であれほど大きな

  分岐点になった出来事はない。

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この記事に最初に載せた写真は、ビリー・ジョエルでした!

この番組を見て、1987年のモスクワ公演は、歴史的な出来事

だったと思いました。

しかし、懐かしい。

ビリー・ジョエルの曲が聴きたくなりました。


YouTube: Piano Man【訳詞付】- Billy Joel


YouTube: Honesty【訳詞付】- Billy Joel


YouTube: My Life【訳詞付】- Billy Joel

  

ラストは景気よくこの曲で・・・


YouTube: Billy Joel - Uptown Girl (Official Video)

  

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