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2019年9月9日

2019年9月 9日 (月)

20190904報告 長者峰~悪沢山~見晴台

  

今日は9月9日。

  

山に行ってきました。

3代目の登山靴で初めて登りました。

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登山仲間のKさん、Sさんと3人で登りました。

  

場所はここ。☟  長野県平谷村です。

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長者峰まで自動車で上がりました。

国道からの登り口には、この看板があります。☟

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長者峰すぐ下にある駐車場で、登山準備。☟

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駐車場から見た大川入山 ☟ 体力が戻ったら、また登りたい山です。

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いよいよ出発です。

目標は見晴台まで。

最近運動不測の私に合わせてくれたコースです。

長者峰頂上のの展望台。☟

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☟ 展望台からの景色。中央の一番高い山が茶臼山。

愛知県で一番高い山。

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茶臼山のアップ。その右奥にある凸は、おそらく明神山。☟

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平谷の街を見下ろします。☟

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登山道に咲いていた花。☟

花の名前が分かったら、順に写真の下に名前を書き込みます。

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☝ アケボノソウ

  

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☝ ジシバリ(イワニガナ)?  

 

いい空でした。☟

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高嶺への登りです。☟

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頂上です。☟

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これ以後は、クマザサとの闘いが多かったです。

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悪沢山頂上。☟

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登山道にあったキノコ。☟ 迫力がありました。

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またクマザサ。

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クマザサを抜けてゆき見台。

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すかさずクマザサ。

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クマザサを抜けて上悪沢山。

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上悪沢山からの景色。☟ 雲がいい。

しかし、この後、雲がどんどん増えました。

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少し歩いて、見晴台。ゴールです。

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見晴台から見ることができたこのキレイな山は、

恩田大川入山のようです。☟

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見晴台を後にします。

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雲がどんどん増えてきて、ゴロゴロと鳴り始めたので、

下山は急ピッチでした。

少し降られただけですみました。

平谷村にある温泉に入って出た時には、しっかりと雨でした。

  

約4時間、山の中にいました。

やっぱり山の中を、全身汗びっしょりになって、

登ったり下ったりするのは、気持ちがよかった。

フィトンチッドもしっかり吸ってきました。

※関連:ここでも道草 病院の待合室で「チコちゃん」の本に出合う/森のニオイ(2019年8月22日投稿)

月に1回、一緒に山に登ることになりました。

ありがたい。

自分の病気には効果ありの登山ですからね。

 

 

「健康診断 戦艦大和」その4/貴重な一週間献立表

 

今日は令和元年9月9日。

  

前記事の続きで、8月22日放映の

「偉人たちの健康診断 戦艦大和 男たちの“健康”」

の読み物化をしていきます。

  

今回は戦艦大和の食事について。

    

〇昭和16年12月  日本の真珠湾攻撃をきっかけに

 始まった太平洋戦争。

 連合艦隊の旗艦として 大和は満を持して最前線へと向かった。

 当時 日本海軍の拠点があったトラック島に、

 同じ時期に造られた同型の姉妹艦 武蔵と共に停泊。

 ところが出番は 一向になかった。

 当時 西太平洋の島々では、米軍との激しい攻防戦が

 繰り広げられていた。

 その周辺は さんご礁の浅瀬が広がり

 巨大な大和は近づけなかった。

 大和と武蔵が トラック島に、停泊し続けること

 実に8か月。

 その快適な設備から 他の艦では、皮肉を込めて

 こう うわさをしていた。 ☟

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〇8カ月の間、大和の乗組員は厳しい訓練を受けていた。

 そんな乗組員の楽しみが「食事」だった。

〇大和の調理を担当していた乗組員が撮った写真。☟

 大和の内部を撮影した唯一の写真と言われている貴重な写真。

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☝ 戦艦大和でどのような食事が出されているかの、

正式な記録は残っていなかった。

しかし、戦争を生き残って、大和での食事メニューを思い出し

書き残した人がいた。清書は長女が行った。☟

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〇月曜日。すべて麦飯だった。

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〇戦時中とは思えないほど、食べ応えのある おかずが並ぶ。

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〇量的にもたっぷりあったらしい。

 1日の麦飯の量はこれくらい。☟

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〇献立表をもとに再現された食事。☟

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〇最も人気のあったメニューは?

