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2018年7月18日

2018年7月18日 (水)

ポンペイ7/ベスビオ山は火山だと思われていなかった?

今日は7月18日。

  

テレビ未来遺産 緊急 池上彰と考える

巨大噴火 日本人へ古代ローマから警告

ポンペイ」(2014年5月14日放映)のこと。

  

この番組では、BBCの協力で、

BBC制作の映像を多く流しています。

 

Rimg3152_2

その元になるBBCの番組を見ることができるサイトがありました。

ここです↓

セーヌ川の眺め ブログ 最新の技術によって蘇ったポンペイの人々の死の瞬間とその姿

 

このBBCの映像でもあるベスビオ山噴火の

再現映像を見た時に、違和感がありました。

写真を並べます。

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Rimg3151  

以上です。

違和感を感じませんか?

  

私が違和感を感じたのは、

噴火したベスビオ山の頂上には火口がなく、

緑地が広がる場所だったことです。

ちなみに、これは現在のベスビオ山。

グーグルアース ベスビオ山

Photo_4 

ストリートビュー ベスビオ山火口

Photo_5

   

今のベスビオ山とは似ても似つかない山容です。

  

最近読んだ「古代ポンペイの日常生活

(本村凌二著/講談社学術文庫)に、

西暦79年当時のベスビオ山の様子が

次のように書いてありました。

 

ポンペイに都市が形成され、繁栄を誇っていた当時、

山はたんなる巨大な丘と見なされていた。

頂上には多数の樹木が生い茂り、山麓の斜面には

ぶどう畑とオリーブ畑が広がる。

しかし、古代の学者のなかには、

たとえば地理学者ストラボンのように、

この山を火山と認める者もいた。

前八世紀ころには火山活動をしていたらしいが、

すでに八百年近く山は眠り続けていた。

火口は硬くなった溶岩によって塞がれ、

ガスの圧力は逃げ口がなかった。

(中略)

紀元79年8月24日、暑い夏の朝方だった。

突然、大地を揺るがすような大爆音が起こり、

山の頂きから巨大な火柱が吹き出した。

人びとの多くは山が火山であるとは

夢にも思っていなかった。

まさに青天の霹靂(へきれき)の大噴火であった。

(32~34p)

  

 

この文章を読むと、BBCの噴火再現映像は納得です。

 

違和感が解消されたことの報告でした。

「誠実」な2人の警察官の行動を記した記事

今日は7月18日。

  

書き留めておきたいと思った記事を

再び見ることができました。

しかし、それは、人助けに

誠実に取り組んだ警察官が亡くなったことが

判明した記事が出たからです。

 

  

この記事は、7月14日に見た記事でした。

転載します。

転載元:朝日新聞デジタル 濁流から住民救った警察官2人、直後に流され行方不明に 2018年7月14日

  

6日午後7時半ごろ、広島市安芸区矢野町の山あいの道を、

橋本幸治さん(60)は車で広島県呉市の自宅へと急いでいた。

車内には妻と長女もいた。

雨が激しく降り注ぐ中、信号で止まった橋本さんの車の前方から、

土砂と濁流が押し寄せてきた。車が6台ほど巻き込まれていた。 

「これはだめじゃ!」。橋本さんの車も巻き込まれ、

しばらく流されて止まった。

周りの泥水はどんどん水位を上げていった。

 

2人の若い男性の姿が見えたのは、そのときだ。

流れてきた車の1台から降りた2人は、

ひざまである濁流の中、橋本さんたちの車に駆け寄ってきた。

 

「警察です。逃げましょう」。警察官を名乗る私服姿の2人は、

周りの車にいる人たち全員に声をかけて避難を促した。

10人が集まった。

激しい雨と近くの川が流れる音で、互いの声が聞き取れない。

2人の警察官は声を張り上げた。

「上の方に避難しましょう!」

斜面の上に向かって数メートル歩くうちにさらに水位が上がり、

腰くらいまで水につかった。

「ここは危ない」。

2人の指示で近くにある高架の広島熊野道路を目指し、

100メートルほど引き返した。

 

