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2017年5月5日

2017年5月 5日 (金)

20170327城ケ崎海岸の2つのつり橋

  

今日は5月5日。

  

3月27日に撮影した写真です。

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伊豆半島の城ケ崎海岸にあった看板を撮影したものです。

この看板の地図がとても興味深い。

地図だけのアップです↓

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地図の右下にある大室山が大昔に噴火して

たくさんの溶岩を噴出しました。

それが海の方向に流れ出てできた地形が

この地図の部分だというのです。

  

この看板の右上の図はもう少しわかりやすい。

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しかし、残念ながらピンボケで見づらい。

他の場所の看板の写真の図も載せます↓

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それほど見えやすい図ではありませんが、ご勘弁を。

でもこの地域の状況は想像がつくと思います。

  

すごいことだと思いませんか。

今、この地域の人々が生活している場所は、

大室山から噴出した溶岩の上なんですよ。

海岸では、その溶岩が海に流れ込んだ形が見られるのです。

  

ゆっくり見たいところですが、

時間もないので、今回は2つのつり橋と大室山に行きました。

その写真を載せていきます。

  

門脇つり橋へ向かいました。

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門脇灯台↓

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そしてすぐにつり橋がありました。

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やっぱり自分はこういうのが苦手だと思いました。

特に2枚目の写真を撮影した時は怖かったなあ。

でも2枚目の風景が、溶岩が流れ込んだ姿なのでしょう。

   

別の場所からこのつり橋を見ることができました。

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↑いい景色です。

  

  

 

もう一つのつり橋をめざしました。

伊豆高原駅近くの駐車場にとめて海岸に向かって歩きました。

その道がとても快適でした↓

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この道の終点にあった看板↓

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右折して橋立つり橋へ。

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この橋から見える崖は柱状節理なのでしょう。

4000年前の溶岩の姿を留めていると思います。

 

対島(たじま)の滝展望台へ。

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↑崖の中央にあるのが展望台。

   

そして展望台から滝を見ました。

ここまで歩いてきた道の傍らに流れていた川が、

海に流れ落ちていました。

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見飽きない景色でした。

   
さあ次は大室山です。

  

20170326韮山反射炉に行きました

  

今日は5月5日。

  

山中城址に行った同じ日に、もう1か所歴史的な場所に行きました。

韮山反射炉(にらやまはんしゃろ)です。

2015年に世界遺産に指定された遺跡。

伊豆半島にある伊豆の国市にあります。

  

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↑このような整備された場所に、韮山反射炉はありました。

伊豆の国市の発行しているパンフレットのコピーも使って、

韮山反射炉のことを書いていきます。

反射炉が作ることになったいきさつです↓

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最初にガイダンスセンターで資料映像を見ました。

江戸時代に幕府直営の施設として大砲を作ってきた反射炉。

明治になって稼働していたかどうかは定かではないようです。

映像で映された明治30年代の韮山反射炉は、

すっかり廃物となっていました↓

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それが明治41年、昭和32年、昭和60年~平成元年の3回の

修理・補修工事を経て、今のようによみがえったそうです。

  

  

なぜ「反射炉」?

この名前に疑問を思っていました。

パンフレットに説明がありました。

Photo  

 

さらに興味を持ったのはガイダンスセンターの展示↓

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知識を共有した大名の1人、鍋島直正です。

この名前だとピンと来ませんでしたが、

鍋島閑叟(かんそう)と同一人物だと知ると、

「ああ、つながった!」と思いました。

英雄たちの選択 幕末最強の軍をつくった男~佐賀藩主 鍋島閑叟~

(2016年6月24日放映)を見て興味を持っていた人物と、

つながったのがうれしかったです。

 

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雨でした。

20170326山中城址を駆け足で巡りました

 

今日は5月5日。

  

3月26日に静岡県の山中城址に行っていきました。

 

山中城址のことを初めて知ったのは、やっぱりテレビでした。

2016年2月に放映された

趣味どきっ!お城へ行こう!第三の陣“北条氏の城造り”

小田原城・山中城」を見ました。

豊臣秀吉の小田原城攻めの前に、城の攻防戦があったことを

初めて知りました。

「畝堀」「障子堀」という見たこともない堀に興味を持ちました。

そして今年の3月15日にも次の番組がタイムリーにも放映されました。

出陣!城攻めトレッキング~豊臣VS北条 悲劇の山中城を行く~

もちろん録画してじっくり見ました。

基礎知識は仕込んで出かけました。

  

  

時間は制限されていました。

家族旅行の最中で会って、家族が買い物をしている間に、

私だけが抜け出して見ました。

天気も小雨が降っていて、地面は少々ぬかるんでいました。

条件は悪かったけど、贅沢はもちろん言いません。

この機会を生かそうと駆け足で巡ってきました。

  

たくさんの写真を撮りましたが、ゆっくり掲載している暇はありません。

厳選します。

  

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↑この案内板がわかりやすい。

地図の中央付近にある山中城跡案内所・売店前に自動車を置いて出発。

地図の左手方面にまずは向かいました。

  

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一ノ堀です↓

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テレビでの印象よりも堀は深く、斜面は急でした。

簡単には上まで来れないと思いました。

  

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↑すりばち曲輪

 

案内所より右手のゾーンに移動しました。

 

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↑田尻の池

   

  

そして西の丸・西櫓を取り囲む堀の数々です↓

おそらくここが一番の見所です。

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北の丸・本丸方面に向かう↓

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北の丸↓

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北の丸と本丸をつなぐ橋↓

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そして本丸↓

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本丸西橋付近↓

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この橋の下にも堀があり↓

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二ノ丸橋とその向こうに西ノ丸↓

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西ノ丸↓

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中山城跡案内所・売店前に戻ってきました。

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約40分間の観光でした。

  

  

あの畝堀、障子堀はすごかったです。

上からの弓矢などの攻撃を受けながら、

堀を越えて土塁を這い上ることは困難なことと思いました。

しかし、豊臣秀吉は7万人の軍勢を中山城に送りました。

守るは3千人。半日で落城するまでに、

多くの城兵が命を失ったそうです。

必死の攻防が行われたと思います。

たくさんの血が流れた戦場だったわけです。

守っていた城兵にとっては、

山城の最終形と称えられている城でしすが、

大軍を目の前にしては、

もっと堅牢であってほしいと願ったのではないでしょうか。

7万人を迎えうつには、あまりにも狭い。逃げ場がない。

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