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2018年9月17日

2018年9月17日 (月)

3種の好奇心/「拡散的好奇心」を「知的好奇心」へと移行させる

 今日は9月17日。

  

このサイトと出会いました↓

本は熱いうちに読む 知識こそが、好奇心の源泉「子どもは40000回質問する」(2016年の記事)

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この本からの引用をしつつ、

コメントが書かれています。

  

サイトから引用します。

  

 

子どもは「なぜ」「どうして」が口癖のように

なんでも思うことを聞いてくる。

これが好奇心であり、目新しいものすべてに

惹かれるこの好奇心を「拡散的好奇心」と呼ぶ。

そして、知識と理解を求める意欲へと変化していく好奇心を

「知的好奇心」と呼び、本書はこの知的好奇心がテーマとなっている。

また、知的好奇心の次に注目するのが「共感的好奇心」であり、

他者の考えや感情を知りたいというもの。

ただ、今の社会では拡散的好奇心を刺激するものばかりだそうだ。

  

「好奇心」を3種に分けるのが新鮮です。

「拡散的好奇心」「知的好奇心」「共感的好奇心」

なるほどです。

  

「ツイート、見出し、広告、ブログ、スマートフォンのアプリなど、

どれも満足したかと思うとすぐに物足りなくなり、

私たちは満足を得ることにかつてないほど性急になっている。

人気のテレビ番組や映画などはテンポよく展開し、

私たちの注意を捉えて離さないように入念に工夫されている。

アメリカ映画のワンカットの平均時間は、

1953年には27.9秒だったのが今では約2秒になっている。」

 

編集や撮影技術の進歩によって平均時間が短くなってるのではと思うが、

それでも短くなりすぎです。

  
  
テンポよく展開することが大事になってきた
 
時代だと思います。
 
映画もそうかもしれませんが、授業でもそうです。
 
でもいつかは過剰になる時が来ます。
 
その時にはどんな事態が起こるのでしょう?
   
  
 
すぐ答えを知ることができる世界
  
 

本書ではインターネットによって好奇心が奪われると述べていて、

作家のケヴィン・ドラムは

インターネットは賢い人間をさらに賢くし、

間抜けをさらに間抜けにする」とまで言っています。

好奇心というのは情報の空白があることによって

かき立てられますが、インターネットは瞬時に

この空白を埋めることが可能です。

そして、この行為をミステリーからパズルに変えると表現しています。

 
  
 
インターネットは疑問をすぐに解決できるものだと
 
ずっと思ってきました。
 
そのインターネットの特徴を、
  
ミステリーをパズルに変えたと表現しています。
 
これもなるほどです。
 
今朝も「火が常に灯されている話」を調べて書きましたが、
 
情報の空白が次々に埋まっていきました。
 
すぐに情報のパーツは見つかり、手にできます。
 
そして空白を埋めることができます。
  
確かにパズルですね。
 
  
 
この世界には多くの謎があります。
 
そしてそれらについて知りたいと思い、考えることが大切なんだと。
  
  
 
知りたいと思うのはいいけど、
 
「考えること」が大切。
 
あれこれ想像することが、疑問をミステリーにするのでしょうか。  
 
この点については、イマイチ不明。
 
実際に本を読んでみたいところです。 
 
(すでに図書館に予約はしてあります)
  
  
  
  
  

幼児は、常に好奇心にあふれていて、すべての物事に興味を持っている。

そんなことを思う人がいる。

私もこの本を読むまではそんなことを思っていた。

 

だが、幼児も大人と一緒で、

好奇心旺盛な時とそうでない時があるらしい。

そして、好奇心が旺盛な子とそうでない子の差には、

2つの要因があると心理学者のビガスとグリガが言う。

それは「知能」と「幼児の問いかけに大人がどう応えるか」

 

子どもにとっては、あるテーマについて

思考をめぐらせるのに必要な基本的情報がないかぎり、

気まぐれな好奇心(拡散的好奇心)を持続的な好奇心(知的好奇心)へと

発展させることは難しい。(中略)

好奇心が失われるのは、親や教師から知識を与えられないときだ。

ほんの少しの興味が湧いても、十分な背景知識がなければ

「自分には向いていない」と思い、投げ出してしまう。

知識こそが、好奇心を持続させる力なのである。

   

幼児が「なぜ」「どうして」と聞いてきた時、

つい適当な答えを言ってしまう時がある。

しかし、その反応はよくない。

きちんとした答えや思考へと導いてあげることが

親や教師である大人の役目なのだ。

 