そこへ2回目の土砂が襲った。

前と後ろで電柱が2本、火花を散らしながら倒れるのが見えた。

「いつでも助けを呼べるように」と、

橋本さんは服に包み込むようにして持った携帯電話を、

手放さないよう力を込めた。

10人は列を作るようにして近くのガードレールにしがみついた。

「これがベストの避難方法だったよねえ」。

後ろの方で警察官2人が話す声が聞こえた。

地鳴りがした。

「何かきよる! 何かきよる!」。橋本さんの長女が叫んだ。

3回目の土砂が濁流と一緒に流れてきた。

真っ暗で何も見えない中、「圧迫感のある何とも言えない物体が、

ぞろぞろと車をつぶしながら流れ落ちてきた」。

橋本さんはガードレールをつかんで必死に耐えた。

後ろを振り返ると、警察官2人を含む3人の姿が消えていた。

残された7人は「助けてくれー!」と叫び続けた。

橋本さんの長女はツイッターに現状を投稿し、助けを求めた。

約2時間後、県警などに救助された。

「警察官の方がいなければ、全員が車の中で死んでいたかもしれない。

心から感謝している。早く見つかってほしい」。

橋本さんはそう願っている。

  

捜索見守る2人の親

行方不明の2人は、広島県警呉署交通課の

晋川尚人(しんかわなおと)さん(28)と

山崎賢弘(かつひろ)さん(29)。

6日夜、署での勤務を終え、

1台の車に同乗して帰宅する途中だった。

  

「土砂が来た! 土砂が来た!」。

午後7時45分ごろ、呉署に晋川さんから

混乱した声で電話があった。

同じ頃、父の芳宏さん(54)が晋川さんに電話すると、

話し中の音が流れた。もう一度かけたがまた話し中。

数分後、3度目の電話をかけると、

電源が入っていないとの通知が流れた。

 

「心配になったが、待つしかなかった」。

このときを最後に、晋川さんとの連絡は取れなくなった。

「目の前に困っている人がいると黙っていられない子」

だと父は言う。

刑事が主役のドラマや映画が子どもの頃から好きで、

大学卒業後、警察官になった。

昨年10月に広島県内に家を新築した。

長男は5月に2歳になった。

「はよう出てきてくれ」。父は捜索現場に通い続ける。

もう一人の警察官、山崎さんは4人兄弟の次男。

母の美智子さん(59)は「思いやりのある子」と言う。

高校時代は運動会で応援団長を務め、

自ら立ち上げたバドミントン部では部長だった。

警察官になり、広島市内で77人が犠牲になった

4年前の土砂崩れ現場でも救助活動に加わった。

「土砂災害の怖さは身にしみてわかっていたはずなのに」

と母は悔やむ。

東広島市の実家で母は野菜を作っている。

行方不明になる数日前、「近々取りに来んさい」

と電話で息子に伝えたばかりだった。(大滝哲彰)

  

 

一度は見失っていたこの記事に行けたのは、

17日に山崎さんの死亡が確認されたという記事を

見つけたからです。

Yahoo Japan!ニュース 不明の29歳警察官 死亡確認 豪雨から住民7人救う(2018年7月17日)

2人の警察官の1人の名前がわかったことで、

検索して、再び2人の警察官のとった行動を記した

記事を見ることができました。

 

2人の警官の誠実さに心うたれました。

「これがベストの避難方法だったよねえ」

この言葉が誠実さを表現しています。

緊急事態にベストを尽くそうとした2人に頭が下がります。

「誠実」は大事なんだ。

それを忘れたくない記事なので、

ここに載せさせてもらいました。

  

 

真っ暗闇の中、土石流が迫り、

そして無念にも押し流されていく2人。

突然来た死に2人は何と思ったのか?

怖かっただろうなあ。

でも私は忘れない。

「誠実」という言葉を見たら、

2人を思い出したい。

  

  

FNN PRIME

ここでニュース動画を見ることができました。

そのニュースで、晋川尚人さんのお父さんが

「誠実」とい言葉を発していました。

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