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2019年3月16日

2019年3月16日 (土)

腰痛と日めくり/ジプリの由来 鳴き声と音読み

今日は3月16日。

  

今回の腰痛は重症です。

3月13日は午後休み、14日・15日と休んでしまいました。

今日は午前中の部活動を休みました。

この土日でしっかり休んで、18日からは頑張りたいです。

平成30年度のラストスパートです。 

いい終わり方をして、平成30年度にけじめをつけ、

新しい年度を迎えたいです。

  

 

  

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

  

スタジオジプリの「ジブリ」は本来、「ギブリ」だった?

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こうなると、どんな飛行機なのか見たくなります。

ここで見ることができました↓

Keyのミリタリーなページ  カプローニ Ca309ギブリ爆撃/偵察機

 

「犬」の音読みが「ケン」になったワケは?

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鳴き方が音読みになったというのは楽しい。

  

鶏の鳴き方については、次のサイトが参考になりました。

山田ガーデンファーム 鶏の鳴き声は世界各国で違う?

ここでは各国の鶏の鳴き方が紹介されていました。

少し引用します。

 

中華人民共和国(中国語)⇒コーコーケー

アメリカ(英語)⇒クックアドゥールドゥ  

フランス(フランス語)⇒コックェリコ  

インド(ヒンドスターニ語)⇒クックローロー 

  

中国語もケーケーケーと鳴くのではなく、

コーコーケーと鳴いた最後の「ケー」から

鶏の音読みができたのですね。

  

  

晩は腰痛が治まります。

明朝どうなるか?

「にっぽん!歴史鑑定 幻の東京オリンピックと嘉納治五郎」その1/開催地決定までの道のり

今日は3月16日。

前投稿で嘉納治五郎に関する番組を見たと書きました。

その番組とは、2018年10月8日放映の

にっぽん!歴史鑑定 幻の東京オリンピックと嘉納治五郎」です。

1940年開催予定の東京オリンピック誘致に

嘉納治五郎らがいかに苦労したかがわかりました。

1940年のオリンピック東京大会に関しては、

かつて、この記事を書きました。

ここでも道草 山下勝選手のドラマを見ました(2014年8月2日投稿)

このドラマは「幻の祝祭 ~1940東京オリンピック物語~」でした。

このドラマでは、オリンピックに出場予定だった山下勝選手が、

オリンピックの中止によって出場できず、戦死した話でした。

東京誘致の苦労はあまり語られていませんでした。

しかし、「にっぽん!歴史鑑定」で、見えてきました。

  

番組全てをここに書き留めることは難しいので、

ここぞと思うところを書き留めていきます。

1940年のオリンピック候補地は東京以外にたくさんありました。

その中で最大のライバルはイタリアのローマでした。

嘉納治五郎は、当時のイタリアムッソリーニ首相に人を派遣し、

説得する策をとりました。

”あの”ムッソリーニ首相は、説得を受け入れ、ローマは辞退します。

でもこのムッソリーニ首相への直談判は、

オリンピックに政治を持ち込んだとして、

IOC(国際オリンピック協会)の会長ラツールは快く思いませんでした。

嘉納治五郎は、今度はラツール会長に会い、説得し納得してもらいます。

アジアで初めてのオリンピックを開きたいという熱意が伝わりました。

次にライバルとして登場した候補地はイギリスのロンドンでしたが、

ラツール会長の助言もあって、ロンドンも事態。

候補地は絞られて、東京とヘルシンキ(フィンランド)の2つになりました。

  

ここから聞き書きです。

  

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ナレーター:どちらにするかは、ドイツのベルリンで開かれるIOC総会で、

  決定することに。

  そして、運命の日。嘉納は満を持してベルリン総会に臨みました。

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  ところが、ここにきても尚、日本が遠いという理由で、

  反対を表明するIOC委員たちがいたのです。

  そこで嘉納は、こう訴えました。

嘉納:近代オリンピックの意義は、

  古代オリンピックがギリシャに限っていたのに対し、

  世界のオリンピックにすることにあります。

  欧米だけのオリンピックではない  

  東洋でも行うことで初めてオリンピックが

  世界的な文化になるのです。

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真田久(筑波大学体育系教授):ヨーロッパの人々は、

  東京まで非常に遠いというけれども、

  日本はストックホルム大会以来、毎回、ヨーロッパ、

  アメリカまでやってきているので、

  一度くらい来たっていいのじゃないかと、

  そうすることでオリンピックは世界の文化になる。

  IOCが東京での開催を望まないということは、

  オリンピックが本当の意味で世界の文化になることを

  望まないということになるので、

  IOCが間違っているということを、

  嘉納は訴えたかったということだと思います。

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ナレーター:さらに嘉納は、委員たちにこう宣言します。

嘉納:日本で開かれないのなら、東京で別の国際大会を開催する。

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ナレーター:一か八か、覚悟の言葉でした。

  翌日の投票結果は・・・・・

  36対27で、東京が見事勝利。

  日本初のオリンピック開催が決定した瞬間でした。

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田辺:一夜明けた8月1日朝刊各紙が一面で、開催決定を報じました。

