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2018年8月3日

2018年8月 3日 (金)

7月5日放映「カンブリア宮殿」6.アンデスメロンの誕生/生産量日本一の茨城県

今日は8月3日。

  

昨日の投稿の続きです。

7月5日放映の「カンブリア宮殿 花と野菜の100年企業

知られざるグローバル種子革命 サカタのタネ」(テレビ愛知)

より。

テレビ番組の読み物化を進めます。

  

聞き書きしていきます。

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ナレーター:武雄は新しいメロンの開発に乗り出す。

  しかし、前途は多難だった。

  高級メロンは、病気が付かないよう、

  吊るして栽培するもの。

  しかも、当時は一株に一玉が限界で、

  大量生産できず、値段も高かったのだ。

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坂田宏社長:この当時の育種の研究者はたいへんだったようです。

  もう、ほとんど音を上げていたと、聞いています。

  もうやめようと、いうこともあったお聞いていますけど、

  坂田(武雄)は、頑として、「絶対できる」と、

  「絶対できるから、つづけよ」と。

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ナレーター:そんな中、目をつけたのが、日本在来の

  メロンの仲間、マクワウリ。

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  この品種をフランス原産のメロンとかけ合わせた。

  試行錯誤すること、5年。

  ついに一株で何個も収穫できる新品種が完成したのだ。

  さっそく果物業者の集まりで、試食してもらった。

  すると・・

業者A(声優):甘くておいしい。

業者B(声優):これはいけるぞ。

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ナレーター:評判は上々。

  この会の名前が「プリンス会」

  そこから名づけて「プリンスメロン」が誕生した。

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  安くて甘いこのメロンが、爆発的な大ヒットとなった。

  だが、プリンスメロンは、見た目も味も

  目標のマスクメロンにはまだ遠い。

  さらなる改良が続く。

  そして16年後の1977年。

  アンデスメロンの開発に成功。

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  表面にはくっきりと網目が。

  そして、果肉は緑。

  見た目も味も、さらに高級メロンに近づいた。

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  アンデスメロンは、農家の暮らしを大きく変えたという。

  茨城県で、父の代から40年以上つづく、メロン農家の箕輪さん。

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箕輪:昔は、タバコ作ったりとか、葉タバコ、まああと、サツマイモ、

  今もあるけど、あのままじゃとてもやっていけなかったなあ。

  メロンのおかげで今があると思う。

ナレーター:今や茨城県は、日本一のメロンの産地になっている。 

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ここで疑問。なぜ茨城県が日本一?

ちゃん答えててれるサイトがありました。

摂理ナビ 何故、茨城はメロン生産量日本一?(2016年5月)

引用します。

 

茨城県のメロンの歴史は浅いです。

50年前に、北海道のJAの職員が茨城県に来ました。

北海道では大正時代から夕張メロンが作られるなど、

歴史は既にありました。

その北海道JA職員の方は茨城県の水はけの良い土地・温度差をみて、

「メロン栽培に向いている!」とおススメし、

茨城県でメロン栽培が始まったそうです。

作ったところ、それが大ヒット。

今では全国一位の生産量になりました。

(参考:フジテレビ みんなのふるさと)

 

フジテレビの番組は、上記サイトに行くと見ることができます。 

その動画の写真を載せます。

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↑茨城県で作られているメロンの種類。

「アンデスメロン」がちゃんとありましたよ。

 

メロンの網目はどうしてできる。

この番組では次のように説明していました。

 

網目は最初からできているわけではないそうです。

メロンの実は大きくなる時に、表面が縦や横にひび割れし、

そのひびを植物自体が治療しようと分泌液が出て、

それが固まることで網目ができるわけです。

  

網目がない状態から、およそ30日間で網目ができます。

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グーグルアースで鉾田市に行ってみたくなりました。

グーグルアース 鉾田市 メロン農家

ストリートビュー メロンのハウス

     

百人一首に詠まれた「ならの小川」でロケ

今日は8月3日。

  