そして知識を蓄えてあげることによって好奇心が刺激され、

様々なことに興味を抱いていく。

知識。これは大人でも同じだろう。

気になったことに対しての知識が全くない場合、

興味を抱くのは難しい。

 

好奇心を持続させる力、それが知識であり、

好奇心を保つために必要なのである。

  

  

「知識こそが、好奇心を持続させる力なのである。」 

そう思います。

子どもたちが本来持っている「拡散的好奇心」をどうやって

「知的好奇心」に移行させるかが、教師の腕の見せどころ。

そのような視点をもらったサイトでした。

  

  

  

ただ、サイトの前半部分と後半部分がつながらない。 

前半でインターネットの弊害などを述べているのですが、

それが後半部分の「知識こそが、好奇心を持続させる力」と

いう説とどうつながるのか。

部分的にハッとさせられつつも、全体的には消化不良。

やっぱり「子どもは40000回質問する」を読んでみよう。

読んでからこのサイトを見たら、もっと理解ができると予想します。

でもこのサイトで「子どもは40000回質問する」が

読みたくなりました。

火が常に灯されている話/延暦寺の「不滅の法灯」

今日は9月17日。

 

前投稿に続いて「火が常に灯されている話」

 

今回は比叡山延暦寺の「不滅の法灯(ふめつのほうとう)」のこと。

 

そのことを扱った番組は、3月13日放映の

京都ぶらり歴史探訪SP 都に輝く偉人たちの物語」(BS朝日)です。

  

「不滅の法灯」に関係する最澄の話を聞き書きします。

  

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ナレーター:伝教大師(でんぎょうだいし)最澄。

  空海とともに唐に渡った日本の天台宗の開祖。

  (中略)

  京都の北東にそびえる比叡山。

  京の人々から長きに渡り信仰を集める聖なる山です。

  その山頂にあるのが、芝翫(しかん)さんが心動かされた

  延暦寺芝翫さん=中村芝翫 番組の案内人)

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延暦寺を案内してくれる方↓

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延暦寺総務部主事の磯村良定さん。

 

文殊楼という門をくぐると、根本中堂が見えてきます。

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クレーンが見えます。

現在、根本中堂は改修中。

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改修工事が終わって完成するのが、平成26年3月。

長期間の改修工事です。

  

改修前の根本中堂↓

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ナレーター:門をくぐり、長い階段を下りた先に見えるのが、

  根本中堂(こんぽんちゅうどう)。

  通常のお寺で言う本堂に当たこの建物こそ、

  延暦寺でもっとも大切な場所。

  (中略)

  今から1200年以上前、平安時代の僧侶、

  伝教大師最澄が延暦寺の始まりとなる小さなお堂を建てました。

  それが根本中堂となり、今なお、寺の中心的な役割を果たしているのです。

  (中略)

  (根本中堂の)中には、荘厳な空気が張り詰めています。

Rimg0396  

上の1枚も含めて、今から載せる写真は、

実際に行っても現場で撮ることができないものです。

「撮影禁止」の場所です。

この番組の映像は貴重です。

  

ナレーター:正面にしつらえられた宮殿(くうでん)の中にあるのが、

  延暦寺の本尊。最澄自身が刻んだと伝わる薬師如来は秘仏とされ、

  手を合わせることができるのは、代わりに置かれた前立(まえだち)。

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ナレーター:現在、(秘仏の)御開帳の予定はありません。

  本尊の薬師如来以外にも、最澄の時代から大切に守られ、

  受け継がれてきたものがあると言います。

  それはいったい?

 

磯村さん:薬師様の前に3つの燈籠が並んでありますけど、

  私たちはそれを「不滅の法灯」と呼ばせていただいております。

  伝教大師様がご自身で灯されました灯りだと言われております。

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ナレーター:最澄が薬師如来を祀った時に灯したという「不滅の法灯」

  それ以来、1200年以上にわたって、その火を絶やさないように

  僧たちが守ってきたんです。

 

磯村さん:非常に大きなお皿の中に油が入っておりまして、

  それに灯芯(とうしん)という芯があります。

  その芯を取り換えて油をつき足すというただそれだけの

  作業なので、誰でも簡単にできるんですけど、

  誰がこれをすると当番が決まっていないんですね。

  ですので、比叡山にいる者は全て、きちんと

  「不滅の法灯」が消えずに伝わっているんかどうか、

  常に気にしないといけないのです。

  だから、昔から延暦寺のお坊さんは、

  「油を断つな」と言うのが、それぞれの心の戒めとして、

  合言葉のようになってたそうで、

  その「油を断つな」というのが、

  「油断」という言葉の語源になっているのではないかと

  言われています。

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以上が、火が常に灯されている「不滅の法灯」の話。

ただこの延暦寺の「不滅の法灯」が一度だけ消えたことがあるそうです。

そのことを書いたサイトがここ↓

多摩湖畔日誌 「不滅の法灯」と「油断大敵」 (2010年の記事)