  見出しには、「東京 遂に勝てり」の文字が。

  そして各地で音楽会など祝賀の催しが開かれて、

  日本中にオリンピックブームが湧き起こったのです。

  開催を記念する様々な商品も発売されました。

  電車の記念乗車券や湯飲み、五輪のマークがデザインされた年賀状、

  それにレコード針のケース。

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  いやあ、時代を感じますね。  

  

実際には行われず、歴史から消えていってしまいそうな

1940年のオリンピック東京大会。

1964年のオリンピック東京大会は目立ちますが、

その向こうにある1940年の大会は

存在が見えていませんでした。

2014年放映の「幻の祝祭 ~1940東京オリンピック物語~」と、

今回の「にっぽん!歴史鑑定 幻の東京オリンピックと嘉納治五郎」で、

私には十分存在感が感じられるようになってきました。  

当たり前ですが、当時の人たちにとっては大事件だったと思います。

 

つづく

「いだてん」次回はストックホルム大会/オリンピックの歴史を少々

今日は3月16日。

  

次回の大河ドラマ「いだてん 第11回 百年の孤独」は

ついにオリンピックストックホルム大会のことをやります。

注目です。

これを機会に近代オリンピックの歴史を調べてみました。

参考:公益財団法人 日本オリンピック協会

 

第1回 アテネ大会(ギリシャ) <1896年4月6日~15日>

第2回 パリ大会(フランス) <1900年5月20日~10月28日>

第3回 セントルイス大会(アメリカ) <1904年7月1日~11月23日>

第4回 ロンドン大会(イギリス) <1908年4月27日~10月31日>

第5回 ストックホルム大会(スウェーデン) <1912年5月5日~7月27日>

第6回 ベルリン大会(ドイツ) <1916年> 中止

第7回 アントワープ大会(ベルギー) <1920年4月20日~9月12日>

第8回 パリ大会(フランス) <1924年5月5日~7月27日>

第9回 アムステルダム大会(オランダ) <1928年5月17日~8月12日>

第10回 ロサンゼルス大会(アメリカ) <1932年7月30日~8月14日>

第11回 ベルリン大会(ドイツ) <1936年8月1日~16日>

第12回 東京大会(日本) <1940年> 中止

第13回 ロンドン大会(イギリス) <1944年> 中止

第14回 ロンドン大会(イギリス) <1948年7月29日~8月14日>

第15回 ヘルシンキ大会(フィンランド) <1952年7月19日~8月3日>

第16回 メルボルン大会(オーストラリア)<1956年11月22日~12月8日>

※馬術競技のみストックホルム(スウェーデン)で6月10日~17日に開催

第17回 ローマ大会(イタリア) <1960年8月25日~9月11日>

第18回 東京大会 <1964年10月10日~24日>

・ 

第32回 東京大会 <2020年7月24日~8月9日>

  

日本人初のオリンピック出場となったストックホルム大会は、

第5回であって、こうやって並べたら、まだまだオリンピック黎明期。

日本人は早くから参加したんだなあと思います。

金栗四三さんはストックホルム大会では、

マラソンを走っている最中に日射病で倒れます。

暑さ40度の過酷なレースだったようで、

同じマラソンで出場していたポルトガルの選手も倒れ、

翌日死亡しています。

Wikipedia フランシスコ・ラザロ

大河ドラマの中で、四三さんが心を通わせていたラザロ選手には、

そのような運命が待っていることを、今回調べて知りました。

  

第6回のベルリン大会が中止になったのは、第1次世界大戦の勃発のため。

金栗四三さんが最も脂が乗った時なので、残念。

  

最近、嘉納治五郎さんに関する番組を見ました。

今回の大河ドラマでも大事な役ですが、

柔道を創り出し、日本最初のIOC(国際オリンピック委員会)委員になり、

1940年のオリンピック東京誘致に中心になった人物。

金栗四三さんといい、嘉納治五郎さんといい、

こんな面白い人物が、日本の近代史にいたのですね。

嘉納さんについては、柔道の創始者だとは知っていましたが、

「オリンピックの父」としての面は、今回知りました。

この2人を扱っただけでも、十分大河ドラマだと思いました。

いいところに目をつけたんだ、NHK。

  

近いうちに嘉納治五郎さんのことを書きたい。

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