昨晩はドラマ「遺留捜査 第4話」(名古屋テレビ)を見ました。

第3話では寺社は出ず、少々がっかりでした。

第4話もなかなか寺社が出ず、今回も寺社は登場しないかなと

あきらめかけていたら、ラストシーンの

「3分でいいんです。僕に時間をいただけませんか」

の場面の舞台が寺社でした。

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今回はわかりやすい場所でした。

境内の中を流れるこの川は見覚えがあります。

上賀茂神社です。

以前、ドラマ「科捜研の女」でも、ロケ地になっていました。

※参考:ここでも道草 「科捜研の女」ロケ地・・・上賀茂神社/愛宕神社/西本願寺(2018年2月24日投稿)

ドラマのロケ地探しをこうやって継続していくと、

調べなくても、この寺社はどこって、

わかってきてしまうのかもしれません。

あまり実生活に役立つ能力ではないかもしれませんが、

今回は「能力」を感じてしまいました。

 

ムム、2月の記事で不備を発見。

なぜか、上賀茂神社の地図が、西本願寺になっています。

なぜ?

さっそく修正しました。

  

上賀茂神社を流れる川は、

ならの小川」というそうです。

百人一首で歌われている川です。

  

風そよぐ ならの小川の 夕暮れは

   みそぎぞ夏の しるしなりける

          従二位家隆

  

参考:ちょっと差がつく百人一首講座

このサイトから少し引用します。

 

現代語訳
  
風がそよそよと吹いて楢(ナラ)の木の葉を揺らしている。

この、ならの小川の夕暮れは、すっかり秋の気配となっているが

六月祓(みなづきばらえ)のみそぎの行事だけが、夏であること

の証なのだった。

  

鑑賞

涼しい風がそよそよと神社の杜にある楢(なら)の葉ずえを

そよがせている。「ならの小川」すなわち御手洗(みたらし)

川にも風は吹き、秋の気配が感じられる。

ここは上賀茂神社。今日は6月30日だから、年前半の穢れを

落とす「六月祓(みなづきばらえ)」の行事の真っ最中だ。

行事が終われば、明日からは旧暦の7月。

夏はもう今日で終わって、明日からは暦の上では秋となる。

しかし、この「みそぎ」の行事だけは、

夏であることの証しであるなあ。

 

           
平安時代は今と違って、月の動きをもとに1カ月を30日、

1年を360日と決める太陰暦を使っていました。

こよみによく出てくる「旧暦」というのがそれです。

旧暦では1~3月を春、4~6月を夏というように

3カ月ごとで区切っていました。

また、今の1年365日である太陽暦に比べ、

1カ月ほど月日がずれています。

よって、この歌に出てくる6月30日の

「六月祓(みなづきばらえ)」は、

実は8月の初め頃に行われていました。

しかも旧暦では、7月1日からは秋と決められていました。

「6月末なのに秋なんておかしいなあ」と思う人は、

このことを頭においておいてください。

  

さて、この歌の舞台となった上賀茂神社は、

京都市の北の奥まったところにある、

京都でもっとも古い神社で、正式には

「賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)と言います。

7世紀後半の天武天皇の頃に社殿が作られ、現在は国宝および、

世界文化遺産に指定されています。

赤い一の鳥居から二の鳥居の間に芝生の馬場があり、

5月5日には競馬(くらべうま)などが行われ、

六月祓も現在でも6月30日に行われます。

しかし上賀茂神社の祭といえば、なんといっても5月15日に

開催される京都三大祭のひとつ「葵祭(あおいまつり)」でしょう。

葵の葉を身につけた斎王代が禊ぎを行います。

「ならの小川」は神社本殿の左右から流れ、橋殿でひとつになります。

みなさんも一度見に行かれてはいかがでしょうか。

 

たくさん引用してしまいました。

一度見に行きたいですね。

チャンスは9月1日。

この日は京都に行きます。

  

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