一部引用します。

  

比叡山の「不滅の法灯(ほうとう)」は、

天台宗を開いた最澄(さいちょう)の時代に始まり、

以来1200年以上にわたって途絶えることなく灯っている。

この「不滅の法灯」は、山形県の通称・山寺「宝珠山・立石寺」に

分灯されていることをご存じだろうか。

そして実際は、比叡山も山寺も戦国時代に一回づつ消えたことがあるが、

分灯していたことが幸いし、引き続き法灯を守り続けている。

油断大敵」の語源は種々あるが、この「不滅の法灯」を消さないように、

毎日、「菜種油」を注ぎ足している僧侶達の緊張感を思うと理解し易い。

光は、ただ漫然と守られている訳ではない。

天台宗を開いた最澄(さいちょう)は、

この法灯に

「明(あき)らけく後(のち)の 仏の御世までも 

光りつたへよ 法のともしび」と詠まれた。

仏教の難しい話は分からないが、

きっと、この光には後の世まで永遠に照らして欲しいとの

願いが込められているのだろう。
しかし、この法灯も一度づつ消えたことがある。 

いずれもだ。

「比叡山」は1571年(元亀2年)、織田信長の叡山焼き討ちで全山が消失。

山寺」は1521年(大永元年)、立石寺が伊達氏に味方したことで、

最上氏の軍勢に攻められ焼失している。

ここでも法灯を守り続けることの難しさと、

万が一に備える大切さ、そして「油断大敵」を教えている。

なお「法灯」は、現在、岩手の中尊寺等数カ所に分灯されている。

一箇所集中は危険であり、リスクの分散は大切なことだ。

 

以上です。

体育祭開会式で同僚の社会科の先生と話したことで、

ささやかな好奇心が湧き、いい道草ができました。

 

次は「好奇心」のことを書きます。

  

火が常に灯されている話/ヘスティアの祭壇

今日は9月17日。

  

昨日は勤務校の体育祭がありました。

2学期になって台風が来たりして、雨の多い日々でしたが、

幸いにも昨日は晴れ。無事に済みました。

 

開会式で聖火ランナーが運動場を走り、聖火台に火を灯します。

その時に、隣にいた同僚の社会科の先生が、

「アテネの聖火って、ずっと燃えているんですかね」

と聞いてきました。

「どうなんでしょうね」

2人で、遠いギリシャの聖火に思いを馳せていました。

実際どうなんでしょう。

調べました。  

  

結論は、オリンピックの聖火については、

毎回採火され、聖火ランナーにに引き継がれ、

大会会場に届けられるそうです。

Wikipedia オリンピック聖火から引用します。

  

古代ギリシア人にとって、火はプロメーテウスが

神々の元から盗んできたものだと考えられており、

神聖なものだった。

このため、火はオリンピアの多くの神殿に見られるのである。

火はオリンピアにあるヘスティアーの祭壇で燃え続けた。

オリンピック開催期間中は、ゼウスとゼウスの妻ヘーラーの

神殿に火がともされ、ゼウスを称えた。

近代オリンピックにおける聖火は、

かつてヘーラーの神殿が建てられていた場所で採火されている。 

  

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Otr016jpp021257300 JIJI.COM リオ五輪(2016年)・聖火リレー 写真特集より

 

こんな採火式の様子は、以前見たことがあります。

 

   

ここで気になった記述が「ヘスティアの祭壇で燃え続けた」です。

オリンピックの聖火には関係ないけれど、燃え続けている火があるの?

ヘスティアについて、調べました。

ファンタジィ事典 ヘスティアー

  

 

ヘスティアーは古代ギリシアの竈(かまど)、あるいは炉の女神。

ゼウスやポセイドン、ハーデースら6人兄弟の長女。

炉は家の中心であり、彼女は家庭を守護する女神として崇拝された。

また、生け贄を捧げる祭壇も彼女の管理下にあるとされた。

都市の神殿には彼女の祭壇があり、常に火が灯されており、

ヘスティアーは都市の守護者と考えられた。

新しい植民地を建設する際には、この祭壇から火が運ばれ、

植民地にもたらされた。 

  

 

火が常に灯されているという発想はあるようです。

以前、番組で見た比叡山延暦寺の

不滅の法灯(ふめつのほうとう)」を思い出しました。

これも火を常に灯す発想です。

いい機会なので、この番組について、次の記事で読み物化してみたい。

  

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