巨怪伝・・・沢村栄治/死んでしまえば仇花
今日は4月29日。
前投稿のつづき。
「巨怪伝 正力松太郎と影武者たちの一世紀」より。
沢村栄治の父親賢二が、正力松太郎から職業野球入りについてこう言われました。
その引用です。
「とにかく日本の野球も必ず職業野球の時代がやってくる。
だから栄治君のことは僕に任せてくれないか、
そのときだけの面倒をみるというのではなく、
先の先まで栄治君の面倒をみるから、正力を信用して万事お任せ下さい。」 (255p)
でも、沢村栄治は巨人軍を首にされます。
正力松太郎は、約束を守りませんでした。
著者佐野眞一はこう書いています。
戦後まもなく、生まれ故郷の宇治山田で沢村の追悼試合が行なわれた。
正力からすれば、これが報恩と感謝の気持ちだったのかも知れない。
だが、一生の面倒を見る、と約束しておきながら、
馘首(かくしゅ)しておいて、プロ野球が復活したからといって追悼されても、
沢村の遺族たちが浮かばれようはずがなかった。 (286p)
父親の賢二はこう書き残しています。
「人間の世界は、生きていてこそ、全てが勝利であることを、
私は栄治の戦死によって知りました。
死んでしまえば、幾ら功労があっても、それは仇花(あだばな)です。
口や活字で、その偉大さが偲ばれても、それは空虚なものです。」 (286p)
そうだよ。死んじゃったらおしまいです。
以上、黒鉄ヒロシさんの言葉をきっかけに、沢村栄治のことを勉強してみました。
戦争や大人の都合で若くして死んでしまったことがよくわかりました。
いいきっかけを与えてもらいました。
プロ野球スタートのことを勉強していて、印象に残った人が1人います。
鈴木惣太郎。
機会があったら、この人についてもっと調べてみたい。
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