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2019年5月6日

2019年5月 6日 (月)

生徒から借りた冊子で、田畑政治さんを知る

今日は令和元年5月6日。

  

生徒が連休前に「読んでみて」と言って、

貸してくれた冊子です。

Epson011  

どうやって手に入れたのか、浜松市のPRブックです。

大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」のもう一人の

主人公、田畑政治(まさじ)さんのことが、よくわかる本でした。

今年の大河ドラマが始まるまで、金栗四三さんのことも

知りませんでしたが、田畑さんについても知りませんでした。

「TAKE FREE」であることをいいことに、

気になるページを写真に撮ってみました。

  

Epson012  

ここに田畑さんの生涯のあらましが書いてありました。

これを読んだだけでもビックリ。

水泳とオリンピックに捧げた人生だったのですね。

 

Epson013 1932年のロサンゼルスオリンピック、

1936年のベルリンオリンピックで、

田畑さん率いる日本水泳チームは世界一になります。

1940年の東京オリンピック誘致にも貢献。

戦後初の1948年ロンドンオリンピックに、

敗戦国日本は参加できないと知ると、

日本でオリンピック同日に日本選手権を開催。

オリンピックを上回る記録を出しました。

痛快な話です。

そして、翌年にはアメリカ・ロサンゼルスに乗り込んで

全米水上選手権大会に参加。

古橋廣之進をはじめとする日本選手の大活躍で、

全米と世界に大きな衝撃を与え、

戦争で疲弊した日本国民に自信と誇りを取り戻させました。

Epson014

 

大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」でこのようなことも

扱われることでしょう。

いやはや、やはり大河ドラマ的な内容があると思います。

ドラマチックな話です。

そして1964年の東京へのオリンピック誘致。

大河ドラマの後半も楽しみになってきました。

 

冊子の中にあった写真。

Epson015  

金栗四三(1891年~1983年)

田畑政治(1898年~1984年)

7歳違いでした。

  

  

この冊子は明日生徒に返します。

勉強になったぞ。

  

  

昨晩の大河ドラマ「いだてん」も面白かった。

ベルリンオリンピック中止で、落ち込んだ金栗四三。

でも立ち直って、次のことを始める回でした。

「駅伝」という言葉が生まれ、

京都~東京間の駅伝が行われました。

愉快な話でした。

元気をもらう大河ドラマです。

 

井伊谷宮 宗良親王のお墓を垣間見る

今日は令和元年5月6日。

  

10連休のラスト。

連休中にこのブログに投稿したのは、これが25本目。

まあまあのペースかな。

通算6195本目。6200本の区切りが見えてきました。

  

5月4日に浜松の井伊谷宮に行ってきました。

井伊谷宮は以前も行っていましたが、

見逃してきたものを見たいと思って出かけました。

  

ここでも道草 くじけない後醍醐天皇その3/井伊谷の宗良親王(2019年3月2日投稿)

この記事で書いたように、井伊谷宮は後醍醐天皇の息子のひとり、

宗良(むねよし)親王が祭られている神社。

宗良親王が、南朝勢力拡大のために

一時期根拠地としたのが井伊谷でした。

前回行った時には、そのような知識がなく、

井伊谷宮の価値がわかっていませんでした。

いやいや、正確には宗良親王のことを知りませんでした。

  

Rimg1955

井伊谷宮の鳥居から、入口方面を撮影。

鯉のぼりが飾られていました。

宗良親王の歌が通路の左右に2首ありました。

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我が齢 共にかたぶく月なれば

 見をかくすべき山のはもなし

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偽りの言の葉にのみききなれて

 人のまことぞなき世なりける

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宗良親王が南朝のために戦ったが、最後は劣勢で終えた境遇を知ると

この歌はよくわかります。

 

ちなみに、宗良親王が井伊谷に来たいきさつは、

Wikioedia 宗良親王には次のように書いてありました。

 

建武の新政が崩壊し、南北朝の対立が本格化すると

還俗して宗良を名乗り、大和国吉野(奈良県)の南朝方として

活躍をするようになる。暦応元年/延元3年(1338年)には、

義良親王とともに北畠親房に奉じられて

伊勢国大湊(三重県伊勢市)より

陸奥国府(陸奥国霊山(現・福島県伊達市))へ渡ろうとするが、

座礁により遠江国(静岡県西部)に漂着し、

井伊谷の豪族井伊道政のもとに身を寄せる。

  

偶然だったのですね。

だからこそ縁があった土地だったかもしれません。

その後井伊谷で落城した後に、長野県大鹿村に移り、

そこを長く拠点として滞在。戦いに明け暮れました。

どこで亡くなったかは諸説あります。

井伊谷に再び戻って、亡くなったという説もそのひとつです。

大鹿村のことについては次のサイトが参考になります。

また機会があったら行きたいです。

こんどう史科医院の裏ブログ 宗良親王の足跡(1) 大鹿村

そうそう大鹿村と言えば、こんな映画がありました。

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映画「大鹿村騒動記」(2011年公開)

原田芳雄さんの遺作です。

まだ見たことがない映画ですが、宗良親王には関係がないかな?

  

 

話を井伊谷宮に戻します。

本殿です。 

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本殿横の井伊谷宮のことを書いた説明板↓

前に来た時も読んでいると思いますが、

今回はじっくり頭の中に入ってきました。

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ここに書いてある通り、本殿裏手に宗良親王のお墓があります。

前回はそちらまで行きませんでした。

今回は行きました。

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敷地内には入ることができず、垣間見てきました。

NHKは入ることができたんだよなあ。

2011年放映「歴史秘話ヒストリア」の写真です。

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別角度から撮影。

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この石垣に囲まれた森の中に、お墓があります。

  

  

いつかは行きたいと思っていたことを、

一つ実行しました。

 

 

「ブログの内容が、また一つ多彩になりました」

と、今回はそう思ったので、つぶやきました。

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