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〇元乗組員の廣さん。☟

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〇一番人気はカレーライスだった。

 船上では、曜日がわからなくなりやすいので、

 毎週土曜日はカレーライスだった。 

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〇海軍は昔からメニューにカレーライスがあった。

 船で揺れてもこぼれないように、

 海軍がカレーに小麦粉を入れるようになったという説もある。

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〇現代の視点で・・・カレーに含まれるスパイスのひとつ、

 ターメリックには、認知症の予防になる成分がある。☟

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〇戦艦大和の中で、ラムネが作られ飲まれていた。

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〇このような小さなラムネ製造機が積まれていたと予想される。☟

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〇赤い部分の中身。☟

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☝ 瓶がセットされ、シロップ・炭酸水が入って、回転する。☟

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逆さになったところで、炭酸の圧力で、

ビー玉の栓がしまる。☟

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戦艦大和での食生活が見えてきました。

「健康診断 戦艦大和」その3/快適な設備「冷房」「ベット」「風呂」

 

今日は令和元年9月9日。

  

前記事の続きで、8月22日放映の

「偉人たちの健康診断 戦艦大和 男たちの“健康”」

の読み物化をしていきます。

  

〇戦艦大和の設計者の一人、松本喜太郎が目指した理想。

 世界一の戦艦は

 「世界一快適で 乗組員が健康であること

 このような考え方で設計されたことを初めて知りました。

 今までは、戦艦大和の外から見えるものに注目していました。

 「世界一快適」を実現するための戦艦大和の快適装備として

 空調による冷房があった。

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〇冷房が 一般家庭に普及するのは、昭和40年代のこと。

 兵たちは 見たことすらない冷房装置に

 感激したという。

〇もともと 軍艦の弾薬庫には、

 高温になって自然発火することを防ぐために

 冷房装置が入っていた。

 大和では その能力を高め 艦内の大部分に

 冷気を供給できるようにした。

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〇戦艦大和の快適装備その2。「ベット」 

 他の軍艦では、ハンモックであったものが、

 大和ではベットが設置された。

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〇ハンモックと違って、ベットは、就寝中に寝がえりがうてる。

 それが安眠を可能にした。枕も硬めのものだった。

 これも、寝返りには向いていた。

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〇戦艦大和の快適装備その3。「風呂」

〇 ☟ これは他の軍艦の入浴映像。

 水が貴重な軍艦では 湯船に海水をためた海水風呂に

 入っていた。 通常は 1週間に1度の割合だった。

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〇大和では 水回りの設備を大幅に改善。

 3日に1度は、海水風呂に入ることができるようになった。

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〇塩水性の風呂は、今でも多くある。効能が高い風呂である。

 熱海の温泉もその種類の温泉。

 したがって、戦艦大和の風呂は、

 熱海温泉と同じようなものと考えらえる。

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〇ここで番組は、大和ミュージアムへ。

 そこに展示されている(海底に沈む大和からの)引き上げ品。

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〇展示品の中に、士官の浴室のタイルがあった。

 模様がほどこされ、セメントは非常に分厚い。☟

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〇展示品の中にはビールや酒の瓶もあった。

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〇大和には大量のお酒が積まれていた。

 アメリカの海軍は 一滴も 船にはアルコールを

 積んではいけないというルールがあったらしい。

 日本の軍艦はお酒を積んでいた。

 船内で何カ月も生活するため、いつも緊張していられない。

 飲んでいいという許可が出た時には、喜んで飲んでいた。

 例えば、赤道祭り。船が赤道を越える時は、赤道の神様に

 赤道を越える鍵をもらうという船独特のお祭りがあった。

 その時には どんちゃん騒ぎをしていた。☟

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つづく  

  

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